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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
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荒々しい対面

 鬼門村は『相談屋』が店を構えている村よりずっと栄え、賑わっている。表通りには様々な店が立ち並び、道を行く人は数え切れないほどいる。

 普段はもっと明るい場所らしいのだが、その日は皆、心配そうな、辛そうな顔をして西の方角を見ていたという。

 村の西側には緑に萌える美しい森が広がっているのが普通の景色だったらしい。

 だが、この時、村から見える森は葉を茶色くしてほとんどが枯れかかっていた。

「こりゃあ尋常じゃねぇな」

 社長も驚きを隠さない様子で呟くほどだった。


 社長たちが森に行くと女の怨霊が確認された。

 年は15歳から18歳だと推測された。黒く長い髪を逆立て虚ろな瞳から真っ赤な血を流し続けている。聞き取れないような声で恨み言を呟き続けている。葬式時に着せられた経帷子きょうかたびらを身に纏い禍々しい雰囲気を周囲にふりまいている。

 負の気は紫色の空気の流れとなり植物を枯らしていく。怨霊の傍にはもう、少しの草も生えていなかった。

 社長が怨霊に向かって足を進ませようと一歩踏み出す。

 その途端、人間のわらべの格好に化けている久恩が社長の前に立ちはだかった。童の格好とは言え、銀色の髪と狐の耳、尻尾を逆立て威嚇しているのでかなりの迫力がある。

 社長も流石に二歩目以降を踏み出せず、久恩を見下ろした。

「ならぬ!! お前さまあれは既に“闇落ち”しかけておる!! 触れたらお前さままで“穢れ”てしまう!! 」

 久恩は社長の身を案じたのだ。

 “闇落ち”とは妖が闇に転じてしまうことだ。闇になってしまうと見境なく命を奪う存在となり、救いようがなくなるのだ。殺すしかなくなる。しかも“闇落ち”した者に触れると触れた部分があざのようになり、そこから“闇落ち”が始まることもある。

 二次災害を防ぐためにも、“闇落ち”しかけている者には一般人は近づかないと言うのが妖界の暗黙の約束みたいなものになっているという。

 だから、久恩がとった行動は必然的なものであり、それを咎めることなど出来ない。

 しかし、怨霊はそれが気に入らなかったのだ。結局、自分は避けられている。どこに行っても邪魔者で、自分の存在意義など微塵もない。そう思わせる他人が許せない。

 怨霊はそう思い、最初に目に留まった社長に襲い掛かった。

 襲われた社長は久恩を突き飛ばし、ひらりと怨霊の手から逃れた。さっと立ち上がった久恩を尻目に、社長も一度、怨霊から距離をとり態勢を立て直す。

「これだから怨霊は面倒だ」

 吐き捨てるように呟かれた言葉。

 心に深く深く突き刺さる。発せられた音は消えない。ナイフとなり、突き刺さり追いつめる。確実に。少しずつ、少しずつ。

 怨霊は髪の毛を振り乱した。許さないという想いが腹の底からこみ上げてくる。

 もう一度、怨霊が社長に向かって突撃した。長い爪を振りかざし、その綺麗な顔を引っ掻こうとする。

 社長は“穢れ”を恐れず、無造作に左腕を伸ばした。

 怨霊の爪は空を掻き、社長が伸ばした左腕が怨霊を貫いた。怨霊から甲高い悲鳴が上がった。

 ”穢れ”が社長の腕を容赦なく浸食していく。それでも、社長は顔色一つ変えずに腕を引き抜いた。

 体に重い衝撃を受けた怨霊はそのまま倒れ込む。その瞬間から既に傷の修復は始まっているのだが、妖界に来たての怨霊は力を制御出来ていない。その為、回復が遅い。

 誰もが動けずにいた。ただ息を飲み、社長と怨霊を凝視していた。

「ぼやっとすんじゃねぇ。結界! それから清めの水を持って来い!! 」

 社長の鋭い支持が飛び、皆が我に返った。各々が役目を果たすためにさっと動き出した。

 数人が怨霊を囲み、透明な壁を作り出し隔離した。

 結界のおかげで、負の気配が外に漏れださない。少しの間の時間稼ぎになるのだと後で教えてもらった。

 ただ、結界はずっと張っては居られない。結界を張っている者達の妖力が尽きれば、結界は消えてしまう。交代用人は何人かいるが、いずれは結界は消えてしまうそうだ。

 ほんの少しだけ余裕が出来る、という訳らしい。


 社長の腕は紫色に変色していた。“穢れ”たのだ。

 “穢れ”を払う方法は大まかに分けて二つ。

 一つはひたすら清めること。酷い場合は何百年も清めの水の中で眠り続けることもある。

 もう一つは“穢れ”の原因になった“闇落ち”している者をどんな方法であろうと消し去ること。殺すもよし、封印するのもいい。闇から救い上げ、正常な状態に戻すことでも“穢れ”は消える。

「お前さまのたわけっ!! どうする気なんじゃ!? 」

 久恩が目を吊り上げて社長に詰め寄った。

「たわけってお前なぁ」

 久恩の勢いに社長は何とも言えない表情でため息をついた。それから、ほんの少し口端を持ち上げた。既にやることは決まっていると言いたげだ。

「成仏は望んでねぇんだろ。だったら、嫌でも静かになってもらうしかあるめぇよ」

 清めの水を社長の左腕に久恩が器用にかけていく。白い煙を上げながら、痣は少し薄くなったように見えた。だが、消えた訳ではない。少しずつ少しずつ、確実に体を蝕んで行くのだ。

 皆、不安そうな顔をしながら社長を見つめていた。

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