11. 胡椒を掛け過ぎてはいけない その⑥
意味ありげな顔をして、アダムが相棒の顔を見る。
「なあ、ディーや。思い出したんやけど、な。もうひとり、不審人物がおったろ?」
「こんな時に思い出すんかい」
先を話し出す前に内容の予測がついたディーは、苦い表情だった。
「しゃーないやん。思い出してしもたんやから。ディーかて、おかしい言うとったやないか」
不満そうな顔で返すアダムに、ディーは天を仰ぐ。
「……それで、今度はなんの話」
またまた会話から外されてしまったマリアは、痛みと嘔吐感を一時投げ打ってふたりに尋ねる。
「ああ。テスと一緒に事故に遭うた、じいさんのことやけどな……」
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事故の際、彼らが現場に到着するより前にもう一台の緊急車両が駆けつけており、事故の被害者である老人を乗せて走り去っている。これは『レチェル4』はあずかり知らぬことだ。
繁華街での人通りの多い時間帯での事故であったから、目撃者は多数いて、その中の誰かが通報したのだろう。早すぎる緊急車両の到着に多少の疑問は感じたが、そのとき老人は対象外の人物で、テスの身柄の確保が第一だったから、『レチェル4』側は深追いしていない。老人の怪我がどれほどものか、どこの病院に運ばれたのかも把握していなかった。
――というより、老人に関しての情報が欠落していた。テスと接触があった人物なのに、である。テス・ブロンを能力者として訓練センターに迎えるにあたり、『レチェル4』側は彼女のひととなりや経歴と共に、家族、友人、恋人、大学や仕事での人間関係等々、細部に渡って接触のあった人物を調べ上げていたが、この老人の仔細については入念な調査などということはしていない。
事実テスと老人は、カフェで従業員と客としてつい最近顔を合わせるようになった程度の間柄だったから、この人物の存在に然したる注目などされていなかったといえよう。
老人探しの発端は、超常能力研究班のプポー博士が、テスの超常能力発動の引き金となったのが老人との接触ではないか――という仮説を唱えたことに始まる。数日前から前兆が見られたとはいえ、彼女はそれまで能力を潜在させていた。
老人がカフェ・ファーブルトンを訪れるようになった頃から、テスは体調の不調を感じ始め、夢にうなされるようになっている。彼女も指摘されて初めて気づいたくらいなのだが、老人との会話の中でリアル感のある幻覚を見た――陶酔したことは、はっきりと証言している。
これが覚醒の前兆だったか否はこれからの調査研究材料だとして、それとなく老人からも事情を聴いてみたいと提言したことから、この人物の存在がクローズアップされた。
『レチェル4』は急ぎ老人の行方を探し始めるのだが、消息は途絶えた後だった。ひとりの人間が、ロクム・シティから忽然と消えてしまったのだ。
故意か偶然か……。
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「――カフェの連中が『隅の老人』や呼んでた、あのじいさんやな」
小声で、ぼそりとディーが聞き返す。
「そうや。あれ、誰やねん?」
「誰やろな。アダムはそんなに気になるんか? 惑星レチェルへの入星審査記録から、なんやったか……名前と住んどった場所に職業くらいは割れとるのやろ。一時期おっさんが血眼になって探しとったから、どっかの病院に入院いうカタチで監禁しとんのやないか、違ごたんか?
