10. マリアの眼 その② ☆
「せやから、マリア様には優秀な透視能力と感応能力を駆使して、テスの居所を探って欲しいんや」
そういってディーがひょいと『紅棗楼』の方向を指し示した。
隣でアダムが、五指を交互に組む祈りのポーズを取っている。
「頼むから探ってくれや」と云うことらしい。なんともわざとらしい。
マリアが、フンと鼻を鳴らした。
「あ~~、今、あほらしぃ思たやろ!」
「思ったわよ! 当然、思ったわよ! なにやってんのよ、あんたたち。あたしの仕事、増やさないでよッ!!」
マリアが興奮して暴れ始めたので、アダムとディーは両側から彼女の両手を片方ずつ掴むと、ひょいと持ち上げて宙吊りにした。
長身の青年たちに吊るされた、やせっぽちで子供のような体型のマリアは、「捕獲された地球外生命体」状態である。
さらに今度はアダムに乱暴に口を押えられ、抗議の声も止められてしまった。こうなると宙ぶらりんの足をバタつかせて反発するのが関の山だ。
「そうや。これはお仕事や。どんなにあほらし思ても、そこをチャッチャと熟すのが、プロの仕事に対する姿勢ちうもんやろ。俺らはプロの諜報員やからなぁ」
「せやな。プロやしなぁ。そこんとこは、自分もちゃんと心得てんやろ。
なんや言うたかて超が付くほど貴重なA級感応能力者様で、諜報員としても任務遂行率の高さはピカイチなんやから。プロ中のプロやもんな、マリアは」
嫌味たらしく、『プロ』を強調する。
人より抜きん出た才能と能力の持ち主であること、そこに自分が必要とされていると懇願されることに悦びを感じるマリアには、『プロフェッショナル』という言葉がはなはだ有効だった。
何度かチームを組んで任務に就いた経験があるアダムとディーは、この有能だが性格が複雑すぎる同僚の扱い方を心得ていた。
まず、「おだてて乗せる」のだ。多少わざとらしくても、とにかく誉めて持ち上げることが最初の手順だった。
「そっ……そうよ。それは、当然じゃないの。そんなの、わかってる。でも、なんであたしまで駆り出されんのよ! テスよ、テスが悪いんでしょ!
なんであんな娘の為に、あたしが叩き起こされなくちゃなんなかったのよッ!!」
先刻、ちょっかいを出したテスに念動力で反撃され、痛い目にあったマリアは納得がいかない。
いつものように苛めて泣かせるつもりが、やり返され、失神するという屈辱を味わったばかりだ。
しかもカプセル型集中治療用ベッド『透明の繭』で治療を受けていたところを、出動要請を受けて文字通り叩き起こされた。
否応なしに『透明の繭』から引きずり出され、体調が整わないまま、ここまで連れて来させられたわけだ。
当然機嫌は最悪だ。
ベリーショートの赤い髪を逆立て、小枝みたいな身体を思い切り揺らして、拒絶の態度を取った。
「なに言うとんねん。ごちゃごちゃ言わんと、助けてやったれや。テスはまだ初心者やで。能力に目覚めたばっかなんは、自分も知っとるやろ。ここは先輩として、広い度量を見せたれ!」
「せやで。それにさっきの仕打ちは、自分のやり過ぎちゃうのん」
アダムに窘められ、ディーに痛いところを突かれる。
それが気に喰わないマリアは、鼻にしわを寄せ、珍種の猿のような顔をして抵抗に拍車をかけた。
「それが、なんだっていうのよ。あの娘を見ているとイライラして来るんだから、仕方ないじゃない!」
「それ、嫉妬やろ」
アダムに図星を指されて、マリアは一瞬ドキリとした。
「ち……違うッ! なんで、嫉妬なんかしなくちゃ――」
再び足をバタつかせ、宙づりにされたままの身体を激しく揺り動かして、か細いからだ全身で彼女は否定する。
が、アダムもディーも動ずることなく、彼女の息が切れただけの虚しい結果に終わった。
