17. まがときにはキャラメルオレンジソースをかけて その⑤ ☆
長めです。
白いリムジンは、順調にロクム・シティへと優雅な車体を飛ばしていた。
日曜日の夕刻、高速道路は休日を楽しんだ人たちの帰路の車で、平日よりも交通量は多め。が、渋滞が発生するような事故も無かったので、予定どおりの時間でロクム・シティに到着できそうだ。
時計を確認しながら、キャビンで身体を伸ばすクリスタ・ロードウェイはそう考えていた。とはいえ、気持ちは心配で逸るばかりなのだが。
急ぎ帰宅したいというクリスタのために用意された、白のリムジン。
ナダルの社用車に乗ったことならあるが、彼の個人所有車に乗るのは初めてだった。手配したのはスタッフでも、車の使用を許可してくれたのはナダル本人だ。クリスタはその特別扱いが誇らしくも嬉しくもあった。
それにしても。さすが今をときめく人気デザイナーの自家用車。
外装の美しさもさることながら、自らデザインした特注の内装は、少し個性的ではあるが、いかにもロマン・ナダルらしいとクリスタは感じていた。テレビモニターやカクテルキャビネットなども、装飾と機能が上手く組み合わされている。
そして、あるかなしかに漂うロマン・ナダルが好む煙草の香り。
好奇心旺盛な彼女の関心をくすぐらない訳は無い。敬愛する人気デザイナー、ナダルの趣味を堪能しようと、現状をさておき、車内の装備品チェックに興味津々の視線が走ってしまう。
しかし、なんと言ってもくつろげるのが嬉しい。
長距離バスのような揺れもないし、空調も完璧。大きめのシートの座り心地は最高で、ゆったりと身体を包んでくれる。足下のスペースも広く取ってあるから、191センチの恵まれた長身を縮こまらせて、無理矢理座席に収まるなんて必要はない。身体の半分もある長い脚だって、遠慮なく伸ばして座っていられる。
お行儀が悪くたって、キャビンはクリスタひとりきりだから誰に咎められることもないし、窓の防護フィルムが外からの視線を遮っているから不躾なカメラを警戒する必要もない。運転席とも壁で仕切られているから、キャビン内は完全にプライベート空間になっているのだ。
車内BGMはアンビエントミュージックが良いと言えば、スマートスピーカーは即座に聞きつけ、負担にならない程度の音量で提供し始める。備え付けの冷蔵庫には、送り出してくれたスタッフの心遣いなのか、彼女の好むフルーツやドリンク類まで用意されていた。
その中からミネラルウォーターのボトルを1本取り出すと、蓋を開け、シートに反っくり返って男の子のようにラッパ飲みをする。
この姿を親友が見たら「ああん、もう!」と嘆くだろうが、今はそれどころではない。
そのテスと、なぜか音信不通になってしまっているのだ。
クリスタはずっと携帯通信用端末機を操作し続けている。
何度も掛けているのに、テスは通信端末機の会話ボタンをオンにしない。いや、正確にはボタン操作をしないのではなく、電波が繋がらないのだ。
(どうして繋がんないンだよ。一度は通じたっていうのに)
(会話をしたのはバクラヴァを出発る前。リムジンを待つ間に掛け直したときには、もう繋がらなかった。かれこれ30分以上も通信末端機は不通の状態だ)
深緑色の大きな瞳は、末端機の通話画面を穴があくほど眺めていた。
ならば試しとメリル・ペタンクールを呼び出せば、回線はすんなりと通じた。ナダルの店舗の仲の良いスタッフにも所属するモデル事務所のオフィスにも、問題なく繋がる。
反応がないのは、テスの通信末端機だけだ。
(通信キャリア側の事故っていうンなら、トラブル回避の手段を早々に打つはずだ。それが出来ないんなら、案内アナウンスのサービスくらいするだろうさ)
(通信遮断のままってのは気に入らないね)
クリスタの鼻は、フンと大きく息を吐き出した。
今一度、親友テスの携帯番号を押してみるのだが、やはり繋がることは無い。一度コール音がして、その後いきなり通信がブツリと途絶えてしまうのだ。
(キャリア側のトラブルっていうより、誰かが故意に通信をぶったぎっている、ってカンジなんだよね。この切れ方……)
「あああああ~~!!」
豪華で快適なリムジンの中で、クリスタは不満の大声を上げていた。
イラスト:深森様
♡ ♡ ♡ ♡
「では、僕の質問に答えてください」
マオが臨戦態勢を解いた。
すると張り詰めていたベレゾフスキー側の緊張も、数ミリだけ緩和された……ような?
