11. 胡椒を掛け過ぎてはいけない その⑩ ☆
再び『紅棗楼』の内部を遠隔透視し始めたマリアは、意外なことを目撃した。
別邸にいた提督と宇宙軍の高官たちが、部屋を移動したのだ。それも高機能シェルター顔負けの機能を持ったカラオケルームで、完璧な防音効果の施された、外部から全く遮断された空間に閉じ籠ったのだ。
ほどなく室内では宇宙軍お歴々による、なごやかな歌合戦が始まる。
「そんなら、外でちょっとくらい騒いでも、お偉いさんたちには聞こえヘンのやな」
「ホントになんにも聞こえないのか疑問があるけど、ここは知らんぷりしてくれるってことじゃないの」
「ほぉお。後でツケが回ってこんと、エエけどな」
それでも排除すべき障害がひとつ減ったことには違いない。理由はどうあれ、渡りに船だと青年たちはほくそ笑む。
「もうひとつ、朗報よ。テスが、こっちに気が付いた。あたしたちがいることを、確認したわ」
テスが遠隔透視能力を使い、周囲の様子を探っていると青年たちに告げる。
ついでにベレゾフスキーも諜報員を送り込んでいる事実を察知したこと、女能力者エミユ・ランバーともテレパシー交信をしていること、そしてイレギュラー能力者の妨害の標的になっていることも伝える。
「なんやて! テスが自発的に能力を使こてンのか。今までそないなことせぇへん娘やったのに、どないな心境の変化や。能力使うんは、いつもおっかなびっくりで、せやから上達せぇへんてプポー博士たちが泣いとったんやで」
「えらいこっちゃ。ほぼB級公認能力者認定試験の項目、クリアでけてんやないの! この調子やったらいけるやん、A級認定証取得。ほんでもって諜報員採用試験も合格いけそうやな!」
「ちょっと離れてた間に、成長したんやなぁ~」
最後のセリフは斉唱で締めくくったふたりは感無量といった表情だ。大袈裟に喜びをかみしめている。
「それ、あとに出来ないの。あの娘はあたしたちの存在を確認しただけで、接触は取れないのよ。イレギュラーの存在については、確認はおろか、まだ認識もしていない。無防備すぎる状態で攻撃を受けているわ」
マリアの眉間のしわが、一段と深く刻まれた。テスは鈍い頭痛や不快感を感じているが、それが第三者からの超常能力による攻撃だと理解していないのだという。
「そりゃ、テスがこんなに早う物騒なことに巻き込まれるとは、誰も思うとらんかったからな。俺らも博士連中も、超常能力による攻撃からの防御やの、反撃なんちうことは教えとらんわ」
「テスのことやから、そんな物々しい事、つゆとも思いつかんのやろ。優しい娘やからな」
「素直なエエ娘や」
状況は余計に悪いじゃないかと、マリアは思った。
「さて、マリア。そこで相談や。俺ら、今から『紅棗楼』へ潜入するわ。ここで手ェこまねいとっても、なんの進展も無いからな。ここは前進あるのみや」
ようやく重い腰を上げるのかと彼女が息を吐くと、アダムとディーは、ふたたび悪魔のような笑みを浮かべて顔を見合せた。
「でもな、あそこに邪魔がおるやろ」アダムが数メートル先の藪を指さす。「ベレゾフスキーの手下、な。あれ、お前が相手して欲しいんや」
「いっ……、いいぃぃぃ~~」
「あいつらがしゃしゃり出てくると、面倒でしゃあないねん。ここでマリアに足止めしといて欲しいんやわ。ま、事前に美味しいエサを与えといたから、無理矢理頭突っ込んでくるようなことはせぇへんやろ。
たぶんあいつらは、あすこで、高みの見物を決め込むはずや。危ないことは俺らに任して、漁夫の利を得た方がオイシイからな」
なるほど、あの情報漏えいにはそんな効果も期待しているのかと、マリアは内心感心する。自分たちも中に潜入し、なにかしら起こるであろう騒動の巻き添えを喰らうより、外で待ちぶせし出てきたところを捕えた方が確実だし効率的だ。
しかし――! だ。
「待ちなさいよ、あんたたち! こんなこと、オーウェン部長の許可無くして実行してもいいの?」
レチェル4との交信は、まだ回復されていない。通信機から聞こえるのは、雑音ばかりだ。
「ええやん。難儀な任務押しつけてんのやから、ちょっとしたミスくらい後始末してくれるって! 部下のミスは上司のミス。毒食らわば皿まで、や。上層部との掛け合いは、おっさんの仕事やからな。なんのための部長の肩書!」
虎穴に飛び込んで、毒皿をサーブするような奴らである。オーウェン部長はどれ程の始末書を書かねばならなくなるのだろうかと、マリアは不安になる。
「部下が命張って仕事してんのや。上司も気張ってもらわんとな」
絶対にその意見はおかしいと思うのだが、反論する気力が湧かない。許可を待っていたら、好機を逃すだろうことは明らかだと思うからだ。
「なぁに、五里霧中なンは、どこも同じや。妨害思念波のおかげで苦労してんのは、ウチらだけやない。あっちかて、なんも仕掛けて来んちうのは、ベレゾフスキーと連絡が取れヘンのやろ。上司の命令仰がんとあとが怖いンは、ウチよりあっちの方やわ」
ベレゾフスキーの神経質で冷徹そうな顔を思い浮かべる。そうだと思うが、マリアは素直にうなずけない。いけすかないアダムとディーの意見に同調するのは、癇に障るからだ。
知らず知らずのうちに、眉間のしわがまた1本追加されていた。
「それからな。邪魔は、もうひとりおるやろ。ホレ、正体不明の未確認。あれも、頼むわ」
さも当然のようにディーが言う。
「待ちなさいよ、こっちの方が面倒じゃない。未確認のイレギュラーは、まだ正体も知れていないのに! あっちもこっちも押し付けないでよ!!」
マリアは沸騰したやかんのように、キーッと甲高い悲鳴を上げる。
「アテにしとる!」
「ここはウデの見せ所やな。能力開発部のエース、マリア様!」
「ほなら、行ってくるで~~!」
と、ここでアダムとディーは声を合わせる。金切り声を上げ続けるマリアを残し、彼らは軽快な足取りで『紅棗楼』へと歩いて行った。
♡ ♡ ♡ ♡
慣れない能力をいきなり有効利用しようって考えが、甘かったんだと思う。でも使い始めちゃったものは、使いこなしたいと思うじゃない?
