第1話 ニート/石壁の部屋
2016年も残すところあとわずかとなったある日のこと。
俺は、ベッドに寝転がりながら特大のため息を吐き出しつつ途方にくれていた……現在の所持金残高しめて875円。
些細なことから、バイト先の店長と大喧嘩。その勢いのままバイトを辞めてしまったが……気がつけば、もう半年……仕事も決まらず金もなく、ただ悪戯に時間ばかりを浪費してしまう日々。
そして今日もダラダラとファンタジー系のライトノベルを読みながら夜までゴロゴロとしている……あぁ、俺、マジダメ人間だ。あ、いやいや、その辺のことはあまり深く考えないようにしよう。
「あ~ぁ、俺もいっそ異世界行って勇者とかやってみてぇな~!」
などと現実逃避全開な独り言をつぶやきつつ、空腹に耐え兼ねた俺は、深夜営業のスーパーへと足を運び5袋入りのインスタントラーメンと缶ビールにアルバイト情報誌……ついでにコンビニで骨無しのフライドチキンを購入。足早に家へと帰り扉を開ける。
すると、そこには見慣れた家の玄関はなく、石畳と石壁に覆われた八畳ほどの部屋があった。
思わず中に踏み込んで室内を覗いてみると、中には簡素なトイレと粗末なベッド……まるで牢獄のような部屋だ。
一体、何がどうなったのかと振り返ってみると、扉があったはずの場所にはすでに何もなく、出入口のない空間に閉じ込められてしまった。
「……ウソだろ……?」
あまりに現実離れした光景にしばらくの間呆然としていたが、ふとこの牢獄のような部屋に似つかわしくない物があることに気づく。
32インチほどの液晶薄型テレビとリモコン。そしてコントローラーが刺さっていることから、おそらくゲーム機であろうフラットブラックに塗装された大きな手榴弾のような型の物体が部屋のすみに置かれていた。
試しにゲーム機の電源をつけると、起動音と共に画面が映る。ゲームはどうやらダンジョン作成し、侵入者を撃退、レベルを上げて規模を大きくしていくタイプのゲームのようだ。
とりあえず、目の前の現実から思い切り逃避するために、名前を入力してゲームを始めることにする。
すると、ゲーム機の全面になにやらメモリーカードのようなものが刺さっている。これはもしや、と思ったら案の定、画面には『クリアデータがあります。データの引き継ぎをしますか?』というメッセージを発見。
クリア後の引き継ぎ要素に興味があったので『yes』を選択し、最初からゲームをスタートする。
早速、名前を入力してゲームスタート。ダンジョンの作成を始めることとなる。
【二周目ボーナスを受け取れます。以下の項目より一つ選択して下さい】
・DP増加:初期DPが通常よりも多い状態でスタートすることが出来ます。
・武器:初期選択出来る武器の種類が増加します。
・魔物:初期選択出来るモンスターの種類が増加します。
・
・融合:モンスター同士を融合することの出来る施設を建造することが可能となります。
・希少種:通常選択出来る魔物の亜種、変異種、希少種などが低確率ながら入手可能となります。
「さて、どれを選ぼうかな?」
と、なんとはなしに呟きながら決定、選択、キャンセルを繰り返していると、迂闊にも操作ミスにより決定してしまう。あ……しかも俺、何を選択したか確認してないし。
「ま、いいか……特典なんて、元々は期待してなかったし……ってかそもそもここどこなんだよって話だしな!」
今は細かいことは考えず、気を取り直してゲームを開始する。最初は拠点となる部屋が一つ。石畳に石壁の部屋、そこにトイレとベッドが一つある。
「なんか、この部屋に似てんな……」
というか、間取りそのものは、俺の部屋のままな気もするんだが。キッチンとかないけど……。
「まぁ、いいや……とりあえず、この部屋に敵を入れなきゃいいのかな?」
とりあえず、その拠点となる部屋の前に通路を設け、その先に部屋を一つ設置する。そして、そこにモンスターを配置することになる。
選択出来るモンスターを確認すると、画面にいくつかのモンスターが表示されるが、資金面や初期選択のモンスターではそれほど優遇されてはいないようだ。
・ゴブリン
・スライム
・コボルト
・スケルトン
・ピクシー
「ダンジョン作成系のゲームだと最初はゴブリン辺りを配置するのがセオリーなんだろうけど」
安いコストで大量に配置出来るゴブリンは、その繁殖力の高さもあってゲーム序盤において、かなり使い勝手が良い。
「でも俺ゴブリン嫌いだし……まぁ、ここはコボルトでいっとくか」
最初の部屋に配置するコボルトを選択……しようとし、一旦解除。再度選択し直す。すると、コボルトの能力値が微妙に変化している。どうやら、僅かづつではあるが、能力値には個体差があるようだ。
「あ、やっぱりか。この手のゲームなら、モンスターの育成が重要になってくるからな」
それならば……と、コボルトの選択、解除を繰り返すこと数十回……あやわ三桁に到達しそうになった時、通常のコボルトではあり得ないような数値のステータス値を持つコボルトを発見した。
「おぉ! こいつは良いな……早速、部屋に配置してみよう」
と決定ボタンを押す。すると、背後から効果音と共に淡い光に彩られた魔方陣が浮かび上がる。
「うぁ!? 何だ?」
魔方陣から何かが現れたと認識したその瞬間、それはこちらへと飛びかかって来た。しまった! 召喚した魔物に襲われることなど全く想定してにいなかったが、現実感が無いとはいえ、ここがファンタジー世界と繋がった異世界だと言うのなら、そんなこともあるのだろう。
よく考えもせずに、自分のいる部屋に直接魔物を召喚するという己の軽率な行動を呪いながら今までの人生を振り返っていると、何かが、のし掛かって来るような気配を感じる。
俺の上に馬乗りになるように覆い被さっていたのは、綺麗に整った三角形の犬耳とふさふさな尻尾を持った美少女だった。
…………あれ? 俺が召喚したのってコボルトじゃなかったっけ?