「僕は、あなた方がどんな身分でどんな仕事をしているかについては興味がありません。
ですが、ここは一般市民居住区です。そちらのあなたの部下が、公認認可証を持った超常能力者だとしても、これは違法なのではありませんか。
一般市民居住区で許可無く能力を行使することは、禁止もしくは制限されています」
「ほう。よく知っているな」
ベレゾフスキーはアイスブルーの瞳を光らせた。
「すでに許可は下りている」
「じゃあ、クラビエデス街の街路灯や建物に設置されている防犯装置や、カメラの録画機能を停止させることも?」
「ふふん、良く気付いていたな。もちろんだ」
当然だろうと、鼻から息を出す。嫌味ぃ。肩が上下に動くのも治まり、背中に棒でも入れたんじゃないかってくらい背筋を正した上から目線のベレゾフスキーの態度には、ますます鼻持ちない感がアップする。
「これだけ派手に器物を破損しても、一般市民居住区で超常能力を行使しても、警報ひとつ鳴らないんです。
警察が駆けつけることもない。おそらく携帯通信用端末機も繋がりませんよね」
ふたりの足下でしゃがみ込んだままのあたしは、ごそごそとバックの中から通信末端機を取りだして電源スイッチを入れてみた。
あら、ホント。繋がらないどころか、電源も入らない。
「もっと不思議なのは、日曜日の夜のオフィス街だからって、通行人の姿が途絶えてしまっているということです。ラミントン広場から信号を渡って1ブロックくらいまでは擦れ違う人がいましたが、その後はこの通りを行き来する人に出会っていません」
そう言われれば……。指摘されてようやく異変に気付く。
ボケ全開ね、あたし。
「変じゃないですか。そこにあなた方が現われ、遠慮なく僕らに違法行為を働く。これでは裏であなた方がなにか工作しているんじゃないかって、素人だって察しがつきます」
ああん。そんなことこれっぽっちも思いつかなかったボケが、あなたの隣にいます。
「ここは金融街。あちらこちらに犯罪盗難防止のための監視眼が光っているはずです。眼だけじゃない。少しの異変を感知しても、警備会社や警察に通報されるように設計されているんじゃありませんでしたっけ。
この全長約800メートルのクラビエデス通りに、一体いくつのオフィスが軒を並べていると思います? 銀行に大手金融機関や証券会社、それぞれのオフィスが神経質なくらい防犯には惜しみなく設備投資しているのは、当然ご存じですよね」
と、あいつに向かって笑いかけるマオ。
あん、完璧なアルカイックスマイル。でもどこか挑戦的な。
「外観は古い街並みを模していますけど、出入り口や窓だけじゃなく、ここには建物自体に最新鋭の防犯は設置されているんです。さらに建物内部を巡回する警備ロボットの眼もありましたね。
あれらだって、内部の異常ばかり監視しているわけじゃない。異常な周波数や振動、熱量などを感知すれば、当然外部にだって眼を向けるように仕組まれています。
やだなぁ、そうでなくては警備にはならないでしょ。
つまり十重二十重に安全保障対策を施した、この街自体が防護された要塞のようなものです。
