11. 胡椒を掛け過ぎてはいけない その④ ☆
アダム・エルキンとデヴィン・モレッツは考えあぐねていた。
状況は非常に複雑だ。テスの能力の暴走に、公安安全調査局第2課の諜報員の跳躍、連邦宇宙軍のお歴々の食事会と謎の女能力者、そしてさらに正体不明の未公認能力者の妨害……。これらをすべてクリアして、任務を遂行しなければならないのだ。
「どこから、片付けようか」
「そやなぁ……」
ふたりは同時に頭を掻いた。アダムは右手で、ディーは左手で。合わせ鏡のように、彼らの動きは同調していた。
「そういえば、どうしてあんたたちがテスに接触したのよ。だってあんたたちって『マーズ1』所属でしょ? 転属辞令が出たなんて話聞いてないし、そっちで別の任務に就いてたんじゃなかったっけ?」
透視能力で『紅棗楼』内の監視を続けているマリアが、思いついたように聞いてきた。
『マーズ1』とは、火星にある能力開発局の研究施設の別名だ。火星に建設された最初の研究施設だから、『マーズ1』という別名で呼ばれ、惑星レチェルに造られた4番目の施設の別名は『レチェル4』となっている。
もちろんこの別名は、関係者しか知らない。公には、政府機関の研究所としか公表されていない特別管轄地区となっている。
「そりゃ、俺らは優秀な諜報員やからな。おっさんのご指名や」
「逆らえんやろ」
マリアが顔をしかめた。ジェレミー・オーウェンという男はわからない。
超心理学研究局能力開発部の部長という肩書であるのはマリアも承知しているが、実態はそれだけに留まっていないと推測される。
現に別の研究所所属の、別件の任務遂行中のA級諜報員を名指しで呼びつけ、新たな重要任務に就かせてしまうことが出来るとは、いったいいかがな権限で行使できるというのだろう。
本来だったら越権行為で大問題になりそうなものだが、どこからも苦情や抗議が無いのだから不思議なことこの上ない。組織である以上、そういったことには過敏であるはずなのだが、公安局上層部は問題にしていない。
部下にも悟らせない、秘密の役目でもあるのだろうか。このアダムとディーが大人しく従っていること自体も、不気味だ。
「いろいろ裏の事情があるらしいわな」
「俺らも、詳しいことは知らんしな。食えんおっさんや」
と、ふたりして口角を下げた。目端の利く彼らが、本当に何も知らないとは思えないが、居丈高なオーウェンに対する疑問と不満は多々あると見える。
「そんでも、そのおかげで俺らの任務がスムーズに運ぶンやったら、恩の字ちうことで手ェ打っとかなアカンのやろなぁ」
と言いながら頭をかくアダムを横目に睨みつつ、マリアは無意識のうちに鼻を鳴らしていた。
いくつかの疑問がオーウェンへの不信感につながることは無かったが、上司のタコを連想させるコミカルな外観と奇怪な言動が、世間一般のイメージする組織の有力者像とうまく結びつかないのが、マリアの小さな悩みでもあった。
イラスト:ちはやれいめい様
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――――話は少し戻る。
火星にいたアダムとディーの元に、オーウェンからある指令が届いたのは、太陽系標準歴の盛夏の頃だった。
至急の呼び出しに、青年たちは戸惑いながらも即座に対処する。
新たな任務の内容は、能力者の発見と身柄確保であった。ロクム・シティに能力者が潜伏し、能力を使い市内の治安を乱している。所在、人物像は不明。調査の上、捕まえよ。「未確認超常能力保持者の探索と保護」、彼らの隠語でいうところの「狩り」だ。
たいていの場合、能力者は能力を隠す。ひけらかせば異端と烙印を押され、白い目で見られるからだ。その能力がどれほど優れていたとしても……いや優れていればいるほど迫害はひどくなる。だから能力者は、おいそれとは姿を現さない。
それゆえ探索は慎重と忍耐、確実な技巧、それと迅速さが要求された。能力が使用された痕跡を追跡し、出没地域を丹念に洗い出し、獲物を囲い徐々に追い詰めていくのは、人間が大昔から行ってきた狩猟のやり方と変わらない。
ただし、太鼓やラッパを鳴らして追い立てはしない。あくまでも秘密裏に、気取られることなく包囲網を狭めていく。
