5. 能力者(タレント) その④
超心理学研究局は連邦政府国家安全保安局局長直属の部署で、公安局の中でも異彩を放っていた。設立は今から20年ほど前、先々代の公安局長の音頭取りで設置されたと記録にある。
一般には非公開な部分の多い機関でもあり、まだ知名度の低い部署でもあったから、世間の認知度は無いに等しい。
しかしここ数年で宇宙開拓民の間に、「能力者」と呼ばれる超常能力を持つ者が現れ、犯罪に巻き込まれたり、マスコミに取り上げられたりと話題になったことから、政府高官の間で、その必要性と組織としての機能性等が問題視され始めていた。
超心理学研究局は、その成果が求められていたのだ。
太陽系地球連邦の政府機関の中枢は、現在『月の裏側』にある。
人類は母なる惑星『地球』を後世に残す遺産と定め、特別立ち入り規制区域とした。よって行政の中枢機関も、地球からの引越しを余儀なくされたのである。
移転先はあれこれ取り沙汰されたが、結局地球から最も近い衛星『月』に落ち着いた。
連絡チューブで連結されたドーム都市7つに、各機関が分散して存在している。
ゆくゆくは木星の衛星か、アステロイドベルトに存在する惑星の一つを開拓して移動することも計画されているのだが、『地球』と云う引力からなかなか自由になれない人類は、重い腰を上げる気迫が薄いらしい。手狭で旧式と悪評が高くとも、今だ『月の宮殿』と揶揄されるドームの中から抜け出す気配はない。
その昔、宇宙人の秘密基地があるとうわさされた『月の裏側』は、今や宇宙に一歩踏み出した地球人の秘密基地密集地帯なのであった。
公安局の本庁も当然『月の裏側』に有り、その一室に超心理学研究局の本部もあるのだが、研究開発の施設は早々に別の場所に移動させている。
そのひとつが、惑星レチェルにある超心理学研究局能力開発センター第4研究所だ。
通称『レチェル4』と呼ばれる第4研究所は、首都バクラヴァ郊外クナーファ村の外れに、広大な敷地面積を有して建設されていた。首都や宙港からさほど離れていないとはいえ、高い柵と鬱蒼とした樹木に囲まれ、隔絶された区域となっている。
近隣の村人たちもこの施設が政府機関の研究所だとは承知していたが、内部でなにが行われているのかは謎であった。
周囲にはのどかな田園風景が広がり、絵に描いたような静かな田舎の小さな農村なのだが、その一画だけは違っていた。
素人目にはわからないように入念に配置された侵入者撃退装置や、敷地内を巡回する警備ロボット、監視カメラ、出入り口の警備に強固さなど、平穏な農村にはそぐわないものばかりである。
なぜならば、現在『レチェル4』は、超心理学研究局の中枢とも云うべき場所となりつつあったからだ。
♢ ♢ ♢ ♢
その頃エミール・ヨーネル医師の研究室には、ジェレミー・オーウェン特務捜査部長とA級能力者証明証を持つ公安安全局諜報員アダム・エルキンとデヴィン・モレッツが顔を突き合わせていた。
「なんやてぇ、ロクム・シティに、もうひとり能力者が隠れとるぅ言うんかいな!」
「う~ん……、難儀なこっちゃな。まあ確かに、あの念動力の痕跡と、テスの能力の波動は違うんやないかと感じたけどなぁ。また俺らは、人探しかいな!」
アダムとディーは、同じタイミングで息を吐き、天井を仰ぎ、腕を組んだ。
「悪いわねぇ。でも、ほっとけないでしょ。
今回の件は、超心理学研究局の存亡が掛っているって言っても過言じゃないワ。
特に能力開発部には、新しいデータをもたらしてくれる、心強い仲間がもうひとり増えるかもしれない大チャンスでしょ。ワタシ、そんな気がする」
同じようにオーウェンも腕を組む。
「そんな気ィしてんの、おっさんだけやろ!」
「誰がおっさんですって、アダム!」
「アカンで、ふたりとも。話が進まんやないか。ほれ、それでどうする気なんや、おっさん」
「ディ~~~~!!」
ヨーネル医師は,大きく息を吐き出し肩を落とした。この3人と会議をするのは、至難の業だ。口数が少ない上に口下手なヨーネル医師に、進行役は荷が勝ち過ぎる。
医師は引き受けたつもりはないのだが、誰かが軌道修正を心掛けなければ、この会議は一向に進行しないだろう。
人の好い医師は場所の提供と共に、困難な役目も背負うことになってしまった。
そしてまた勝手にアダムが話題をすり替えてしまう。
「なあ、テスはすごいで! ディーを相手に、獅子奮迅や。
念動力はコントロールさえマスターすれば、即戦力になる。精神感応は慣れでモノにするしかないんやろうけど、あと予知と透視も訓練次第でまだまだ伸びるやろな。
それに、かわいいしなあ」
「そのコントロールが難しそうや。ゲームなんぞ、気楽にできるもんは確かにええ成績なんやけど、実践はまだ無理やろな。テスもまだ訳わからんと、言われたとおりにやっとるンだけと違うか?
