復讐
一方、私は小雪と対面していた。
怪しげな笑みをたたえ、少しずつ近づいてくる小雪。
小雪の瞳にシロは映らない。妖にも死があるのだということを私はこkで再認識させられたのだ。
でも、私の目にはシロが見える。一体、どうなっているのか、私にはだんだん分からなくなってきた。
「何、そんなに慌てちゃって? それにしても、本当によく動く子ね」
美しい笑みが目に毒だ。
この人は敵なのだということを忘れてはいけないのに、見惚れてしまいそうになる。
小雪が睨みつけてくる。正直、とても怖い。
目を離せないほど綺麗なのに、恐ろしい。怖くて足が震えるのに、どうしようもなく体が動かない。
「久恩? 可愛い子が来てるわよ?」
にやりと笑いながら、小雪が部屋の中に呼びかける。
「そんなことを言うてもごまかされん、その手には飽いた。もうちと、頭を捻るがよかろう」
艶のある声が私の耳を刺激した。
久恩はどうやら意識を失っているわけではないらしい。
「それが違うのよね」
くすり、と小雪が笑った。
「避けろ!」
シロの声が私の耳に届く。
反射的に私は頭を抱えるようにしてしゃがんだ。上を見事な蹴りが通り過ぎてい行く。
蹴りは壁へめり込んでいる。先ほどまで、私の頭があった位置だ。
あんな蹴りが当たっていたら死んでしまう。本能が警鐘を鳴らした。
「頼むよ、逃げないで」
一度体制を立て直そうと距離を開けたら、シロが泣きそうな声で縋ってきた。
言われて足が止まった。
「ふふふ、びっくりしちゃったのかしら?」
楽し気に小雪が笑う。
ここまでシロに案内してもらった。なら、私も約束を守らなければならない。
だから、止まった。だけど、それ以上、何をすればいいのか分からない。
「誰か居るのかえ?」
久恩の心配そうな声が聞こえる。
でも、返事ができるような状況ではない。
次の蹴りを交わすので精一杯だ。
「何でっ、何でこんなこと!?」
必死になって声を出す。
小雪の笑い声が耳を刺す。
「何で? 面白いことを言うねぇ、餓鬼! 決まってるじゃないか!」
振り下ろされた足がかすった。
ガン、と強い衝撃を感じて、視界が揺れた。倒れかけてしまう。
「君! しっかりしてくれ、大丈夫かい?」
慌てた様子で、シロが声をかけてくる。
大丈夫だったら倒れないよ、なんて言葉は飲み込んだ。心配してくれた人に八つ当たりなんて駄目に決まっている。
「復讐だよ。復讐してやる!」
小雪が吠える。
体が震えた。
見上げた小雪は恐ろしい形相をしていた。
復讐だなんて、いい物じゃない。
私はその体験をしている。
全てを恨んだって何にもなりやしないのに。
何かになるのだったら、皆、とっくに救われている。
恨みは人をこんなにも変えるのかと思うと心底ぞっとした。
「……誰に? 僕にかい? それとも……」
シロがかすれた声で呟いた。
見上げたシロの表情はお面で見ることは出来なかった。ただ、無機質なお面が小雪を見つめている。
「誰に、復讐するんですか?」
痛みに耐えながら、シロの伝わらない言葉を口にする。
小雪の表情がすうっと冷たくなったのが、見えた。
ああ、きっと間違えた。
全ての選択を間違えてきたはずなのに、ここで間違えた。私はその時、確かにそう思った。
不思議と今まで聞こえていなかった久恩の不安そうな声が唐突に聞こえるようになった。
世界がゆっくり回っているように錯覚してしまうほどに。




