14. 世界で一番難しいなぞなぞ その②
そうだ、クリスタに伝えなきゃ。
あなたの声は聴こえている! って。
でもでも、よ。非能力者であるクリスタに、いきなり直接思念波を送ったら、きっとびっくりして慌てちゃうわよね。
側にエミユさんがいるから、彼女から伝えてもらってもいいんだけど、でも直接伝えたいわ。だって、ホントなら今すぐクリスタの元に飛んで行って、ハグして、友情と感謝と信頼と愛情と……とにかくありったけの気持ちを贈りたいくらいなんですもの!
どうしたら、わかってくれるかしら?
そうだ、手を振ってみよう。
気が付くかしらって、……ん、そういえば今のあたしは「アタシ」に拘束されていて身体の自由が利かない……はずだったんだけど。あれ、腕が動いた。
すうっと持ち上がって、あたしの思いどおりに手を左右に振っているわよ。多少動きはぎこちないけど。
ああ! クリスタ、見えてる!?
どうしたらいいの。自分の身体だっていうのに、なんだか不思議な感覚を味わっているのよ、あたし。自分の意志で身体を動かしているはずなのに、誰かに動かしてもらっているような。
意志がスムーズに身体の末端まで伝わらないの。浮遊感がゆりかごの揺れみたくなって、夢の中で重い肉体を無理矢理動かしているときのような歯がゆい感じ。
まあ、実際、現在あたしの物質的肉体は宙に浮いているのよね。けど、それとは別の浮遊感に「あたしという意識」は包まれ支配されているって気がするの。
ゆらゆらと。
あ、なんだろう。この感覚。どこかで味わったことがあるような……。
どこかで、似たような体験をしている……ような感覚が……あるわ。
なにかで――。似たような……どこかで……。
フワフワと水の中を漂う感覚。
いつ?
頭の中を、逆回転で流れ出す記憶。
心配するクリスタの顔、不敵な顔して笑うアダムとディー、東洋趣味のお部屋とエミユさん、優しい提督、マリアと喧嘩して、空飛ぶ札……。オーウェンさんとヨーネル医師。うわっ、公安なんとかのベレゾフスキー!(大っ嫌いよ!!)
――その前に。あたし……包まれていた、あの時の………。
(ヒィ! 医療用カプセル『透明の繭』!!)
思い出した途端に身体中を走る怖気。
抑える間もなく口から飛び出す恐怖感。ベレゾフスキーたちによって植えつけられた『繭』への恐れは、重量級のストレスとなってあたしに圧し掛かってきた。
声にならない悲鳴と共に、雑音が稲妻のように駆けるのが視えた。
ああ、わかった! あたしの負の感情が、雑音となって周囲に漏れ出しているのよ!!
これが雑音の正体。
あたしやアマンダの負の感情が外部に漏れ出すと、それを感じ取る者……たとえば能力者に対して思念を乱す攻撃を仕掛けて、同時に悪質な電磁波となり機械系統をも混乱に陥れていたんだ。
理由はわかんない。けど、恨みや妬みや怨嗟、憎悪に自棄、破壊衝動……これらの感情が思念波となり不特定多数への人物や機器への拡散攻撃となり――、
<同時ニ自分ヲ守ル防壁トナッテイタノヨ>
雑音が!?
どうして、そんなことをしなくちゃいけなかったの。そりゃあ「攻撃は最大の防御なり」とも云うわよ。
……って、誰から自分を守るのよ?
<周囲カラ――てすト云ウ個体ヲ取リ囲ムスベテノモノカラ、オマエ自身ヲ守ルタメ>
(すべてもの……って――?)
ダメだ。混乱しきったアタマじゃ、答えなんか出て来ない!
どくんどくん……、やたらと鼓動が早くなる。
目の前の「アタシ」はイヤな顔していた。……って云うより、少し顔を歪ませている。これは苦痛の表情。苦悶の表情?
なんで? どうして?
(――――あ!)
雑音だ。
あたしが出している雑音が、「アタシ」にも影響を与えているんだわ。能力を持つ者に等しく作用しているとしたら、雑音は「アタシ」の能力をも削いているのかもしれない。
アマンダの雑音も強力だったけど、あたしの雑音もそれなりに強力なの?
「アタシ」の顔がさらに苦々しげに歪む。正解らしい。でも、自分の醜い顔をこれ以上目の前で披露されるのは、こっちだって精神的苦痛だわ。
ああん。
この無鉄砲な自己防衛手段で、あたしはどれだけみんなに迷惑かけちゃったんだろう。自分の能力がわかっていないから、能力の調整なんてしていなかったし、いつからダダ漏れしていたかも自覚ないし。
ヤバい、非常に困っちゃう事態だわ。
アダムとディーに嫌味を言われるわ。マリアには罵倒されるでしょうね。オーウェンさんとヨーネル医師だって、謝ったって許してくれないかもしれない。
それどころか、クリスタに愛想つかされちゃう……。
気分はどんどん悪い方へのめり込んでいくけれど、ひとつだけいいことを思いついた。上手くいくかなんてわからない。やり方も適当だけど、これだけは賢い選択だと思っている。
だから、実行するの。
<ソウハ、サセナイ……>
あたしの思考を読み取った「アタシ」の顔色が変わる。
おあいにくさま。今回はあたしの方が早かった。
反撃体勢を取られる前に、雑音を「アタシ」にぶつける。攻撃目標を一点に絞って、フルボリュームで――って念じながら、あたしに雑音をぶつけてやるの!
果敢に飛びかかろうとした「アタシ」は、攻撃をモロに浴びて絶叫を上げながら身悶える。のた打ち回る。
白い濃厚な闇が、ゆっくりと動きだしマーブル模様を描き始める。
雑音が同調する。
融け始める。
なにかが動くわ!
今よ、ここから逃げ出さなきゃ!
あ! でも、どうやって? どこへ?
一瞬の迷いが、形勢を逆転させてしまった。
あたしの前に憤怒の形相をした「アタシ」が立ちふさがる。両手を高く持ち上げあたしに襲い掛かると、押し倒し馬乗りになってきた。
「やめてぇ!!」
もう一度雑音をぶつけようと、声を上げ抵抗を試みる。同時に手足をバタつかせてやったわ。
けど「アタシ」は怯まなかった。死にもの狂いって感じで、あたしを押しつぶそうとする。全身に圧し掛かる冷たい重圧。なにこれ、念動力?
ものすごい圧力で押し潰されそう。
(息が……出来ない!)
でも負けない、意識だけは手放さない。ううん、手放したら向こうの思うつぼって感じがする。
なんだかわかんないけど、そういう気がするのぉぉぉぉぉぉ。
負けない。負けないんだからぁぁぁぁぁぁ……。
苦しい! 目は霞み、痺れが走った。それでもあたしはすがり付いている。
あたし自身というものに――!
必死に「アタシ」に突き付けられた理不尽に抗っているんだからぁぁぁぁ。
そこに水柱の直撃が!
弾き飛ばされた物質的肉体は、空中で木の葉のように舞う。
ひどいわ、こんな時でもアダムもディーも容赦ナシなの!
(現在身体の内は取り込み中なのに!!)
激しい衝撃で肉体はエビ反りになり、くの字になり、完全にバランスを失った。修正したくても、あたしも「アタシ」もそれどころじゃない!
だから混乱して浮揚能力のコントロールを完全に失ってしまった。
ひゃぁん、落ちるゥ――――!!