7. 紅棗楼で夕食を その②
現在人類が生活圏とする場所は、地球を除いて、すべてが人工的に造られたものとなっていた。
衛星コロニー然り、改造惑星然り、である。
人類は星界さえも支配権に収めようと努力したが、それはやすやすとなびくことは無かった。
21世紀、人類はいよいよ宇宙と云う大海原に乗り出した。
過去にも大航海時代と呼ばれた時期があるが、勇気ある人々は、再び希望を胸に未知の大海へと漕ぎ出していった。
とはいえ、そのオールは過去の時代よりはるかに漕ぐのが困難であった。波に乗り、追い風を捕まえ、帆を張ればよいだけではないからだ。
それでも人類はあきらめず、小さな一槽を積み重ねた。そしてようやく木星周辺まで、その版図を広げたのである。
太陽系の火星と木星の間に存在する小惑星帯を、メインベルトと云う。
他の小天体(小惑星)群と区別する為にこの名称を使用するようになったのだが、人々は呼び慣れたアステロイドベルトと云う呼称の方を好んだ。
それは今に至り、メインベルトの改造惑星開発移住計画が実現する際に、当初政府が提案した『メインベルト移住計画』の名称が、いつの間にか『アステロイドベルト移住計画』として民間に流布していたことからも理解できるだろう。
宇宙移民は、22世紀前半から、本格的に推進された。
それまでも宇宙ステーションや、試験的に運営されたスペースコロニーと呼ばれた人口居住地に住まう人々がいたが、大規模な移民が可能になったのは、空間高速ドライブ航法の確立と、既存の惑星の改造に着手し、地球型惑星に作り替えることに成功したからだった。
計画施工当初、移民の居住が可能だったのは、コロニーと呼ばれる人工の居留区だった。
月面の裏側に造られた地表をドーム型の屋根で覆った型や、火星や金星に建造された地下都市型、宇宙空間に建造された巨大なシリンダー型やドーナツ型の建造物で、どれもその内部に地球に近い環境を再現したものだ。
費用や建設の問題から政治上の問題まで絡み、初期の計画ではこれが精一杯だったというのが実情である。
しかし人類は貪欲だった。宇宙に浮かぶ人口の島でなく、「第2の地球」とも呼べる、惑星を求めた。
太陽系を含む天の川銀河系に地球型惑星が約100億個あるとはいえ、移住可能かどうかは別問題であり、そこに到達するまでの長い時間と膨大な手間を諸事情から省きたかった人類は、近在の既存の惑星を『地球型』に改造すると云う、ある意味手っ取り早い方法を模索した。
こうして『惑星地球化計画』が本格的にスタートし、手始めに火星と金星に改造の手が入った。
折よく空間超光速ドライブ航法の技術が格段とレベルアップし、大量の人や物資の輸送が実現した。
宇宙ハイウェイの開通も、追い風となった。
人々の目がさらに外へ、遠くへと向いたのである。
連邦政府は、更なる移住計画を発表した。それが『メインベルト移住計画』である。
メインベルトすなわちアステロイドベルトに無数に存在する惑星の中から、政府の研究機関が比較的改造可能な惑星を選び、委託を受けた惑星開拓開発を専門職とする人々が、未開の土地を人類が生活可能な土地へと造り変えていく。
官民一体となった大規模な計画であったが、いかんせん莫大な費用と時間が掛るため、計画はなかなかはかどらない。
『開拓』と云う名の破壊行為だという、反対さらには計画撤廃運動まで起きた。
そして計画書には無かった事故が多発するようになる。
こうなった場合、行政は及び腰になるが、民間企業は損失を最小限に留め、掻き集められる最大の利益を確保する方に展開する。
数多の機関企業が撤退を表明し、計画は一時中止の方向へと進んでいた。
しかし手を引くには深入りしすぎていた巨大複合企業数社は、自社の命運を賭け、惑星改造に熱を上げた。
熾烈な情報操作と技術開発競争が繰り広げられたのである。
その甲斐あって、アステロイドベルトの小惑星のいくつかは移住可能な惑星となり、移住を受け入れることに成功したのだった。
それから半世紀以上、開拓惑星は新たな名を与えられ、移民たちによって生活の場所として開発整備が繰り返され、歴史が作られていった。
