7. 紅棗楼で夕食を その⑤
同時刻、クナーファ村郊外。
『レチェル4』は今だ混乱の中にあった。ブナ林に燃え移った炎の消火活動は、遅々として進んでいない。退避勧告が出され、ジェレミー・オーウェンとエミール・ヨーネル医師は、第4研究棟から第8研究棟まで移動していた。
ふたりとも、顔色が優れない。眉間にしわを寄せ、難しい顔をしたまま、第8棟の一室に設けられた仮の緊急対策室で唸っていた。
と云っても、彼らの対策は火災ではなく、現在行方不明のテスの行方と身柄の確保送還である。
能力の統制を失い暴走したテスが、『レチェル4』の機能をパニック状態に陥れたと云うことも信じ難いのだが、捕獲に追わせたA級能力者のアダムとディーを翻弄し忽然と姿を消した。
敷地内に備え付けられたカメラで、その模様をすべて監視していたにもかかわらず、どれだけ咀嚼しても納得できないものがあったのである。
「わっかんないわねぇ、女の子って。とんでもない逸材って云えばそうなンだけど、ちょっと想定範囲越えちゃってるわ~。どうしましょ」
トレードマークの太い眉毛と口ひげを上下させながら、オーウェンがつぶやいた。隣でヨーネル医師が無言で頷く。
「始末書、何枚要るかしらね」
がっくりと肩を落とし、オーウェンは盛大な溜息をつく。
能力者発掘強化の為の特別チームの責任者として、彼は事の顛末を報告しなければならないのだ。
再び、ヨーネルは頷く。
「……って言うよりさぁ、テスちゃんの事、上層部にどう説明したもンかしら。
事情もわからず文句ばっかり言う石頭のわからず屋連中に、テスちゃんを盗られないようにしないと。
ねえぇ、エミール、聞いてるッ!」
返事の代わりに、三度大きく頷く。
「…ン、もおっ! あなたの大事な研究素材が、取り上げられちゃってもいいの!?」
「……それは、困る」
ようやくヨーネル医師が、言葉を発した。
「しょーがないわね。所長を抱き込んで、上手いこと隠蔽しちゃいましょうか。
テスちゃんの能力レベルが外部に漏れて、余計なトコロに目を付けられちゃったら大変よ。
特に能力者を危険視扱いしている輩が動き出して、『危険分子は抹消!』とか短絡な発想しかできないくせにエラぶる馬鹿になんか見つかっちゃったら、テスちゃんの身が危ないわ。
事故の救急搬送にかこつけて、テスちゃんの身柄、ウチで確保したってのに、意味無くなっちゃうわよねェ。現に、コーリャはもう嗅ぎ付けてきてるンだから。
あの男、昔っから鼻が利くのは知ってるけど、早すぎやしない。どっから匂ったのかしら?」
コーリャとは、公安調査局第2課第2班のニコライ・ベレゾフスキーのことである。先日テス強奪にレチェル4に潜入し、彼女から手痛いしっぺ返しを食らっている。
「抹消は、困る。あの子は、……の……たぶん、間違いないと思うんだが……」
もそもそと喋るヨーネルの声は聴こえ辛い。
バイキングの末裔で2メートル近い身長がある偉丈夫なのだが、考え事をしていると背を丸め、口籠った声でぶつぶつとつぶやく癖があった。
「え、なぁに?」
オーウェンが聞き返した時、今まで沈黙していた目の前の通信機材が、突然耳障りな雑音を上げて復活した。
凹凸中年コンビは、思わず驚きのリアクションを取る。
ただし映像の方はまだ不明瞭で、画像がいびつに歪んだり伸縮を繰り返したりしているが、声の主は判明できる。
「…………っさん……、おっさ……ん……」
許容できない単語を聞いたオーウェンの眉が、八の字に上がる。
「……あーー、おっさ…………。あほ~あほ~。……おい、聞こえとるんかいな!」
ふざけた声は、アダムだ。
「ちょっと、あんたたち。おっさんじゃないでしょ! おっさんは禁止だって言ったの、忘れたの! おまけに『あほ』ってなんなのよ!」
テスの探索に出したアダムとディーから、ようやく連絡が入った。
♤ ♤ ♤ ♤
「おー、やっと応答あったで!」
「あんま応答無いんで、ついにあの世に召されたかと。心配したわ、なぁ」
スピーカーから聴こえる雑音混じりの声は、あくまで悠長だ。
「ちょっと、アタシはまだ死ぬ気なんて無いわよ。
それよりあんたたち、どれだけこっちからの呼び掛けを無視してンのよ。報告は、ど~~なってンのよ」
彼らがオーウェンたちの元を飛び出してからすでに1時間以上。通信機器の不備もさることながら、経過報告が全く無かったのである。
レチェル4内ならば監視カメラで行方を追えるが、外部それも葡萄畑が延々と続く広大な田舎の畑の中では、遠隔操作の偵察用小型無人航空機を飛ばしてもなかなか補いきれない。
「おお、それや。ハナシが込み合ってもうてな。したくても、するヒマがあらへんかったんや。今も移動しながら、通信してるんやで」
「でもって、なんやねん。この通信妨害。通信機、さっきまで使用不能やったやろ」
彼らの耳にはイヤーカフ型の小型通信機が装備されている。
見た目にはおしゃれな装身具だが、実際は高性能の通信システムを搭載した精密機器なのだ。