おっさんは身内にも情報流さん時があるからな。わざわざ監禁せんでも、あの怪我の具合やと、じいさんはまだ集中治療室に詰めたまんま動かれへんかもなぁ」
今一度周囲を窺い、相棒に顔を寄せたアダムが、ことさらに声をひそめた。
「せやけど――その記録、別人のもンやってハナシ、小耳に挟んでしもた。審査ン時にじいさんの提示した身分証明証(ID)、偽装されたもんやて。ついでにおっさんも、じいさんの身柄を押さえてるわけやないみたいや。ちうか、じいさんは生死も行方も不明らしいで」
さらに加害車両のナンバーを照らし合わせても持ち主は該当者無しであったこと、その後の警察の対応、調査の曖昧さなど、不審な点がいくつもあることをアダムは上げた。
「そりゃ、おかしなハナシやなぁ」
「しかも困ったことに、あのおっさんの情報網を駆使しても、じいさんの正体も行方も掴めんのやて!」
「こりゃまた、なんちゅうヘタこいて」
マリアは思う。オーウェンの失策ではなく、老人の消失には、目に見えないもっと大きなチカラが働いているような気がする。おそらくそのチカラが探索の邪魔をしているのも、目の前のふたりは想定済みのはずで、だとしたら……――。
「なあ、おかしいやろぉぉ……」
アダムとディーの口角が、同時に吊り上る。これを見たマリアの背筋に悪寒が這い上がった。頭の中で、警鐘が鳴る。腕には鳥肌が立ち始めた。
「なんか、臭うやろ。ディーが言っとったとおり、あの事故、怪しい臭いがプンプンしとる。大勢の観客が見てる前で堂々と人ひとりを消した――どっかの誰かが、じいさん連れ去るために演出したショーみたいなもんやないか……ちうディーの意見、な。アレ、賛成させてもらうわ」
「やっぱりアダムは、俺の相棒や!
――けどな。あんとき、俺らがテスの身柄確保を企んでたように、別の誰かさんもなんらかの理由で、じいさんの身柄を生死を問わず拘束したいと画策していたとして――それが偶然あすこで重なるやなんて奇跡みたいなことが起こたとは、いくらなんでも都合よすぎるで。せやろ、マリア?」
突然話を振られても、マリアには答えようがない。ただ頭の中の警鐘は、音量を上げ続けている。募る警戒感に焦る彼女は、ふたりに対して、歯をむき出しにして首を振り威嚇するような行動をとってしまった。
それを見たアダムとディーの視線が、惑星クリーチに生息するスナギツネのように冷たくなる。
「せやなあ。まずはあのじいさん、そんな重要人物やったんかな? けどな、突っ込んで調べようにも、個人IDのデータバンクから、じいさんの記録が消されとるんや。手も足も出ぇへん」
「ほぉ。ますますアヤシイことになっとんな。誰かが『臭いもんには蓋をせぇ』言うてんのと違うか?」
と、ここでふたりは一拍の間を置いて、
「誰やったんやろな~、あのじいさん。正体知りたいなぁ~」
微妙にハモりながら、目線をちらりと一瞬だけ、数メートル先の藪の方向へ動かしたのをマリアは確認した。
「ちょ、ちょ…っと、あッ……あんたたちッ!」
ヒステリックな声を上げかけたマリアの口を、左右の両脇から大きな掌が塞ぐ。
「おおっと。静かにしとかんかいな」
「あんま大きな声で喚くと、あっちに聞こえてまうやんか」
「秘密のハナシなんやからな」
最後はユニゾンで、アダムとディーの顔には、いやらしい笑顔が貼りついていた。
――違う! マリアはふたりの表情を見て確信していた。今の会話は、わざと公安安全調査局の諜報員たちに聞かせているのだ。
本当に聞かせたくない話なら、何もこんなところで、しかもすぐに癇癪を起し声を荒立てるマリアの目の前ですることはない。
カフェ・ファーブルトンの常連客――従業員たちが「隅の老人」と呼んでいた男の情報を漏洩して、公安安全調査局に調べさせようとしている。
おそらく安全調査局の方が、こういった捜査は得意だろう。オーウェンが失敗したというおまけまで付けたのだから、ベレゾフスキーは喜んで餌に跳びつくに違いない。
しかし――!
悪魔のような笑みを浮かべている彼らに、マリアは顔面は蒼白になった。
何やら企むアダムとディー。
はたして『隅の老人』とは何者だったのでしょうか?
本来はここまで前回の⑤に入る予定だったのですが、例によってアダムとディーがしゃべくってくれたおかげで、一話伸びてしまいました。よく活躍してくれるのですが、長舌なのが……、ね。
そこが彼らの魅力なのでしょうけど、書く方は大変だよぉ。
次回はサクッと進めて欲しいんだけど、すでに次話も半分以上彼らのセリフと成り果てています。
「お口、チャック」って文字は、彼らの辞書には無いのでしょう。とほほ。
本文中に登場の、超常能力研究班のプポー博士。
今回も名前のみのご登場ですが、第5話 能力者 その④でオーウェンが語っていた、「かわいいもの好き」のプポー博士、でございます。




