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泡沫  作者: 若葉 美咲
2.過去からの復讐者
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決意は固く


 昔から、周りに合わせて生きてきて損をしている。

 他人のお願いを断れない人種と書けばいいのだろうか。「助けて」「お願い」「ありがとう」、これらの言葉には魔法がかかっている。

 とても甘く見えるけど、その実、それは猛毒で。

 一度、感謝されると麻薬のように体を巡る。

 どうにか、止めたいと思ったけど。

 身に沁みついてしまった猛毒は抜けなかったようで。

 咄嗟に飛び出した体は痛いぐらい“闇堕ち”の影響をもろに受けて。あっという間に皮膚は紫に染まっていく。

 劇薬を飲み干したかのような激痛に、声もなく崩れ落ちる。

「分かってる、久恩は悪くない。悪いのは私。お頭を護れなかった私」

 すすり泣くような声が聞こえてくる。

 最初は何のことだか分からず、痛みに邪魔され、途切れ途切れにしか聞くことができなかった。

「でも、認めたくない。もし、あの時道を間違えなければ……。久恩が抜けなければ……」

 その後悔と、希望論の言葉の羅列を聞いているとこちらまでくらくらしてくる。

「久恩が居なくとも、私だけでまとめられる。私は頑張れる。頑張らなきゃって思ったのに」

 沈みそうになる意識を手繰り寄せ、私は静かに目を開いた。

 泣いている小雪を探さなければいけないと思った。

 紫色の空間を進んでいく。

「駄目だった。救えなかった。私が悪いの。お頭も護れない、私の弱さが……嫌い」

 未だ声が響いている。

 動くたびに私の肌はどんどん“穢れ”ていくけど。それでも構わない。

「嫌い……嫌い! 大っ嫌いっ!!」

 瘴気がより一層増す。

 そんな中、私は紫色の闇の中に、小雪の姿を見出すことができた。

 美しい姿は変わらないまま。膝を抱え、幼子の様に涙を零しながら、泣いている。

 その肌は痛々しいぐらい紫に染まっていて。

「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い」

 壊れたラジオのように同じ単語を繰り返しながら、膝を強く抱えている。

「小雪さん! 手を!」

 痛みに堪えながら、手を差し伸べる。

 だけど、私の声は届かないみたいで。

 舌打ちしたい気分に駆られながら、私はもう一歩踏み込んだ。

 ものすごい量の“穢れ”が新たな獲物が来たとばかりに私に絡みついてくる。

 伸ばした腕が、声を上げようとして開いた口内が、踏み込んだ足が、激しい痛みを訴える。脳の危険信号はとっくに真っ赤だ。

 だけど、私は約束したのだ。

 もう一歩、踏み出した。


 しゃりん。


 鈴の音が鳴る。

 何よりも清らかな音が。

 この場に相応しくない澄み切った音が響いた。

「……お頭?」

 小雪が音に反応した。

 私はそのチャンスを逃さなかった。

 勢いよく飛び出すと、そのまま小雪を抱きしめた。

「~~っ!!」

 “闇堕ち”した小雪の“穢れ”が私の肌を焼いた。

 声にならない声が私の食いしばった歯の隙間から漏れ出ていく。

「な、に……?」

 状況を飲み込めていない小雪が唖然とした表情で呟いた。

 驚きで泣くことを忘れたのか、澄んだ涙が宙にきらめいて消えていく。

 その間も“穢れ”は私の肌を侵食していた。

「何、してるの……?」

 少しずつ状況が飲み込めてきた小雪が私のことを見て、尋ねてくる。

 生憎、答える余裕がない私は笑った。

 笑ったつもり、だ。上手く笑えている自信は無かった。

「何で、貴方がここにいるのよ? 何で?」

 問いを重ねられる。

 さて、何を答えたらいいだろう。

「私は、悪い子なの! 皆をまとめられなかったし、お頭も救えなかったし! 今だって、まだ久恩のせいにしようとしてるし!」

 小雪がだんだん、強い口調で言ってくる。

 手足をばたつかせ、私の腕から逃れようとしてくる。

「私が間違えたの! もう、放っておいてよ!!」

 そう言って暴れまわる小雪。

 私は無性に腹が立った。

「いい加減にしなよっ!」

 気が付けば。

 そう口にして叫んでいた。

 言いながら、小雪の頬を両手でべちん、と挟んでいた。

 面食らった表情の小雪とばっちり目が合った。


『――あーあ、面白くないの。ここからだったのに』


 少し離れたところから、誰かが呟いた。

 姿は見えないがはっきりと伝わる。

 三日月の形をした口がにやり、と笑う。


 私は大きく息を吸った。

 負けてたまるか。

 小雪にも。こんな訳の分からない声を出してくる得体のしれないヤツにも。私自身にも。


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