表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/105

9.  名探偵と茉莉花茶 その④ ☆

「それに、テスもプロポーズ()()()とは言っていなかった。ちゃんと、否定したんだ。ただし()()()()どうしようという、恐ろしく勝手な願望を思い切り膨らませていたことは事実だけどな。


 よく聞けよ、メリル。あの晩、上機嫌で帰宅したテスから、あたしもそれらしいことは聞いている。プロポーズされるかもとか、結婚したいだのとか、恐ろしくハイテンションで浮かれまくっていた。

 テスはもともと感情の起伏が激しくて、おまけにそれがすぐ表情に出るタイプだから、機嫌の善し悪しは簡単に見て取れるだろ。

 その上、短絡的でお調子者だから、こいつの言ったことを都合のいいように解釈して、勝手に舞い上がっていたんじゃないだろうか」


 クリスタが顎をしゃくるようにして、リックを示す。


「うふふ。過保護な保護者としては、頭が痛いですわね。でも、そこがカワイイのでしょ」


 皆に茉莉花茶のおかわりを注ぎながら、にっこりと笑って切り返すメリルに、クリスタは唸り声で抵抗した。

 微妙な空気の中に取り残されたリックが、慌てて場を和まそうと声を掛けたが逆効果だったようで、ふたりの女子からものすごい眼で睨まれた。


 また――重たい時間が場を支配する。





  ♢ ♢ ♢ ♢





 一呼吸置いて口火を切ったのは、やはり名探偵だった。


「ま、おまえさんら、高校(ハイスクール)時代からラブラブべったりカップルだったから、結婚するんだったら、はいどうぞ……と思っていたんだけどな」

「そこ、過去形かよ」


 小声で文句を言ったリックが、渋い顔をしてクリスタを見る。


「そうだ、過去形。しょーがないだろ、誘われて、誘惑に乗っかったのはおまえさんだ。ホントに悪かったと反省しているなら、真剣に考えてくれよ。


 テスはデートから帰って来たときは、結婚願望ではちきれそうだった。

 なのに、その翌々日にはお別れ宣言。――ここでだ。あの朝……テスがリックと別れると言い出した日に、メリルはプロポーズの顛末を確かめに来た。

 なあ、なんでメリルはこの件を知っていたんだ?」

「テスから直接お聞きしましたの。結婚したいのって――」


 メリルはきっぱりと言い切った。

 けれどもふと思い出したように、少し考え込む素振りをして後を続けた。



   挿絵(By みてみん)

      イラスト:ごんたろう様





「実は……偶然お会いした時に耳にしましたの。騒ぎの2日前ですわ。

 その日はカフェ・ファーブルトンの裏手の路地を通ることがありまして、そこにテスがいたんですの。バイトが終わって、リックのお迎えを待っていたのでしょう。

 そうそう、同僚のニナ・レーゼンバーグとご一緒でしたわ。わたしに気付いたテスが声を掛けてきまして、3人で少しだけおしゃべりをいたしました。

 すぐにおいとましましたけれど、これからデートだと嬉しそうにしていたのを覚えていましてよ。

 それが、4時頃だったと思いますわ」


 クリスタは、フンフンと頷いた。

 メリルは「少しだけおしゃべり」と言ったが、正確にはどのくらいの時間を井戸端会議に費やしたのだろうかと考えてしまう。なにせ、彼女の長舌ぶりは有名なのだ。


 相方がこれまたおしゃべり好きのニナだから、つき合わされたテスはさぞかし迷惑なことだっただろう――などと考えていることは、もちろんおくびにも出さない。



「あー、あの日は帰宅が遅かったな。10時過ぎていたっけ……」


 ここでさりげなく女子たちの冷めた視線がリックに注がれ、なにやら意味ありげな表情をする。


「……そこ、逐一報告がいるのかよぉ」


 がっくりと肩を落とすリック。


「あら、そんな。いやですわ。恋人同士の時間の過ごし方くらい、だいたい想像はつきましてよ。

 テスと楽しいひとときを満喫していました、でよろしいのでしょう」


 婉曲的な言葉を選んではいるが、内容はえげつない。

 表面上は友好的で円滑な会話をしているようでも、浮気男にこれ以上情けを掛けようという気は無いらしい。ピシリと切り捨てた。


 お嬢様恐るべし、クリスタは密かにリックに同情した。



「わたしもその日は所用で帰宅時間が遅くなりまして、エレベーター前で、テスと一緒になりましたの。そこで立ち話を20分程していましたかしら」


 メリルを相手に、よく20分で立ち話を切り上げられたものだと、今度は感心する。


「その時、テスがうれしそうにおっしゃいましたのよ。リックにプロポーズしてもらえるかも……って。それで私、てっきりそうなるものだと喜んでいましたのに。

 ……そうですわね。テスは、プロポーズ()()()()()……と言っていたんですわ。わたしの思い違いでしたのね、残念ですわ……」


 口元を抑え、メリルが溜め息をつく。心底そう思っているのか、落胆の色が隠せない。


 発覚したリックの浮気は許せないが、もともと結婚は祝福するつもりでいたのだから。





  ♧ ♧ ♧ ♧





 そんな友人を横目に、疑問の解明に熱中するクリスタは高揚感に浮き立っていた。


「それじゃ、この時点ではテスはプロポーズしてもらう気でいたんだな。プロポーズって単語は、ここで出てきた訳か。

 おい、リック。よぉ~く思い出してくれ。おまえさん、デートの最中に、テスになにか言わなかったか? 結婚しようとか具体的な言葉じゃなくても、あの能天気娘が誤解しそうなクサ~いセリフとか……」

