14. 世界で一番難しいなぞなぞ その⑦ ☆
後半、ショッキングなシーンが出てきます。ご注意を。
(ふぇぇん!)
目が回るのよ。頭の中は、慣れない刺激ではちきれそう!
快感と不快がグルグル回っている。手を取り合って踊っている。
自分の超常能力に酔っ払っちゃう能力者なんて、宇宙広しと云えどもあたしだけよね、きっと!
な~んて呆れている間にも、勢いづいた感応能力の触覚が収集した情報が次々と流れて来るんですもん。堰き止めることが出来なくて、このままじゃ容量オーバーで、パンクしそうなんだってばぁ!
(焦っちゃダメ。よく見て。見落としが無いように……)
吐き気を催すほどの動揺に襲われているのに、頭の片隅のそのまた端っこに、冷静なあたしがいた。そんな存在がいたのかってのも驚きだけど、その「あたし」が叱咤するの。
押し寄せる情報の中から必要なことだけを拾い上げていこう、って。
ああ、そうね。流れてくるものを、全て受け止める必要はないんだわ。
遠隔透視でマリアを発見した時と同じ要領でやればいいのね。求めている情報をはっきりさせるの。的を絞るのよ。
欲しい情報だけを選んで。ビュッフェパーティーで、美味しそうなごちそうやスイーツを選ぶ時と同じ。自分に必要なものだけをチョイスすればいいのよ。
そう思えば、あたしにだって簡単!
……んんん、そのはずなんだけど。あたしはカフェテリアでランチのメニューを選ぶのだってひと苦労する性格なんだった!
ああん。優柔不断が、選択する手を躊躇わせる。だって、Aランチを注文したあとでBランチを見たら、そっちには大好物のスイーツがデザートに付いていた、ってこともあるわよね?
いらないと思った情報が、実はすっごく大事なことだったとしたら?
あああ。選別の基準は、どこにすればいいのかしら? プリンとババロアとゼリーの三択より難しい。
「クラクラ」と「悶々」で頭を抱える一方、脳の片隅にいる冷静な「あたし」は、すごく冴えていた。押し寄せる情報の中から、アマンダの残り香だけを嗅ぎ分けている。当たったものだけをすくい上げて分析し、行方を推測すると、尖らせた感覚を新たな追っ手として放出する。
そして、また、新たな痕跡を探し出す。
ええ。作業しているのは「アタシ」じゃないわ。「あたし」よ。
あたしテスが、テリーザ・モーリン・ブロンがそうしているの。
あたしだって、その気になれば、これくらいは出来ちゃうんだから!
ああ、でも――!!
研究所内にいた頃はサイコロを動かすことも上手く出来なかったのに、こんな高等テク(……少なくともお勉強していた超常能力初級編の講義内容じゃない! これは上級編よ!)を駆使しちゃっていいのかしら? それより認定証も持っていないのに、能力をじゃんじゃん行使っても大丈夫かしら?
さっきアマンダに能力を勝手に使ってはダメだって、言ったばかりだよね。言ったそばからあたしが規則違反している。
――――でも、でも。
うううっ。絶対にあとで大目玉を食らいそうだけど、アマンダを探し出したいと強く思ったら、勝手に超常能力が働き出しちゃったのよ。
こういう場合は不可抗力って言う? 言えない? ……言わない、かな!?
どうしよう。不安になって来た。だって、むやみやたらに使っちゃいけないって教わっているし――――。
どうすべきなの?
<……ええい、そのまま突っ走ったれや!>
<テス、毒喰らわば皿までちう言葉知っとるかぁ>
ほえっ! この思念波はアダムとディー。いきなりふたりの思念波が聞こえて来たと思ったら――。
<ちょっと、あんたたち。なんてこと言うの!
テスの暴走を助長するなんて、部外者たちに知れたら、あたしたちが大目玉喰うのよ。それにね……>
え、今度はマリア! ピリピリと刺すような波動が伝わってくる。
あたしはまだ白い闇の虜なの。頭痛の素の雑音からは解放されたとはいえ、視界は悪い。……っていうか、この闇に目隠しされていて彼らの姿が肉眼で見えている訳じゃない。透視も出来ない。おそらく「アタシ」が邪魔しているんだろう。
でも思念波だけは受け取れるようになったみたい。ううん、アダムとディーがあんなこと言ってきたってことは、あたしの思念波も彼らは受け取ることが出来ているってことよね。あれ、思念波で普通に会話が成立しているの?
うわぁお。あたしの超常能力、向上中!?
喜びの声を上げたいあたしを無視して、三人の交信は継続していた。
<やかましいわ。いちゃもんつける暇があンのやったら、おまえも未確認の能力者探せや>
<キーーーー! あたしはあんたたちが押し付けた仕事で手一杯よ!!>
<それやったら、黙っとれ>
ふぇぇ。ディーのキツいツッコミが、こっちまで伝わって来るっ!