「ほな、なんやねん。嫉妬が違う言うんやったら、ヒステリーかいな」
「こらこらこら、ディー。それ言うたら、あかん。マリアは心の広いオンナなんやで」
「そやったな。ちまちましたことひがみ根性丸出しにして、仲間の危機を見逃すよなセコいことはせぇへんよな」
ここでようやくマリアの足は地面に就いた。きつく握られた手首も放される。
即座にジンジンと痺れる赤く変色した個所を擦り、ついでに汚いものを拭うように服にこすり付ける。
「だっ……だから、あたしはテスを助けないとは言っていないわ! でも、でも、あの娘ほどの能力があれば、脱出するくらい簡単に出来ンでしょ!!」
言ってしまってから、「しまった!」とマリアは思った。売り言葉に買い言葉で、テスの救出を請け負ってしまった。
しかも、テスの能力を高く評価していることまで打ち明けてしまったのだ。
ばつが悪そうに口をもごもごと動かして誤魔化そうとするが、見せた隙を見逃してくれるような甘いふたりではない。
「いやいやいや……。マリアには敵わんて!」
「能力がある言うたかて、テスはまだひよっ子やからな。マリアの足元にも及ばんわ!」
速攻、二の矢三の矢を仕掛けてきた。
タイミングを合わせた動きと笑顔の押し売りで、次々とおべんちゃらを並べ始める。
軽薄に、これでもかと言い尽くしたのち、ふたりの口調ががらりと変わった。
「そやけどな。テスはその危機を抜け出す方法が、思いつかへんのとちゃうか?」
「ヘタしたら、危険な状態にあることすら、わかっとらんかもしれへんで」
高身長の青年に挟まれたマリアは、文字通り「上から目線」で説教を受けることになってしまった。
「それって、単なる馬鹿じゃない!!」
にべもなく言ってのける。
超常能力という特別な能力が備わっているというのに、自覚も乏しく、その上有効に活用できないとは、彼女にとってテスは愚の骨頂でしかない。
「マリア。それが、初心者や」
いかにも真面目くさった顔をして、アダムがそう答える。
「最初から上手に出来んのやったら、苦労は無いやろな。けどな、どんな能力かて、力量を見極めてその用途をきちんと理解せんことには、どう扱ってええもんかわからんと違うか。テスはな、そこンとこがわかっとらんのや」
うんうんと頷きながら、ディーが追随する。
「その辺のとこを、上手ぁ~く導いてやんのが、エエ先輩ちうもんなんやろなぁ」
アダムも大きく頷き、鷹揚な態度で腕を組む。
「後輩の落ち度をフォローしてソツ無く処理しぃの、能力向上に向けてバッチシ指導してやりぃの。さすが能力開発部の要所、超常特殊能力開発育成課のエースは仕事が違うわ!」
「ニヤけた顔で、よくそんなことが言えるわねッ!!」
「そんでもって、与えられた任務はキッチリと片づけるんやで。すごいで、さすがやで。プロの鑑やでぇ。それでこそ、マリア・エルチェシカ様や~~」
パチパチパチ……と、両脇からワザとらしい軽い音の拍手が鳴る。
「い……いい加減にしなさいよぉぉ。あんたたちぃぃぃ」
マリアはついに怒りを爆発させ拳を上げたが、青年たちにクルリと身体を反転させられ、
「ほな、行ってみようか~~~~!」
と言う掛け声とともに『紅棗楼』の方向にドンと背中を押し出された。
「わかったわよ。迅速に完璧に、すればいいんでしょ、仕事!!」
とうとう根負けしたのだった。
♧ ♧ ♧ ♧
マリア・エルチェシカは、「超感覚」能力に優れた複合能力者である。
超常能力と一口に言っても、正確には「超感覚」と「念動力」の二通りに分類される。
「超感覚」とは超感覚的知覚、テレパシー・透視・予知・過去視・催眠など通常見たり感じたりできないものを察知し、時には干渉もできる能力。
