11. 胡椒を掛け過ぎてはいけない その②
こちらは『紅棗楼』内の離れ屋、『緑光球』の三人である。
メリルが見つけたツイートからニナ・レーゼンバーグの存在を導き出した彼らは、どうにかそれを確かめようと脳みそをフル回転させていた。もちろんその急先鋒は、クリスタである。
「こうなったら、ニナを問い詰めようじゃないか。どういうつもりなのか、問い詰めて全部聞き出すんだよ」
鼻息も荒く、クリスタが立ち上がる。
「少しお待ちになって。まだニナが犯人だと決まった訳ではありませんわ。疑わしき……ということだけで、状況証拠しかありませんのよ」
慌てて止めに入ったのはメリルだ。
「だから、本人に確かめてみりゃ、いいじゃないか」
「本人に問い詰めるって、お前、なにをどう聞くつもりなんだよ。」
リックにまで反対されて、クリスタはムッとした。
「だから……テスの居所を……」
「そいつは無理だな。……ていうか、ニナがテスの行方不明に絡んでるとは思えねぇんだけど。
そりゃ、テスの不在でバイトのシフトがキツクなってるし、迷惑被ってんだから詮索したくもなるだろうさ。文句のひとつも出るだろうな。だけどよぉ――いち大学生のニナに、こんな大がかりな誘拐ができると思うか?」
そう言われるとクリスタも否と答えるしかない。
「共犯者……かぁ。どうだろう、一枚噛んでるとしたら、もっと、なにかしらの動きがあんじゃねぇの。テスがいなくなって得した話とか、急に羽振りが良くなったなんて話、俺は聞いたことねぇんだけど、な」
その点は、クリスタもメリルも同じで、そんな情報は掴めていなかった。リックの言うとおり、テスが行方不明になったからといって、ニナがなにか利益を得たとは思えない。
まさかつぶやく話題欲しさに、誘拐に加担したなんて馬鹿なことはありえないだろう。
ニナがしているのは、悪気のない情報漏えいだろう。「あたし、こんなもの見ちゃいました~」という軽い感覚でしかない。ネットワークサービス上での注目を浴びたい一心で、面白いおしゃべりをしているだけだ。
「それに、その投稿だって、ホントにニナが書き込んだもんなのか、その立証だって出来ちゃいねぇ。ハンドルネームが確かにニナのものだって確証あんのか?」
「内容からの推測でしかありません」
メリルが肩を落とすと、ほら見ろとばかりにリックが顎をしゃくる。
「でも、あいつは何か知っているハズさ。手がかりになるようなもの、なんでもいいんだよ。テスはどこにいるんだい。あたしは心配してんだよ!」
クリスタは、どうしても引き下がれない。頭では理解できても、感情が追い付かないのだ。
「お気持ちはわかりますが、それは皆同じですわ。少なくとも、ここにいる3人は。だからこそ、わたしたちは慎重にならねばなりませんの。
――それと、ニナに関しては私もリックと同意見ですことよ。誘拐の犯人とは思えぬ節がありますの。第一、書き込んだ内容をくまなく拝見いたしましても、彼女の興味はあなたたちの三角関係にあるようですし――――」
あとのメリルの意見は、長身コンビの怒声に消された。
「はぁ!? 誰が三角関係だって!!」
「ですから、テスとリックとクリスタですわ」
真面目な表情でメリルが答える。
「どこでそうなってんだい!!」
「いい加減にしてくれ……」
クリスタのボルテージは上がり、リックはげんなりとしている。臆しながらも、メリルは自分の見解を語り続けた。
「ニナはご自分の見たこと聞いたことに、多少の見解を付けてツイートしていますの。ただし――あなたたちが三角関係だという誤解のもとに見解を述べていますから、この点がよろしくなくて、少し事実を歪めて情報発信していますわね。
さらに問題なのは、その後のあるフォロワーのリプライです」
メリルが言うには、ニナがつぶやいたあとに、話題を煽るような返信があるのだという。
「拝見していて、気になっておりましたの。話題がテスやリックのことになると、決まってこのフォロワーから興味を掻きたてるような内容のリプライがありましてよ。
思わせぶりで刺激的な言葉を連ねて、面白おかしく仕立てあげています。それに乗せられて、さらに盛り上げようと申しますか、話題をあらぬ方向に持っていくお調子者が同調して、内容がとんでもない作り話に変化していますの。
ニナはフォロワーが大勢いらっしゃるので、拡散が早いのですわ」
ほらと見せられた画面の内容を、クリスタとリックはまじまじと眺め始めた。
「な、なんだよ、こいつら。他人ごとだと思って、好き勝手ハナシを作っていやがる」
リックは怒りを通り越し、呆れ果ててしまった。
「それも腹に据えかねるけどさ。ほれ、例のフォロワーってのは、どれだい?」
きれいにマニキュアの塗られた爪先で画面を追いながら、クリスタがタイムラインに並ぶツイートを睨みつけていた。
「リプライしてみましたけど、無視されました。その上――――」
返信どころか、いきなりアカウントが消えたという。同時に書き込みもきれいに削除されてしまった。あっという間の出来事で、メリルも手の施しようがなかったという。
「証拠を押さえておこうと、消される前に画面をスクショしておいてようございました」
問題のアカウントはニナのおしゃべりを閲覧する時だけ使用されていたらしく、あちこち手を尽くしたが足跡は追えないと悔しそうに唇を歪める。
「お見事、ですわ」
お嬢様が溜め息と共に捨てゼリフを吐いた。
これ以上調べるには、法的措置がいる。せっかく尻尾を掴みかけていたのに、すぐには答えが出ないところに逃げ込まれてしまったようだ。
「ああ、あたしは頭に血が上っちまった。ちょっと、外の空気を吸ってくる。夜風に当たって頭が冷えれば、まともな考えが浮かんでくるだろうさ」
なんとなく気まずくなった空気を厭い、クリスタはふたりを残して部屋を出た。
♧ ♧ ♧ ♧
外は、涼しい秋の夜だ。虫の音に誘われるように、クリスタは回廊を歩き始める。足音は石造りの回廊に高らかに響いていたが、先程までの会話を思い出しあれこれと思い悩むことに忙しい彼女の耳には聞こえていない様だった。
彼女は少しがっかりしていた。どうしてあのふたりは冷静なんだろう。テスのことが心配ではないのだろうか。付き合いの浅いメリルは別として、恋人のリックが冷静なのは、どうにも腹に据えかねる。
それとも、ひとりで逆上している自分の方が滑稽なのだろうか。
(違う! 違うって! そうじゃない、そんなことじゃない――)
クリスタは大きく頭を振って、否定的な考え方を追い出した。
なにより知りたいのは、ニナの件だ。
彼女は事件に加担しているのか、なにが目的なのか?
