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13.  あたしはあたし あなたはあなた その①

 どぷん……。


 重たい液体の中に、後ろ向きにダイブ。跳ね上がる、ミルククラウン。

 ――どこか不安定な赤い王冠(クラウン)


 ゆっくり身体が沈んでいく。

 身体全体が、押し包まれる感触。あん、完全に水没したのね、あたし。

 ハレレ? 液体は、確か足首が浸かるくらいの量だったはず。なのに、……水没……ってヘンね!?


(…………て……すぅぅぅ…………)


 誰かが呼んでいる。あたしの名前。

 水底の底の底から、あたしを呼ぶ声。


(…………てぇぇ……すぅぅぅ…………)


 声に引っ張られる。底の底に堕ちていく。

 行きたくない。でも、()かれるの。その暗さに、その深さに。

 誰があたしを呼ぶのかしら?


 ねえ、声の主さん。あなたはだあれ?





 ♤ ♤ ♤ ♤





 エミユ・ランバーとルォ支配人の反撃を逃れ、勢いよく回廊へと飛び出したアダムとディーのふたりだったが、さっそく頭を抱えたくなるような事態に直面していた。


「なんや、これ。迷路かい!」

「迷路やわ」


 と、『紅棗楼(ホンザオロウ)』の庭園に張り巡らされた回廊の、複雑で風変わりな構造に声を上げていた。おまけに未確認の能力者(タレント)による妨害の影響で、頭痛がひどくなる一方だ。


 だが症状が重くなるのは、雑音(ノイズ)の発信源である未確認の能力者(タレント)に近づいているという事で、同時にその者が付けねらうテスにも近づきつつあるということだ。

 ふたりは脳天のツボを指で押さえる。もちろんその動作は左右対象(シンメトリカル)で、同調(シンクロ)している。そして、また勇敢に脚を進めるのだった。


「せやけど、なんでテスなんや? なんで未確認はテスを追っているんやろ、そこがわからへん」

「未確認の思念、読めへんか?」


「自分に出来ひんもン、俺に回すなや! わからんから聞いてんねん!」

雑音(ノイズ)で、上手いこと誤魔化しとる。なかなかの策士や」


「そこ、感心するとこ、ちゃうで」


 ディーの言うとおり、未確認の能力者(タレント)雑音(ノイズ)を放出することで、自分の思念を、追跡者たちから悟られないようにしていた。さらにそれは、周囲の能力者(タレント)たちに重圧を与え、苦痛を強いていた。

 アダムとディーしかり、エミユしかり、テスもまたしかりである。


「ヤツはどっかの組織に所属しとる訳やない。なんせ、未確認の不正規(イレギュラー)やからな。けど個人的な思惑で、能力開発部(ウチ)のかわいいテスを付け回しとるんやから……」

「俺のツッコミ、無視するんか」


 アダムは相棒を睨み、ディーは額に掛かる前髪を払い除けた。ついでに髪の生え際のツボを押さえる。ふと見れば、隣でアダムが同じポーズを取っていた。


「ところで、アダム。自分、テスの思念波の方は拾えとるか?」

「まかしときぃ言いたいんやけど、どんどん弱くなっとる。未確認のヤツ、テスの側におって邪魔……ちうか、テスをいじめとるやんか!」


「それは、許せへンことやなあ」


 ふたりは怒りをあらわにした。

 追跡者と対象者の距離は150メートル以内。さすがにこれだけの距離になると、雑音(ノイズ)ですべてを誤魔化すことは出来ない。むしろ、発信源が特定されてくる。強く不快を感じる方向に対象者がいることは間違いないだろう。


 その雑音(ノイズ)とテスの思念波が、同じ方向から感じられる。遠隔透視をしても画像(ヴィジョン)砂嵐(ホワイトノイズ)に邪魔されているが、思念波の波長や強弱で、状況はおおかた推測が立つ。