その時――よ!
なんとかしなきゃとパニック中の頭を抱えるあたしの目の前……ん、違うわね。意識の鼻先……、ああん、これってどう表現したものなのだろう。とにかく――その時悲鳴を上げちゃうくらい、信じられなくてうれしい姿が、脳内ヴィジョンに映し出されていたのを見つけた!
(え? えー!? えぇぇぇぇ!!)
(クリスタだー!!)
(クリスタがいるーーーー!!)
あたし、意味不明のガッツポーズを取っていた。
ここで会えるとは思わなかったけれど……、どうしてここにいるのかわかんないけど……。
ええい、この際そんな細かいことはどうでもいいのよ。偶然の神様が「気まぐれ」を起こしたというのなら、「気まぐれ」大歓迎だわ!
『紅棗楼』の回廊を歩いているのよ、あたしの大親友が。どうしてもどうしても会いたかった――クリスタの姿をみつけちゃったの!!
すぐ近くにいるのよ!
(ウソみたい、ウソみたい、ウソみたい……。
でも、クリスタがいるわ! ホント? ホントにいるの? クリスタがいるの!!……)
あたしは頭が痛いのも目が回るのも構わずに、立ち上がった。――というか、そんなことクリスタの顔を見たら、一瞬で忘れた。吹っ飛んだ。
最初は壁をつたいながらよろよろと足を進めていたのだけど、そのうち矢も楯もたまらず走り出していた。
(クリスタ、クリスタ、クリスタ!)
もう頭の中は、彼女のことしか考えられない。側に行くことしか、思いつかない。
(とにかくクリスタのところに行くのよ!)
そう思うと、自然と足が速くなる。彼女に関するいろいろな情報が、脳内ヴィジョンに浮かんでくる。
(ああん、クリスタ。迷子になっているわ。考え事しながら、回廊をあちこち歩き回っちゃったものだから、すっかり迷子になっている!)
(あたしのこと、めちゃくちゃ心配してる)
(ごめんなさい、ごめんなさい。今行くからね。クリスタのところへ行くからね!)
クリスタへの想いが、せきを切ったように溢れて来る。ついでに涙も!
気持ちばっかり焦って、足がもつれ、壁に激突してしまった。恥ずかしいったら、無いわね。
能力を使っているときは、羽が生えたみたいに軽かったのに、実際の肉体を動かすとなると、なぜこんなにじれったいのだろう。ちっとも思うとおりに動かない。
同じような漆喰壁が続く回廊を、左へ右へと曲がり、いくつかの洞門を抜けた先に、頼りがいのある背中が見えた。
(みつけた! クリスタだー!)
彼女は肩を怒らせて、ガンガンと歩いている。
ランウェイを歩いている時の優美さはどこへやら、迫力の轟足だわ。なにせ身長の約三分の二は脚というスタイル抜群の彼女だから、小走りで追いかけてもなかなか追いつかない。追いつかないどころか、あのスピードで先行されたんじゃ、また見失っちゃうよぉ。
「クリスタ! クリスタ!」
お腹の底から、思いのすべてを注ぎ込んだ大声で名前を呼んだら、彼女は飛び上がって、ものすごい形相でこちらを振り返った。
「えっ!? ……テ……、テス!!」
あんぐりと口を開けたクリスタの顔。すっごく、びっくりしている。まるで、幽霊でも見たかのよう。
「……う…うそ…だろ!? どうして、『紅棗楼』に……いるんだ…い……」
それが、ようやく再会した幼馴染の大親友を見る表情なの? ああ、でもそんなこと、どうでもいいわ。
褐色のつやつやお肌と、キラキラ輝く緑の瞳。すらっと高い長身と長い手足に、低めのアルトの声は間違いなくクリスタよ。
やっと、再会できた! 目の前にいるのよ。彼女の顔を、もっと…しっかり見たいのに、涙が邪魔するの。ボロボロ……涙が、邪魔するの……。
クリスタが両手を拡げた。こっちに駆け寄って来るわ。
「テス!!」
「ふぇぇん。ク、クリスタ~~~~!!」
あたしはこの世で一番大好きな親友の胸に飛び込んでいった。
ようやく再開できた、テスとクリスタ。
これからひと波乱の予感です。
次回12章は、「ノイズとステップ」。
お楽しみに。
2022/3/29 挿し絵を追加しました。




