14. 世界で一番難しいなぞなぞ その⑤ ✩
テスの妄想が暴走中です。
アマンダが言ったわ。
あたしにはわかるはず……って。
でもね、わからないの。
わからないわ。
わかりません。
…………どうしよう…………。
♡ ♡ ♡ ♡
あたしの頭の中、現実と妄想がごっちゃごちゃ。
そうよね。さっきから現れては消える漫画みたいな光景は、混乱しているあたしの脳が生み出した虚像なのよね。
わかっている。
だからこの底の見えない深い穴も、そこを堕ちていくこの状況も、あたしの妄想なのかもしれないわ。
だったら、今も垂涎三尺とこちらの様子をうかがっている「アタシ」の存在も、惑いの産物でいてくれたらよかったのにぃ……とか考えちゃうけど。
はあぁ、疲れるわ。
そうよ。きっと、そう。あたしは疲れているんだわ。
だから頭の中で、へんてこりんな妄想が暴れまわっているのよ。
トラブルがてんこ盛りなんですもの!!
確かに超常能力者であるとはいえ、普通の女の子にこの状況って酷過ぎない? 状況の展開に付いていけないわ。
すべてが終わったら、絶対心理カウンセリングを受けよう。
このままじゃ、神経が衰弱してハチャメチャになって、まともなことを考えられなくなるに決まっている!
でも、どうしてこんな虚妄を生み出しているんだろう?
――――謎だわ。
ふう。溜め息吐くぐらいは、許してもらえるわよね。
あたし、どうなっちゃうんだろう。
奈落の穴の底は見えないし。
もやもやとした白い闇の中を、いつ終わるのかもわからない墜落が続いている。どこまで行けばいいっていうの。考えても答えは見えない。
ふえぇん。先が見えないことばかりだわ。
だから不安が募って、誰かに助けて欲しくなる。
(クリスタぁ~、どうすればいいと思う?)
妄想なら、もう終わりにして欲しいのに。確か妄想って、本人はそれを病識だって認識できないんでしょ。あたしは認識できたもの。だから迷妄は終わりなのよ。
でしょ!?
――のハズなのに続きが始まる。
(それとも。これって、なにかの暗示なの?)
そして前方に見えてきたのは、大きな細長い食卓。それがまた、一度に何十人も付けそうな程大きなテーブルで。大昔の貴族のディナーテーブルみたいね。実家の食卓(家族9人で使用)よりずっと大きい。
(また妄……空想が走り出したみたいだわ。今度はなにかしらね。ここまで来ると、次になにが来るのか期待しちゃう自分が怖いわ)
(半分はやけっぱち気分よ、もう!)
――で。そのテーブルの上にはたくさんの中華料理が! 湯気の立つ、出来立てのごちそうが所狭しと並んでいるの。きっと『紅棗楼』の豪華ご馳走コースメニューに違いない。
美味しそう、美味しそう、美味しそう!
ああん、お腹が鳴りそうよ。
(グー!)
ほら、お腹の虫が主張する。
あ! もしかして、空腹だと狂想が暴走するのかな?
椅子の周りには背もたれの高い椅子がズラッと並べられていた。何脚並んでいるのかしら。でも、そこに座っているのは3人。あとは空席。
あらら。よく見ればあれはクリスタとメリル、それにリックだわ!
でもなんで仮装しているの? トップハットをかぶったクリスタに、うさぎの耳付きカチューシャを付けたメリルに、植毛を生やした爆睡中のリック。
みんなの格好――妙に似合っているけど。
これ、なんのお祭りよ!?
そして彼ら……ううん彼女らは、愉しそうに歌っていた。
難しいなぞなぞ、難しいなぞなぞ。
ほうら、解いてごらん。
難しいなぞなぞ、解けたらお茶にしよう!
さあ、解けたら飲茶パーティーだ!
美味しい甜点心と鹹点心を用意しよう。
水果も用意して。
とびっきりのお茶を入れてあげるから。
乾杯の用意をして待っているよ。
だから、だから!
それまで……バイバ~イ!
うん、バイバ~イ……って!
ちょっ……ちょっと……ちょっと待って、待ってよ。
なんで、ふたりして盛大に手を振るの?