 未確認は、すでにテスを見つけ出している。さらに彼女に対しサイ攻撃を仕掛け、その余波が雑音(ノイズ)として彼らの超感覚へと押し寄せてきているのだと理解した。


「早よ、手ェ打たんと――」

「ヤバいな」


 ふたりは足を速めるが、どこまでも続く白い壁とゆるゆると続く廊下が、ふたりの方向感覚を惑わせつつある。あてにならない視覚よりも、冴えた第六感を澄まし、雑音(ノイズ)の波長を頼りに進もうとすれば、今度は痛みが邪魔をする。


「……テスと未確認かぁ。想定外(イレギュラー)で現れた能力者(タレント)つうか、ふたりとも微妙な時期に現れたもんや。まるで、例の計画(ハナシ)にタイミングを合わせたようやないか」

「未確認……テスに恨みでもあるンかな。いじめ方が執拗や」


 ふたりは抜きつ抜かれつ、競うように脚を速める。


「せやな~。こうなるとおっさんとしては、俺らに、テスのみならず未確認も無傷で捕獲せぇ言いたいやろな。ふたりとも、潜在能力はA級イケそうやし。まぁ、優秀な手駒をたんと欲しいちうのは、能力開発部(ウチ)に限ったことやないけどな」

「なんや、急に。そんでもおっさんとヨーネル医師(センセ)、物騒なことぎょうさん企んでいそうな口ぶりやったな。帰ったら、聞き出さんとアカンわ。エエ顔しとったら、いつの間にか悪事に手ェ貸さなあかんような、抜き差しならんことになっとるかもしれへんで!」


「アダム。よかったな、通信機(これ)不通で。任務(オーダー)が追加されるとこやったで」

「おおきに……って、そこは拾うんかい!」


 アダムは顔をしかめ、ディーはメガネのブリッジを持ち上げる。そしてふたりは、眉間の中心にあるツボを押さえた。


「ディー。詮索すんのもエエけど、その問題はもうしばらく先送りにしとき。ソレ、突っ込みどころ間違えたら痛い目に遭いそうやわ」

「わかっとる。諜報員(エージェント)、危うきに近寄りたくば安全確認忘れずに――やろ」

「なんやそれ。誰の格言(セリフ)じゃ!」


「そこでや。おそらく未確認はテスの身近な人間やろな。テスの性格や行動、思考パターンをよう知ってる。ついでに潜在能力持っとることもわかっとったんやろな。それで利用することにした……」

「俺らの張った『狩り(ハンティング)』の範囲網を感じ取るやいなや、なぁんもわかっとらんテスを身代わりに仕立て上げた、ちうことか」


 ヨーネル医師らの聞き取り調査によって、テスの超常能力が覚醒したのは、交通事故に遭った当日だと証明されている。


 本人は、能力の存在はおろか発動にもまったく気付いていなかった。関心が薄かったため、超常能力に対する予備知識と云うものが貧相で無頓着だったことも要因らしい。

 つまり、まったくの無防備であった。


 ところが能力者(タレント)探索の発端となったロクム・シティを騒がした奇妙な悪戯は、事故より以前の出来事であるから、当然未確認の能力者(タレント)の方が覚醒は早かっただろう。

 そして、そのことに対する知識も認識も、手に入れた特殊な能力を有効に使いたいという欲も持っていた。


「これほどありがたいスケープゴートもないな。お手軽にご利用ください、言うとるようなもんや」

「テスは、のほほんとしとるからな」


 こうして能力開発部が総力を上げた捕獲作戦は、まんまと裏をかかれ、未確認の能力者(タレント)は網の目を逃れたのだとふたりの青年は推測していた。


 折しもテスは『隅の老人』と呼ばれる男と交通事故に遭い、本格的に超常能力を覚醒させ騒ぎを起こしている。未確認はその混乱にまぎれ、開発部はテスの能力の高さに目を眩まされてしまった。


「だとしたら、あの事故も未確認の仕業や思とるンか」

「それは、ちゃう。あれは、組織のチカラが無いとアカンと思う。素人がひとりでやった仕事やないくらい、アダムも察しがついとるやろ」


「かなり荒っぽい手口やったけど、用意は周到やし、手際はエエしな。証拠も足跡も、ぜェ~んぶ消してある。なあ、自分は誰の仕業やと思う?」

「――で、未確認はどうなったんや」


 つれないディーの態度にアダムは不満顔だが、そこは諜報員(エージェント)として仕事(にんむ)を優先すべくすぐさま頭を切り替える。詮索に夢中になって、目下の仕事をしくじるようでは諜報員として最低だ。



