7. 紅棗楼で夕食を その⑥
「あら、あの方、確かもう退役されたハズじゃ……。
どこかでワイン造りでもするっておっしゃっていたよーな記憶があるけど、……まさか、なんでクナーファ村にいるの……」
オーウェンの顔が曇る。
「そーなんよ。あの顔は、間違いない。俺らでも大暴れしとった宇宙海賊を撃退した、カリスト宙域の会戦の英雄の顔は、見間違うことなんぞあらへんで」
と、ディー。
「そんでもこぉなったら『いや~、ウチの妹がお世話掛けました。探してたんですわ。ウチのかわいい妹は時折記憶が混乱する病気持ちで、フラフラ~っと行方不明になることがありますねん……』とかなんとか言い繕うて、提督の元から取り返そう思たんや。ほんまに、足出掛かったんやで。
そしたら、邪魔する奴がおんねん。誰やと探ったら、なんちゅうこっちゃ。ベレゾフスキーの手下がおるんよ!
公安第2課の連中が、テスのケツ尾行しとる! しかも俺らがよ~う知っとる能力者コンビやで。ボス同様、いけすかない奴らや。
厚かましい顔さらすよって、つい挨拶してもうた。やらしいことにこっちの出方窺いながら、牽制して来るんやで。
なんでコイツ等が尾行掛けとるんじゃ思とったら、今度はどデカいリムジンの登場やないか! どないなっとんねん!」
アダムはオーウェンの要望に応え簡素に説明したが、第2課所属の能力者となんらかやり合ったのではないかとヨーネルは懸念した。
困ったことに、能力者同士と云うのは、仲が良くない場合が多い。顔見知りであると云うことは、過去になんらかの因縁があったと云うことだ。
どんな挨拶をしたのか、後で確認をしておこうと医師は思った。
「あんなあ、おっさん。なんで公安第2課が、テスに興味持ってんの。
まあ、公認能力者の需要は増えてんのに、安定して高レベルの能力使える諜報員が不足しとるっちう話は、よう聞くけどな。そんだけやろか?」
ディーが核心を突いてきた。
「他に、なにがあるっていうの?」
「あー、なんか隠してんな。そやろ、おっさん」
アダムが追い打ちをかけるが、オーウェンは答えない。
「ま、ええわ。あとで聞かしてもらおか。
そんで、どこまで話したん。リムジンか。そのリムジンから、どエライ美人が出て来たんや」
♤ ♤ ♤ ♤
リムジンから降りてきた銀髪の美女はエミユ・ランバーと名乗り、提督とテスを乗せ、ロクム・シティに車を走らせたという。
「エミユ・ランバー? さあ、知らないわ」
「美人やで~」
「そこはいいから! 先を進めて!」
「なんでやねん。きれいなおねえさんいうンは、最重要なことやんか。ぜひぜひよろしゅうお願いしたいわ。なあ、ディー」
「せやな~」
話が脱線しそうになり、慌ててヨーネル医師が口を挿む。
「さっき君らが送ってきた車両のナンバーを解析した。
この車の持ち主は個人じゃない。社用車だ。
ギモーヴ観光開発コーポレーションの登録車だ。おそらく客の送迎用に用意している物だろう」
「でもあのおねえさん、添乗員さんってカンジやなかったで。どっちか言うと社長と愛人関係にあるセクシー系美人秘書、事件のカギ握っています型……やな」
「ちゃうちゃう、アダム。あかんがな、人は見た目で判断するもんやないで。
その手の役柄は得てしてストーリーの前半で、殺されてしまうんや。あのおねえさんは、結構ガッツリ事件に喰いついていそうやった。事件の陰で暗躍する、危険な香りの大人のオンナやな」
「それ、ええわ~。せやけどや、ディー。それも見た目で判断やんか!」
「しゃーないわな。今はそこしか情報が無いやん。見た目も大事や」
「せやせや。……ってな、言うとること矛盾しとるで。いいかげんにしいや!」
ますます話が横道に反れそうになり、オーウェンの頭からは湯気が出そうだ。ヨーネル医師は、必死で介入する。
「こらこら、それでリムジンはロクムに向かっている――と。君ら、今何処にいるんだ」
「ちょっと待ってえな。ハナシは簡素にするよって、そのおねえさんのこと、も少し突っ込んでもええか?」
神妙な口調で、アダムが打診してきた。
横目でオーウェンの顔色を気遣いながら、ヨーネルは了解を出す。手元の末端で、女の名前とギモーヴ観光開発の文字を打ち込み、検索を掛けることも忘れなかった。
「十中八九やで……あのおねえさん、能力者と違うか?」
「どーいうこと?」
これにはオーウェンがすぐに反応を示した。
「実はな……」
♤ ♤ ♤
リムジンはロクム・シティに向かって走り出し、2組の追跡者たちは距離を保ちながらその後を追うことになった。
やみくもに後を追うだけでは都合が悪いと、アダムとディーはリムジンの遠隔透視を試みてみる。
会話が聞き取れれば正体不明の女の見当もつくし、車内の画像だけでも視えればテスの安否がわかる。
理由は不明だが、ベレゾフスキーの配下まで張り付いているだけに、彼らとて慎重にならざるを得ない。
これが、防御された。
