5. 能力者(タレント) その② ☆
「ええよなぁ。テスは最初っからオーウェンさんの秘蔵っ子扱いで、特別待遇やろ」
テーブルを挟んだ向こう側、目の前に座るアダム・エルキンは、かなり不満そうにあたしの顔を睨んでいる。
上下レザーで決めたファッションで、備え付けのスチールの椅子に、腕を組み行儀悪く大きく股を開いて座っていた。視線が合うとニヤリと笑い、両足がヒョイと持ち上がって、テーブルの上に音を立てて乗せられた。
「よくなんて、ないわよ。問題児扱いじゃない」
「アハハ、違いないな。先生や開発研究チームの機嫌が、日に日に悪ぅなってくわ」
アダムの横に座った、ディーことデヴィン・モレッツが茶々を入れる。
こちらはアニマル柄のロングコートを羽織り、派手にダメージを入れたジーンズを穿いている。その長い脚を、優雅に組み替えた。
彼らは能力開発センターに所属している能力者で、あたしの訓練のコーチ役も務めてくれている。
見た目は普通……まぁ多少個性的ではあるけれど、これでも公安局公認の能力者証明証を持つ、立派な諜報員だ。
決して、ロックバンドやってる人たちじゃない。
やっていても不思議無いけど。
そういえば、昨日は板についたヲタクファッションを披露してくれていた。一昨日は宅配便のお兄さんだった。
特別扱いのあたしの為にそんな恰好をしてくれる訳じゃなく、完全にふたりの趣味なんだって。
コスプレって、ヤツね。
困ったことに、ふたりともモデル体型の美形だから、どんな格好も似合っちゃうのよね。
背格好が似ているから、二卵性の双生児と言ったら、信用する人いるかも。
明るい茶色のサイド刈り上げ短髪の、垂れ目顎割れ四角顔がアダム。ロン毛の金髪で、眼鏡かけた優男風面長顔がディー。
正真正銘赤の他人なのに、時折双子みたいにそっくりに見えるの。
――――なぜかって?
このふたり、信じられないくらい波長が同調している時があるの。それって、大抵超常能力を使っている時。
意識してそうしている部分もあるようだけど、もともとアダムとディーの潜在的能力の波長が良く似ているってことと関係しているのかな。
あ、年齢はふたりとも23歳とか言っていた。
オーウェンさんが言っていた、「ウチの能力者」って、彼らのことよ。
実はもうひとり能力者証明証を持つあたしと同じ年齢の女の子がいて、マリア・エルチェシカっていうんだけど、最初に会った時から敵対心むき出しでメチャクチャ怖いの。
軟禁状態のあたしに、着替えや食事を運んでくれるのは彼女だけど、必要最低限の会話しかしたことが無い。
だって顔を合わせる度に、上から下まで厳しくチェックされ、ダメ出しのように最後に睨まれる。あたし、そんなに悪いことした?
「ほら、テス。集中せぇよ。カード当てから、いくからなぁ」
ディーの声が、あたしの思考を中断する。そうよ、今はトレーニングの最中なのよ。集中しなくちゃ、いけないわ。
オーウェンさんとヨーネル先生がいなくなると、入れ替わりにこのふたりがやって来て、昨日と同じように、この簡素なテーブルとイスしかない、倉庫みたいな訓練室へ連れ出された。
軟禁中の部屋から出られるのはうれしいけど、この部屋も殺風景で好きじゃない。
訓練室だから、仕方ないか。
現状に納得している訳じゃないけど、目が覚めたら能力者だったあたしには、超能力についての知識と使用法のお勉強は必要不可欠とやらで、みっちりとカリキュラムを組まれていた。大学の講義日程より、ハードかも。
自分で自分の置かれている立場も状況もわからないまま、いいように能力開発センターの意向に流されているような気がするけど、じゃあどうすればいいのか正解が見つけられない。
判断する材料が、あまりにも少なすぎるのよ。なにを信用したらいいのか、それさえわからないんだから。
仕方がないから、しばらくは大人しく、ここにいる事にした。あたしひとりで悩んでも、答えなんか出てこない。
クリスタがいてくれれば、いいのに。
彼女だったら、スパっと結論を出しちゃいそうなのに、あたしはそれができない。
相談もできないし……。
ここは誰もかれも、知らない人ばかり。
あたしと言葉を交わすのは、同じ能力者の3人とヨーネル先生か能力開発研究チームの先生方数人、あとオーウェンさんくらい。
建物内に他の人の気配はしても、顔を合わせることは無い。あたしが軟禁状態にあることもそうだけど、そのほかにも理由があって、必要以上の接触を避けている様子でもあるの。
そもそも、なぜあたしはこの施設に軟禁されなくちゃならないの?
