6. 不機嫌なクリスタと不可解なテス その⑤ ☆
※バトルシーン続きます。
パァァ……と光が走り、テスを中心に円環が描かれる。
光の輪は面積を狭めながら上へと壁を築き始め、彼女を閉じ込める円柱となった。
生気のない表情のまま、次第に窮屈になって行く内部から抜け出そうと迫る壁を叩いていたが、光のロープが鞭のように伸びてきて、テスの両手両足を絡め捉え動きを封じてしまった。
やがて身動きできないまでに円柱は細く狭くなり、内部のテスの身体は四肢を上下に引き伸ばされ宙吊りにされた状態となった。
「おっしゃ! 捕まえたで。一丁あがり、や」
アダムが、満足気に笑う。
「ああっ、なんちゅう忍びないカッコさせんねん。かわいいテスは嫁入り前の身体やで」
顔にかかった前髪を掻きあげ、ディーは大げさに溜め息を吐いた。
辺りに飛び散った札が、広げた彼の右手に戻って行く。まるで、逆回転で動画を視聴しているようだ。
「しゃーないやろ。傷つけるより、マシや!」
「そやろか。そっちのシュミがあるんやないかと思たわ」
回収し終わった札を鮮やかな手つきで切りながら、ディーが相棒を小突く。
「誰の話しとんねん! 自分こそ、顔ニヤケとるやないか! 顔の造りから言うたらな、そっちの方がずーーーーっとドS顔やで!」
「ひどいこと言うなあ。顔の造形だけで、性癖決めるんや」
「うるさいわい。この際言わせてもらうわ。ええとこだけ持ってくの、やめんかい!」
「確かに、どっちか言えば、アダムはDV男顔かもしれへんな」
「なんちうこと言うんや。ホンマに怒るで!!」
もちろんこの程度の会話は、このふたりにとっては戯言の部類だ。軽薄な口調で進んでいく。
ところが視線がかみ合ったところで、会話の声振りががらりと変わる。
「それよりな、さっきのハナシや。おかしかないか。まるで、別人や……」
「ああ、そやな。俺も思たで。ホンマに、これ、テスか?」
「やっぱ、自分もそう思うか?」
ふたりの公認A級能力者は、ちらりと視線を囚われの少女に向けた。
彼女はまだもぞもぞと身体を動かしている。その都度細い四肢に絡んだ光のロープが上下に身体をぐいと引っ張り、苦痛を味わうことになる。
目じりに涙を溜め、いやいやと首を振り、痛みに声を上げる様子はさすがに見るに耐えないものがあった。
「心が痛むわ」
「ほんまや」
そう言いながらも、彼らは任務の遂行には忠実だった。捉えたテスを拘束したまま、指令を出したオーウェンの元へと運ぼうとした時である。
(……離セ……)
心臓が凍りつきそうな冷たい声が、彼らの動きを止めた。声は直接脳内に響いてきた。精神感応だ。
ゆっくりと、その声の発信者へと視線を向ける。
その目に飛び込んで来たのは、炎の塊だった。
とっさに自身にバリアを張るのと、炎に呑み込まれるのは、ほぼ同時だった。髪や洋服の焦げる臭いが、鼻を突く。
先刻のことがあるから、ふたりは軽口を叩き合いながらも、周囲への警戒を怠っていた訳ではない。
特にテスには、である。
だからこそ瞬時に防御体勢に移れたのだが、至近距離にいた彼らにさえ、テスの動きは感じられなかった。一瞬の隙を見て縛を解き、反撃を開始してきたのだ。
しかも今度は念動波による攻撃ではなく、発火能力(Pyrokinesis パイロキネシス)を発動していた。テスの掌から、次々と火炎の弾が発射され、青年たちを襲う。
得意の連携攻撃を仕掛けようにも、相手の集中力を殺ぎ攻撃をかく乱しようにも、今の彼女には隙がない。
荒っぽい手段を講じることが出来れば策はあるのだが、オーウェンの意志はおそらく無傷での捕縛だ。彼らにはA級諜報員として、指令は完璧に達成したい思いがある。
いつまでも手をこまねいてなどいられない。
襲い掛かる火炎弾を巧みに避けつつ、アイコンタクトを続ける。目の動きだけで作戦を組み立てタイミングを計り、攻撃の僅かな隙間を見つけると、彼らは同時に左右から少女に念動力を見舞った。
命中したはずだった。ところがテスはびくともしない。
怪我を負わせることが出来ないので、多少の手加減はした。とはいえ、ある程度の衝撃を左右から喰らっているのである。小柄な少女の身体には十分なダメージが与えられると思われた。
しかしながらテスはこともなげにふたりの念動波を受け止めると、それに自身の火炎攻撃を上乗せして返してきたのである。
「ひょええ~~~!!」
青年たちから、思わず驚きと焦りの声が漏れたのは致し方ないだろう。
対するテスはまだ能力に目覚めたばかりで、才能は未知数で不安定、種類も使い方もわからない、能力者としてはよちよち歩きの赤ん坊と変わらない正真正銘の初心者だった。
数日間指導に当たっていたのだから、彼女の力量は彼らが一番よく知っていたはずなのだ。
アダムもディーも、紙一重のところでテスの攻撃をやり過ごした。
己の反射神経の俊敏さに、感謝の言葉を連ねたいくらいだ。ふたりの額に汗が滲み出した。