リムジンに遮断装置が装備されていた訳では無い。提督が自己紹介をしている辺りまでは、内部の様子が透視でき、会話の一部始終やテスの様子も探ることができたのである。
「遠隔透視してたんは、俺らだけやない。あいつらも会話聞いとったハズや。
言うとくがな、俺らA級能力者やからな。覗くいうたかて、あからさまにしいひんで。上手~く気付かれんようにやるわい。素人やないんやから。
そやけどな、おねえさんがこっち視たんや。俺ら4人に向かって、ニコッて笑ろたんや。
それが、からかっとるちうか、なんか背中に氷入れられたいうんか、こうゾクッとさぶいぼ出るような嗤い方なんよ。
その途端や。ブチッと音立てて、透視映像が途切れたんやで!」
「最初っから、提督とおねえさんがしきりにアイコンタクトを取るんで、気にはなっとったん。犬にもぎょうさん吠えられたしな。
あれ、絶対バレとるわ。俺らに視られとるのわかっちょって、わざとやってんねんな。
そんで……なにとち狂たんや知らんけど、さっきの2課のあほがおねえさんに念動力攻撃出したら、速攻やり返されとったわ」
オーウェンが唸った。
「うう…ん……、面倒事が増えた気がするンだけど。
なに、じゃあその女も能力者で、あんたたちの邪魔をしたっていうの? 何者よ、その女!?」
先程ヨーネル医師が掛けた身分照会に結果を覗き見る。
「う……ん。エミユ・ランバー、元軍属だな。
宇宙軍ガニメデ方面軍第12艦隊所属リー中佐……ああ、現在彼は大佐に昇進しているな――の小部隊に2年程所属していた。能力者ランクは公認C級になっている。
除隊後、民間の警備会社に入社しているみたいだが、それ以外の経歴がよくわからないんだ」
検索結果をチェックしながら、ヨーネル医師は腕を組む。
「よくわからないって、なによ」
と云うオーウェンの疑問と、アダムとディーの驚愕の悲鳴が重なった。
「うそや~~~! あのおねえさんがC級能力者やなんて、絶ッ対ありえへん!!」
「記載ミスとちゃうんかい!!」
「俺らと互角、もしくはそれ以上にやりあっとるんやで!
しかも高等テク使いまくりで、翻弄されてんねん。きれいなおねえさんに翻弄されんのは望むとこやけど、C級能力者いうんは納得出来へんからな!!」
「能力査定審査したんは、どこのボケなん! おねえさんの美しさにボーっとなっとって、査定基準を間違ったんやないか」
「ああ、ど~せ翻弄されんのやったら、もっとエロい状況がエエで!」
スピーカーの向こうからは、再びふたりの仕様もないやり取りが聞こえる。
永遠に続きそうなので、さすがのヨーネル医師も通話を切りたくなってきた。
「それで、君らの現在位置はどこなんだい?」
また雑音が酷くなってきた。
アダムが先程移動中だと言っていたが、通信状態の悪い場所にでも潜入したのだろうか。つまみを操作して感度を上げようと努力するが、一向に改善されない。
「おお、忘れとったわ。ロクム・シティの高級中華料理店『紅棗楼』に着いたとこや!」
「なんや、まだ通信状態悪いねん。そっちで、俺らの位置拾えないんか? ……っていうか、また通信妨害してんのがおるんやな。
あのおねえさんやない。第2課の諜報員たちでもない。第3の能力者の登場や」
ディーの言葉に、オーウェンとヨーネル医師に緊張が走る。
「……それ、テスちゃんじゃないの?」
「ちゃうな。テス本人でも、さっき感じたテス以外のテスでもない。この感覚はロクム・シティに隠れとるもうひとりの非公認能力者のもんや」
きっぱりとディーが言い切った。
「ええなあ……高級料理店。提督はここで誰かと会う予定みたいやな。おお、なかから誰やら出て来たで。
小洒落た私服で決めてんのやろけど、あれ軍の人間やな。隠そうかて、ひと目でわかるわ。また面倒増えたで、おっさん。
あーあ、そんでも食ってみたいな、高級中華料理ィ~」
アダムのわざとらしい溜め息が聞こえる。
「うぅん。そういや『紅棗楼』もギモーヴ観光開発コーポレーションの傘下じゃなかったかな。レチェルの観光事業は、ほぼギモーヴ社が束ねているから。
ほら、エルマの有名な『ホテル・インタオ』とか……」
「まあ、エミール。やけに詳しいのね」
世情に疎いヨーネル医師が、珍しく経済情報を解説したので、オーウェンは不思議に思った。
「いやその――離婚調停中の妻がライバル会社に勤めていて……。
昔、さんざん愚痴を聞かされていたんだ。惑星レチェルは――ギモーヴ社……いや、ギモーヴじゃなくて……なんて言ったっけ……なんとかの、えー……っと――――」
医師は俯き、声が次第に小さくなる。
オーウェンたちとしては「えー……っと――」の先を追及したいのだが、込み入った私情が絡んでいそうで、それ以上強く踏み出せなくなってしまった。
「……おおっと。リムジンから、提督と謎のおねえさんが降りてきたで!」
興奮を抑えたアダムの声。ディーが後を続ける。
「……しゃーない。おっさん、先生。マリアを起こしてくれや。のんびりおねんねしとる場合やない。
手ェ足りんようになったから、手伝ってもらうで!」