バイバイって、バイバイって、あたしを助けてくれないの?
へんてこりんな歌に乗せられて、つられて手を振っちゃったけど、そんなのってないわよぉ~。
(待ってよぉ)
あたしは必死で手を伸ばす。お願いよ、捕まえて!
でも、彼女たちは手を振るだけ。ふたりの間で爆睡中のリックは起きてもくれず、椅子からずり落ちそうになっている。
誰も助けてくれようって気にはならないの、酷いわ。
<……その依存心の強さを、なんとかせい……>
なんとかせいって、そりゃあなんとかしなくちゃね。クリスタたちに頼ってばかりではいけないのはわかっているんだけど……。
だからって、どうすればいいのかわかんないんだもん!
そこを、教えてよ!!
<……せっかくの……せっかくの……せっかくの……>
って、そういうあなたは誰? 誰なの?
どこからか降って来た声。失意の反復句が、白い闇に消えていく。
この声……誰だっけ? 少しかすれた乾いた声。気難しそうなしゃべり方。うっすらと記憶に残っているわ。
ええ。聴き覚えはあるの。けど。ええっと……。
どなたさまでしたっけ?
<……ほれ、しっかりせんか。おまえの能力は、――――ではあるまい>
ふわり、と開く花びらの映像。
え!? 今、なにか、一瞬わかりかけたような気がしたのに、あっという間にそれは霧散してしまった。
<――テスは、知っているか……>
ああん、肝心のところがわかんないッ!!
どーして、こうなの。あたしって。
あたしがジタバタしているうちに、今までの摩訶不思議な光景と同じように、無情にクリスタたちも目の前を通り過ぎて行った。正確には、あたしが彼女たちの脇をなすすべもなく落下して行った――だけど。
思うにあれはクリスタやメリルだけど、彼女たちじゃないわ。だって本物のふたりなら、絶対助けてくれるもの!
じゃあ、あれはなに?
どうしてあたしの知り合いたちが――の扮装をして現れるのだろう?
なぜ――の扮装……って、あれ? また肝心のところが思い出せないわ!?
へんね。
もう少しで回答が出てきそうなのに、出て来ない。試験の最後の問題が、どうしても解けないように。
ふと眉毛の青虫と向う傷のグリフォン、対照的に動くふたつの影。扮装したクリスタたち。
なぞなぞだ、って歌っていたわ。じゃあ、これはヒントなの?
落ち着け、あたし。よく考えれば答えは出るはずよ。
そうね――。
青虫はたぶんオーウェンさん、グリフォンはヨーネル医師。似ているようで似てない影は、アダムとディー。クリスタたちは飲茶……お茶会をしていた。
あれ!? この設定状況って覚えがあるわ。でも、どうして、この設定なのかしら?
ああん、また謎が増えちゃった。
もう、もう、もう! 答えを見つけようって頑張っているのに、謎が増えちゃうってどういうこと!?
あたし、しっかりしてよ~~。あん、涙が出てきちゃいそう。
<若くてきれいなお嬢さんが泣いているのは、よろしくない>
――はれ?
ならば、白うさぎは? 懐中時計を持ったまるぶち眼鏡のうさぎは、誰だった!?
あたしを見つめるあの眼は……。
♡ ♡ ♡ ♡
え? それより自分の心配をしろ、って!?
ええ、しているわよ。
でもどうすれば止まることが出来るのか思いつかないんですもの。
止まる方法があるのなら教えてよ!
はい、そうです。困るとあたしはクリスタに頼ります。彼女がちゃちゃっと面倒事を片付けてくれるのを期待している。
ああん、でも今はそれも出来ない。
どうにかしなきゃ……、ひとりで正解を見つけなきゃならないなんて。なんて大仕事なの。出来るかしら、出来ると思う? ううん、やらなきゃならないのよね。
自分で解答を見つけないと、きっとこの奈落の穴からは抜けられないと思う。
あたし、がんばる。でも、どこから手を着ければいいの?
