決意は固く
昔から、周りに合わせて生きてきて損をしている。
他人のお願いを断れない人種と書けばいいのだろうか。「助けて」「お願い」「ありがとう」、これらの言葉には魔法がかかっている。
とても甘く見えるけど、その実、それは猛毒で。
一度、感謝されると麻薬のように体を巡る。
どうにか、止めたいと思ったけど。
身に沁みついてしまった猛毒は抜けなかったようで。
咄嗟に飛び出した体は痛いぐらい“闇堕ち”の影響をもろに受けて。あっという間に皮膚は紫に染まっていく。
劇薬を飲み干したかのような激痛に、声もなく崩れ落ちる。
「分かってる、久恩は悪くない。悪いのは私。お頭を護れなかった私」
すすり泣くような声が聞こえてくる。
最初は何のことだか分からず、痛みに邪魔され、途切れ途切れにしか聞くことができなかった。
「でも、認めたくない。もし、あの時道を間違えなければ……。久恩が抜けなければ……」
その後悔と、希望論の言葉の羅列を聞いているとこちらまでくらくらしてくる。
「久恩が居なくとも、私だけでまとめられる。私は頑張れる。頑張らなきゃって思ったのに」
沈みそうになる意識を手繰り寄せ、私は静かに目を開いた。
泣いている小雪を探さなければいけないと思った。
紫色の空間を進んでいく。
「駄目だった。救えなかった。私が悪いの。お頭も護れない、私の弱さが……嫌い」
未だ声が響いている。
動くたびに私の肌はどんどん“穢れ”ていくけど。それでも構わない。
「嫌い……嫌い! 大っ嫌いっ!!」
瘴気がより一層増す。
そんな中、私は紫色の闇の中に、小雪の姿を見出すことができた。
美しい姿は変わらないまま。膝を抱え、幼子の様に涙を零しながら、泣いている。
その肌は痛々しいぐらい紫に染まっていて。
「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い」
壊れたラジオのように同じ単語を繰り返しながら、膝を強く抱えている。
「小雪さん! 手を!」
痛みに堪えながら、手を差し伸べる。
だけど、私の声は届かないみたいで。
舌打ちしたい気分に駆られながら、私はもう一歩踏み込んだ。
ものすごい量の“穢れ”が新たな獲物が来たとばかりに私に絡みついてくる。
伸ばした腕が、声を上げようとして開いた口内が、踏み込んだ足が、激しい痛みを訴える。脳の危険信号はとっくに真っ赤だ。
だけど、私は約束したのだ。
もう一歩、踏み出した。
しゃりん。
鈴の音が鳴る。
何よりも清らかな音が。
この場に相応しくない澄み切った音が響いた。
「……お頭?」
小雪が音に反応した。
私はそのチャンスを逃さなかった。
勢いよく飛び出すと、そのまま小雪を抱きしめた。
「~~っ!!」
“闇堕ち”した小雪の“穢れ”が私の肌を焼いた。
声にならない声が私の食いしばった歯の隙間から漏れ出ていく。
「な、に……?」
状況を飲み込めていない小雪が唖然とした表情で呟いた。
驚きで泣くことを忘れたのか、澄んだ涙が宙にきらめいて消えていく。
その間も“穢れ”は私の肌を侵食していた。
「何、してるの……?」
少しずつ状況が飲み込めてきた小雪が私のことを見て、尋ねてくる。
生憎、答える余裕がない私は笑った。
笑ったつもり、だ。上手く笑えている自信は無かった。
「何で、貴方がここにいるのよ? 何で?」
問いを重ねられる。
さて、何を答えたらいいだろう。
「私は、悪い子なの! 皆をまとめられなかったし、お頭も救えなかったし! 今だって、まだ久恩のせいにしようとしてるし!」
小雪がだんだん、強い口調で言ってくる。
手足をばたつかせ、私の腕から逃れようとしてくる。
「私が間違えたの! もう、放っておいてよ!!」
そう言って暴れまわる小雪。
私は無性に腹が立った。
「いい加減にしなよっ!」
気が付けば。
そう口にして叫んでいた。
言いながら、小雪の頬を両手でべちん、と挟んでいた。
面食らった表情の小雪とばっちり目が合った。
『――あーあ、面白くないの。ここからだったのに』
少し離れたところから、誰かが呟いた。
姿は見えないがはっきりと伝わる。
三日月の形をした口がにやり、と笑う。
私は大きく息を吸った。
負けてたまるか。
小雪にも。こんな訳の分からない声を出してくる得体のしれないヤツにも。私自身にも。




