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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
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絶対なんて

 しばらくして、社長と久恩、『相談屋』の情報を集める班は天狗警団てんぐけいだん化野あだしの地区黒羽隊の資料室に居た。

 資料室は狭くとっくに定員オーバーしている。だが、部屋の中では会話一つない。ただ、黙々と紙をめくる音だけが耳につく。

 各々が片っ端から棚に入っているファイルを手にし、目ぼしい情報がないか目を皿のようにして読み込んでいる。すごい集中力だ。どうしてそんなに全力になれるのか不思議でたまらない。

 近くではくろがね煙草たばこを吸いながら深々と溜息を付いている。眉間には深々としわが刻まれていた。

 これが普通の反応だと思う。世の中人の荷物まで持っていたら潰れてしまうのだから。胸の奥がちりちりと痛みを告げてくる。

 鐵がもう一度、大きなため息をついた。社長に流し目で睨まれ、気まずそうに視線をそらしている。

 そんなに、手伝うのが嫌ならば協力なんかしなければいいのに。どうせ裏切られるだけだと言うのに他人を簡単に信じるから後でなく羽目になるのだ。

 自分がどんどん冷めていくのが分かる。つくづく人文が冷たい人間だと知らしめられる。

 社長の白い肌を汗が滑り落ちた。

 緑の目は前よりずっと細められている。淡々と文字を追いかける瞳は止まることがない。

「見つかったかよ? 見つかったならさっさと帰りやがれ」

 沈黙に耐えられなくなったのか、鐵が社長に向かい言葉を投げかける。刺々しいものの言い方だ。

 社長はほんの少しファイルから目を放し、鐵を一瞥すると再び視線を下に落とした。返事もせず、膨大な資料を斜めに読んでいく。

 無視された鐵は短い舌打ちをかまし、煙を吐き出した。黒い翼が微妙に揺れている。

 どうやら相当イライラしているようだ。確かにストレスは溜まるだろうが、気が短すぎやしないだろうか。

 そんな鐵をたしなめるように、久恩が鐵を睨みつけた。イライラは伝染するものらしい。

 資料室の雰囲気が悪くなりかけた時だった。

「あった!! 社長、あったぜ」

 空気を切り裂くように声を上げたのはヒザマの光彩こうさいだった。

 ヒザマは本来、鶏のような恰好をしているものだ。そして、炎を操り火事を起こす妖怪として有名だ。

 光彩はヒザマだが、妖力が高く人に化けることが出来るらしい。今も十代後半くらいの年頃の少年の姿になっている。襟首のところだけ赤い髪の毛を伸ばし、社長と同じように髪の毛を括っている。光彩は大きな紅色の瞳を輝かせ、社長のことを自慢げに見つめている。

 社長と久恩を始め、『相談屋』の仲間が光彩の持っているファイルを覗き込んだ。気になったのか鐵までやって来た。

 ざっと斜め読みした社長の口が弧を描く。

「当たり、だな」

 社長が呟いた言葉に光彩の目は更にきらきらと輝いた。社長に褒められると言うのはこの上なく幸せなものであるらしい。

 社長は光彩の頭を軽くなでてやる。見ていても分かるほどに優しい手つきだった。


 社長は資料を受け取り、資料室の隅に座り込んだ。他のメンバー達は久遠を始め、出した資料をもとの場所へと片付ける作業へと移った。

 社長はそのページを細部まで読んで、ほんの少し目を見開いた。

 私からは資料が見える位置では無かったから何とも言えないが、そこには社長を驚かす何かが記載されていたに違いないのだ。

「有り得ないことの方が有り得ない、か」

 社長が小さく呟く。

 その言葉に共感する。自分を囲む日常は同じようで、日々、目まぐるしく進化している。昨日まで無かった場所に新しい家の下地が出来たり、落書きが書かれたり。ましてや、人間関係は秒速で変わっていく。その時の感情と場の雰囲気で。

 そんな中で絶対に無いと言う確証何てどこにも存在しない。絶対という言葉ほど信じられないものはない。

 社長の指先が私を撫でていく。

 哀れみや同情が欲しい訳じゃない。私がない物を貴方は全て持っている。そう思った途端、反発心が現れた。社長の全てが疎ましく思えた。

 社長は何も言わず、私からそっと手を放した。

 表情を変えることなく口を開く。

「ここでやることは終わったな。久恩、俺と共に人間界へ降りるぞ」

 その言葉を聞いて誰もが社長を驚いた眼差しで振り返った。

 散々、社長のことを煙たがっていた鐵までもが、目を丸くしている。

「おい、人間界に手を出すことは禁じられてるぞ」

 しばらくの沈黙を破るようにして、鐵が口を開いた。馬鹿なことを考えるな、という響きが籠っている。

 そんな言葉を社長は鼻で笑いとばした。

「人間界に手ぇ出すほど暇じゃねぇよ。それに、もし俺らが手を出すとしてもおめぇさんには関係あるめぇよ」

 鼻で笑った後、緑の鋭い瞳が鐵を射抜いた。口元だけが笑っている。

 他人を黙らせるには充分すぎる迫力だった。ただ怖いだけじゃない。社長は何処までも気高い存在だと錯覚してしまいそうになるほど見ている者を魅了する。

 そのままここにはもう用はないというように、社長は踵を返した。


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