なぜ標的がテスだったのだろうか?
ふたりの接点はカフェ・ファーブルトンで、バイト仲間。同じカヌレ大の学生と言っても、学部もサークルも違う。
それに、摩擦があったなんて話は聞いたことが無い。
(なんだろ……なんか、ちぐはぐなんだよ。合点がいかないっていうか――ああ、やっぱりニナを問い詰めないと埒があかない……)
(それから、消えたフォロワーの正体は誰なんだ。共犯者ってのは、こいつかい!?)
考え事をしながら歩くと、脚が速くなる。しかもクリスタの脚は長いので、ふと気が付くと随分な距離を移動しているときがある。
この時も彼女は自分がどれくらい歩いているのか、全く把握していなかった。
♤ ♤ ♤ ♤
不意に、クリスタの目の前を赤い物体が通り過ぎた。目を凝らせば赤いチャイナドレス姿の女、しかもニナだ。
「ニナ! ニナ・レーゼンバーグ!」
いきなり名前を呼ばれた彼女は転びそうなほど驚いたが、声の主がクリスタとわかると、大急ぎで近寄って来た。
「もー、びっくりした! 止めてよ、大声で名前呼ぶの。あたしは仕事中なんだって!
それより、さっき廊下ですれ違ったとき、気が付かなかったでしょ。リックが変な顔してあたしの顔を見た……って言うか、チャイナドレスに見とれていたけどさぁ。オトコって好きよねぇ、こういうの」
それどころじゃないと、クリスタはニナの腕を引き、回廊の柱の陰に連れて行く。
テスのことを問い質したいが、あのふたりにも言われたとおり、もしニナが犯人だとしても、その片棒を担いでいるにしても、すぐに口を割るとは思えない。
そこで、少し質問を変えた。
「おまえさん、あたしらがここで食事しているって、USNSSでお喋りしなかったかい?」
これにはニナも目を瞬いた。
「まさかぁ。そりゃ、ネットのコミュニティサービスでお喋りするのは大好きだけど、バイトとはいえ、あたしだって従業員だわ。大切なお客様のプライバシーを、外部にペラペラ喋るなんて不心得はしないわよ」
クビになるわと、否定した。
「じゃ、どうして、あたしらがここにいるってことが、あんたのページで話題になっているんだい?」
ニナは、クリスタの言っていることが、すぐに理解できなかった。
USNSSでの騒ぎを手短にニナに説明すると、彼女は目を白黒させた。クリスタたちが『紅棗楼』にいることをツイートしたのは自分ではない、と言い張る。
きっぱりと異議を唱える様子から見て、嘘はついていないとクリスタは判断した。すると誰かがニナのハンドルネームを騙って、書き込んだことになる。
しかも彼女のアカウントまで無断使用している。
これはこれで大問題なのだが、現在のクリスタの正義の天秤は「テスの行方の追及」に傾いているので、ニナの災難にはどこか冷たい。
詳しい説明を求めるニナを中途半端にあしらって、頭の中では事件に関する事柄をもう一度検討仕直す。
ふと、漏えい犯人はニナの身近にいるのではないかとクリスタは思った。
「じゃあ、どこからあたしたちの行動が漏れてんだろうねぇ」
クリスタがさりげなく水を向けると、ニナはあっと声を上げる。
「そういえば、クリスタに大至急伝えたいことがあるから居場所知らないかって携帯電話端末に着信があったのよ。丁度、休憩時間で応答できたんだけど。
それがさ。かなり慌てていたから、よっぽど大事な要件なんだと思って……教えたんだっけ、『紅棗楼』にいるって――」
あははと軽く笑うニナの前で、クリスタの顔が強張っていく。
「ええい! その呼び出しってのは、誰からだいッ!!」
鬼の形相でクリスタはニナに聞き返していた。
さて、昨今SNSの普及は目を見張るばかり。
私のようなものでさえ、多少なりともお世話になっているのですから。
もはや、当たり前のツールですよね。
では。今から2世紀くらい先の世界では、どうなっているのでしょう。
きっともっと便利で簡単で快適なツールがあると思いながら、あまり便利になり過ぎちゃうとお話にならないので、基本的には今と変わらないくらいの設定にさせていただきました。
現状でさえもう追いつくのに必死ですので、LINEはなにかと見ているのですが、フェイスブックだのツイッターまで手が回らす、書くにあたってにわか勉強しました。
用語、表現等おかしなところがありましたら、こそっと教えてください。
お願いします。