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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
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一線の存在


 高いビル。狭い空。ねっとりとした熱い風。沢山の広告が映し出されるスクリーン。広告のための看板がこれでもか、と言いたげに所狭しと並んでいる。明かりがついたり消えたりする電光掲示板やカラフルなライトで彩られている都会。街行く人は忙しなく、自分のことだけに夢中になっている。

 いったい何人の人が周りを冷静になって見ているのだろうか。大半の人たちは携帯に魂を取られて、足元さえも覚束ない。それでも、他人とは関わりたくないから、ぶつからない距離を保ちつつ足だけを進めていく。


 誰も社長と久恩の珍しい服装を振り返る者は居ない。常人の目に妖の類は映りこまないからだ。視る力を持っている人のみが姿を捉えられる。存在しているけど認めてもらえない。誰の意識の中にも残ることない。

「何処へ向かうのじゃ? 」

 いつの間にか久恩は服を変えている。いつもの素敵な和服は影も形もない。普段の妾姿に狐耳、狐の尻尾というのに変わりはないが、おしゃれな現代風の洋服を着ている、Tシャツと短パン、そしてパーカーのついた上着。色が赤でまとまっているのでとても可愛らしい。

 季節は夏。それらしい格好である。

 対して社長は普段となんら変わりの無い和服である。黒に近い紺色の着流しと黒の羽織。腰にはもちろん刀が。

「浮かれるな。ったく。向かうのはあの怨霊が生前過ごしてたところだ」

 久恩に釘を刺し、向かう所を告げる社長。

 見渡す限りの人の波を器用に避けながらすでに歩き始めている。

 社長の足が目的地へ進むたびに私の気持ちはどんどん重くなっていく。行きたくない。何も見たくない。そんな思いが胸の中で膨らんでいく。

「あの怨霊の名は美姫。記録によれば自殺、らしい。家庭問題はなし。姉が居たが、それとの関係も特に問題がない。友人関係も良し。成績も中の下。怨霊になる原因らしきものは記されていなかった」

 そうだったのか。そんな風に思われていたのか。妙な感覚が気持ちを満たしていく。

 強い恨みを持つことも恨まれるようなこともなかった、と。そう報告された怨霊の何を知っているのだろうか。報告書をまとめた人に怒りすら覚えそうになった。

 久恩が真面目な顔つきで聞いている。

「確かに自殺の原因すら分からんの。最近の警団の調べは少々杜撰じゃの」

 憤懣ふんまん遣る方ない、という感じで久恩が告げた。

 いや、警団の人たちもきっとこの条件で怨霊になっているとは夢にも思わなかったのだろう。というか、思えないだろう、その報告書を読んだだけならば。

 他人には無関心。それが当たり前。それが正義。関われば面倒になる。だから、表面上問題がなければそれでいい。知りませんでした、で通るから。



「お前は本当に手のかからないいい子だね」

「頑張り屋さんだろう? 悪いがたのんだぞ」

「本当にあんたが羨ましいわ」

「推薦されたのはお前だけなんだよ。頼まれてくれるか? 」

「ごめんね、こんなことばかり頼んじゃって」

 言葉の裏にあるものは何だっただろうか。

 表ばかりが優しい。とても甘美な響きを持って思考を止めさせる。

 現状維持を望むならいつだってそれ相応の努力をしなければならない。それでも、望むものが得られるとは限らない。



 社長はどんどん進んで行く。始めに見えてきたのは都会の端っこに立てられたマンションだった。

 マンションは古くも新しくもない、普通の白い壁のマンションだ。規則的に並ぶ窓と玄関。ベランダ側も同じように整然としている。

 真夏日の日差しにはためく洗濯物。小さな植木鉢が並んでいるところ。些細だが生活感に溢れている。

 この巨大な箱のようなマンションに一体何世帯の家族がいるのか、予想もつかない。温かくて寒いところ。

 久恩も社長も一っ跳びで九階のベランダに立っていた。外から中の様子を伺っている。

 やっていることは変質者のそれと何も変わらない気もしたが、この際それはあまり言及しないで書いて置こうと思う。

 マンションの中には一人の女の人がいた。いかにも会社でバリバリに働く女ですと言った感じの鋭い顔つきをした女性。黒くて長い髪をきりりと結び、忙しそうにバタバタと朝の支度をしていく。

「ちょっと、いつまで寝てるの!? いい加減に起きないと遅刻するわよっ!! 」

 奥の一部屋に向かって怒鳴るように声をかける。化粧をしていても分かる、怖い顔つきだった。

「分かってるってば!! 」

 怒鳴り返すようにして大学生ぐらいの女が出てきた。そこから下らない言い合いが始まった。大きな声で互いを罵り合っている。

 双方、般若も顔負けのすごい形相に見えた。


「女の言い合いは見てるのも怖いのぉ」

 久恩が小さく呟く。

 言葉とは裏腹に少し馬鹿にしたような表情だ。いや、もしかしたら呆れているのかもしれない。人間の愚かさに。

 社長は何も言わず、中の様子を無表情で伺い続ける。だけど、その沈黙こそが久恩と同意見だと言っているような気がした。

 あくまで気がしただけだが、それが悲しく思えた。


 女二人のにらみ合いが続く。やがて母親の方が痺れを切らしたらしい。また、会社に行く支度を再開する。大学生ぐらいの女を見ないまま、口だけが動いている。

「あんたねぇ、ちょっとは美姫のこと見習ったら……」

「母さんっ!! 」

 言いかけた母親も女子大生もはっとして口を噤んだ。玄関の方から父親らしき人物が現れた。

 父親は黙って首を横に振った。

「母さん、美姫の名を呼ぶのは止めよう。なぁ? 美姫が心配して戻ってきてしまうだろう? 」

 勝手なことばかり言う。結局は全部忘れたいだけじゃないか。自分の罪と向き合おうともしないでそれで良しと思い込んでいる。ただ、この喧嘩を止めたかったに過ぎない。

 気づいて隠しているのか、気づかないで過ごしているのか。そんなの関係ない。悲しすぎる。

「大体、死んだ人間と比べないでくれる? 」

 言い放たれた言葉は鋭利な刃物になる。それを目の前の人達は知っているのか。

 心の中の蛇が目を開けそうになる。目の前にいるこいつらを喰い散らかしてしまいたくなる。

 その途端、社長が私をギュッと握り占めた。

 白い肌を汗が流れていく。


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