11. 胡椒を掛け過ぎてはいけない その① ☆
クナーファ村、郊外――。
超心理学研究局能力開発部第4研究所、通称「レチェル4」の一室に置かれた臨時捜索本部で、ジェレミー・オーエンとエミール・ヨーネル医師は眉間にしわを寄せていた。
彼らの前には空間浮遊スクリーンが何枚も並んでいる。
手元のタッチパネルとキーボードでコンピュータに検索を掛けると、呼び出された情報は手元のモニター画面に映し出される。それを指先で上部にスライドすると、その画面が空間へと移動投影される。こうしていくつもの遊泳画面が彼らの前に並ぶことになる。
スクリーンは入れ替わりを繰り返しながら、常に情報の更新を続けていた。そのうちの1枚にオーウェンが接触し、移動を止める。
そこにはある人物の情報が映し出されていた。オーウェンはその人物を、睨み付けていたのである。
「ヤバい、わ。ワタシもヤキが回ったわね。どうしてこんな簡単なこと、すぐに考えが回らなかったのかしら」
オーウェンは髪の無い頭を掻いた。
「あー、いや。私もすぐに思いつかなかったから落ち度は……」
彼の隣で、巨漢のヨーネル医師がもそもそと小声で言い訳を始めたが、凹凸コンビの相方はそれを聞いていなかった。
「そうね。『ギモーヴ観光開発コーポレーション』ってとこでピンと来なかったなんて、信じられないミスよ!!」
オーウェンは己の失態に激怒していた。
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研究所を襲った火災もようやく下火になり、騒ぎも沈静化してきた。各方面への対応に追われ、情報整理もままならなかったオーウェンたちだが、ようやくテスの追跡に本腰を入れることができるようになった。
システムも回復したのだが、どうした理由か捜査中の諜報員たちには通信が不通のままだ。何度呼びかけても雑音しか返ってこない。
オーウェンはテスの探索は彼らに任せることにし、自身は公安捜査局のベレゾフスキーの動きや、ロレンスに同行した謎の女能力者を調べることに集中した。
謎の女能力者エミユ・ランバー。
彼女は『ギモーヴ観光開発コーポレーション』の社用車に乗って現れ、ロレンスと親交のある人物の秘書兼ボディガードのような仕事をしていると紹介された。元軍属のC級能力者という記録があるが、アダムとディーの報告によればそれはとんでもない誤認で、実際はA級能力者に匹敵する能力を持っているという。
「能力というのは、使用頻度や訓練によっても伸びることがあるからねぇ。
彼女が軍に籍を置いていた頃はC級能力だったが、その後飛躍的に能力が向上したということも考えられないことではないさ。そうなると、その理由を知りたいねぇ。研究データのサンプルとして……」
などとヨーネルがひとり納得していると、
「どうかしら。この女が所属していたのがガニメデ方面軍第12艦隊リー中佐麾下ってとこが、引っかかるンだけど。
だって、リー中佐って……」
オーウェンの視線が、ひょいと医師の方に動く。その視線を受け、ヨーネルははたと思いついた。
「まさか記録の改ざん……か」
「ありえないことではないでしょ。もともとA級能力があったにもかかわらず、ある理由からC級登録にしておいた。その方が、中佐の元で任務を遂行するのに都合がよかったから――」
それもありうる、とヨーネルは思った。だが彼はもう一つの可能性を考えていた。
(もし彼女が……だったら……)
「ーーあくまでも可能性だけど。そう思わないエミール?」
医師の懸念は、オーウェンには悟られなかったようだった。あくまでも可能性……医師は振り払うように、頭を振った。
「それより、この女と『ギモーヴ社』の関係を探ってみましょ」
オーウェンは次の課題に取り掛かっていた。『ギモーヴ観光開発コーポレーション』という会社を調べ始める。ここで、とんでもない人物に行き当たったのである。
「あああぁぁぁ~~。ここは、惑星レチェルなんですもの。この人物が一枚噛んでンの、不思議じゃないわよね。
この星は政府と民間企業であるギモーヴ社が共同で開発に当たった惑星なのよ。民政合弁の宇宙開発計画のモデルケースじゃない。音頭取りは政府、資金は民間企業。見返りは、ケースバイケース。開発に失敗したとしても、政府の腹は傷まない『美味しい計画』!
