プロローグ
脆く崩れる花の夢。
もげた翼は何処にも戻らず。
失った気持ちが何だったのか本人すら分からない。
夢々忘れることなかれと風が吹き抜けていく。
きっとあなたも知ることになるだろう、この物語の結末を。
ここは妖界。人間世界と運命をともにする世界。
人間の歴史が大きく動く時、そこには必ず人ならざる者が何処かで関わっている。
人ならざる者は神であることもあるし、モノノ怪だということもある。もちろん幽霊なんかも存在する。
そんな多種多様な生き物が集う世界では小さな争いごとや問題は山ほど起こる。例え朝が平凡なものだったとしても。
屋敷が燃えている。赤い炎が地面を舐め、勢いを増していく。
月の浮かんでいない永遠に続くかのような夜空へ煙と火の粉が舞っていく。すべてを包んで消えていく炎が怖いと思った。恐ろしさに怯む。
「お主、怖いなら少し下がっておれ」
久恩が私の肩に触れた。童子姿の久恩の銀色の髪が炎に煽られて、美しく見えた。視線を上げれば夜の闇にも負けない黒い羽織を羽織った社長が立っていた。
社長の姿を見た途端、震えが収まった。自分でも現金だなと思うが、火への恐怖よりも社長の怪しい美しさに惹かれたのだと思う。
隻眼の瞳はまっすぐに燃えた屋敷を見つめていた。
「消火活動にはもう少し時間がかかりそうじゃ、すまぬな」
「別に構いやしねぇさ」
久恩の言葉に社長が答える。しかし、その瞳は燃え盛る屋敷から離れない。荒れ狂う炎の中に何かを見据えているような気がした。振り返ってみても、私には何も見出すことはできなかったが。
緑の瞳がつうっと細められた。何かを見つけたかのように。
「消火は意味ねぇな。燃やしとけ。怪我人がいるわけでもねぇからな」
社長はそう言って踵を返していく。後ろ姿はいつもより暗く見えた気がした。
私は後ろを振り返った。轟々と音を立てて燃えていく屋敷。あの火の中に何がいるのだろうか。
隣に立っている久恩も不思議そうな顔をして焼けていく屋敷をただ茫然と眺めた。




