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子どものいる風景 ~食堂の少年~

作者: 成井隆

 人間ドッグのセンターには、検査に来た人たちのために専用の食堂がある。そこでの食事はドッグのコースに入っているので、検査を終えた人たちは帰りに寄ることになっていた。

 夏休みのある日、今年もまたこのセンターで検査を受けた。年に一度、日帰りのドッグを受けることが職場で義務づけられている。このセンターは、指定された検査機関のひとつだった。

 検査は昼過ぎまでかかった。昨夜から何も食べていなかったので、お腹がすいていた。

 食堂は五階にある。少し遅めの昼食をとるためにエレバーターで五階に上がった。

 食堂といっても、メニューがあるわけではない。決まった弁当に、お茶を添えて出してくれる程度の簡単なものだった。

 空いている席に着くと、白衣を着た女性がテーブルまで弁当を運んできてくれた。その女性について、三年生くらいの坊主頭の男の子が、盆に載せた湯飲みを持ってきてくれた。こぼさないようにと、慎重な足取りだった。その女性の子どもなのだろう。

「ありがとう」と言うと、少年はニコッと笑った。

 隣のテーブルから、空になった弁当箱と茶碗を運んでいった。お茶を出し、そして空になった弁当箱を元に戻すのが彼の役目になっているようだ。

 自分の仕事が終わって手が空くと、カウンターのいすに座り、真剣な顔つきで、食事をするお客の動きを見ている。そして、食べ終わった様子のお客を見つけると、すかさず席に行って新しいお茶を注ぐ。

 ドアが開いて新たにお客が入ってくると、すばやく椅子から立ち上がり、母親の動きに合わせてお茶の用意をする。

 母親と少年の絶妙なコンビネーションは、見ていて実に心地よいものだった。検査の後だけに、幸福な気分にさえなった。


 今年の夏も、昨年と同じく、このセンターで検査を受けることにした。少年に会うのが楽しみだった。

 検査が終わってエレベーターで五階に上がると、食堂には白衣を着た女性がいた。昨年もここで働いていた女性だ。妙に懐かしい思いがした。

 昨年と同じように、女性が弁当とお茶を運んできてくれた。けれど、彼女と見事なコンビを組んでいた少年の姿は見当たらなかった。トイレにでもいってるのかなと思ったが、しばらく経っても少年は現れない。

 私は気になって尋ねた。私の問いに、彼女は小声で、”都合で今年は手伝っていない”ということを言った。どこかしら歯切れの悪い言い方だった。

 私は、変だなと思った。(どこからかクレームでも入ったのかも知れない。)そんな感じがしたのだった。

 仕事場に自分の息子を入れて、ましてや手伝わせていることに文句をつけた人間がいたんだな、ということを臭わせるような彼女の態度だった。


 少年の働きを見るのを楽しみにしていただけに、私はガッカリした。それから訳もなく腹立たしい気分に襲われた。そして、無性に寂しくなった。

 それは、少年の姿を見られなかった寂しさであり、幸せな気分に水を差されたような寂しさでもあった。

  


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― 新着の感想 ―
[一言] ジャンルに「文学」とありますが、実話のエッセイを読んだかのようなリアリティがあり、その点が味わい深かったです。 日常の中で目についたささやか幸せと、それを失った苛立ちに対して共感を感じました…
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