そうよ。
こんなに事態がこじれたのはアマンダのせいよ。
だから。ねえ、教えて。
アマンダはいつも優しかったわ。『カフェ・ファーブルトン』でバイトを始めた頃、あたしに給仕のお仕事を丁寧に教えてくれたのは、あなたよ。
ついこのあいだ田舎惑星のそのまた僻地から出てきたあたしには、ロクム・シティの流儀は慣れないことばかりで。当然お仕事もミスの連発。
そんなとき、アマンダはさりげなくフォローしてくれた。頼りないあたしを、ずっと支えてくれていた。お姉さんみたい、って思ったわ。でも、迷惑かけっぱなしのあたしは厄介者だったのかしら?
そうよね。
その上、あたしはアマンダの気持ちも知らずに、リックのことを話題にしていた。彼と過ごした時間や、彼の語ったこと、彼との思い出とか。
それを聞かされるあなたの気持ちなんて、つゆとも考えずに。
取り留めもないことだって、いつも嫌な顔ひとつせずに聴いてくれたわよね。
それって、どうして?
ふえぇん。眼から涙が溢れてきた。
悲しい気持ちが、心をいっぱいにしようとする。こぼれた涙はシャボン玉のように宙にふわふわと浮き、どこまでも落ちていくあたしの周りをうろうろしていた。
<アラ、可哀相ナ『てす』>
うるさい、うるさい。あなたになんか同情されたくないんだからっ。
大人しくしていてよ「アタシ」!!
そのうちシャボン……違った、そうね、涙玉とでもいえばいいのかしら……は膨張を始めた。さらに表面が張り付いた玉と玉が接着すると同化してひとつになる。そんなことを繰り返し、もこもこと直径1メートルほどの大きな玉になっていった。
虹色に光る大きな球体。ボールみたいに弾力性がありそうだなんて思っていたら、あたしの下に回り込んできた。
そして、あたしを受け止める。お尻に感じる軽い弾力。
(……と……止まった!?)
虹色のボールの上に乗っかる形で、あたしの落下は停止した。だからって、いつ、また奈落の底へと落ちていくのかわからない。
不確かで不安定な状況の上に乗っかっている。
(とぉぉぉっても不安なんですけど)
そして辺りは急に静かになっていた。
今は雑音も聞こえない。まるで音が吸い取られてしまったよう。
ああん、静かすぎるのも怖いものなのね。
<アマンダ……アマンダ。いるの? いるんでしょ? ……い……いるわよね?>
恐る恐る感応能力で問い掛けてみる。
能力者なのに、自分で自分の能力を使うのが怖い。だって、制御が出来ないんですもの。
でも、ひとりはイヤ。
ううん、それ以上にアマンダがいなくなってしまうことがイヤなの!!
アマンダのしたことに腹を立てているのは、事実だわ。
マインドコントロール、だっけ? あたしの頭の中を操作して、リックへの想いを「恋人」から「おにいちゃん」に変えちゃったなんて。どうりで気持ちの変化に説明がつかない訳ね。おかげで、クリスタやリックに愛想尽かされかけたのよ。
ちょっと……ううん、ずいぶん酷すぎやしない!?
あたしと別れたら、リックが振り向いてくれるとでも考えたの? お生憎さま、彼は、エヴァって娘に色目使われて浮気してたわ。
だからあたしと別れても確実にアマンダの方を向くとは限らなかったのよ。それとも能力を使って、エヴァとも別れさせちゃう気だったのかなぁ。
どうしてそんな姑息な手段使ったのよぉ。超常能力の悪用はよくないことよ。ライセンスの無い人間が無造作に扱うのは事故の元だって教わらなかったの?
あ! アマンダは未登録の能力者だから、訓練も専門教育も受けてないんだっけ。――だから独学で習得したって、そんなのなおさら危ないことだよ。
相手を傷つけてまでやみくもに欲しいものを奪取しようなんて態度――。
アマンダらしくないっ。
あたしは呼びかけ続ける。自分の能力と彼女の感情が暴走しないようにと念じながら、返事をしてくれるまで。
ねぇ、アマンダ。あなたは、腹を空かせた獰猛な思念に食べられちゃったの。そんなこと無いよね? そこにいるわよね?
ああん、不安はどんどん重くなってくるわ。
お願い、返事をして!!
