14. 世界で一番難しいなぞなぞ その① ☆
※冒頭、異能力戦です。
カチ、コチ、カチ、コチ…………
白く、濃い闇が蠢いた。
時計の針が、時を刻む音だ。
真っ白い空間に、小さな音が響く。
時計? 懐中時計?
……懐中時計って? どうしてここに懐中時計が出て来るの?
懐中時計って、誰の?
銀色の懐中時計。
杖を突いた白いうさぎ。鼻の上にはまるぶちメガネ。
耳をぴょんと立て、こちらを見た。
その眼は。
その眼は――――。
イラスト:安藤ゆい様
♡ ♡ ♡ ♡
ボン! という大きな音。
それがなにかと考える間もなく、突然の大量の水があたしを襲った。
ああん、あたしだけじゃない。アマンダも、よ。ふたり同時に、池の水面から立ち上った水柱に襲われているの。
あたしたちは浮揚能力を駆使して、宙に浮かんでいた。その足元に拡がる大きな池から、針葉樹のような水柱が、次から次へと噴出して来る。勢いを付けて、まっすぐあたしたちへと伸びてくる水の柱は、直撃すれば相当のダメージを受けてしまうだろう。
空中で安定性を失えば、落下するしかない。だからあたし――いいえ「アタシ」の方かしら……は、均整を失った身体で引力の誘惑から逃れようと奮闘しているの。
その上水柱があたりに撒き散らせた水しぶきを受けて、あたしは全身ずぶ濡れよ。水を吸った髪が重く顔に張り付くから、慌てて髪を掻き上げていると、伸びてきた水柱があたしの身体を掠めていった。濡れたチャイナドレスだって途端に重量を増してくるし、おまけにスカートは脚に張り付いて動きを制限するの。
もっと素早く攻撃をかわしたいのに、一生懸命逃げているのに、水を被った身体は秋の夜風にさらされて震えが走っちゃう。
体温が奪われている。寒さでどんどん動きが鈍くなっている。
もともと行動は俊敏じゃあないわ。でも「アタシ」が操るあたしの身体は、迅速な動きでアマンダからの攻撃や水柱を回避していたのに、次第にそれが捌き切れなくなっているのよ。
避けきれずバランスを崩せば、あたしの目の前にまた水柱が出現!
辛うじてやり過ごしたけど、逃げたところにまた水柱が襲ってくるから、身体は水流に弄ばれる木の葉みたいにクルクル回転してしまう。しかもここは空中だから、360度どこに向かって回転するのか予測がつかない。「アタシ」は必死で体勢を立て直そうとしているみたいだけど、こうもひっきりなしじゃ、逃がれるだけで精いっぱいよ。
ついでに回転しすぎて、気持ち悪くなってきた。
あたしだってアマンダだって、もう相手への攻撃どころじゃないわ。この水柱の直撃から免れることに、全神経を集中しなければならなくなっていたのよ。
でも――。この意地の悪い攻撃の仕方、どこかで覚えがある。
どこかで……?
(あ!!)
ふっと、ある人たちの顔が思い浮かんだ。
(アダムとディー!)
そういえば気配を感じるわ。さっき、声も聞こえたような気もする。
いいえ。襲って来る水に交じる思念波は、彼らのものよ。ええっ、じゃあ、この水柱はあのふたりの念動力が作り出したものかも……って気がついたら――、
<ようやっと気が付いたか!>
<とろい!>
間違いなく、この声は!
急いで気配のする方を視れば、池に張り出した橋の上にアダムとディー、それから池のほとりにエミユさん、それに……それにクリスタがいる。
そうだ、そうよ。さっきクリスタの声が聞こえて……なのに雑音が苦しくって、頭が割れてしまいそうになって「イヤだ!」って叫んだら全てが吹き飛んじゃったのよ。
(クリスタがいるの。クリスタがいるんだもの、あたしは大丈夫だわ!)
あたしの意識は一気にクリスタの元に走った。
大好きなクリスタ。
ああん、すっごく心配そうな顔してる。
あたしのせい? そうよね。あたしが心配かけているんだわ。ごめんね、クリスタ。あたし、いつも困らせてばっかりだわ。
だめよ、そんな眉間にシワ寄せちゃ。モデルなのに、シワが張り付いちゃったらどうするの。
見てて。あたし、がんばる! 絶対、負けないんだからっ!
……って、誰に? 誰にって……誰って、とりあえずは――。
う~~~~ん。
んん。そういえば、あの場にはリックもいたハズよ。あ、いたわ。ちょっと離れた回廊の廊下に。だけど、異様なくらい顔色が悪いのはどうしたのかしら? 頭抱えて震えているし……。ねえ、リック?
急に彼のことが心配になって意識を向けようとしたら……、
<そんなことより、自分どうなっとんねん!>
ひゃわッ! びっくりした。アダムね、急に大きな声で話しかけないでよ、びっくりしたわ。
<ほう。聞こえてんのか。そりゃ、エエことや。さっきまで思念波の呼びかけも通じんかったからな>
こっちはディーね。そうよ、「アタシ」が邪魔して、あたしの意志は閉じ込められちゃったの。なんにも聞こえなくて、視えなくて――。
<今は、多少自由が利くようになったん……や……ぁ>
ああん、また邪魔が! 思念波が聞こえなくなっちゃう! あたしを取り囲む白い闇がマーブル模様を描いて、不安を煽る。
雑音が走る。
やだ、やだ、やだ!
心を「拒否」の気持ちでいっぱいにする。ここまであたしとアダムとディーの会話を静観していた「アタシ」が、不快な顔でこちらに手を伸ばしてきた。
イヤぁ。捕まりたくない!