 ふたりの青年は、まず肩の力を抜いた。いつの間にか、要らない緊張が肩の筋肉を固くしている。そして、どちらともなく視線と歩調を合わせていた。

 未確認は――テスの身近にいて、彼女のことをよく知る人間。人見知りの激しい彼女が警戒しない人間。この惑星に来て間もないテスと接触がある人間となれば、数は知れている。


 彼らの脳内に、テスの交友関係図が示される。

 非能力者(ノーマル)であることが証明されている親友のクリスタとメリル、恋人のリックは除外。あとは――。

 口角が上がる。アダムとディーは、未確認(ターゲット)が誰であるかを絞りつつあった。


「でもな。あんだけの念動力(サイコキネシス)自在に使えて、なおかつ感応(テレパシー)能力も雑音(ノイズ)の操り方からすればA級クラス。こんだけの使えるンなら、私利私欲のために使こうてもみたいやん。足かせはめるような能力開発部(おやくしょ)追っ手(オニ)に捕まりとうない気持ちはわからんでもないな」

「おーおー、アブナイこと言うやん。公認認可証オフィシャルライセンスに縛られんと、自由に能力を使いたい、と」


「そうや。ところが未確認は、なんらかの理由があってテスを付け狙ろうとる。せっかく身代わり立てて潜伏したんや。おとなしうしとればええのに。なんで、今、騒ぎ起こすんやろ?」

「ディー、疑問がふりだしに戻っとるで……」


 ふたりの脚が止まる。目の前には洞門が待ち構えていた。

 回廊をしばらく進むと現れる、庭と庭を仕切る円形の石造りの門。回廊はその先に伸びているのだが、雑音(ノイズ)は道筋とは15度ほど外れた方向から聴こえてくる。


 庭園に足を踏み入れて以来、同じような洞門をいくつ通り抜けて来たのだろう。白い漆喰の壁に施された漏窓からのぞく借景の庭の様子は見覚えがある。


「調子悪いな。なんやろ、ちぐはぐなんよ。なぁ~んか、噛み合っとらん!」

「確かに、さっきから会話が微妙に噛み合っとらんな」

「ちゃうわ。この事件のことや!」


 彼らは夜空を仰ぎながら、左右のこめかみにあるツボを強く押し始める。


「思考もこの回廊も、グルグル同じとこ回っとるみたいや。テスを中心に、その周りをグルグルグルグル……」

「勢いよく回っていたら、そのうち融けてバターにでもなりそうや」


「あはは。そんならパンケーキでも用意しといたろか」

「あんじょう頼むわ」


 青年たちは、揃って軽く頭を振る。


「ええい、未確認め。いまいましいヤツや! 首根っこ抑えて、ぜ~~んぶ吐かせたるからな!」


 アダムとディーは同じタイミングでファイティングポーズを取り、頭痛を払しょくするように声を合わせて叫んでいた。



「テスとクリスタ」へのご訪問、ありがとうございます。


13章、いよいよ事態は確信に向かって急速に進んでいくようです。


ようやくテスが内なる謎の声に向き合い始め、その存在を確信したようです。この声の正体は……!?

そしてアダムとディーは、例によって例のごとく……。

おかげでクリスタの登場が次回に持ち越されてしまいました。

しかし手持ちのカードが少ないクリスタより先に、事件の真相にたどり着くのは、こちらのペアかもしれませんね。


――さて。

雑音ノイズに悩むアダムとディー。頭痛軽減の経穴・ツボを押しながらの追跡でしたが、これらは百会・頷厭・印堂・太陽といって、頭痛持ちさんにはお馴染みのツボではないでしょうか。

他にも風池・天柱・肩井・手三里・合谷とありますが、頭痛の際にはぜひお試しを。わたしもいつもお世話になっています。


それでは、次話もお越しをお待ちしております。

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テスとクリスタ ~あたしの秘密とアナタの事情
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