「もう、クリスタったら。テスのこと能天気娘は、酷うございましてよ!」


 まだあれこれ言いだしそうなメリルを制して、クリスタはリックに答えを催促する。





「そう……言われてもなあ。俺は、回りくどいのはダメなんだ。その……プ……プロポーズかぁ……。それならズバッと嫁になれって……だなぁ……いや、その…………」


 カヌレ大バスケ部のスター選手ともてはやされているとはいえ、所詮リックもド田舎の惑星出身の純朴純情青年だ。

 同郷の天然少女を口説くには、そのくらいストレートにぶつからなければ埒が明かないだろうとクリスタが納得していると、


「ああ、もう! どうでもよいなんてことはございません。プロポーズは乙女の夢、愛する殿方に甘く美しい言葉で愛を捧げていただくのは乙女の憧れなのです。眠れぬ夜に涙で枕を濡らし、燃えるような熱い想いを心の内に秘めながらも気に沿わぬ殿方にも気丈に笑顔を振る舞い、敵意と誤解に身も心も削りながら愛する殿方を信じ耐えるのですもの。そうして愛し合うふたりは幾多の困難を乗り越え、よくやく結ばれるのです。ですから殿方は愛する女性の前で愛のあかしの赤いバラの花束を手に、跪き、ありったけの愛の言葉を捧ぐのですわ。それには状況を整え、タイミングを計り、万全の態勢で挑まねばなりません。そのための、ロマンティック。殿方の本心に触れ、その情熱に酔い、夢心地になるようなものでなければ、到底受け入れられるものではありませんのよッ!」


 メリルの迫力に、個室の中は静まり返った。

 言い切った彼女は、悦に入り満足そうに微笑んでいる。

 その隣でクリスタとリックは脱力していた。


「……あれ、俺は無理! ぜってぇ、無理だからな!」

「大丈夫だ。テスもあれは期待していないさ。いわゆる、ひとつのパターンだ。しかも、かなり特殊な部類だから気にするな」


 190センチ越えの大柄コンビは、なぜか自然と身を屈め、小声でひそひそ話となる。





「あのねえ。おまえさん、他人の心配より自分の心配をしてくれ!

 それより、話を戻すぞ。もうひとりの危惧種の方が、もっとややこしいことになっているんだから。なあ、リック。なんでだよ。幸せでいっぱいでいたテスが、その2日後には結婚はしない、別れると言い出した。

 2日って云ったって、その2日目の朝には騒ぎを起こしているんだ。心境の変化は、前日に訪れたってことになる。

 探るべくは、この前日なんだ。この日、なにがあった?」

「ううぅ……ん、急に、そう言われてもな。デートの翌日は、レポートの提出やらバスケ部の練習や会合やらで会ってねえし――――」


「ふぅん、やっぱり問題なのはその()()()()()()日だな。

 デートした日、空白の一日、騒ぎ出した日――と」


 ふたりが理解しやすいように、クリスタは長い指を一本ずつ立てながら自説を説明する。

 メリルとリックの前に立てられた名探偵の人差し指、中指、薬指がそれぞれ3日間に当てられた具合になる。


「もう少し絞ると、講義に出て、バイトに行き、帰宅する間になにかあった。

 空白の一日はあたしも取材の仕事が入っていて、アパートメントに帰った時刻にはテスは自室に引き上げていた。翌朝まで顔を合わせていないんで、様子がわかんないのさ」


 空白の一日に当たる中指、次に翌日――騒ぎのあった日に当たる薬指が動く。クリスタの大きな深緑色の瞳が、ちろりとリックに向けられた。





 テスとクリスタが折半して間借りしているアパートメントは、リビングとキッチン、バスルームの他に2つの個室があって、ここをお互いの寝室(プライベートルーム)として利用していた。


 パーソナルスペースだから、了解が無い限り、たとえドアが開いていたとしても足を踏み入れないのは暗黙の了解となっている。

 そして部屋に籠っている間は、緊急または非常事態でもない限りは干渉しないという事もだ。


 リックはジョー・ボック記者から、事故の黙秘の代償に、この部屋に侵入してスクープネタを探し出して来いと脅されていた訳だ。





  ♤ ♤ ♤ ♤





「いいえ、違いましてよ!」


 突然、メリルが声を上げた。あまりに唐突だったので、リックは椅子から転げ落ちそうになり、クリスタは手を伸ばしていた茶杯を掴み損ね、危うく粗相をするところだった。


「なんなんだよ。いきなり大声出してさ!」


 ふたりの慌てぶりを気にすることなく、興奮するメリルは音を立てて椅子から立ち上がると、街頭演説をする選挙候補者のごとく意気揚々と語りだした。


「違うんですの! プロポーズですわ。

 もうひとり、先走りしてしまった方がおいでです。その方がおっしゃっていたから、わたしもてっきりそうなのだと思い込んでしまったのですわ!!」



2022/8/30 イラストを追加しました。

惑星ポルボロンの幼なじみ3人組のお洒落でかわいいイラスト。ごんたろう様、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テスとクリスタ ~あたしの秘密とアナタの事情
― 新着の感想 ―
[一言] プロポーズのイメージよw 自分も、そんなプロポーズやだ(笑)。 その戴いた薔薇の花束をどうしようか?と考えましたw ところで、何杯お茶飲んだんだろう?とかしょーもないことを考えてしまいまし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