♡ ♡ ♡ ♡
反応を待ちながら、あたしはさっき脳内に怒涛のごとく押し寄せてきた情報を整理していった。それはアマンダの思念でもあり、彼女の記憶。
それによれば彼女が超常能力に目覚めたのは、リックにステディな彼女(これ、あたしね)がいるってわかってからだったらしい。
つまり超常能力の発動は、失恋が原因ってワケ。原因は違うけど、精神的なショックから覚醒するのって、あたしと同じパターンよね。
ズド~ンと気分が落ち込んていた時に超常能力が勝手に使えるようになっちゃったものだから、最初は怖かったらしい。いきなりカップが浮いたり、手にしたスプーンやフォークがねじ曲がったり。
アマンダの意志を無視して異常事態が引き起こされるんじゃ、ほとんど怪奇現象だよね。そのうち『能力者』ではないかと疑いを持って、でも迫害されるんじゃないかと恐ろしくなって。
誰にも相談できずに悩んでいたら、自分の奥底から不思議な声が聞こえて来たんだって。
最初は無視していたらしいわ。幻聴かもしれないって。
そりゃ、そうよね。あたしだって無視していたもの。
<気付カナカッタ……ダケデショ>
うっ、うるさいわねっ!
そうよ。「アタシ」みたいな存在が、アマンダに語り掛けて来たんだって。
それも、しつこく!!
誰かさんみたい、に!!
<優しい声色でなぐさめてくれたの。だから……>
「ああ、アマンダ! その声、アマンダよね?」
<言う通りにすれば、万事上手く事が運ぶからって。従わなきゃ、いけないような気持ちになって>
<あたしは『能力者』だって、世間から白い目で見られるのは耐えられないわ>
<日に日に能力は成長していったわ。念動力、感応能力、予知力……。でも強力になるほど怖くて。追い詰められて……>
そうかしら。超常能力がもたらすのは悪いことばかりじゃないと思うけど…………。
そういえば、あたしが超常能力に目覚めたのって、頭痛がひどくなった頃からよね。向う傷のグリフォンことヨーネル先生の推測によれば、それは能力が目覚めたことによって引き起こされた副作用現象だとか言っていた。
ねえ、疑問なんだけど。
目覚めたのはあたしの潜伏能力なの? それともあたしの中に潜伏している「アタシ」なんだろうか?
今使っているこの超常能力は、あたしのものなの?
それとも「アタシ」の能力を、あたしが借りて使わせてもらっているだけなのかなぁ? だから制御が上手くいかないのかもしれないし。
「アタシ」が言っていたわよね、「あたしはアタシ」なんだって。そんなこと無いって否定したけど、もしも事実だったらどうなるの?
そもそもあたしが「アタシ」だとしたら、テリーザ・モーリン・ブロンと名乗る女の子は誰なの?
<……違う……違う……違う!>
ひゃああん。アマンダの悲鳴のような声が、頭の中に響き渡る。
<……テスの能力はテスのものよ。あなたが能力者なのは、もうひとりのそいつのおかげじゃないわ>
<誤魔化されちゃダメよ!>
<あたしたちは能力者よ。生まれながらに強い能力を持って産まれてきた……いいえ、そうなるべく生まれて来たのよ>
<――テスよ。おまえの能力は、そんなものでは、あるまい……>
え、なに? 今の、フィードバック!
アマンダの声じゃない、これは白ウサギのおじいさん……。
<あたしたちが強い潜在能力を持っているからこそ、そいつらは……>
そいつらって「アタシ」のことよね。アマンダを唆した邪悪な声の主のことよね。
ねえ!
ねえ、アマンダ?
アマンダ、アマンダ……、アマンダ返事をして!
お願い、返事をしてよッ!!
♡ ♡ ♡ ♡
アマンダが消えた。
アマンダの意識が、消えちゃった。
呼びかけても、探しても、どこにも彼女の意識が感じられない。
さっきまで、
か細いけれど、でもちゃんと感じていた彼女の思念波が――。
プツリと、
――――消えてしまったの……。
イラスト:腹田 貝様
テスと「アタシ」の関係は? 突然消えてしまったアマンダは?
そして、なぜ彼らは○○○の扮装をして現れるのか?
謎は深まるばかり。
2021/10/20 イラストを追加しました。 腹田 貝様、ありがとうございます。