まさか、それを全部停止させたんですか」
彼は大げさに驚いた顔を作る。
「警察はまだしも、警備会社は一社じゃないでしょう。クラビエデス街のオフィスを担当する警備会社全社に通達を出したって、簡単に従う……ああそうか。あなたが所属する組織はそれが可能である――と」
ベレゾフスキーの左頬がピクピクと痙攣した。
「呆れるな。ひとりの能力者を確保するために、どれほどの大がかりな規制と調整をかけたんです? はた迷惑この上ない話ですね。そこまでしないと能力者ひとり、捕まえることも出来ないんですか?」
あいつのこめかみに青筋が浮き上がってきた。頬の肉の痙攣も継続中。
「監視眼と言えば、パトロールポッドは人間を攻撃することをプログラミングされてはいない。犯罪者を見つけても、警告を発し、警察に通報するのが本来の役目です。
あれのプログラムを乗っ取って、僕たちを襲わせましたよね。どうせそれもあなたの指示で部下がやったことでしょう」
そうよ、そうよ。
「強固な防犯警備体制を取るこの街で、これだけ騒ぎを起こしても警報ひとつならないのは、あなた方がそれを外部からの圧力で阻止しているから。
でも。あながたどんな権力を笠に着て執行っているとしても、この街の防犯システムをいつまでも停止していられる訳じゃない。警察にだって、警備会社にだって面子がある。
公僕である警察は上層部からの権力で抑えられても、民間である警備会社はそうはいかないでしょう。万が一のことがあったら信用問題に関わってきます。いつまでも黙って見てはいない」
「万が一、とは」
「この機に乗じて、別の犯罪を誘発することです」
それって、防犯装置が働いていないことを知ったどこかの泥棒さんが、これ幸いとオフィスに盗難に入るとか、ってことなのかしら。
それは警備会社としては、冗談でも済まされない事よね。
「――見て見ぬ振りも、そろそろタイムリミットなんじゃないでしょうか」
眼を細め口角を上げるマオ。その笑い方、陰険よ。
その時、また脳内に直接声が届いた。合図が来た!
あたしは手を伸ばし、掴んだマオのコートの端を引っ張る。マオの視線がチラリとあたしの方へと動く。帽子の角度をさりげなく動かし、あいつの視線を遮ってから唇を動かす。
(……5……)
「余計なことに詳しいな、君は」
「でしょう。先日の小試験の課題だったんです」
「なるほど。では、その小試験さぞかし優秀な点を取れたのだろうな」
ベレゾフスキーの顔が歪んでいる。
「冗談です」
ひえぇ。マオってば真顔で冗談言うの!?
(……3……)
「は!?」
「まさか真に受けるとは思わなかったので」
ヤダもう。あたしも信じたわよっ。マオの通っている学校では、そんな専門的なことも習うのかって。
あーっ。このふたりの会話、聞いている方が疲れる。
「私はつまらない冗談は嫌いだ。それに付き合う気も無い。時間を無駄にした。
少年よ、テリーザ・モーリン・ブロンを早くこちらに引き渡すのだ」
(……1……)
「チェックメイトです」
花が開くような会心の笑みを浮かべる、マオ。
(……0……!)
