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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
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借りはなるべく早く返せ

 変な空気の中、社長は少しも動じない。むしろ、清々しいくらいに堂々としたものだった。

 何が起きているのか追い付けない私だけが取り残されたような感覚。羨ましい。頼むから、その冷静さを分けて欲しい。その時は、心を渦巻くどす黒い感情の中でそんなことを思った。

 社長は怨霊の魂の欠片を懐に入れ、代わりに煙管を取り出す。火をつけ、ゆっくりと吸った。

 それからしばらく思案するように目を閉じ、煙管を吹かす。思案するかのように目を閉じている。その横顔は端正で、とても印象深い物があった。

 社長の隻眼が開いた。緑の鋭い目が真っ直ぐに前を見据えている。

「久恩、着いて来い。他はここで結界維持」

 納得いかない―――、ほとんどの者が社長が心配で不満なようだ。だが、社長が失敗したことは無いという事実。それも手伝ったようで誰も何も言わない。

「沈黙は肯定だな」

 社長が言い放ち、踵を返す。久恩が妾姿のまま、後を追った。


 社長が向かったのは妖界の五大都市の一つ、化野あだしの都というところだ。

 街行く者達は人型だけではなく、異形の者が大勢いた。大勢の人が行き交う通りはまるで満員電車のようだ。足を踏ん張っていても流れに流されそうだし、行きたいところへ行こうとしても中々たどり着けそうにない。もしも、この時の私に実体があったのなら、と言う話だが。

 嫌なことを思い出しかける。社長がほんの少し懐を撫でた。

 久恩と言えば久しぶりの都で浮かれているらしい。妾姿ではしゃいでいるように見えた。銀髪の髪を振り乱しながらあちらこちらをきょろきょろしている。

 社長はそんな久恩を叱ることもせず、流れに逆らうようにして悠遊と歩いて行く。だが、久恩が迷子にならないように一定の距離からは遠くに行かないようにしているらしい。

 そうやって辿り着いたのは大きな門の前だった。

 門には『天狗警団てんぐけいだん 化野地区黒羽隊あだしのちくくろはねたい』という立札がかかっている。

 社長は迷わず門番らしき人に声をかけ、ある人物を呼び出すように言つけた。

 しばらくして男の人が小走りでやって来た。黒く短い髪はボサボサで鋭い目をして出てきた。本来、白目であるべきところは黒い。瞳は赤い。背中には見事な黒い翼が生えている。

 天狗。初めて見た姿にただただ圧倒された。仮想世界、もしくは伝説上の生き物と言われていた生物が目の前に居る。その事実は少しならず、私を驚かせた。

「おいおい、呼び出すときに本名言うの止めてくれって前に言わなかったか? 」

 どうやら出てきた天狗は怒っているようだ。

 低い声で言いながら笑顔を社長に向けている。ただ、その頬は引きつっていて目もどことなく怖い。

「いいじゃねぇか、くろがね。おめぇさんにはよく似合ってる名だと思うぜ? 」

 社長がからかうような口調で答えれば、鐵と呼ばれた天狗は肩を震わし始めた。それから、小柄な社長の胸倉を掴み揺らす。

 社長は振りほどくこともせず揺らされるままでいる。余裕のある笑みを絶やさない。

 変わらなすぎる態度を見て、どうしようもないと思ったらしい鐵はやがて手を放した。深く長いため息が消えていく。

「で、今度の厄介ごとは何なんだ? 面倒ごとはごめんだぞ。だから、悪いがここを頼らないでくれ」

 言うだけ言って奥へ行ってしまおうとする鐵。

 ああ、やはり誰にも救われない。だれも必要としていない。そんな思いが胸を突く。

 社長が顔を曇らせた。白い肌を汗が伝い落ちて行く。

「おいおい、面倒ごとにしないためにこうやって俺らが動いてるんだろうが。お前の手は煩わせねぇよ。ちょいと資料室に入れてくれりゃあいい話なんだぜ? 」

 笑顔を取り繕い、社長が鐵の背中に向かって語り掛ける。鐵は動きをピタリと止めた。

「それだけでお前さんの面倒は……」

「断る」

 社長の言葉を遮るように鐵が言い放った。

 傍でずっと黙っていた久恩も流石に怒りを露わにした。本来の姿、つまり人の何倍もの大きさの九尾に戻って鐵に襲い掛かろうとする。

 鐵が振り返り、ヤツデという葉の扇を振り上げる。

 久恩を迎え撃つつもりのようだ。

「止めろ、久恩! 」

 社長が声をかけるが、久恩は止まらない。鋭い牙を剥きだしにし、そのまま鐵に突っ込んでく。

「桜音っ!! 」

 社長が叫んだ。

 一瞬、不思議な文字が宙に浮かぶ。

 続いて、衝突音が響き、砂埃が舞い上がった。


 やがて、砂埃が消え去った。

 鐵と久恩の間に社長が立っている。振り下ろされた天狗の扇を社長の刀が受け止めている。久恩の鋭い爪は社長の背中を引っ掻く一歩手前で止まっている。


 全ての事件が解決したあとで尋ねた。どうして久恩を桜音と呼んだのか。

 「桜音」とは社長が久恩に与えた仕事名らしい。本当のところは仮名かなというらしい。これが仕事であることを思い出してもらうために言ったのだとか。もし、あそこで仮名を呼べていなかったら社長の背中は見事に裂かれていたかもしれない、とのことだった。


 社長はゆっくりと刀を鞘へしまった。

「警団の門前で暴れてんじゃねぇよ。このたわけ共」

 緑の隻眼がじろりと二人を睨む。言葉に少しならずの怒気を含んでいる。

 二人は納得いかなさそうな顔をしながらも、敵意をかき消した。

 久恩はまた、童姿になり社長の傍に立った。

「妾は悔しいぞ。千年も生きていぬ若造が妾の尊敬するお前さまに立てつくなど。身の程違いにもほどがあると思うのじゃが」

 久恩の大きな赤い瞳が鐵を捕える。瞳の奥にはまだ燃え尽きていない怒りの炎が見え隠れする。

 鐵はほんの少しばつの悪そうな顔をしていた。

「立てつかれて終わりにするような俺だと思っているのか? 勝算がなきゃこんなとこになんざ来ねぇよ、久恩」

 鼻で笑うようにして社長が言い放つ。

 その言葉に久恩は感嘆したかのように顔を輝かし、鐵は眉根を寄せた。

「この間の褒美、まだ決めてなかったなァ? 何でもいいって言ったのはお前さん自身だぜ?」

 社長の言葉に鐵の顔がさらに引きつる。先ほど、久恩と対峙したときとはまるで別人だ。

 私が知り合う以前に何かがあったのは容易に分かるやりとりだ。しかも、鐵はその時に社長に借りをつくっているみたいである。

「と言うことで、分かっているよなァ? 」

 社長はとても楽し気に悪魔のような顔で笑ったのだった。


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