16. もの思いのカドリーユ その① ☆
カドリーユとは、男女のカップルがスクエア(四角)になって踊るダンスのこと。
トランプ遊びにも「カドリーユ」というゲームがあり、プレイヤーは4人。ふたりひと組でプレイする。ルールは複雑で19世紀末には廃れてしまった。(ウィキペディアより)
でもタイトルに意味があるかどうかは不明。
その日の晩は、食欲も無くて、早めにベッドに潜り込むことにした。
せっかく会えた「隅の老人」の待ち人と、会話も出来なかったのよ。
残念で、悲しくて――。
それだけでも十分落ち込む理由でしょ?
精神も重いけど、身体も重いわ。なに、この疲労感。どよ~んとした空気が、あたしを取り巻いているの。
湿っぽい息を盛大に吐いて、寝返りを打つ。
花びらを開き始めた大輪の花のように、美しいひと。
また会えないかしら。
そうよ。あの呪文を唱えたら、また会えるかもしれない。
(peony peony and lilirs)
(もう一度あのひとに会わせて)
枕を抱えて願いごとをしていたら、携帯通信用端末機のコール音が鳴り出した。
♡ ♡ ♡ ♡
以前のあたしの通信用端末機は交通事故の際に壊れてしまい、使い物にならなくなっちゃったでしょ。それでその代用品にって、オーウェンさんが新しい機種をプレゼントしてくれたの。
最新式の型よ。
これ、入手困難な人気機種じゃなかったっけ?
しかも面倒臭い手続きとかそれに掛かる諸費用は、オーウェンさん……というか、『レチェル4』が負担してくれて。
だから「得した!」と思って、ありがたくいただいちゃいました。
でもね。この通信用端末機には、あらかじめオーウェンさんやヨーネル医師、その他レチェル4所属の能力開発スタッフのアドレスが登録されていたのよね。
要するに、なにかあったらすぐ連絡をよこせって事なのよね。あの人たちの「なにか」って言ったら、そりゃあ超常能力のことでしょ。
『レチェル4』は、あたしの超常能力になにを期待しているのかしら?
あたしは、要らないんだけどなぁ。
能力は復活してくれなくて、いいんだけど。
あんな能力があったら、また大騒ぎに巻き込まれるもん。みんなに迷惑が掛かるもの。
リックにあんな表情されるの……イヤだもん。
――その……、リックに限らないけど、さ。
もしも、よ。
もしかしたら、また恋人と呼べるような特別な存在が出来ないとも限らない、よね。そのとき、その彼が能力者否定派だったら、あたしはどうすればいいの?
能力肯定派で、スーパーヒーローに憧れていたリックだって、実際に能力を使うあたしの姿を目の当たりにしたら、恐怖でドン引きしたのよ。
拒否されちゃった。
あたしだって、交際相手がいきなり手のひらから火の玉を出したり、宙を浮揚したり、頭の中に話しかけたりしたら恐慌を起こすでしょうね。
あ、ここはあたしが非能力者で、彼が能力者だと仮定した場合、ね。
あたしのポンコツ思考回路じゃ、状況の急激な変化に追いつかなくて、泣き叫ぶに決まっている。現に、自分が能力者と云うことに理解が追いついていないんだから。
ううん、恋人じゃなくたって、兄弟姉妹でも突然そんな特技が出来ちゃったら呆然とするよね。
例えば、妹のアニュスが突然念動力使ってお部屋の模様替えをしたとか、発火能力使ってデブロガドス牛(惑星ポルボロン産のブランド牛よ)の丸焼き作ったりとかしたら?
楽しいけど、引くわ。
たじろぐ。
いくら妹だからって、いきなりそんな能力見せつけられたら、びっくりする以外ないと思うの。
でもね。そういう反応を見せ付けられた方だって、かなりのショックなんだよ。心許した恋人の突然の拒否反応。
未だに、ズキズキ心が痛くなる。辛くて、押しつぶされそうになるの。
しかも当のリックは記憶を操作されてあの時のことはきれいさっぱり忘れちゃっているから、攻めることも出来ない。
メリルも部外者だから、オフレコ事項が多すぎてダメ。
この行き場のない想いをぶつける相手は、限られているんですもの。
クリスタは明日まで不在だし、ヨーネル医師のカウンセリングの受診日は4日後だから、もう少しの間ひとりでウジウジしていなきゃならないのかなぁ。
「うつ」って、面倒臭いわね。
はぁぁ、また気分が重くなってきた。
落ち込み始めると周りの空気が重くなるの。辺りの景色がぼやけてきたわ。
足下に穴が開いて、そのまま惑星の裏側まで落ちていくのよ。
ほら、身体が浮くような感覚がやって……来……。
どこかで、コール音が聞える。
コール音が……。
コール音が鳴っている?