これに対し「念動力」は、精神の力で物体を動かしたり、光熱・低温、電磁波などを発生させるなど、物理現象に干渉する能力といわれている。
能力者にもレベルがあり、たとえば「念動力」で軽量の物体を動かすことが出来る程度という者から、「超感覚」も「念動力」も自在に使いこなせるという者まで様々だ。
後者は「複合能力者」と呼ばれ、連邦政府の管理下に置かれる事となる。
能力の程度を徹底的に調査し、非凡な才能との向き合い方を指導するために、専門機関に収容し保護される。
一部には能力者の人権損害を訴える向きもあるが、彼らの対する正当な理解が定着しない現在において、これは擁護の意味もあった。
こうして能力査定によって政府公認の階級に分けられた能力者たちは、政府公認の「認定証」を発給され、身分の保証と居場所を引き替えに、能力レベルに見合った仕事を与えられることになる。
それが幸か不幸かは本人の判断次第だが、高レベルの能力者たちはその能力ゆえに世間からつまはじきにされたものが大半なので、不満や悩みを抱きつつも政府の用意したい場所に活路を見出す者が多い。
マリアも、そのひとりだ。
♧ ♧ ♧ ♧
「あの娘、どこに居んのよ。『紅棗楼』の中には、……いないわよ」
早速任務に取り掛かったマリアは、透視能力を発揮して、中華菜店『紅棗楼』の内部を探っていた。
遠隔透視または遠隔視は「透視」能力のひとつで、視力や手段を用いずに遠隔地の様子を探ることが出来る能力である。「千里眼」とも呼ばれた。
まずは相手方の実情を知らなくては、次の手段を講じることは難しい。
テスを助け出そうにも、彼女の所在がわからねば、救出計画も立てられない。
そこでまずはマリアが外部から敵地を遠隔透視し、情報収集に努めることとなる。
「そんなはず無い。俺ら、この目で、確と見てたんやから。提督と一緒におねえさんがヒョイと抱きかかえてテスを運び込んだンを……」
アダムとディーが、同時に両目を指差す。
コミカルで、見事なまでの同調した動きだ。マリアには、それがまた嫌味たらしく見えた。
「おねえさん、細腕なのに、意外と怪力やったな。テスを軽々持ち上げたんやで」
「そやったな!」
「そんなこと、どうでもいいでしょ!! 問題は、そのテスなのよ!!」
うるさい外野に募るイライラを押さえつけて、マリアは、遠隔透視を続ける。
テスが見つからないのだ。相手方にも能力者がいるため、探索に時間を掛けられない。
気付かれ、防護を張られ妨害されては、遠隔視も役に立たなくなる。
(なのにこいつらは……!!)
マリアは、奥歯をきつく噛んだ。
「どうでもいいこと、あらへんで。おねえさんは、きれいな上に怪力なん!」
「せや。そんでもって、能力者なんや。なぜか公認C級やけど、な。なんでやと思う?」
「それは無い。絶ェェ……対、A級レベルやて。しかも、めっちゃキレイなんやで!」
「せやな。ホンマに、別嬪さんやわ」
「でも、公認ランクはC級なんやて。おかしいやろ。ごっつ美人やのに」
「うるさいわねッ。公認ランクと美醜に、どんな関係があるっていうのよ!!」
マリアの堪忍袋は、それほど頑丈ではない。すでに破裂しかけている。
「スタイルも、ええねん」
「ダイナマイトボディやのうて、スレンダーボディちうところが、またええんよ。クールに、ストイックに、黒のパンツスーツがキマってンのや」
アダムとディーの、エミユ・ランバーに対する賛美は止まらない。
「お近づきになりたいわ~~~~」
最後は鼻の下を伸ばし、ユニゾンで締める。
「ああ、もう! そんなに敵方の女用心棒と親密な関係になりたいんなら、勝手になればいいじゃない!