能力者同士なら、精神感応で意思を交わすことも可能だが、能力者(アダムとディー)と非能力者(オーウェンとヨーネル医師)間では成立しない。やり方によっては全く不可能という訳でもないが、円滑とはいかない。それゆえこの機器が必要となる。
これが機能しなくなったという。
さらにディーの言う通信妨害もさることながら、探索に飛ばした小型無人飛行機も、妨害電波に邪魔されて機能不能となり墜落させられているのだ。
レチェル4の消火活動が先決なのでこれ以上人員と機材は割けない。
その上テスの存在はレチェル4内でも極秘扱いで、ごく一部の人間しか知らないことだったから、秘密厳守の為にも増員が出来ないという事情もある。
オーウェンの元には、情報が入ってこない状態が続いたのだ。
「せやから、しとうても出来んかったんや。堪忍してぇ~な」
あまり反省しているとは思えない口調でアダムが応答する。
「そ~れ~でぇ~、現状はどぉぉぉなってンのかしらぁぁぁぁ~」
「おっさん、余裕の無い上司は嫌われるんやで」
こちらも反省とは無縁のようなディーの声である。
「嫌われて結構よ。サッサと、報告!!」
だから、オーウェンの機嫌は悪い。
それでも茶化すのが止められないアダムとディーに、ヨーネル医師はすでにお手上げである。
「ほんじゃ、まあ、レチェル4を出たあたりから行きますか。よぉ聞いてぇな、おっさん」
「おちゃらけはいらないわよ、アダム。簡素明瞭にやってちょうだい」
レチェル4に火災が発生し、テスの行方が分からなくなると、アダムとディーは一時オーウェンの元に戻った。
体勢を立て直し、脱走者の行方を追い無事捕獲する準備のためだ。
この時彼らは、テスの能力の異変をオーウェンらに伝えている。しかし質感が変わるほどの能力の変化というものは前例が無く、オーウェンもヨーネル医師も対応に困惑してしまった。
だが、それは今後の研究材料とすればよいことだ。そのための研究機関であり、チームである。超能力とも呼ばれる潜在能力については、まだ不明なことが多すぎるのだから。
まずはテスの確保だ。
能力を制御できない能力者を、野放しには出来ない。事態が深刻になる前に身柄を確保するのが、今のオーウェンたちに与えられた責務なのである。
では追跡を逃れ、テスはどこへ逃げたのか。
レチェル4の混乱に乗じて、テスは外部への脱出に成功しているはずだと彼らは予測を立てていた。
彼女の逃走先として考えられるのは、親友のクリスタ・ロードウェイか恋人のリック・オレインの元だろう。どちらにしてもロクム・シティ在住だから、彼女の足がそちらに向かうのは間違いない。
行き先は限定されているとはいえ、捜索区域は広範囲に広がってしまった。
しかし時間と人員が足りない。
時間の問題はさておき、人員と機材の追加投入が不可能なら、あるものをフル活用するのが常套手段といえよう。
諜報員アダムとディーの能力を最大限活かすことになる。
――と、ここで面倒な問題が生じる。
政府公認のA級認可証を持っていても、現状では外部――すなわち一般市民エリアで自由に能力を使用することはできない。
能力の無差別な使用は犯罪行為とみなされ、罰則の対象となる。政府機関所属の諜報員も例外ではない。指令執行の便宜上、不可欠の場合のみ使用可能許可が下りることになっている。
厄介なことだが、能力者は少数派で、その能力に不安や脅威を感じている人々がまだ大多数であることから、混乱を避けるためこういった処置がとられている。共存のためのルールだ。
しかし能力のレベルランクが上がるほど、規制は多くなる。能力が強力であればあるほど、その暴走は危険だからだ。
こうなると公認認可証は、能力者たちの足に付けられた足枷のようなものかもしれない。裏を返せば、それゆえ公認能力者の存在が認められているというのも事実なのだ。
一口に能力と云っても、方向性も力量も様々だ。
有級能力者と云っても、得意不得意はある。A級ともなれば、どの超常能力も基準値の平均以上レベルだが、なかにはある能力だけ特出している者もいた。
たとえばマリア・エルチェシカの精神感応の能力だ。これに限れば、アダムやディーよりマリアの方がレベルは上である。
彼女がその持てる能力を駆使し、情報収集に従事すれば、今少し状況は改善されたはずだ。
けれども彼女はテスの念動波攻撃を食らって未だ意識は戻らない。早々にこの手段は、諦めざるを得なくなった。
肝心な時に戦力外かとボヤいている時に、クナーファ村の郊外で、微かなテスの意識が認められた。
即座にアダムとディーが現地へと急ぐ。
しかしながら、そこにはすでに先客がいた。
「驚くなよ、おっさん。『提督』が、いたんよ。
宇宙連邦軍の木星方面軍ロレンス艦隊の総司令官グレアム・J・ロレンス提督や。カリスト宙域の英雄やで!
テスは、提督に介抱されてたんや!」
さしものアダムも、英雄の名に興奮を隠せなかった。




