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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
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その子何処の子


 黒いもやに社長が右手を伸ばした。靄に手を差し伸べているように。

 すると、靄は人の形になり、社長の手を取った。人の形はやがてはっきりと少女の形を取り始める。見たことのない制服を着ている。ひと昔前の制服に見え、スカートが膝下くらいまである。少女の目つきは尋常じゃなく鋭い。だけど、それ以外はとても可愛らしい。少なくとも、美人に分類されるだろう。

 ところが。

「あんだよ、文句あっか? 」

 とても少女の容姿からは想像できないような言葉が飛び出した。声は少女らしく綺麗だが、言葉が意外性を持っていた。

 久恩が目を剥き、社長が苦笑する。

「どうやらお前さんは変わりねぇみてぇだな。人だったころも今も」

 社長が温かみのある口調で言葉を紡ぐ。

 やはり全てが終わってから聞いたのだがこの方は夢月むつきと言うらしい。因みにほんの数十年前までは人間だったと聞いた。しかも、ただの人間だは無く、妖や霊をることが出来た逸材だったとか。しかし、生きていたころに何か無念があるらしく霊化したという。

 人間として生きていたころから何かと『相談屋』と関わりを持ってくれていて、霊化した今でも色々と協力してくれている有り難い人だと先輩が説明してくれた。

 とは言え、彼女は自分の母校であるこの高校から出ることは出来ない。その原因は分からないのだが、本人はそこまで気にしていないのだという補足まで聞いた。

 夢月は面倒そうに社長を見た。

「馬鹿にしに来たんならどっか行きな。こちとらイライラしてるんでね」

 つっけんどんな言い方に童姿わらべすがたに戻った久恩の片方の眉が跳ねた。

 だが、社長の手前。久恩は夢月から視線を逸らし、拳を握りしめている。社長がいなければ飛びかかっていたに違いない。久恩は見かけによらず、手が出るのが早い。

「そのイライラはここ最近、ここから飛び降りた奴が原因だろう? 」

 社長が静かに口火を切った。

 夢月のつり上がった一重の目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。その表情はすぐに悲しそうな苦しそうな顔つきへと変わる。夢月が固く握りしめた手は細かく揺れていた。

 静かな時間が流れた。

「そうさ。あんたは何でもお見通しだね、昔から。……その見えない右目は超能力でも宿ってんのか? 」

 やがて口を開いた夢月からそんな言葉が紡がれた。皮肉交じりの言葉に社長がピクリ、と微かに反応した。

 夢月から視線を反らし、社長は口端を持ち上げた。どこか呆れたような顔だ。

「そんなもんがあるならわざわざこんなとこに出向いて来ねぇよ」

 社長は夢月の戯言を鼻で笑う。だが、緑の瞳の奥は全然笑っていなかった。寧ろ、冷え切っていて何処にも暖かな光は見受けられなかった。

 夢月は少し黙り込むと語り出した。


 この高校に至って平凡な女子が居た。皆から、“いい子”と評判の子だった。

 親の手伝いをよくこなし、人間関係も円滑。このビルが立ち並ぶ都会でで一戸建ての家に住み、車を持っているような家族の次女。成績だけは良い、と褒められたものではないがそこそこだった。決して悪い訳ではなかったという。クラスの学級委員長に推薦され、快く引き受けた。いつも周りに人がいる、まさに“いい子”を絵に描いたような存在。

 頼まれれば決して嫌な顔をせず責任をもって果たす。そうして周りから絶大な信頼を得ていた。

 だけど、夢月は気が付いていた。その子が時折見せる暗い影に。

 その子には手のかかる姉がいると言う噂を夢月は絶えず耳にしていた。私立の大学に入り、バイクに乗るようになってから夜な夜なバイク仲間と走りにいくようになった。レディースに入っているかもしれない。いや、暴力団の男の彼女なんだ、などと真実かどうか分からない噂が飛び交っていたそうだ。

 噂には尾ひれがつくもの。そう分かっていても夢月には確認するすべはなかった。噂の内容は形を変えながらも何回も流れてきた。その子が頑張っている裏ではいつも心無い噂が囁かれ続けていた。

 そんな中でその子は噂を払しょくするぐらい頑張っていた。

 自分が認めてもらえるように。自分の居場所が壊れないように。常に気を張っている様に見えた。

 そんなある日。事件は起きた。それは今から半年前に遡る。雪の降る寒い早朝だった。

 その子の姉が乗ったバイクがコンビニに突っ込んだ。コンビニの窓や壊れた物は弁償。事故と診断され、裁判沙汰にはならなかったものの、それでその子の生活は大きく変わった。

 その子の家はお金の為に家を売り払い、安いマンションに越した。お金はそれで何とか間に合ったらしい。

 だが、当然の如く、噂はすごい勢いで広がった。

 その内容はその子から信頼を消し去ってしまうにはあまりに充分過ぎるものだった。皆がよそよそしく離れていく。傍に居た者ですら、視線を合わせようとはしない。

 先生ですら、感情のこもっていない声援を送るだけになった。

 親は姉のやったことに対し方々に謝り続け、その子に構う余裕など無かった。

 温かかった居場所は一変して冷たく怖いものになっていた。誰もがその子を視野に入れなくなった。その子は自分の存在価値を疑うようになっていた。

 そして、事件から二週間後。その子はこの校舎のこの屋上から飛び降りた。冷たい風が吹いている登校時間のことだった。

 髪を振り乱し、恐ろしい形相をして、小さく呪いの言葉を吐きながらフェンスを乗り越えて。

 必死に止めようとした夢月の声も手も彼女―――、美姫みきには、届かなかった。


 それからしばらくしてさらに事態は悪化した。

 美姫が悪霊になってしまったのだ。学校で恨みを晴らすただの怪物となってしまったのだ。

 その眼は夢月を捕えることあっても言葉を聞くことは無い。ただ、血の涙を流しながら憎しみの視線を向けてくるだけ。

 やがて、美姫の力は強くなっていった。何にも関係ない人たちが事故や病気になってだんだん休むようになってきた。

 だから、夢月はこの校舎を守るために美姫を鬼門へといざなったのだ。妖界でその心の傷を癒せることを祈って。




『違うよ。君が結局は厄介だったのさ。だから追い払っただけ。君を追い込んだ者達だけが人間界で守られてのうのうと生きているんだよ。許せる? 』

 その問いに対しての答えは既に決まっていたようだ。

 心が何処かで砕け散るような音がした気がした。



 夢月の話を聞き終わったところで社長の体が傾いた。社長はその場に片膝をついて肩で息をしている。尋常じゃない汗がコンクリートに染みを作る。

「お前さまっ!? 」

 久恩が悲鳴に近い声を上げた。


 久しぶりに更新しました。

 楽しんでいってもらえれば光栄です。

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