♡ ♡ ♡ ♡
けたたましく警報アラームが鳴り出す。
耳をつんざく音の洪水。
今まで沈黙を守っていたそれぞれの建物、あちこちのオフィスの警報器が一斉に異変を唱えだしたの。その騒々しさったら、鼓膜がおかしくなりそう。
驚くベレゾフスキー。顔を強張らせ、周囲を見回す。
部下の能力者ホルトは動揺を隠せず、身体を小刻みに震わせ始めた。
低下する一方の集中力を立て直そうとしているみたいだけど、あたしと目が合った途端息を詰まらせて目を白黒させているくらいだから、到底戦力になんかならないだろう。
あん、でも失礼なヤツよね。
そこへ浮揚能力を使って現われた、アダムとディー。あたしたちの横へ舞い降りた。
心強い味方の登場に、うずくまったままだったあたしは、嬉しくてピョコンと立ち上がる。
「待たせたな」
着地と共にポーズを決めるふたり。
まさに、ヒーロー登場! なんだけど、道化師姿だと今ひとつ緊迫感に欠けるよぉ。
「やっぱ、ヒーローはエエとこで登場せんとな」
ふたりはまるで散歩の途中で知り合いに出会ったみたいな顔をして、スタスタとベレゾフスキーとの間に入り込んで来た。奇抜な格好と場違いな態度で、焦る公安調査局第2課の連中を押し返す。
「いやぁ。時間稼ぎ、ご苦労さん!」
「よう頑張ったな、テス。それに眼鏡ッ子!」
ふと見れば、マオはちゃっかり眼鏡を掛けていた。
え、いつ掛けたの?
しかも眼鏡装着した途端、あの輝く美少年オーラが消えている。どういう魔法なのよ!?
でも、
「もう少し早く登場してください。素人には、荷が重かったですよ」
眉を寄せるマオに対し、A級能力者のふたりが、
「嘘やろ!」
と左右から鋭く突っ込んだのには笑ってしまったわ。
そう。マオが長舌を振るったのは、アダムとディーがもうひと組のベレゾフスキーの部下たちの邪魔を躱し停止したクラビエデス街の警備防犯機能を復旧させるまで、あいつの注意を引きつけておきたかったからなの。
感応能力のないマオに、どうやってあのふたりの作戦を伝えようか不安だったけど、彼が勘の良い人で助かったわ。「時間を稼いで欲しい」というあたしの唇の動きを読んで、察してくれたんですもの。
強引に脳内に侵入して伝えろ(一方通行のテレパシーってこと、よ)とも言われたけど、そんな強引なことできやしないわ。絶対に!
だって突然、無理矢理侵入するんだから、不法侵入になっちゃうじゃない。それも頭の中、よ。最もデリケートな場所なのよ。
入り込むって事は、あたしという異質なモノ――微弱電流に似た伝達の声が、非能力者の彼の脳内を走ることになるんだから、強烈な不快感を与えることになってしまう。
上級者は不快感を与えずに伝えることも出来るそうだけど、あたしには無理な話。彼を混乱させるだけよ。きっと、嫌われちゃう。
侵入したあたしだって、その気がなくても彼の思考を拾うことになるわ。思考だけじゃなく感情まで拾っちゃって、その中にあたしのことが混じっていたら?
あたしのこと鈍臭い(事実だけど)とか、おばかな娘(これも事実だけど)とか、面倒臭いヤツ(……ひやぁああぁ~)とか、手に負えない(……ふぇぇん)なんて想いを抱いているとかって覚っちゃったら――。
ああん。そんな恐ろしいこと、あたし出来ない!
「悪いな。想定外の事情におうて、ちと手間取ってしもたんや」
そう言ったアダムが、ジロッとあたしを見る。
え、なんで?
「そんでも、あっちの連中は片付けてきたからな」
と言ったディーも、ジロリとあたしを見た。
え、どうして?