いきなりなんなの、これって。突然、感度が良くなっている。いろいろな思念が一度に大量に流れ込んでくるのよ。
っていうか、聴こえすぎっ!
アマンダの情報に、三人の能力者の言い争い。彼らのかしましさが新たな雑音に増長しつつある。せっかく雑音がアップテンポの旋律に変わったのに、また騒音が増えてしまった。初心者マークのあたしには対応しきれない。
同時に。三人の乱入によって、あたしの周りの、もったりとした濃度を保っていた空気にも変化が現れ始めた。
白い闇が揺らいでいるの。空気が震えているの。ざわざわと気持ちが落ち着かなくなるの。
気持ちが不安に揺れれば、クリアに聞こえていた思念の波もいびつに歪みだす。みんなの声が変声機に掛けられたように、いかがわしげに聴こえてくる。
狼狽えていたら、
<テス。アマンダを探して。彼女を逃がさないで>
エミユさんの思念波が。
ああん。どうしてこう次から次へと……って文句垂れながらも、これは間違いなく助け舟が現れたのだと喜び、あたしは急いでエミユさんの思念波のみを拾うように、精神感応能力を調整する。
<今はアマンダを追うことに集中してちょうだい。わたしも手伝うから>
エミユさんがそう言うなら――そうする。
でもちゃんと追いかけられるのか、とっても不安なの。
<大丈夫よ。あなたの感覚が一番鋭いの。あなたなら出来るわよ>
うん、わかった。エミユさんにそう言ってもらえるのならば、出来るような気がする。
とにかく追いかければいいのよね。アマンダを探し出せばいいんでしょ。あたしだって、彼女からきちんと話を聞きたい。こうなっちゃった理由を、もっと、しっかり説明して欲しいもの。
だから、探すわ。
<待てや、テス。おねえさんの言うことは素直にきくんかい!>
きゃあ、ん! びっくりした。アダムの思念波が、あたしに「待った」をかける。
<はいはいはい。焼きもち焼かんと。アダム、おっさんの焼きもちは醜いでぇ>
<なんや、おっさんて。俺がおっさんなら自分もおっさんやろ、ディー!>
大丈夫。ふたりともすてきなお兄さん(ちょっとトラウマ有り)だから。と、弁明するより早く、やっぱりマリアも加わって来た。
<あんたたちは仲良くおっさんしてればいいじゃない! 乳繰り合っているんなら、こっちを手伝いなさいよ!>
<いや! 不潔! 乳繰り合うなんて、そんなお下品な言葉ッ>
<お下劣ッ>
<あ……あ、あんたたちが悪いんでしょーーーー!!>
ふぇ~~~~ん。どうして割り込みかけて来るのよぉ。エミユさんの思念波が聴こえなくなっちゃったでしょー!
<そんで。おねえさん、なんやて?>
<もうひとりの娘探せ言うてたやろ。ちゃんと耳の穴かっぽじって聞いとけや>
<やかましいわ! テス、こっちは気にせんでエエからな。出来たらおねえさんより先に捕まえるんやで>
<逃がしたら、アカン!>
<だから、とっとと行きなさいよ。のろま、役立たず、能無し――……>
その後のマリアの罵詈雑言の嵐と、アダムとディーの軽口はブロックさせてもらった。
……と云うか。付き合っているとアマンダを探せなくなっちゃうから、これ以上は無視させてもらうわ。ごめんなさい!
あたしは只々消えてしまった友人の痕跡を追うことに集中した。再び意識の底へと沈んでいく。拡がる探索の触手。繁茂する蔓の心像が伸びていく、伸びていく……。
アマンダの残り香を追い求めて。
さっきまでのためらいはどこへ行ってしまったのかしら。あたしの能力は、どんどん大胆に力強くなっていく。
自分でも、それをはっきりと感じ取っているわ。
♡ ♡ ♡ ♡
それほど、時間はかからなかったと思う。遠ざかろうとする意識を見つけた。
追いかけると、逃げる。
悲鳴を上げる。
(待って! 待ってよ!)
触手を伸ばして捕まえた意識。
アマンダのものだけど……アマンダだったものによく似ているけど……微妙に、なにか違う…………。
手触りが違う。
あなた、誰?
<あまんだヨ……>
うそ! あなたはアマンダじゃないわ。拘束しようと捕まえた触手が冷たくなっていく。萎れていくわ。
あたしを騙そうと思っても、ダメ! ほら、彼女を包む生体エネルギーの色彩が違う。接触することで読めてしまった囀る感情の波が違う。
湧いてくるのは、嫌悪感。
(アマンダはもっと暖かいわ! こんな触感じゃないッ!)