ただしあたしのいないところで、やってちょうだい。それで痛い目に遭えばいいんだわ!」
「あほか。ハードルなんちうもんはなぁ、高いほど燃えるもんなんやで。いや、乗り越えてこその充実感。障害の五つや六つ、なんぼのもんじゃい!」
ふたりの青年は大きくガッツポーズを決め、そう言い切った。
処置なしとばかりにがっくりと肩を落とし、これ以上付き合ってはいられないとマリアは彼らに背を向けた。
背後の雑音を無視して、遠隔透視に集中する。
未確認の能力者の妨害も、公安調査局の雑思念も、気にならなかった。アダムとディーの与太話に比べれば、大人しいものだとさえ思えてきたからだ。
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マリアは『紅棗楼』の母屋から回廊でつながれた離れ屋まで覗き回ったが、テスとエミユ・ランバーは見つからなかった。
遠隔視だけでは見つからないと悟った彼女は、今度は人々の洩らす思念波を傍受し始める。
その中に情報が隠れているかもしれないからだ。
しかし捜索範囲が広い上に、点在する大勢の客や従業員の思念波を拾い、その中から必要な情報だけを選別するという作業は恐ろしく複雑な手間がかかり、体力を消耗する。
短時間でそれらの作業をクリアするのは、能力に長けたマリアでも困難なことだった。
(あたしは、A級能力者なんだから!)
意地が彼女を奮い立たせる。
透視と感応能力を巧みに使い分ければ、彼女の内なる視覚の前に『紅棗楼』の全景が展開し、内部の構造が明らかになっていく。
敏感に、鮮明度を上げた透視映像は、彼女をさらに刺激し、濁流のように押し寄せる思念波から手際よく必要なものだけをすくい上げ、読み取っていくという難題を驚くべきスピードで処理していった。
開始間もなく、マリアは面白いこと気付く。
『緑光球』という離れ屋にいる客三人は、テスの友人らしく、彼女のことを話題にしていた。
彼氏の浮気がどうのと話が盛り上がっていて、後々テスをいじめる材料になりそうな話題がたくさん転がっていそうだ。
もう少し聞いてみたいと思ったが、先を急ぐマリアは後ろ髪を引かれながらも通過するしかなかった。
任務遂行中だ。まだ捜索範囲は残っており、ここで時間を喰う訳にはいかない。
エミユ・ランバーがどれ程の能力者なのかわからないが、出てくる前に出来るだけの情報を調達しておきたい。
煩わしさを増す未確認能力者の意味不明な邪魔立てや、ベレゾフスキーの部下たちの介入を、アダムとディーがかわしているうちに、一歩でも二歩でも差をつけておかねばならない。
なにを優先すべきなのかは明白だ。
それでもなお――友人たちもテスの行方を捜しており、情報が無くて手をこまねいている状態であるということは頭の片隅に記憶しておく。
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突然、マリアの小さな身体に武者震いが駆け上がった。
(――拾った! これよ、これ。この思念……!)
彼女は『緑香球』という離れ屋を過ぎた後、庭園を巡る回廊に沿って慎重に注意深く進んでいたが、とある洞門の前で探している気配を拾った。
これまで通過してきた洞門とは違い、扉が閉められ、その先へは進めないようになっている。しかもその扉には強力なセキュリティまで施されている。
(ちょっと、なによぉ……。こんなとこで通せんぼなんて、怪し過ぎンじゃないの!)
そこは庭園の最奥で、隣接した裏手の別の敷地の方へと続いていた。
本章は、マリアが活躍中。
性格と物言いはきついですが、お仕事はプロの誇りを持った「デキる子」です。
のほほんとしたテスとは相性が合わないようですが、アダム&ディーともいささか問題が……というより、いじくり倒されていますね。
マリアも言っていましたが、「テスとの扱いに差がありすぎる!」です。
頑張れ、マリア!
ちなみにこの章のタイトル、初案は「マリア、頑張る!」でした。
これでは余りにストレートすぎるでしょうと変更したのですが、センスの無さを露呈したようなネーミングに途方に暮れています。
他に「千里眼」ってのもあったのですが、これもなんだか……。
ネーミングって、難しい。
2022/02/27 挿し絵を追加しました。