5. 能力者(タレント) その①
あれから、あたしは3日間眠り続けた。そして再び医療用カプセルベッド『透明な繭』の中で、目覚めることになった。
あれほど憧れていた文明の利器にもかかわらず、前回の騒動ですっかり拒否反応を植え付けられてしまったあたしは、目覚めた途端軽いパニックを起こし、念動力で『繭』を破壊して抜け出すという大それたことをしてしまった。
慌てて駆け付けたオーウェンさんたちによって、それ以上の事にはならなかったけど、「超心理学研究局の問題児」のレッテルを張られてしまったみたい……。
ああん、自己嫌悪…。
♡ ♡ ♡ ♡
「……そうねえ、あまり深く悩まないでちょうだいね。テスちゃんが悩むと、被害が増えるから」
あんまりです、オーウェンさん。そりゃあ、目覚めてからこの数日間で、あたしの能力の「不本意な暴走」で壊れてしまった装置や故障してしまった機器は、ひとつやふたつじゃありませんけど……。
重低音のオネエ言葉を操る能力開発部の部長に向ける視線が、ついつい恨めしくなってしまう。
朝の体調チェックが日課となり、それにも慣れ始めたその日、朝食が下げられるとすぐにオーウェンさんがやって来た。
「最初は誰でも、そんなものよ。能力のコントロールの仕方を覚えるのが、能力者のお勉強の第一歩なンだから。ねえぇ、ドクター」
促されたヨーネル先生が、渋々相槌を打った。オーウェンさんの言葉を鵜呑みにしてはいけないらしい。
「確かに……テスの能力は、素晴らしいんですがね……」
ほら、後半の言葉を濁した。ヨーネル先生は医師で、この開発研究局に所属する能力者の超能力のデータを分析研究しているチームのひとり。あたしの健康管理も、先生の仕事の内なんですって。
医師というより、漁師か猟師が白衣を着ているといったカンジの人で、逆立った金髪と左頬の大きな傷がトレードマーク。先祖は、バイキングだったらしい。納得の風貌よ。筋トレが趣味で、年齢も近く同じ趣味を持つオーウェンさんとは仲良しで、身長差の関係で文字通り凹凸コンビだ。
――ちょっとだけリックに似ているのが、フクザツなんだけど。
リックもそうだけど、クリスタ、どうしているのかなあ。あの嵐のような1日から、かれこれ2週間くらい経っている。朝から、ドタバタといろいろな事がありすぎて、まるで悪夢のようだったあの日。
あれから、あたしはアパートメントに帰っていないの。
あの日――訳もわからず無分別に念動力を大暴走させたおかげで、意識が戻るまで3日間も昏睡状態が続いたし、その後もベッドの上から起きられない日が何日か続いて、ようやくここ数日容体が安定してきたという次第。
彼女と連絡も取っていないから、あたしの保護者代わりとしては、さぞかしイライラしていることだろう。
連絡したくても携帯通信用端末機も手元に無いし、あたしにあてがわれた部屋には、外部につながる固定型画像通信システムの装備が無いのだから、したくてもできない状態よ。
ここに無いのなら他を使わせてもらおうと思い、部屋を抜け出そうとしたら、ドアが内側からは開かないの。当然、窓も開かない。
一応窓の外の景色は見えるし、空調は働いているので、閉塞感は多少和らいでいるけど、つまりは軟禁状態。
さすがに頭に来たので、食事を運んできた人に文句を言ったら、当然でしょうとばかりに無視され、納まらないので様子を見に来たオーウェンさんに噛みついた。
オーウェンさんの説明によれば、ここは太陽系地球連邦政府法務省安全保安局所属下の超心理学研究局の施設で、連邦安全保安局(ああ、名称長過ぎ。以下、公安局よ)に保護された能力者の能力開発と指導を目的とした場所なんだそうな。
惑星レチェルの首都バクラヴァの郊外、クナーファ村って所だそう。そうそう、思い出したくもないけれど、ベレゾフスキーもここはレチェルだと言っていた。
あたしが住んでいるロクム・シティからもそれほど離れていないという説明だったけど、レチェルに来てまだ数か月で、地理が得意でもなく、地図を見る趣味もなく、カヌレ大学周辺を散策するのが精一杯だったあたしには、今ひとつピンとこない。
場所はさておき、家族やクリスタ、あとバイト先や大学に連絡を取りたいと訴えたら、それらはすでに済んでいると満面の笑みで言われた。あたしが眠っている間に、開発センターの方々が、骨を折ってくれたそうだ。
「だから、テスちゃんは安心してトレーニングに励んでね」
オーウェンさんは、ますますタコみたいな顔で笑った。
「……じゃあ、なんで、あたしの携帯通信用端末機、返してくれないんですか~?」
それでも不満一杯で、納得のできないあたしは追及を続ける。
「テスちゃんの携帯通信用端末機、ねぇ。事故の時に、壊れちゃったのよ。あの時テスちゃんの能力の暴走の影響で、周囲の管理システムはほぼ使用不能状態になったのよ~。
テスちゃんのポケットに入っていた携帯は、あなたの念動力の波動を受けて、中のデータはすべて消えていたの。それだけテスちゃんの念動力はすごかったって話なンだけどねぇ。
それまでも小さな悪戯みたいなことはちょくちょくしていたみたいだけど、目の前で事故を目撃したのがいけなかったのかしらねぇ。
これからみっちり能力コントロールのお勉強してもらわなくちゃ、ねえぇ」