その理由だって、説明してくれない。
だからこの施設自体にまだ信頼が置けなくて、神経が休まらない。寂しさと不安がないまぜになって、寝覚めの悪い日々が続いている。
それでもセンターの人たちは大人しくしている限りは、あたしに危害を加えるなんてことは無さそうだし、能力者なんて訳のわかんないものに認定されかけている以上、それについて知識を増やしておくことって必要でしょ。
能力開発センターがなにを研究開発しているのか掴めないけど、能力者のための治療とかトレーニングのための施設だとしたら、ある程度回復とか訓練メニューをこなしたら、退院と云うか社会復帰が出来るはずよね。
……いえ、出来なくちゃ困るんだけど。
そしたら、あたしも、ここから出られる。クリスタの待っているアパートメントに帰してもらえるわよね。
アダムとディーだって、ここで訓練を受けたって言っていた。公認証明証を取得して、公認能力者として仕事をしているってことだから、それを取ればいいのかしら?
体調もまだ万全じゃないし……。頭の片隅にいる誰かが、「もう少しここにいろ」って言っているような気もするし……。
少なくともアダムとディーのふたりは、あたしに対して邪心も敵対心も抱いていないようだから、少し信用することにした。
そうでなければ、あたしはますます混乱して、ヒステリーを起こしそうだから。
でも、やっぱり軟禁状態と外部との接触不可っていうのは、絶対許せない。この点だけは改善してもらうように、オーウェンさんに訴え続けるんだから。
「こら、テス。集中せぇや」
いつの間にか、隣にアダムが立っていた。なかなか落ち着かないあたしの頭を、コツンと小突く。
それをおかしそうに眺めながら、ディーが上着のポケットから、トランプを取り出した。マジシャンみたいな手際で鮮やかに札を切ると、裏側を上にしてテーブルに伏せて置く。
「ほな、ゲームを始めるよ」
そう言ってディーが眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げると、置かれたトランプの山から1枚ずつ札が舞い上がり始めた。
宙に浮かんだ札は隊列を組んで、あたしの周りを旋回する。
初めて見た時は、声も出ないほど驚いた。マジックでも、魔法でもない。ディーの念動力で、札が動いているのよ。
「ルールは昨日と一緒や。ただし、今日はアダムが君の邪魔をする。ええな?」
えっ、邪魔って、なにするの? 目を瞬くあたしに、ディーがウィンクを返してきた。
どういう意味?
「よくない!!」
声を荒げたあたしの目の前を、横一列に札が通り過ぎる。53枚目の札が顔の前で止まり、絵札のジョーカーが舌を出した。アダムの仕業ね。
周囲を飛行していた札たちは、Sの字を描いてディーの方へ移動し、今度は彼の周りをぐるぐると回りだしていた。
ゲームのルールは簡単。
ディーの思考を読み取って、53枚の札の中から彼の選んだ1枚を探り当て、テーブルの上に置く。……と言っても、空中を飛び回っている札を捕まえなければならない。
簡単そうに見えるけど超感覚的視覚――テレパシーや透視場合によっては予知能力まで使って1枚の札を探し当て、念動力を駆使して捕まえ、テーブルの上に持って来なければならないの。
アダムもディーも優秀な能力者で、訓練も気楽に挑戦できるよう工夫してくれた。
不安から極度の緊張状態が続いて、精神的に憔悴っていたあたしの気分を紛らわすように、ゲーム仕立てにしてくれたの。
強張った顔した白衣の先生方の前で、サイコロを言われたとおりに転がし続けるのより余程楽しい。
とはいえゲームの難度は初心者のあたしがなんとかクリア出来るレベル設定で、出来るとハードルをどんどん上げていってしまう。その辺はアダムもディーも手厳しい。
だからあたしには余裕がない。
「ほら、いくで」
にんまりと、ディーが笑う。
「あっ、ダメ!」
身を乗り出したあたしの鼻先を、一列に並んだ札たちが、かすめるように上昇して行った。天井近くまで上がった札の一隊は大きくターンすると、今度はあたしめがけて急降下して来る。
「いやぁん!!」
思わず、頭を抱えてしまう。
「かわいい悲鳴上げたって、ダメやからなぁ。さぁ、どれや?」
「どれや?」
アダムとディーが、意地悪な顔をして笑う。頭を抱えたまま少しだけ顔を上げて、空飛ぶ札の一隊を目で追う。
あれ、アダムの後ろにも、ディーの後ろにもいない。もう少しだけ顔を上げると、いきなり猛スピードであたしの眼前を駆け抜けていく。
「きゃああ!!」
短い悲鳴が口から飛び出すと、ふたりは面白そうに笑いだした。
「引っ掛かりおったわ。テスはすぐに引っ掛かるの。まあぁ、飽きひんわ」
「そんなん言うたら、テスが不憫やろ。素直なええ娘なんよ」
そう思うんなら、こういう悪戯はやめて欲しい。こっちは必死なのよ!
