14. 世界で一番難しいなぞなぞ その⑧ ☆
久方ぶりにクリスタの出番が! リアルサイドは「世界で一番難しいなぞなぞ その④」からの続きです。
彼女は「華鳳池」のほとり、池に突き出した桟橋の上。アダムとディー、エミユと一緒にいます。
それでは、どうぞ。
クリスタはエミユ・ランバーの言葉に首を捻っていた。精神が止まらないとは、どういう意味なのだろう。華鳳池の水面に叩きつけられるという惨事を回避できたと、ホッとしていたところだというのに。
年上の女能力者は形の良い眉を寄せて心配そうな表情をしているのだが、その意味を非能力者が理解できるように説明してくれるまでの親切心は無いと見えた。
(もしくは、出来ない……か)
エミユ・ランバーと名乗る女の腹を探りたくとも、その前にこちらの手の内を全て読まれてしまいそうで名探偵はカードを切り損なっていた。
ともあれ能力者たちの努力によって、水面ギリギリのところで落下を停止したテスの身体だったが、意識が無いのか力無くぐったりとしているのが無性に気にかかる。
「大丈夫、なんだろうか?」
とりあえず、ケガがないのかと質問したつもりだった。だが、
「彼女次第ね」
返ってきた答えは別の方向を向いていた。しかもケガ以上に大事になっていることだけは、非能力者のクリスタにも簡単に想像がついてしまうのだった。
♡ ♡ ♡ ♡
じんわりと締め付けられているように頭が痛い。そのせいかしら、頭の芯がボーっとしてきたわ。
あたしは大きく息を吐いた。
倦怠感っていうんだっけ、身体がダルいの。熱に浮かされているみたい。急に能力を使ったのが、祟っているのかなぁ。
――――で。
今あたしがぼんやりと見ているのは、なんの景色なんだろう?
艶やかな黒髪。
夢ともうつつとも区別が出来ない。それともこれはあたしの能力が視せる蜃気楼みたいなまぼろしなのかしら?
能力が視せているのだとしたら、この光景は、どんな意味があるっていうの?
ああ、そうね。あの黒髪は「隅の老人」の待ち人。
――最愛の奥様!
なるほど。彼女は、美しい黒髪の持ち主なんだわ。
流れ落ちる黒髪。クルクルくせっ毛のあたしにとっては、憧れよ。
サラサラのストレートヘア。
いいなあ……って溜め息をついたら、花が揺れた。
(テスは、知っているか。『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』……あの女はまさに…………)
(そんなこと言われたって、あたしに視えたのは黒髪だけなんですもの。無理よ、「隅の老人」さん)
そよぐ花びらに心惹かれた瞬間――。
(――――え!)
突然グワッとなにかにわしづかみされて、強引に後ろへと引きずられ始めた。ものすごい勢いで、あたしの意識はなにかに引き寄せられている。
まるで、掃除機の強力な吸引力に吸い込まれようとしているホコリになった気分。もしくは絶叫系アトラクション、宙づりで逆走する遊具!
いいえ、アトラクションの方が安全装置があるだけ良心的だわ。
(ふぇ……、ぇぇぇ~ん)
声にならない悲鳴が尾を引いて……。
いきなり、のことで。
何が何だかわからなくて。怖くて、怖くて目も開けられなくて――。
(なに、なに、なに、なに? これって、なんなのぉぉぉぉ……)
どうしようかとオロオロするしかないあたしに、背中から硬質なものに叩きつけられるような衝撃が襲ってきた。
(――――!!)
身体が地面にのめり込みそう。ううん、のめり込んだ。
もとい。のめり込んだと思った。
もちろん。そこに地面があったと仮定したなら、の話で。
状況がどうなっているのか、全くわかんないけど!
痛いのか、痛くないのかも麻痺してるからわかんない、んだけど。
普通こんな衝撃を受けたら、死んじゃうわよね。
ううん、死ぬだろう。
(それじゃ、あたしは…………)
ああん。一巻の終わり。
まだ18歳なのに。もう人生終わりなの。あんまりだわ!
……と思いながら、恐る恐る目を開いたら――。
目の前に拡がったのは見覚えのある夜空。
噂に聞くあの世とは違う、妙に現実的な風景。
(星が、見える……んだけど。あれ?)
晴れた夜空には、大小の星々がある。あれはアステロイドベルトに散らばる小惑星たち。木星の反射光や惑星軌道上の人工衛星が放つまがい物の太陽光を浴びて輝くの。
光るかけらはドロップのよう。
オレンジ色に見えるのは隣(っていったって約50,000キロ先だけど)の惑星パステリでしょ。その向こう、赤くて長細い形なのはクルミーリ。こっちの茶色っぽいのは惑星ストンスカトルタ。
そしてあそこにひときわ白く美しく輝くのは、この惑星の衛星で入星管理センターもあるユエビン宙港……。
(え?)