――呼び出し音! フォンが鳴っている!
「はい、テスです!」
急いで携帯通信用端末機に飛びつき、通話をONにする。
「ああぁ、やっと出た。寝てたのかい?」
末端機の画面に、クリスタの何十分の一に縮小された立体画像が浮かび上がっていた。以前のフォンより、格段に画像は鮮明よね。
「ううん、横になっていただけ。そんなことより今日のスケジュールは終わったの?」
立体画像のクリスタは、バッチリメイクと大胆な衣装。完全にお仕事モードの顔になっている。もしかして、まだ撮影の途中なんじゃないのかしら?
確か新発売の香水のポスター撮り、とか言っていたものね。もちろん人気デザイナー、ロマン・ナダルのブランド品。
「いや。これからスタッフと食事なんだけど、ちょいとおまえさんのことが気になったもンだから、とりあえず顔を見ておこうかと思ってさ」
うわぁ~い! やっぱり呪文は効果絶大みたい。
会いたい「美女」は違ったけど。
こんなタイミングで連絡をくれるなんて、さすがクリスタよ。以心伝心だわ! 感応能力がなくたって、通じる相手には通じるものね。
「……で、なにがあったんだい?」
へ!?
「なんかあったんだろ、そういう顔をしているからさ」
「どうして、わかるの?」
「ヤだね。何年『親友』をやってると思ってンだい。みくびるんじゃないよ」
フンと鼻を鳴らすクリスタの3D映像に飛びつきたくなったわ。
「あ、あのね。あのね、クリスタ…………」
あたしは昼間の出来事を、洗いざらい彼女に聞いてもらうことにしたの。
「……そういうことかい」
彼女に説明している内に、またせつなくなってきちゃった。あたしは途中で何度もしゃくり上げ、タオルで涙を拭き(目は擦ってないわ!)を繰り返しつつも、とにかくなんとか最後まで説明できたと思う。
その間、ずっと冷静に聞き役に徹してくれたクリスタには感謝以外無いわ。
「ねえ、クリスタ。「隅の老人」の待ち人って、誰だかわかる?」
「今の段階で、そこまでわかる訳ないだろう。情報が少ないンだから。ただ、エミユ・ランバーがこの一件に深く関わっているのは間違いないかもしれないねぇ」
エミユさんが……。
「だって、その待ち人を連れ去ったってのは彼女なんだろう。その待ち人だって、彼女に大人しく従ってたってンのなら、ふたりはかなり親しい関係なんじゃないのかい」
「あたしとクリスタみたいに?」
「ああ。もしくは彼女に逆らえない理由があるとか」
でも、エミユさんは悪い人じゃないし……。
(えみゆサンハ悪イ人ジャナイシ……?)
んんん。なに、なに。チラッと聞こえた今の声。
もしかして? ……じゃないよ……ねぇ?
見える訳はないのに、キョロキョロと視線を四方へ飛ばす。ヘンでしょ、超常能力は使えなくなったのに。
空耳(……と信じたい)を確かめる間もなく、目の前ではあたしの動揺そっちのけでクリスタが話を進めていた。すっかり「隅の老人」と「待ち人」の謎に取り憑かれてしまったみたい。
「その、もうひとりの紳士とエミユ・ランバーの関係って、なんだろうねぇ。その線から、もう少し探ってみるしかないか。
ニナはそのふたりをどこで見かけたと言っていたんだい?」
「あ、そこまでは聞いていない」
「じゃあ、確かめておいとくれ。たぶん『紅棗楼』じゃないかと、あたしゃ思うンだけどさぁ」
名探偵の頭の中では、どんどん推理が進行しているみたいね。明日のバイトもニナとシフトが重なっているから、その時にでも聞いてみよう。
「他に気付いたこととか、見つけたものとか、ないのかい?」
深緑色の大きな瞳が、ジッとこちらを見つめている。
あたしは「無いわ」とうなずいた。
「……じゃあ、明日はなるべく早く帰るよ。お土産、期待しておいで。ロマン・ナダルが、今バクラヴァで話題になっているスイーツをプレゼントしてくれたんだ」
「ス、スイーツ!」
「ああ。ロマン・ナダルから見れば、あたしもまだお菓子で釣れる子供なんだろうね。やれやれ……。ま、25歳の年齢の差がありゃ、仕方ないけどさぁ」
ぷくっと唇を突き出して、ちょっと不満そうな顔のクリスタ。でもすぐにあたしの顔を見て、にっこり笑った。
世間に流布している人気モデルの蠱惑的な微笑みじゃなくて、あたしのよく知っているお茶目で明るくて活発な親友の笑顔だ。
「だからさ、帰ったらメリルも呼んで、一緒にお茶会をしよう」
「うん! じゃあ、おいしいお茶とコーヒーを準備しておくわ。だから気をつけて帰ってきてね」