気合を入れなおして、ディーを見つめる。ジッと見つめる。
どの札よ、ディーの選んだの、って。一心に見つめていたら、彼と視線がぶつかった。
「ふっふっふっ。役得やなぁ。訓練とはいえ、かわいい娘から熱いまなざしで見つめてもらえるんや、うれしいで」
頬杖をついたディーが、満面の笑みを浮かべる。そういうつもりじゃないんだけど、相手が美形なだけに、なんとなく赤面しちゃう。
「ほんま、かわいいなぁ。顔が真っ赤や。コレ終わったら、デートしよか」
「待てや、ディー。自分ばっか、ズルいやろ。テスが好きなんは、俺やからな。次、役変われや!」
「ナニ言うてんの。テスは、渡さへん」
だから、漫才を始めないで!! このふたりの会話は、冗談ばっかりなのよ。まともに付き合ってはいけない。
あきれて頭を軽く振ったとき――、
(ハートのクイーン!!)
ディーの選んだ札が視えた。
急いで捕まえる。もちろん、念動力で。
テーブルの上まで連れて来ようとしたら、ピシャンとなにかに叩かれたような衝撃があった。
ああん、びっくりした拍子に、ハートのクイーンに逃げられちゃったわ。
イラスト:夏まつり様
アダムのニタリと笑った顔を見て、邪魔されたのだと気が付いた。
「おらおら、ダメやないかぁ。そんなんで捕まえたとは、言わさへんで。もっと、ビシッとせえや!」
邪魔って、こういうことなのね。「意地悪!」と、アダムを睨んでやる。
「狙いは、正解やったんけどなあ。残念、も一回やるよ」
札はさらにスピードを上げて、部屋中を飛び回る。
ディーは頬杖をついたまま、軽く目を伏せ、眼鏡のブリッジに手を掛ける。 一連の動作に見とれながら、彼の心を読むことに必死になった。
不意に、頭の中に5枚の札の影が揺れた。5枚……ディーはこの内から選ぶっていうのかしら?
あらら、5枚とも影がはっきりとしてきた。
ダイヤのエース、クローバーの3、クローバーのジャック、スペードのキング、ハートの4――――まさか、これ全部!?
あたしの顔色を窺っていたディーの口元が、少し緩んだように感じた。
(そういう…こと!!)
今度はアダムに邪魔させないんだから!
呼吸を止め、部屋中に散らばっている札全てに意識を飛ばす。不思議と探す5枚の札だけが、発光しているように視えた。
札の動きに逆らわないように、あたしの念動力の波長と律動を合わせ、5枚同時に絡め取る。グッと、こぶしに力が入る。短く鋭い衝撃波が襲ってきたけど、間一髪のところで直撃を避けすり抜けた。
そのまま、テーブルの上へ札をすべり込ませる。
「ひょええ。やりおったで、このお嬢」
アダムが短い口笛と、感嘆の声を上げた。
「ほんまやなあ。よくできましたの、花丸やわ」
ディーも呆然とした顔で、テーブルの上の札を眺めている。
でも、一番信じられないのはあたしよ。胸の動悸がまだ収まらない。
「すごいで、上出来や。テスがベソかくの観れんのかと期待してたんやけどな、簡単にクリアや。つまらんやら、なんやら……。でも、兄ちゃん、うれしいで~」
抱きつかんばかりの勢いで、アダムが両手を広げあたしに迫って来る。素早くディーが立ち上がると、念動力でアダムの動きを止め、勢いよく部屋の端まで吹き飛ばす。
「俺のかわいい後輩になにするねん! 抱きつこうなんて、セクハラもいいとこやで。おまえのアホが感染ったら、どないするつもりや。
ああ、テス。アホは放っとき。勝手に喜ばせとこ。それより賢い兄ちゃんと話そか」
ディーも上機嫌だ。それよりふたりはいつから、あたしのお兄ちゃんになったの?