ああ、これって……、
これはレチェルの夜空だわ。
噂に聞く死後の世界でもないし、白い闇の中じゃない!!
まぼろしでもない。現実のレチェルの、それもロクム・シティの夜空だ!! レチェルに引っ越して来てから、毎日眺めているんだから間違いない。
「……ぁぁぁ……ふぁぁあ、あああ、あぁぁぁ~」
あたしは声を上げた。
情けない声なんて言わないで。これでも必死なの。
喉も声も、ううん……身体が自分のものじゃないみたいに動かしづらくて。
自分の喉を震わせて声を出しているって、実感したいの! せめてそうでもしなくちゃ、自分が現実世界にいるんだか、内部世界で迷子になったままなのかわかんないの。
そのくらい、あたしは混乱しているのよ。
ああ、誰か答えて。ここは、現実だよね?
あたし、生きているんだよね?
レチェルに……、ロクム・シティにいるんだよね?
ねえ?
♢ ♢ ♢ ♢
親友にばかり気を取られていたクリスタだが、この場にはもうひとり目の離せない危険な能力者のことを思い出した。
アマンダ・カシューだ。
能力者たちによる掻い摘まんだ説明によれば、リックに横恋慕していた彼女は抑えていた恋情が超常能力開花の引き金となり、コントロールを失った後に暴走させてしまったらしい。その辺りまでは名探偵なる彼女の推察どおりですんなりと納得できたのだが、果たしてそれだけなのだろうか?
彼女が毎日観ている朝のTVニュースの解説でも、未確認能力者(「亜種」という嫌な言葉を使う人間もいるが)の暴走に問題提示をしていたのは記憶にある。だがテスやアマンダの豹変の仕方は、どうしてももう一枚か二枚裏があるようにしか思えない。
(諸々と、隠していると思うんだが……)
(どうすれば、その辺の裏事情を聞き出すことが出来るんだろうか?)
(――なぁーんてことを考えてんのも、此奴らは読んでンだろねぇ。ああ、面白くないッ)
秘密厳守に関しては厳密な3人の能力者相手にどう立ち回ったものかと思案しつつ、キリリと顔を引き締めてクリスタは上空を見上げた。
そこにはアマンダが浮かんでいた。
浮遊能力とか云うのだそうだ。
身体を空中で維持するのは、念動力という能力だけではなく高度な技術がなければ不可能なことである――と、先ほど能力者たちから教わったばかりだ。
感心はするものの、そんなことで臆するクリスタではない。子供の頃からカメラの前に立ち、モデルとして厳しい生存競争を生き抜いてきた彼女の度胸は、暴走する狂能力者の優越感など軽く超越していたのかもしれない。
「アマンダ、聞こえるかい。あたしはおまえさんに聞きたいことが山ほどあるんだ。話したいことだってあるさ。ねえ、聞こえてンだろう。だったら、さっさとここまで降りといで!」
この啖呵を聞いて驚いたのは、3人の能力者たちである。
「待ってや、姐さん!」
「無茶言わんといてぇな!」
「だめよ! 危険だわ」
口々に止めに入るが、そんなことで怯む彼女ではない。
「なんでこんなことすんのさ。その説明をしとくれ!
納得いく答えじゃなかったら、あたしゃ承知しないからねっ!!」
クラゲのようにユラユラと空中にとどまる狂能力者からの返答は無い。
「これだけ他人様に迷惑掛けてンだ。詫びのひとつも入れるってのが、筋ってモンじゃないのかい!
