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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
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葛藤と意志


 『相談屋』のメンバーたちも社長に続こうと歩き出そうとした。文句をいう者すらいない。

 社長に絶大的な信頼を寄せているんだと分かる瞳の色。この人さえいれば絶対に大丈夫だという確固たる何かを持っているように見えた。

 だけど、それだけで納得できない者もいた。嫌、信頼とか感情何て不確かな何かなどでは無い。ほとんど、職業を全うするためだけに動いたと言ってもいい。むしろ、彼の中には仕事しかなかったのかもしれない。

 立ち去ろうとする社長の腕をがっしりと掴んで離さないのは他でもないくろがねだった。鐵は化野あだしの地区黒羽隊の副長だ。ここでみすみす見逃していいと思えなかったらしい。

 社長は腕を大きく外へ振るようにして鐵の手から逃れる。そのまま、少し下がり鐵と距離を開けると正面から彼を見据えた。見られている方が反射的に目を逸らせなくなるような、そんな威圧感と共に目を細める。剣呑に細められた目が何よりも怒りを雄弁に語っている。

 鐵に握られた社長の腕の部分が白くなっている。

「何のつもりだ? 」

 普段よりずっと低い声音が音という情報で伝えられる。紛れもない怒気。周りの温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。

 紛れもない怒りを向けられた鐵はひるまずに社長を正面から見返していた。しっかりとした自分の意志で。そうするべきだと自信を持っている瞳だった。

「人間界に行かす訳にはいかない。何をするつもりなんだ? 」

「おめぇさんには関係の無いことだ」

 先程と同じ言葉を間を開けずに社長は告げる。はっきりとした明確な拒絶。これ以上関わるなと言う線引き。

 鐵は赤い目を爛々と輝かせた。黒目のところが影に沈んで、どことなく不味い雰囲気を醸し出している。片手には既に扇を持っている。

「言っても分からないなら実力行使あるのみだ」

 鐵が負けじと低い声で告げた。一気に不穏な空気に包まれた。

 社長は落ち着いたようで、腰にあるつばなしの刀を構えるどころか手をかけることもしない。口元に淡い笑みをのせたまま鐵の視線を受け止めている。

 双方、微動だにしないで見ている。

 影と気の流れだけが激しい攻防を見せているような気がした。

「興ざめだ。行くぞ」

 唐突に社長が言い放った。

 今度こそ、歩き出す『相談屋』のメンバー達。

 鐵はもう、邪魔をしてこなかった。扇を握り占めたまま、まだ動けずにそこに立っている。

 負けじと睨み返してはいたものの、動ける余裕など無かったということか。それとも、二人の間には互いにしか分からないやり取りがあったのか。いずれにせよ、社長は動く権利を彼からもぎ取った。


 社長はついて来た調査班に現場班に合流するように告げた。

 後は久恩だけを引きつれ、人間界に降りる為に動き始めた。


 人間界と妖界のつながりは古代からとても強いものだったという。それこそ、神話として語られるような時代からずっと。

 だが、そこには暗黙の了解がいくつか存在していた。

 人間界に住まう者より圧倒的な力を持つ妖界世界の者は人間世界に悪意を持って手を出してはならない。人間界を世界を制覇するようなことはならない。

 均衡が崩れることだけで作られた決まりではないらしい。

 今では妖界憲法にもはっきり明記されていることだ。


 鐵は社長が何らかの悪意を持っているのではと邪推したらしい。それは大きな的外れだったが。

 社長は人間界と妖界を繋ぐ門の所へ来ていた。

 門は決して立派なものではない。錆びれた神社の鳥居のように石でできていている。もう、何年も手入れされていないかのように苔が生えまくりだった。

 社長が門のへこみに手を置き、妖力を注いだ。

 その途端、眩しい光が弾けた。門の中へ引き寄せられるように吸い込まれて行く。

 一瞬、門の真ん中に捻じれた空間が見えた気がした。そして、私は意識を手放した。



 暖かな指先が私に触れる。遠慮がちに。だけど、確かな温もりを持って。

 この手は誰の物だろうか。私の慣れ親しんだ両親の撫で方とはまるで違う。だけど、久しく感じることのできていなかった暖かさが素直に嬉しかった。

 手が離れていく。待って。もう少しそうしていて。

 意識が浮上した。

「どうしたのじゃ、お前さま? 」

 久恩の疑問を持つ声がすぐ近くで聞こえた。

「何でもねぇよ。だが、時間がねぇ、急ぐぞ」

 ざわざわとした雑音の中に社長の声を聞いた。

 それから、周りの様子を見て私は驚き動揺した。そこはあの穏やかな雰囲気をもった妖界と全く違う世界だったから。

 色んな記憶が浮かんでは消え、消えては浮かんでいく。

 だけど、どうしても心に残るは果てしの無い闇。認めたくない、まぎれの無い本物の感情。心の中で蛇が頭を擡げるようにしてあの感情が私に笑いかける―――。


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