太い眉毛が上下する。黒い芋虫が、動いているみたい。
「ええぇ~~。そんな、壊れちゃったって…、データ消えちゃっていたんですか!? 困ります、復旧できないんですか!」
「努力したンだけどねえ、携帯自体が木っ端微塵になっていたンですもん。ちょっと……」
今度はお髭が微妙に揺れる。芋虫が気になって、話に集中出来ない。
「ふぇ~ん、どうしよう」
「落ち着いたら、新しいのを支給するわよ。それに、今までのものは、もう必要なくなるンだし」
「そうなんですか……」
話の流れに乗せられて、なんとなく相槌を打ってしまってから、ふと気が付く。
「――って、なんですか! 必要ないって! オーウェンさん、その前にもおかしなこと言いませんでした? あたしが悪戯なんとかって!」
「ああ、アレ。だって、そうでしょ。テスちゃん、念動力使って、公園のオブジェの並び替えとか、看板のすり替えとか、まあ大した被害が無いといえば無いんだけど、悪戯みたいなことしながら念動力の自主トレしていなかった?」
なに、それ? あたしは急いで首を横に振った。
オーウェンさんの額に、横じわが3本走る。
「カヌレ大の付近で、頻繁にそういう事件が起きるって報告があったの。ウチの能力者が調査に行って、ただの悪戯じゃなくて、念動力を使用した形跡があるからって。
能力者っていっても、感応能力者は比較的多いけど、念動力を使える子はまだ少数派よ。
しかもそれを自覚して、ある程度操作できるなんて、もっと少数派なのよ。だから、ワタシ、スカウトに来たンだから」
それ、あたしじゃない。
でも、なんだか、引っかかる。
その話、どこかで聞いたことがある気がするんだけど。
どこだっけ…どこだっけ…、そんなに前じゃないわ…。
不意にリモコンを持つクリスタが、頭の中に浮かんだ。フォークでスクランブルエッグを口に運びながら、リモコンに手を伸ばすクリスタ。
ニュース!!
そうよ、あの日の、朝のニュースで観たのよ。
大忙しの、大騒動の、あの日の朝のニュース。
クリスタにどうやってリックとの別れ話を切り出そうかと、そのことばかり考えていたけれど、確かTVのニュースキャスターがそんなことを言っていたわ。
解説者がしたり顔で超常能力者の自由の規制を求めていて、他人の自由に口出すなんて…とちょっとイラッとして……。
んん……、これってあたしの自由の問題でもあるってこと?
「え~~。ちょっと、あれ、テスちゃんじゃないの」
「あたしじゃ、ありません!」
「……だろうねぇ。あれがテスの仕業だとしたら、この数日の念動力トレーニングの成績は、もっと良かったはずだな。わざと成績落としているなら、別だがねぇ」
もっそりとヨーネル先生が、口を出した。
「わざとなんて、そんなことしません。あれは、あれで精一杯なんです。能力の操作って、難しいんですもん。だから並び替えとかすり替えとか、そんな器用なこと出来ないです! 絶対に、無理です。違います!」
出来ないを力説するあたしも哀しいけど、そこで「そうそう」と納得するのはやめてください、ヨーネル先生。さすがに、へこみますよぅ。
話を戻すわね。
この間の……能力開発センターの研究スタッフの先生方は、「念動力の上手な使い方」を習得させようと躍起になっているの。
一口に能力者と云っても、能力にはいろいろ種類があるそうで、その種類を使いこなせるか否かってのも個人差があるんですって。
だから超常能力を発動出来る(または出来るようになった)人間は、発動可能能力の種類とその能力の加減をきちんと計測して、己の能力の容量を正確に自覚しなければならない(……だったっけ?)――と教わった。
よーするに、「身の程を知れ」ってことでしょ。
そこで先生方が創意工夫を凝らした育成カリキュラムを受けているんだけど、これが全くと言っていいほど上手くいかないのよ。
昨日だって、「テーブルの上のサイコロを、念動力で動かしなさい」という課題だったんだけど、どういうふうに念動力を使う、ううん…それ以前にどうすれば念動力ってものを捻り出せるのかさえよくわかってないんだから、やたら力んだらサイコロどころかテーブルごと転がしてしまったの。
危うくヨーネル先生は、そのテーブルの下敷きになりかけたという次第。だから、あんな反応。ごめんなさい、以後気を付けます。
「調査の結果、テスの超能力が発動したのは、どうやらあの交通事故を目撃した日の朝のようだな。それ以前は自覚も痕跡も無い。
高校時代の知能知覚テストのデータは、いたって非能力者レベルだ。過去のデータには、改竄の形跡も、測定ミスの疑いもない。
となると、間違い無く、この娘は超常能力に目覚めたばかりの、ひよっこだ。
……ってことは、だよ。ロクム・シティには、もうひとり念動力を使える子がいるってことにならないかい。なあぁ、ジェレミー」
と、先生が問い掛けたオーウェンさんは、すでにとっても難しい顔をしていた。
「しかも、能力はかなり上級の可能性があるってことよねェ……」
きれいに刈り上げた坊主頭をポンとたたいて、顔のパーツをすべて中央に寄せた。考え事する時の、オーウェンさんの癖だ。赤銅色の顔が、一層赤くなる。
(あ……、タコ入道…!)
この人の考え事が深刻になればなるほど、あたしは笑いを堪えるのに骨が折れるのって、どうしたものだろう……。