悪戯っぽいウィンクを残して、クリスタは通話を切った。
はあぁぁ。
話をしている間は楽しかったのに、彼女の映像と声が消えた途端、あたしは薄ら寒さを感じていた。
またこの部屋にひとりぼっちになってしまったという不安感だけじゃない。うつ病の影響で、億劫感や喪失感に苛まれているからだけでもない。
ちょっとした、後ろめたさみたいなものが生まれたから。
今まであたしはクリスタに隠し事なんてしたことない。なんでも話していた。出会った幼稚園の頃からね。
でも。今日、初めて彼女にウソをついた。気になっていることがあるのに、無いって言っちゃった。
理由はわからない。けど、なぜだか話し出せなかったの。
あのね。
「待ち人」の持っていた小物入れ。知らぬ間にポケットの中にあった、蓋の開かない小さな入れ物。
あたし、こっそり持って帰ってきちゃった。
ホントはドゥカブニーさんに渡さなくちゃいけなかったのに。
お客様の忘れ物ですもの。勝手に持ち出しちゃいけないのよ。従業員にあるまじき行為だと叱られる。
ううん、ヘタしたら辞めさせられちゃうかもしれない。
なのに、手離す事が出来なくて。
どうしても、これはあたしが持っているべきだって気がしたの。
ただの思い込み……だってわかっているけど。
あたしはパンツのポケットから、そっと小物入れを取り出した。寄せ木細工の不思議な入れ物。
どういう仕組みなのか、蓋は開かない。
ああん、決してやましい考えあっての事じゃないわ。お返ししなくちゃならないでしょ。中身を見たら手がかりになるものがないかなって。
あれこれ試してみたんだけど、蓋はビクともしなかった。
もし、あたしに接触感応能力があれば、わかるのかしら? 物に残る残留思念を読み取るっていう能力。
(ヤッテミル?)
――やらない。
あたしは小物入れを両手でそっと包み込んで、願いをかける。
(peony peony and lilies……。どうかもう一度、あのひとに会わせてください)
叶うかなぁ?
♡ ♡ ♡ ♡
翌日。
日曜日のカフェ・ファーブルトンは忙しかった。気持ちのよい秋風に誘われたのか、フロランタン大通りには大勢の人々が訪れていたから。
近くの美術館で大きな催し物が開催されていて、そこに来館したお客様が、拝観後にカフェへと足を運んでくれた様子なの。もちろんフロランタン大通りにはカフェは何軒もあるけど、カフェ・ファーブルトンは老舗の有名カフェですもの。
当店の名物、ベイクドチーズケーキと珈琲を目当てにおいでになるお客様は引きも切らないわ。
あたしの体調が万全でないことは(昨日大迷惑をかけちゃったものね)給仕係のジョン・グラムもニナ・レーゼンバーグも、フロアマネージャーのドゥカブニーさんもよ~くわかっているから、みんなして心配してくれるのだけど、お店は大忙しだしなぜか人手不足だし、休んでなんていられないでしょ。
それでなくたって3週間も休職しちゃって、時給制だからその間は無収入。ここで踏ん張って稼がないと生活費が無いのよ!
田舎の実家は余裕なんてないし、おまけに妹や弟達だってまだ7人いるんだから、これ以上の仕送りなんて要求できないもん。
わがまま言って進学させてもらったんだから。
無理にでも笑顔を作って、担当テーブルへ注文の品を運んで行かなくっちゃ。
あっちのテーブル、こっちのテーブル。お客様が席を立って後片づけが終わらないうちに、次のお客様がいらっしゃってしまう。
目が回りそう。厨房に出来上がった品を取りに行ったときに大きく息を吐いたら、ドゥカブニーさんが胃を押さえた。
頼むから無理をしないでくれって言われちゃった。
頑張る理由はもうひとつ。もしかしたら「待ち人」が今日も来店なさるかもしれないって思うと、居ても立ってもいられないの。
「隅の老人」に会うために。忘れ物を探して、もう一度おいでになるかもしれない。ポケットの中に忍ばせたこれを返さなくちゃいけないんですもの。
だからフロアマネージャー、もう少し頑張らせて。
勤務時間中は、何度も「隅の老人」の指定席だった奥のテーブルを意識していた。窓の外を通り過ぎる影にだって注意を払っていた。
長い黒髪が揺れていないかって。
でも、「待ち人」は現れなかったの……。
それでも。
クリスタから言われたとおり、ニナにエミユさん達のことを訊くのは忘れなかったわ。
やっぱり『紅棗楼』で見かけたそうよ。
名探偵の推理、当たっている!