アダム、『テスはかわいい』に、俺も一票入れるで」
と、ディー。
テスの「能力」と「かわいい」の関係性が掴めないヨーネル医師は、頭を捻っていた。そんな医師の困惑をよそに、3人は会話を推し進めていく。
「しょうがないわね、訓練はまだ始めたばかりですもの。彼女がどれほどの能力を持っているのかも、まだ未知数なのよ。
その辺のデータも採取しながら、証明証の取得と諜報員としての訓練もメニューに組み込んでいくわ。目指せ公認A級なンだから。
それから、テスちゃんはもちろんかわいいわ。容姿だけじゃなくて、性格がカワイイのよ」
話題に中心はすっかりテスに移ってしまったが、ロクム・シティのもうひとりの能力者の件は、どこへ行ってしまったのだろう。
その件をどうするのかと尋ねるべく、ヨーネル医師は早口で展開する3人の会話の隙間を探していた。
「なんや忙しないこっちゃ。そんで、ヨーネル先生はどう思っとるんや」
突然アダムに話の矛先を向けられ、医師は焦った。
「な…、いや、テスはかわいい娘だと……思うが……、いや、それより……」
焦る余り、本心が出てしまった。なんにでも素直に対応するテスの姿勢は健気で、ヨーネル医師も好ましく思っていた。
訳がわからぬまま『レチェル4』に軟禁され不安でいっぱいだというのに、能力研究開発チームのテストや訓練メニューを律儀にこなしていく。
能力に対して恐怖心も偏見も持たず、能力を伸ばしつつある。課題への取り組みも真面目で模範的――まあ、その成果は別問題として……だが。
アダムの口車に乗ってしまったことを医師が反省している間に、会話はまた加速する。
「4票目や~。やっぱ、そうやな。かわいい娘がいると、ええな。こう、空気が華やぐちうもんじゃ!
そんでな、オーウェンのおっさん。その諜報員訓練なんやけど、テスは承知しとンのかいな。マリアや俺らと違うて、テスはスレてへんやろ。ほんでもってポワ~ッとした天然ボケタイプや。あんなンは、非情にはなれへんで。無理とちゃうかぁ」
「おほほほほ……。本人には無許可よ~。
だって上層部は、ロクム・シティの一件はテスちゃんの仕業だと思っているのよ。
ワタシだってそう思っていたから、彼女を開発研究局所属の能力者に登録するために、先に公安局長に直談判して、特別許可を頂いちゃったの。だから諜報員になってもらわないと、ワタシ困っちゃう。
アダム、『おっさん』は禁句にするわよ。そうそ、むっつりスケベの事務長あたりも、テスちゃんに1票入れそうじゃない」
トレードマークの太い眉を動かしながら、オーウェンが答える。
「うっわ~、えげつなぁ~。そんなら詐欺やんか。シャレにならんわ! おー、むっつりスケベなら所長がおるで!」
「おっさんの都合は聞いてへんよ。テスを俺らが無理矢理諜報員に仕立て上げるんか。けったくそ悪い話やなあ。俺ら、詐欺の片棒担がされんのは堪忍やからな。
ほンで、副所長はロリコンちう噂やないか。あの人も1票入れそうや」
「だからディーも『おっさん』は禁止。
でも彼女を安全調査局に取られちゃうより、マシでしょ。安全調査庁に所属させられちゃったら、ホントにスパイ活動やら、身体張った危険な任務に就かされちゃうもの。
う~ん、プポー博士も『かわいいもの好き』派だったわよね」
ヨーネル医師は、こめかみを抑えていた。会話の前半はテスの今後についてで、後半は彼女のかわいい票がどこまで伸びるかの予想らしい。
おちゃらけているようで、内容はかなり複雑だ。実に、ややこしい話である。
「――でや、ヨーネル先生は、どない思う?」
再びアダムから水を向けられ、医師は悩んだ。
なにを答えればよいのだろう。諜報員訓練の件か、かわいい票を入れそうな人物か。
おそらく両方であろうが、融通の利かないタイプの医師は、もうひとりの能力者探索の件に気持ちが引っ掛かっていて、気の利いた回答が浮かばない。
「あ~~」
重い口から唸り声を上げた時、警戒音がけたたましく部屋に鳴り響いた。
「なんや、なんや!」
「どないしたん!」
アダムとディーがいち早く反応した。
アダムはインターホンに駆け寄り、警備室を呼び出すと仔細を確認する。ディーは目を閉じ人差し指を額に当てると、静かに精神統一を開始した。
「東の第2棟…、隣の棟か。3階の318号室で、衝撃波。なんじゃい、それ。……ちょい待ちィや。そん部屋ナンバーってテスのいるとこやないか!」
警備室とやり取りをしていたアダムが、声を荒げる。
「そうや。間違いない。テスの部屋で、なんかあった! おー、ちっこいのがノビてんな。
どーやら原因は、マリアらしいで。根性悪がしょーもないことを言いくさりおったらしいわ。テスがキレたな」
目を閉じたまま、ディーが遠隔透視した情景を語りだす。今彼が視ているのは、現在と微かに残された過去の残像だ。それらを組み合わせ、状況を探り出す。
「あの、へちゃむくれか! なにやりおったんや!」
「やらかしたんは、テスや。衝撃波放って、マリアぶっ飛ばしとる。ついでにドアも吹き飛ばして、部屋の外に出たで。
今、階段使こて階下に降りとる。脱走する気、みたいやなぁ」
ディーの透視による追跡が始まっていた。テスの行動を後追いしながら、面白いものを視たとばかりに、左の口元が吊り上がる。
「ほおお~」
かわいい後輩の思いがけない大胆な行動に、アダムも声を上げた。こちらもニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。
「こら! あんたたち、なにボケッとしてンのよ! 追っかけなさい。テスを捕まえるのよ。
敷地の外に出しちゃったら、お仕置きよ~~」
「アイアイサ~」
どこか気の抜けた返事を残し、諜報員アダム・エルキンとデヴィン・モレッツは、任務を遂行するために部屋を飛び出していった。