ああ、でも、「お兄ちゃん」って言葉には、ちょっとトラウマが……。
「ほんまにほんま、めっちゃすごいやんか。絶対、まだ無理やと思ったんやけどな。
わかってんのか知らんけど、今の、かなりの高等テクニックや。なかなか出来へんことなんよ」
アダムにはセクハラがどうのとか言っていたくせに、自分はテーブルに身を乗り出し、ちゃっかりあたしの頭をなでなでしている。
もう、ディーったら。壁際でアダムが怒鳴っているわよ。
「さすが、俺の後輩や。他とは違う。見込んだだけのことはあるわ。
だいたいなあ、怖い顔したおっさんどもが、いたいけな美少女の前に雁首揃えて、しょ~もない動作の繰り返しばっか強制したって飽きてまう。
出来んと厭味ったらしく、ため息つくしなぁ。怖なって、身体が委縮してまうやろ。
出来ることも、出来んようになるわ。
あいつら、それが、わからへん。先生云う人種は、賢いンかアホなんかどっちや、言いとうなるやん。テスもそう思わへんか?」
しょ~もない動作っていうのは、念動力のテストのことね。そうね、サイコロを右へいくつ転がせ、左へいくつ戻せ、と無意味な動作を繰り返し強制されたっけ。
「能力ちうもんは、必要に応じて使たらええ。
自分で有意義に使わなあかんと思わんかったら、たとえごっつい能力持っとったって無用の長物や。宝の持ち腐れやな。
テスはおりこうさんやから、周りに迷惑かけるようなアホな行動はせえへんやろ。
そやからその上手な使い方だけ、マスターすればええんとちゃうんか」
ディーは慈しむような穏やかな目で、あたしに問い掛ける。無理するなって、言いたいのかな。しばらくぶりに聞いた、やさしい言葉。涙が出てきちゃいそう。
ぐっと近づいたディーの顔に、戸惑いながら笑みを返す。テーブルの上、まだ固く握ったままのこぶしに、さりげなく彼の手が重なろうとしていた。
――んだけど、いつの間にか壁際から戻って来たアダムが、ガシッとディーの手首を掴むと勢いのまま腕を捩じ上げた。
走る痛みに、ディーが飛び上がる。
「誰がアホじゃ、このぼけなす! 自分の方が、よっぽどセクハラしとるやないか!」
掴んだ腕を振りほどき、アダムはディーを椅子から追いやった。もちろんその椅子にはアダムが座る。
「ま、ほんでもディーの言うとおりや。テスはテスやからな。あいつらのことは、気にせんとき!
データなんぞ、クソくらえじゃ。
俺らは、あいつらの研究のためにいるんやない。俺らの超能力は、なんかええ事に使こうたれ言うて神さんがくれた、プレゼントみたいなもんや!!」
張りある大きな声でアダムが言った。その横で捩じられた腕をさすりつつディーが、
「プレゼントか……。アダムは前向きやな」
「おちょくっとんのか」
「褒めてるんや」
ふたりはお互いの顔を見て、愉快そうに笑っている。ホントいいコンビよね。
「少し休憩したら、も一回、いこか」
「…………ほはっ、……ぃ……」
ディーの問いかけに、珍妙な声で返答するあたし。
「なんや、どないした!?」
アダムが心配そうにあたしの顔を覗き込む。
「……ほ……ひぃ……っ!」
(ひゃあぁん、しゃっくりが止まらなくなっちゃった!)
心の声を読み取ったふたりから、尽かさず同時にツッコミが入る。
「なにやっとんねん、アホ!!」
作者は関西圏に生活した経験も無ければ、ネイティブの知人もいないので、アダムとディーの関西(大阪?)弁は聞きかじりの知識を総動員して作成したものです。
関西弁ネイティブの方、どうにも見過ごせない間違い等がございましたら、指摘ご指導のほど、よろしくお願いします。
2022/01/29 挿し絵を追加しました。
2023/12/03 イラストを追加しました。夏まつり様、ありがとうございます。