聞こえてんだろう。なんとか言ったらどうだい、アマンダ・カシュー!」
華鳳池に張り出した桟橋の上で、クリスタは地団駄を踏んでいた。
彼女が言うとおり、池の周囲はテスとアマンダの超常能力の乱闘戦のおかけで、見る影もないような状態に破壊されていた。高級菜店『紅棗楼』の美しく整備されていた中国式庭園は、無残な有様を披露していたのである。
ただし、彼女にとっては、それよりもテスの容態が回復しない方が重大事だった。
「テスの意識が戻らないなんて事になったら、あたしは宇宙の果てまでだっておまえさんを追いかけて捕まえてやる。首根っこ押さえつけて謝らせてやるよ。
あたしは、有言実行が主義だ。決して逃がしゃしないからね!」
数歩離れたところでクリスタの主張を聞いていたアダムが、ディーにすり寄った。
「姐さんが言うと、マジに聞こえんな」
「マジもなにも。あれは、ホンマにやるやろな」
レチェル4きっての腕利きA級諜報員たちが、小声で「くわばらくわばら」と唱える。それを見たエミユが唇をへの字に曲げてみせたのだが、後ろの茶番をクリスタは全く気付く余地はなかった。
いっぽう、池の上空では。
残忍な笑みを顔に張り付かせていたアマンダだったが、急にぐにゃりと表情筋を歪ませ切なげな表情を見せた。かと思うと、今度は仮面のように顔を強張らせる。
そして素早く身体をひるがえすと、吸い込まれそうに暗い空間を目指して一目散に上昇を開始した。
「おい、どこ行くんや!」
アマンダを追って、アダムの身体が空中へと勢いよく飛び出す。
「待てや!」
相棒のディーも浮揚能力を用いて、宙に飛び出して行った。
釣られたクリスタの足も前に出たのだが、エミユに腕を掴まれた。上空しか見ていなかった彼女の足は、桟橋を踏み外しかけていたのだ。
慌てて崩れた上体のバランスを戻し、女能力者に礼を言う。ところが、
「あれを見て、クリスタ」
エミユの促した先にはテスがいた。そして、池の上に横たえられていた親友の身体が発光しているように見えた。
「え? ええっ!?」
「見える? テスが帰ってきたわ」
クリスタは何度も目をしばたたいた。池の上のテスと女能力者の顔を交互に見比べてしまった。
目の前でおきている不思議な出来事に理解が追いつかず、どんな行動を取ればいいのかわからなくなりかけていたが、口元を持ち上げたエミユの顔から事態が好転していることだけは確実なのだと受け取った。
「……あ、あれ。どうなって……だ……い」
池の上から、しわがれた声が漏れて来た。
それがテスのものであると認識するのに、多少の時間がかかった。親友の明るいメゾソプラノとは似ても似つかない音だったからだ。
かすれた小さな声は、次第に音量を上げ明瞭になる。若々しい張りと艶が蘇り、聞き慣れた声へと変わっていく。
「テス!」
クリスタは力いっぱい、親友の名前を呼んだ。
♡ ♡ ♡ ♡
「テス!!」
クリスタの声だ。
クリスタの声が聞こえた。
どこから? ええっと、右の方角からだわ。
当たり!
視線を動かした先に、ひときわ目立つ長身がある。
(じゃあ、ここは……!)
間違いないよ、ここは現実のロクム・シティで、あたし白い闇の中から帰ってきたんだ。
だって、クリスタがいるんだもん。あたしのかけがえのない親友が、そこにいるんだもん!
「クリスタ!」
あたしは跳ね起きた。
クリスタがいる。その横にエミユさん。
あたし、帰ってきたんだ!
クリスタが手を振っている。
ああん、顔がくしゃくしゃだよう。
だめだよ、クールビューティーなクリスタがそんな顔しちゃ。美人が台無し。
そういうあたしも、さぞかし間抜けな顔をしているかも。でも、そんなこと関係ない。
だって、クリスタのもとに帰って来れたんだから!
いつだって、そう。クリスタがいれば安心出来るの。
はれれ? クリスタがこっちへ来ようとするのを、エミユさんが止めている。
ヤだ。口論が始まっちゃったよ。
ああん。ふたりして、なにを揉めているんだろう?
待っていて、そっちに行くから。あたしがそっちに行くから、待っていてよ。
ケンカしちゃ、イヤだよぉ。
立ち上がろうと体重移動した途端――――。
ざぶん! という派手な音といっしょに、あたしの身体は水没した。
(ふぇぇぇぇぇぇ……――)
(つつつ……冷たぁーーーーい!!)
悲鳴を上げる前に、あたしの身体は池に落っこちていたの!!
イラスト:志茂塚ゆり様
池ポチャ、完了!
クリスマスイブだって言うのに(初回更新日は2019/12/24)、テスは災難でした。
物語上は太陽系標準歴10月中頃で、ロクム・シティの暦も気候(地球で云うと北半球の北緯40度辺り。でも比較的温暖)もそれに合わせてありますが、水浴びにはもう不向きな季節です。しかも夜だし。
今回、テスがロクム・シティから見える夜空の説明をしています。
実は、作者は天体の位置関係等を全然考えていなかった。(←おい!) あ、惑星上の位置関係はさすがにストーリーに絡んで来るので考えました。ご安心(!?)を。
ご縁があって『月下のアトリエ』でおなじみの志茂塚ゆり様にFAを描いていただいたときに、「ロクム・シティから見える夜空ってとうなっていますか?」って訊かれて、ハタとその事に気がついたのですわ。
地球じゃないから、当然違うよね。惑星レチェルはアステロイドベルトにあるのだし。
それからずっと気にしていていたのですが、今回ようやく見えて来ました。
でも、深く突っ込まないでね。作者のキャパは科学的根拠に基づいて説明が出来るほどはありませんから。
志茂塚様、ご指摘&FAありがとうございました。
さて、次回は。
なんとか現実に戻ってきたテスですが、現実も厳しくて。
災難は続くのです。
そして、ここに来て再浮上してきた「隅の老人」とは!?
それでは、また!