でも動けないの、逃げられないの。金縛りにあったように固まって、その場に留め置かれてしまった。誰か……誰か、助けて!
雑音が大きくなる。耳に溢れる。
ねえ。この雑音を発しているのは、誰?
アマンダ? ……違う、この雑音はアマンダが放ったものではないわ。その違いは初心者のあたしにだって区別できる。アマンダの放った雑音は、もっとざらざらと肌の表面を逆なでするような触感よ。今も感じてはいるけど、一時期ほどは苦痛でも邪魔でもなくなっている。
今あたしを苦しめている雑音は、肌の内側を駆け抜けるような触感。
じゃあ、誰なの? アマンダのほかにも、雑音を放出している能力者がいるっていうの。
それは誰? 「アタシ」の仕業!?
<違ウ。コレハオマエノ仕業……>
(――――え!?)
<オマエモ雑音ヲ撒キ散ラシテイルノヨ>
<気付カナイノ?>
<大量ノ雑音ヲ放出シテ、周リヲ苦シメテイルノガワカラナイノ?>
「アタシ」が高笑いをする。
(あたしも……雑音を出しているって……どういう……こと?)
血の気の下がる音が聞こえた。
よくわからないんだけど。
あたし、なにやっているんだろう? 雑音を出している?
そんなことしている感覚、全然無いわよ。
感覚も意識も無いのに、雑音は出しまくっているっていうの?
なに、それ!?
って……。あれは苦痛を伴うのよ。あたしは自分も知らないうちに、周りに痛みや苦しみを押し付けていたってことなの!?
アダムもディーも、エミユさんも、雑音の影響を受けているの?
なんだろう、心臓がバクバクしてきた。
<ソウヨ。信ジラレナイノナラバ、アイツラノ会話ヲ聴イテミレバイイジャナイ?>
聴くって、どうすれば? 能力の不安定な出来損ない能力者が頭を傾げる間もなく、
<……で……やねん。雑音がまた騒がしくなっとるで!>
<……っきより強力になっとんねんな。相当キツいわ>
あああん、アダムとディーが文句言ってる。
<雑音の発信源が違うのよ>
ひゃああん、これはエミユさんの声。……ってことは、エミユさんも被害者。ごめんなさいっ!
<わかっとる。さっきのはアマンダ。今度はテスやな>
<けど、なんでテスまで雑音出し始めたんやろ?>
飛び込んでくる、能力者3人の会話。ちゃっかり傍受してしまった。
いいのかしら。他人の会話に耳をそばだてるなんてお行意義が悪いって言われそう。でも、内容はあたしのことだし。――ううん、そんなことより!
ほぇぇん! 間違いなく、とんでもない迷惑かけてるわ!
どうしようどうしようどうしよ…………。
待って。
どうしてあたしが雑音なんか、出しているんだろう。アマンダが雑音を出していた理由もきちんと解明されていないのに、自分が雑音を出している原因や方法なんてわかる訳無いよ。ヨーネル医師も頭抱えている問題児の能力者なんだもの。
あたしじゃあ、わからない。こんな難しい問題、解けないよぉ。
ああん、でも止めなきゃ。でもでも、理由わからないし……。止め方わからないし……。どうすればいいの?
わからない……。
わからない……。
わからない……。
<マカセナサイ……助ケテアゲルワヨ>
わからないから……助け……て。…………タ……
「テス、なにやってんだい!」
突然のクリスタの声。
「聞こえてンのなら、シャキっとおし!
おまえさんは超常能力者なんだろ。いつまであたふたやってんだい。しっかりおしよ!」
頭の中に、クリスタの声が響く。あたしの大好きなアルトの声。いつもあたしを守ってくれる柔らかな声。今は怒っているから言葉尻がキツイけど。
うん。わかるわ。感じるわ。
直接彼女の話している声が聞こえている訳じゃない。けど、あたしに話しかけている言葉が聞こえるの。彼女の想いが、あたしに響いてくるの。
やだ。涙が出てきちゃった……。
「あたしの声が聞こえてんのかい、テス!?」
聞こえてる、聞こえているわ、聞こえていますっ!
そ……そうよ、そうだわ。シャキっとしなきゃ。
泣いてなんかいられない。シャキ! よ。
クリスタは正しい。あたしのクリスタはいつも正しいのよ。
あなたの言うとおりにする。
まずは雑音を止めるわ。止め方なんかわかんないけど、とにかく「止め!」って思うわ。あたしが出している雑音なら、あたしが「止め!」って思えば止むんでしょ。
止むわよね? 止むはずよ。
止めてやるんだから!
そうよ! あたし、がんばる!!
今度は惑わされないんだからっ!!
イラスト:一条かむ様
ご来訪、ありがとうございます。
今回テスは水攻めにあっています。
こういうとんでもない作戦を実行するのは、当然「彼ら」です。広大な池の水を利用して……ではありますが、かなりの無茶です。
すっかりお忘れだと思いますが、このお話の季節は初秋です。
森の木々が色付こうとしている頃です。
ロクム・シティは温暖な街ではありますが、ずぶ濡れで上空に浮かんでいるのは、かなり寒いのではないかと思われます。
早くどうにかしないと風邪をひいてしまうのではないかと、作者はちょっと心配。
そして意外なことが発覚。雑音の発信源が、もうひとり。しかもこちらの方が強力らしいとか。
さて、戦いの行方はどちらに流れていくのか!? 次話をお楽しみに。
2022/4/24 挿し絵を追加しました。
安藤ゆい様、一条かむ様、ありがとうございます。