猟場は森や野原ではなく雑踏の中、獲物は野生動物ではなく能力者。相手を傷つけず施設まで連れ帰るというのが大きな違いで、任務の最大の難点だった。
任務自体は、特殊なものではない。優秀な能力者は貴重な存在だから、候補者が見つかれば、ただちに探し出し組織に招き入れるのは通常だ。
ただ捕獲対象者の能力クラスが準A級以上と推定されると聞き、A級諜報員アダムとディーは色めきたった。
「わざわざ火星からここまで来た甲斐がある、ちうことやな」
ふたりは視線を合わせ、ニマリと笑む。
「期待を裏切らないで欲しいわね」
逸る青年たちに、オーウェンが太い声で釘を刺した。獲物が大きいと気合が入るのは、狩猟者の習性かもしれない。
アダムとディーは、「狩り」においても巧妙であった。
これまで起きた事件は、主にロクム・シティの大学周辺およびメインストリートであるフロランタン大通り周辺に集中しており、悪戯の内容と場所からして、未確認能力者は大学生の中に潜んでいるのではないかと推測を立てられていた。
ロクム・シティに潜入した調査員たちは旅行者を装って周辺を念入りに探索するが、そう簡単に姿を現すどころか、影さえ掴めない。レチェル4の研究員スタッフも、周囲の監視カメラや感知センサーを総動員して終日照合するのだが、それらしき反応は返ってこない。
予定通りの長期戦と、あきらめることなく能力者の形跡を探っていると、捜査3日目にしてふたりはそれらしき感触を得た。
彼らの捜査網に引っかかったのが、学業の傍ら『カフェ・ファーブルトン』で給仕の仕事をしているテリーザ・モーリン・ブロンという少女だった。
同気相求むというが、特別な能力を持たない者でも、気が合う者同士は自然と求め合い、寄り集まることが多い。
超常能力を持つ者同士にもそれは当てはまるようで、人体から放たれる波動の微妙な揺らぎや色などから得た共鳴で、不特定な群集の中から同胞を探し出すことや、接触を避けていてもおのずと引かれ合い、ばったり遭遇することもあるという。
今回のロクム・シティの場合も、カヌレ大学周辺とフロランタン大通り周辺を徹底的に歩き回り、より強い能力の痕跡を確実に拾い上げ包囲網を狭めていった。
その内に『カフェ・ファーブルトン』も含まれていたのだが、捜査1日目に遭遇した時は、アダムもディーもテスに対し、なんら感応する点は無かったという。
ところが翌々日、偶然カフェの前を通り過ぎただけで、テスは彼らの触覚を刺激した。微弱なものだったが、彼らの足を止めるに十分な感触だったのだ。
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テスはごく普通の少女だった。その能力以外は――。
強い潜在能力を秘めているようだが、本人に自覚がないのか、巧みに隠しているのか、彼らにも判断が付きかねた。
それでも彼女が潜在能力者であることは疑いないと確信し、オーウェンに報告している。
その地点では、彼らもオーウェンも、ロクム・シティの悪戯の実行犯は、テスだと思っていた。他に該当する者が見当たらなかったこともあり、能力を巧みに隠しているのだという方向に考えられたのだ。
原因不明の断続的な微弱頭痛など、能力者によくある症状が見られたのも一因だ。
すぐさまテス・ブロンの身辺調査が行われ、速やかに連行するタイミングが計られる。
これ以上野放しにして能力を乱用され混乱を招くのを防ぐためと、情報が漏れ、貴重なA級能力者候補を他の機関に横取りされる前に能力開発部に招き入れたいと云う意図が働く。
アダムとディーによる、「狩り」の準備は急ピッチで進められた。
今回と次回は、「第3章 隅の老人」でテス目線で語られていた、謎の交通事故とテス誘拐事件を『レチェル4』側目線で語られることになります。
これでまた事件の真相の一部が明らかに(なる予定)。
いまさらですが、惑星レチェルの能力開発部の研究所兼トレーニングセンターがなぜ『レチェル4』と呼ばれるのか、理由が明らかになりました。
火星に『1』があるということは、そのうち『2』と『3』も出てくるのでしょうか?
まだまだ謎は深まるばかり……。(おいおい)
2022/04/15 挿し絵を追加しました。ちはやれいめい様、ありがとうございます。