「そこにいるお調子者が、ハイテンションついでに、しょうもあらへんサービスしてくれて」
「余計な手間が掛ってもうた」
アダムとディーの眼は「あたしが悪い」と言っている。そんなぁ。あたしは無実よぉ~。身に覚えのない失態に抗議しようとするあたしを、アダムが止めた。
「まぁ、今はエエわ。こっちの件先に片付けンと」
とベレゾフスキーの方へと顎をしゃくる。
「せやな。時間がないからな」
とディーも顎をしゃくった。
イラスト:ごんたろう様
異常事態を告げる警告の音は一向に収まらない。神経を尖らせる硬い高音は煩わしいくらい訴えてくるし、それだけならまだしもビルの壁に反射を繰り返して残響になる。
これじゃクラビエデス通りの緊急事態は、ロクム・シティ中に響き渡っているに違いないわ。
「警報アラーム、復旧させてもろたからな。緊急事態発生の通報が、あちこちに走っているはずや。警察と警備会社のセキュリティガードが大挙して押しかけて来んで。そのうち野次馬もマスコミも集まってくる。どうする、白いの」
「おおぉ。ロクム・シティの警察は迅速やなぁ。もうパトカーのサイレンが聞こえンで。あんたらンとこの能力者が感応能力使こて仕掛けとった心理的な封鎖網も解除させてもろたから、この警報アラーム聞きつけた連中は誰でもウェルカムや」
なるほど。クラビエデス通りに通行人がいなくなったのは、能力者たちが心理操作をして、足を踏み入れさせないようにしていたからなのね。
ラミントン広場で一息ついている間に、用意周到な罠を仕掛けていたって事か。もう、なんて陰湿な!
なんて考えている内にも、サイレンは近づいてくる。それも一台や二台じゃないよね。クラビエデス街の防犯アラームと重なって、警戒音のオーケストラになっている。
ああん、頭が割れそうにうるさいわ!
「どんだけ集まるかなぁ」
「楽しみや」
「そんでも、この状況どう説明つけたらエエんやろ」
「そこはお偉い公安調査局第2課第2班の班長さんが、一肌も二肌も脱いでくれるに違いない。なんたって先に手ェ出したンは、あちらさんやから。そこは責任持ってもらわんと!」
「せやなぁ」
「なぁ」
アダムとディーの顔に浮かぶのは食えない笑顔。ベレゾフスキーが歯ぎしりをして悔しがるのを楽しんでいる。
「その前に、テス。眼鏡ッ子連れて、早よここを離れるンや」
「え? でも……」
ダックワーズ公園の方角から人の気配が近づいてくる。騒ぎを聞きつけた通行人たちが、なにごとかと集まり出しているみたいだわ。
「テスがいると、かえってハナシがややこしくなんねん。一般市民の眼鏡ッ子をこれ以上巻き込むのもアカンしな」
「後でみっちり絞ったるさかい、ここは早う行け」
そう言われたって、足が動かない。街路灯を破損したのはあたしだし、一般市民居住区で念動力を使うとか、規則違反をいっぱいしているんだから、罰せられるのはあたしも一緒だもん。
ううん。一番規則違反をしているは、あたしなのよ。
切羽詰まった表情でアダムとディーを交互に見る。
「そやかて、ここの後始末。テスは出来ひんやろ」
「でも、でもあたし……」
「第三者の目に留まると後が面倒やから、早よ行きや。ちうか、眼鏡ッ子。テスを連れて姿消せや!」
「わかりました。それでは、後はよろしくお願いします」
アダムの言葉に間髪入れずにマオが返事をした。軽く頭を下げると「失礼」と強引にあたしの腕を取り、いきなり近くの路地に向かって歩き出す。
抗議する間もなく、引き摺られるようにして、あたしはその場から退場することになってしまったの。
♤ ♤ ♤ ♤
レチェル4所属の能力者たちの会話に注意を払いつつ、ベレゾフスキーはジリジリと彼らからの距離を離そうと努力していた。
数センチずつ靴底を滑らし、気付かれないようにと細心の注意を払って。
ようやく1メートルほどの間隔を稼ぎ、後ろを向いてダックワーズ公園方面へと走り出そうとしたとき、隣で同じ行動をとっていた部下ホルトの靴の下で、ジャリという音がした。