<アタシガ、あまんだニ為ッタノヨ>
<…………コレカラハ……アタシ……コノカラダノ……ヨ…………>
ゾッとするほど冷たい感触の声の主が、目の前でそう宣言する。
でもあたしの本能は、彼女が宣言した忌まわしい言葉を認めることなんて出来なかった。
(それが事実だとしても……。もう、取り返せない現実だとしても……)
あたしの接触感応能力がそれを読み取り、間違いないと証明しても――だ。
だから、その部分が聞き取れない。理解が出来ない。
<……オマエモ……>
それは、あたしに挑みかかるようにして言い放った。
<渡セ>
渡すって、なにを?
<テス。下がって!!>
追いついたエミユさんの警告は遅かった。
あたしは愚かにも無防備ね。
お腹のあたりに強烈な衝撃を感じて、ようやく異変を悟ったくらい楽観的に構えていたのよ。
奇妙な違和感と、じくじくとした痛みが伝わってきたのは数秒後のこと。痛みの正体を知りたくて視線を落としたら、尖った長い鉤爪があたしのお腹を貫通していたのッ。
(なに、これ――――!?)
違う! これは現実じゃない。この鉤爪も痛みも偽造されたもの、脳に送り込まれたニセの情報なの。騙されちゃダメよ。
(でも、痛いよ)
偽者アマンダの指が鉤爪に変化して、あたしのお腹を食い破っている。わざわざ武器を装着しなくても、一瞬で身体の一部を武器に変化させ、攻撃に転じることが出来るなんて便利な芸当だわ。
――なんて。感心している場合ではないよ。偽者は突き立てた鋭い爪を押したり引いたりして、あたしのお腹に穴を開けようとしているんだから。
(痛いよ)
冷静な「あたし」が目を覚ませと叫ぶけど、あたしはずっとこの白い闇の虜なの。
(……痛い……よぉ)
痛いのは肉体じゃなくて、精神なんだ。だから、こんなに痛いのよ。だから、目を覚ますことが出来ないの。
<アタシガ助ケテアゲル。ダカラ、コッチニオイデ……>
それは、嫌だ。
偽アマンダはグリグリと爪を掻き立て、傷をひろげようとしている。ああん、愉しそうね。あたしのお腹に穴を空けるのは、そんなに楽しいことかしら?
目の前にいるのは、アマンダじゃないわ。そう、アマンダじゃない。
だって、アマンダはそんな醜い顔して嗤わない。
だからアマンダ・カシューだなんて、名乗らないで!
あたしはそいつを突き放した。
♡ ♡ ♡ ♡
懐中時計を握ったうさぎ。難しい表情が張り付いたまま。ステッキをついて左足を引き摺る。
あたしの夢(もしくは妄想!?)に現れる不思議なうさぎ。
あたしを見つめる薄茶色の瞳。
わかったの。
うさぎの眼は、「隅の老人」の眼だわ。
交通事故で死んでしまった……のかどうか消息はわからないけど、あの白髪の不思議な老人よ。
銀の懐中時計。奥様にもらった最後のプレゼント。
もう一度会うために惑星レチェルにやって来て、カフェ・ファーブルトンで待ち合わせをしていた。
でも、奥様はなかなか姿を見せなくて。
それでもあきらめきれずに、ひとり待ち続けていた。
同時にあの目は、この白い部屋であたしを襲った巨大な眼なのよ。さっきも突然現れたわ。
どうして?
(どうして「隅の老人」はあたしを見つめるの?)
どうして?
(どうして来ないのかって……訊かれた)
(なぜ、奥様が来ないのかって。どうしてあたしに訊くの?)
(ドウシテアタシニ訊クノ?)
(あたしは知らないわ)
(牡丹と芍薬と百合の佳人―― tree peony herbaceous peony and lilies)
(あたしは知らないの)
(アタシハ知ラナイ?)
(そして花が、薄紅色の花が――いっぱいの花びらが)
真っ白い闇に、薄紅色の花吹雪。
<視えぬのか、テスよ……>
(……やって来るわ。黒髪の……美しい、絹糸みたいな黒髪の……――)
ゆめうつつのまま、あたしは答える。
ふわりと揺れる髪が視えた――――ような気がした。
ようやくテスは夢(もしくは妄想?)に観る巨大な眼の正体を突き止めたようです。
でも、なぜ?
さらに隅の老人との会話の最中垣間見た(第3話)風景が、テスの脳内でリバース。彼女の視た黒髪は予知なのでしょうか。
そしてアマンダ(本人)は、どこへ消えてしまったのか?
なぞなぞはまだ解けません。
2019/12/13 挿し絵を追加しました。