「だから、これ、誰やねん! 俺らの知っとるテスやないのは確定や!」
「テスはこんなえげつない事せぇへんで~~!」
焦点の定まらない瞳で、よくもこれほど巧みな攻撃が出来るものだと、アダムは感心した。
あの天然ボケのほんわかテスには、到底できる技ではない。操り人形を連想した。
だとしたら、誰がテスを操っているのだろう。
どこから、誰が……。
「アダム!」
ディーの叱咤が飛ぶ。目の前に、火炎弾。瞬時に身体を逸らすと、鼻先を抜けて行った。避けたアダムも、見ていたディーも、肝を冷やした。
ふたりは助走をつけ高く舞い上がり、空中へと突破口を見出す。それでも地上から火炎弾は追撃してくる。
ブナ林を利用し、枝を渡り、絶えず位置を変えつつ、ふたりはチャンスの時を窺っていた。間合いを詰め、次の攻撃に転じようと、相棒に合図を送った時だった。
なんの前触れもなく対戦者の華奢な身体が、ふわりと宙に浮いた。
すーっと浮き上がると、彼らより高みへと昇って行く。
「……レ……浮揚能力って、いつ習得したんや!」
「その前に、教えてへんって!」
さすがのふたりも、これには焦った。
「テスは元々あの能力を持っとったんかいな」
「鳥か飛行機みたい言うな」
「それ言うたら、スーパーマンやろ」
「古い映画、知っとるな」
「お互いさまや、年齢なんぼサバ読んでんねん」
「自分と同い年齢や!」
命がけの非常時にもかかわらず、息の合った掛け合い漫才を続けながら、急ぎ後方へと移動する。
テスが上空から、再び発火能力による攻撃を開始したからだ。連射される火炎弾に翻弄され、不覚にも彼らは防御に徹しなければならなくなった。
際どく攻撃をかわしつつ、一進一退を繰り返し、それでもA級能力者のふたりは巧みにテスを森の外へと誘導しようとしていた。
火炎攻撃を仕掛けてくる相手を、延焼しやすい物に囲まれた場所に留めて置くことは双方にとって危険だ。下生えにでも引火しようものなら、一気に燃え広がる可能性がある。
そして、テスの体力の消耗を図っていた。
能力を使い慣れていない初心者が、いきなりこれほどの技巧を駆使しているのだ。疲れないはずがない。現に顔色は青白く疲労感が滲み出ているし、苦しいのか時折醜く歪む。息は荒い。
動作も重く鈍いのだが、どうしたものか攻撃の手だけは緩まない。少女のものとは思えない負の生体エネルギーは、どんどん強くなっていく。
しかしそのアンバランスな状態もそろそろ限界のはずだ。
圧倒的な能力に引き摺られるように酷使され、テスの肉体の方が悲鳴を上げている。このまま能力を使い続ければ、自滅するだろう。
彼女が林を出たところで、ふたりで両面から一気に反撃を仕掛ける心づもりでいた。
ところが――――。
(……邪魔……。消エテ…シマ……エ…)
邪な精神感応を感じた瞬間、ふたりは本能の警告に従い障壁を張っていた。
これまでの彼らの経験が、そうしろと命じていた。土壇場に来て躊躇すれば、生死に係わる。
次の瞬間、テスの身体が青白く発光した。
目を刺す眩しさに、アダムもディーも手を翳し直視を避けた。周囲は白一色になり、すべての感覚がマヒしてしまった。
確かにその時、テスは嗤っていた。
そして彼女の周りに、這うように炎のカーテンが幾重にも拡がっていく。
阻止する間など無かった。一瞬にして、してやられた。ブナ林は、炎の海と化していた。
全てを呑み込もうとする炎と渦巻く熱風に襲われ、感覚が痺れる。ふたりは防壁の中で、炎の威力が弱まるまで息をひそめるしかなかった。
森林火災を察知した警報機が、大音響でサイレンを鳴らす。
レチェル4が、緊急体制に入った。各所でスプリンクラーが消火剤の散布を開始する。自警消化班が出動し、職員たちの避難が始まる。混乱の中、大勢の人間の意識が錯綜し、アダムもディーもテスの意識を見失ってしまった。
「逃げられた!」
ディーが舌打ちをする。隣でアダムが、大きく息を吐いた。
「第1ラウンドは、完敗や。でも、次は負けへんで。首を洗って、待っとれちうことや」
火災は、まだ当分収まる気配は無かった。
♡ ♡ ♡ ♡
(――――――――ぁ…!)
気が付いたら、葡萄畑の真ん中にいた。
右も左も葡萄棚が、ズラッと並んでいる。
のどかな田舎の田園。全然知らない風景。
なんであたし、こんなところにいるんだろう。
頭がズキズキして、おまけに目まで回っている。身体が、死ぬほど重い。
「ここ、どこ!?」
小さくつぶやき、あたしはその場にヘタリ込んでしまった。
この疲労感って、なんなの? 頭がボーっとして、何も考えられない。
あたしは……、あたしは……。
意識が遠くなっていく…………。
――――また夢を見ていた。
いつか見た夢。
黒い小さな円形の影が、ころころと転がって行く。あの影は、きっと……。
共時して踊る、対照的なふたつの人型。
転がる影は、さらにその先へ。
ねえ、どこまで行くの?
あたしは問い掛けた。
……誰に?
2019/12/13 挿し絵を追加しました。