街路灯灯部の強化ガラスの破片を踏んで、石畳と擦れた音だ。
大音量の警戒アラームが鳴る中だというのに、レチェル4所属の能力者は、その音を聞き漏らさなかった。
「おおっと。第2課第2班の班長さんには、最後まで後始末付き合ってもらわんと」
「せや。俺らだけにじゃまくさいこと押し付けて、自分は雲隠れしようやらズルいこと考えてへんやろな」
そう言いながら、アダム・エルキンとデヴィン・モレッツが身体が触れるほどの距離まで近寄ってくる。
「そら、ダメやで」
「あかん、あかんわぁ」
公安調査局第2課第2班の班長とその部下を取り囲んで、青年たちはニヤニヤといやらしい笑い顔を押しつけてくる。絶対に逃がさないぞと云うことなのだろうか、あまつさえ肩まで組んできた。
珍妙に見えた揃いの道化師姿も、ベレゾフスキーの中で不気味なものへと変わり始めている。
ベレゾフスキーは諦めた。ここは共同で事態の収拾に努めた方が得策だ、と考えを改めたのだ。
その方が次の段取りのためにも有効であると。
「致し方ない。だがその前に、君たちが痛めつけてくれた私の部下の安全を確認させてくれ」
彼は上着の左腕の袖口を上げ、腕時計を出す。竜頭のひとつを軽く触れ、携帯通信用端末機機能を起動させる。
部下はすぐに上司からの呼び出しに応じた。
しかしアラーム音がうるさいので、腕時計を顔に近づけないと、こちらの声も応答の声も聞き取れない。右手で不要な音を遮るように腕時計を覆って、相手の声を拾う。
その間もレチェル4の能力者は、じっとこちらを睨みつけている。
「まだかぁ」
「パトカー、来たで」
警官たちの到着で、クラビエデス通りはますます騒がしさを増す。いつの間にか野次馬も集まっている。緊急車両も出動してきた。
騒然とする空気に紛れ、彼の指先は再び竜頭に触れる。そして監視の目に覚られぬように電話口の相手を切り替えた。
車両から降りてきた捜査官達が、アダムとディーに事情を説明してくれと話しかける。青年たちは肩を組んでいた腕を解き、捜査官達へと向き直り調子よく話を始めた。
そして捜査責任者を呼び身分証明書と捜査状を提示するために、道化師の片割れが移動する。青年は「能力者不法犯罪特別捜査班(TICOIS)」と名乗ったが、正式発足前の部署に地元警察は確認に戸惑ってしまった。
折しも集まった野次馬の間で騒ぎが起こり、警察や監視者の注意が一瞬逸れる。
ベレゾフスキーのアイスブルーの目はそれを見逃さない。
「ラブーフ君、そちらに行った」
素早く通信を切ったベレゾフスキーは、もうひとりの道化師と共に、部下のホルトを従え苦い表情で捜査官達のもとへと歩いて行く。
ロクム・シティの空は眼下の騒ぎに閉口しながら、すっかり夜へと色を変えていた。
『テスとクリスタ』へご来訪、ありがとうございます。
切りの良いところで……と考えていたら、長くなってしまいました。しかも(訳あって)セリフは長いし、面倒臭いこと言っているし。
なやましげなクリスタのFAは、深森様。前回カラーでご紹介した『夜の女王』の線画バージョンです。今回はクリスタの出番もあったので、これは出さねば! ですよね。
そしてDV顔のアダムとドS顔のディーのポップで楽しいイラスト。こちらは、ごんたろう様の作品です。
深森様、ごんたろう様。素敵なFAをありがとうございました。
クリスタ姐さん、順調にロクム・シティに向かっているようですが、肝心のテスはようやくクラビエデス通りから脱出出来たところ。果たしてクリスタが戻るまでに、アパートメントまで帰り着くことが出来るのでしょうか?
それにつけても、キャラメルオレンジソースはどこ行ってしまったの?
せっかく甘いタイトルをつけたのに、内容はちっとも甘くならない。むしろバトルが……。
次回からは新章に入ります。
ベーさんとの対決は一応勝利したけれど、どうもこのままでは終わりそうもないような予感が。
そして、肝心の、マオの正体(←素性って言おう!)は!?
テスを悩ます謎はまだまだ渦巻いているのでした。
それでは、以下次号! お楽しみに。