早乙女様はギモーヴ観光開発コーポレーションのCEOレイモンド・ヤンの相談役で、エミユさんは秘書兼ボディーガードみたいなこともしているらしい……んだけど、ニナもそれ以上詳しいことは知らないそうなの。
エミユさんに関しては、「提督」も同じようなことを言っていたから、そこは間違いないと思う。
あ、いけない。提督にもお世話になりっぱなしで、お礼を言っていなかった! ふぇ、提督の本名なんだっけ。確か……ロレンス、だったよね?
で、ここでまたあたしの知らない人物の名前が登場してきた。
誰よ、レイモンド・ヤンって?
仕方ない、あとで検索をかけよう。紳士録でも閲覧すれば、きっと探し当てられるわよね。CEOだもん。
会社のホームページも覗いておいた方がよさそうかしら。
少しでも名探偵の役に立てるよう、情報収集はしておかなくっちゃ。やりたい事、やらなきゃいけない事はたくさんあるのに、身体と気持ちが追いつかない。
楽しかったはずの大学生活が、どうしてこんなに辛くなっちゃったのだろう。どこで方向が変わってしまったのだろう。
なにが悪かったの?
空を見上げて、大きく溜め息を吐いてみた。
♡ ♡ ♡ ♡
その溜め息があたしの顔の上に落っこちてこない内に、あろうことか別の災難が降ってきちゃった。
無事(昨日みたく途中で気分が悪くならなることなく……って意味よ)バイトが終わり、店舗裏の通用口から出て表通りに向かおうと路地を歩いていたら、
「テリーザ・モーリン・ブロン!」
いきなり後ろから呼び止められたのよ。フルネームで。
前にも言ったけど、あたしがフルネームで呼ばれる場合って、大抵良いことはない。大好きな名前なのにそれってないわ――って思うけど、なぜだかそういうことになっているの。
だから呼ばれた途端、背筋にビクンと大きな衝撃が走った。
しかも呼び止めた、この男声には聞き覚えがある。
って言うか、恨みがあって忘れられない。そのうえ、あたしの記憶に間違いがなければ、『絶対再会したくない人物リスト』のトップに名前が挙がっているヤツの声なのよ!
「聞えているのか、テリーザ・モーリン・ブロン!」
「は、は、はは、は……、はいっ!」
ああん、つい条件反射で返事しちゃった。
ほら、この高圧的な態度。背中に感じる冷たい視線。
「こちらを向け。お前に確認したいことがある」
あたしはありません!
「あと5秒以内にこちらを向かなければ、強制的な手段を執らせてもらう事になるが、それでよいか」
「ひえぇ」
うわぁ~ン。身体が勝手に従っちゃった。
声の主は作り物みたいに整った細面の顔立ちに、冷たい視線であたしを睨んでいた。
地味目のスーツをきっちり着こなし、七三分けにセットした短髪ヘアに黒縁眼鏡と、本人は無益なビジネスマンを装っているつもりなのかもしれない。
だけど漂わせる雰囲気は疑う余地もなく只者じゃなくて、さらに後ろにふたりのこれまた目つきのよくない人物を従えていたんじゃ、百歩譲ったって危険人物にしか見えない。
ふえ~ん。悪い予想的中だ!!
呪文より長くて難しい役職名を立て板に水のように唱えるという特技(!?)の持ち主、公安局なんとか(忘れた!)……のベレゾフスキーだぁぁぁ。
ご来訪、ありがとうございます。
新章に突入早々、テスにはトラブルが降って来ました。
「覚えていますか? あのひと」シリーズ、今回はニコライ・ベレゾフスキーの再登場です。
またおじさんかよ、とか言わないでください。提督に至ってはおじいちゃんですゼ。( ̄∀ ̄)
それにしても、ホントに覚えていらっしゃいますか? ですね。
第4章で、医療用のカプセルの中で眠っていたテスが目覚めた時、研究室から連れ去ろうと待ち構えていた人物です。
例の、やたら漢字の並ぶ長〜い役職は次回の冒頭で! あれ、(わたしが)楽しいんです。
さて、コーリャはなにを企むやら。タダで登場する訳ありませんものね。
ホントは挿し絵はベレゾフスキーの予定だったのですが、それこそツッコミが入りそうだったので、妥当にヒロイン達で。コーリャ、いつか描いてあげるよ!
今回、テスが妹弟のことを語っています。
彼女は8人姉妹弟の長女です。ただし、全員ブロン夫妻の実子ではなく養子で、血の繋がりはありません。第1章で、クリスタが「コイツの妹弟から、大学卒業まで素行管理を頼まれている」と言っていましたよね。(←伏線回収クリア!)
特にアニュスは、名前だけですが、実はこれまで3回出てきています。テスのすぐ下の妹でひとつ違いの17歳、しっかり者さんという設定です。姉のテスととっても仲良し。なので……、
覚えておいてくださいね。
それでは、次回!