今もアステロイドベルトでは新たな移民惑星が開発され続け、人類はその行動圏を広げようとしている。
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『レチェル』と名付けられたこの惑星もそのひとつで、連邦惑星とある巨大複合企業が共同で改造開発したモデルケースであった。
惑星開発当初から、この惑星は北半球を文化教育ゾーンに、南半球を風光明媚な観光地にと計画されていた。地球型自然環境を重要視した、理想的な美しい惑星だ。
表面積の約80%を海洋が占め、緯度0度線を挟んで5つの大陸があり、その他大小の島々が点在している。
惑星人口の約73%が、首都バクラヴァの置かれた北半球の最大のレヴァニ大陸に集中していた。テスたちの学ぶカヌレ総合大学もここにある。
レチェルの住民の生活圏はほぼこの大陸の都市部に集約され、あとは大規模な農場や、牧草地、惑星開発時に造成された大自然が広がっていた。
だがなんといっても惑星レチェルの名を有名にしたのは、南半球のアシュレ大陸だろう。
陸地面積は一番狭いながらも、複雑な地形と周囲に点在する島々が織りなす景色は絶景として何度もマスコミに取り上げられ、おおいに話題となった。
宇宙へ進出するという巨大な目標に邁進し続けた人類も、息を抜ける娯楽と安らげる憩いの場所を求めたのだ。
昨今では、ここに別荘を持つことがステイタスとされているが、規制が多いことや、別荘地として開発された土地が限られていることなどが重なり、価格はうなぎ上りに高騰。おいそれと手に入れられるものでは無くなった。
それがまた希少価値を生み、人気に拍車をかける。
たとえ別荘を持たずとも、アシュレ大陸での滞在には困ることはない。名だたる有名リゾートホテルから、比較的低料金の小規模ホテルまで、必要と用途に応じる宿泊施設は枚挙にいとまがないからだ。
バカンスに訪れたい場所として、必ず人々の話題に上がる観光名所なのだ。特に温暖で機構の安定している東海岸は、レジャー施設も整い、太陽系各地から大勢の観光客を呼んでいる。
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――――時計の針は、1時間ほど戻る。
その頃、あれほどテスが会いたがっていたクリスタは、ロクム・シティ中心部から西へ3.5キロ程の距離にあるモッフルの森の遊歩道を、メリルの先導で足早に歩いていた。
治安の良いことで知られるロクム・シティといえど、日没後の森を呑気に散歩しようなどと云う愚か者はいない。現在も大昔も、どの惑星であろうと、夜の森は魔窟なのだ。
秋の陽は、もう傾きかけている。風が冷たくなった。あと20分もしない内に、辺りは闇に支配されるはずだ。
黄金色に染まる落葉樹から、鬱蒼とした緑葉樹林を抜け、竹林へと周囲の景色は移っていった。
夕刻の薄暗い林の中の狭い通路の石畳を辿って行くと、急に視界が開け、目の前に落ちる寸前の燃えるような夕日に染まる、美しい楼閣が現れた。
まるで別世界へ抜け出たような気分だ。
「こちらが『紅棗楼』ですわ」
メリルがにこやかにそう告げた。
ここまでリックに引き摺られるようにして連れて来られたが、趣向に富んだたたずまいを目にして、クリスタは驚き思わず見入ってしまった。
中華菜店と云うから、極彩色の派手な装飾多可の建物を連想していたのだ。ところが現れた楼閣は、彼女が思い描いていたイメージとは違っていた。
それはリックも同様だったようで、ふたりして感嘆の声を上げていた。
「……こりゃあ、聞きしに勝る、だな」
二階屋の楼閣は東洋風な造りで、鳥が羽を広げたような独特な形の瓦葺きの屋根が特徴的だった。
太い漆塗りの柱と白い壁、細密画文様に飾られた木彫りの格子窓、軒先につるされた宮燈など、クリスタには物珍しいものばかりである。
さやさやと笹を揺らして渡る風は、合理的に計画し整えられた田園都市ロクム・シティから、植物を繁茂させその中に静かにたたずむ幽玄な楼閣へ、異世界との境界を教えているようにも聞こえた。
薄闇に染まりかけた長い石畳は、誘うように楼閣の入り口まで続いている。