ええ、そうだわ。そのギモーヴ社の後ろに付いているのが、チェン財団。
ギモーヴ社は、太陽系宇宙連邦十五財団と呼ばれる宇宙開発に貢献した複合企業のひとつチェン・グループ傘下の企業で、そのギモーヴ社の社長がこの人物。
惑星レチェルの開発が計画通りに進められたのは、この男が熱心だったからってハナシは関係者には有名なのよ。南の大陸に、いくつギモーヴ社名義の観光施設があると思ってンの。
この男、政府相手にうまく交渉して、南のアシュレ大陸はほぼほぼ手中に収めちゃったじゃない。名義は会社だけど、実質この男の持ち物。商売上手なんだから。ああ気に食わないったら!
確か財団の前の総帥である老チェンに気に入られて、今の総帥のお守り役になったンでしょ。今やこの男無しでは、チェン・グループが成り立たないって噂だわ」
頭から湯気を吹き出しそうな勢いで、オーウェンがまくしたてる。
「チェン・グループは、軍部と取引があるからね。だから、提督ともよしみがあったという訳か」
「まあ、見て! この男、いくつの会社経営に携わってんのかしら? 財団の理事だけでなく、『紅棗楼』以下いくつかのフード関係の会社も経営しているのね。
まぁあ、さっき話に出てきた『ホテル・インタオ』もこの男の名義じゃないのッ。資料を読んでいるだけで、うらやましいとか通り越して、胸糞悪くなってきたわ。
ホンっト、ヤなオトコね――レイモンド・ヤンって!」
――レイモンド・ヤン。それが『紅棗楼』のオーナーで、軍部にも顔の利くと云われる、提督の知人の名前だった。
ヨーネル医師は思った。離婚調停中で別居中の妻が、レチェルの観光事業に関してギモーヴ社の牙城を崩すことができないと嘆いていた。子供も無く、趣味が仕事の妻にとっては大きな問題だったのだろうが、門外漢の医師にはどうしてやることも出来なかった。
ストレスから夫婦の喧嘩が増え、その積み重なりが離婚の理由になった。
そう考えると、医師にとってもヤンという男は、好ましくない部類に入る人物なのかもしれない――という結論に至る。
しかしモニター画面に映し出された男の顔は、柔和で血色の好い、人当たりの良さそうな顔つきだ。とても強欲とか、狡猾とかという言葉とは結びつかない。医師はたくましい腕を組み、太い首をかしげた。
「そりゃ、商売人ですもの。見るからにそ~です……なんて顔してたら、儲け話が逃げちゃうじゃない。いかにも善人な顔くらい、上手に作るでしょうよ」
そう言うオーウェンの方が、今は狡猾な顔している。そのオーウェンは先ほどから忙しくモニターを操作し、ヤンの滞在地を調べていた。
「あらあら、お忙しいお身体でどこに滞在しているのかと思ったら、バクラヴァにいるじゃないの」
「この惑星の首都の、バクラヴァかい」
そうだと答えるオーウェンの手が止まらない。しきりになにかを調べ、ようやく止まったと思えば、どこかに通話中だった。
「おいおい、ジェレミー。どこに掛けているんだ?」
「うふふ……、いいとこよ。どうせ騒ぎは耳に入るんですもの、だったら先手を打っちゃったほうがいいでしょ」
捜索本部の責任者は、ウィンク付きで答えを返す。
ヨーネル医師には、オーウェンの言わんとしていることが、すぐには理解できなかった。友人が連絡を取ろうとしているのが特別な直通回線であることは、作業の手順から察しがついたが、どこに掛けたのかは不明だ。
三度目のコール音が聞こえたあと、固定型画像通信機の画面が切り替わり、ひとりの中年の男性が映し出された。
「こちらはレイモンド・ヤンの番号でございます。本人は只今出ることができませんので、代理で受けさせていただきます。わたくし、早乙女と申します……」
直接ラスボス級に交渉かよ――――、医師は声を失った。
イラスト:さば・ノーブ様
さば・ノーブ様、FAありがとうございました。 (2020/3/3 追加)