序章完結(仮)
神様も祭壇から逃げ出して休暇を取る十月中旬。
生徒会室は荒れていた。
「なんでこの繁忙期に君の為に貴重な人員を割かなくちゃいけないんだよ!」
室内に怒声を響かせるは現生徒会長の原本作音。
義明を一方的に親友として見ている人物だ。
そんな会長の怒声を浴びせられるは原本の事を知人とすら認識していない義明その人だった。
「んな、ケチケチすんなよ。ただ照明とか音響のスタッフがほしいって言っただけじゃねぇか。」
義明はなぜ原本がそこまでイライラしているのか分からず、
(生理か?)
などと失礼なことを考えていた。
「あのね、君は自分の事、しかも学園祭のことだけを考えていればいいのかもしれないけど僕は学園祭全体の面倒を見なくちゃいけないんだよ!ただでさえ生徒会のメンツだけじゃ足りなくてボランティアスタッフも募集している最中なんだ。労働力ならこっちがほしいくらいさ!」
つらつらと生徒会長としての愚痴を聞かされた義明は退屈そうに欠伸をしていた。
が原本はそれに気づかないまま話を続けた。
「来週には体育祭も控えているし、こっちは今学園祭どころじゃないよ、まったく。」
最後吐き捨てた一言にはさすがの義明も反応せざるを得なかった。
「待て、体育祭ってどういうことだ?」
ぽかんとしたアホ面を晒しながら義明は原本に問いかけた。
「やっぱり、気づいてなかったんだ。」
「はぁ」と溜息をついて落胆した様子を見せながら原本は話を続けた。
「まぁ君は最近、学園祭の事ばかり考えていたみたいだからね。無理もないけど・・・来週明けの日曜日は本学園記念すべき第二回体育祭が控えているのさ。」
原本はそこまで言うと得意そうに鼻を鳴らした。
「まっ、今の君の様子を見てると体育祭では負ける気がしないけどね。」
「何のことを言ってるんだ?」
義明が素の質問を返すと原本は唖然とした様子に変化した。
「義明君、まさかとは思うけどちゃんと覚えてるよね?去年の戦いの中で育まれた僕達の熱いパトスを!」
良く分からない言葉を震え声で熱弁するという本職顔負けの芸当を見せながら尚も原本は義明に食い下がるが―――
「?」
義明は首をかしげただけだった。
「体育祭の全種個人競技は全部君が一番で僕が二番だったんだよ。」
がっくりと肩を落としながら呟いた一言で義明はうっすらと・・・本当にうっすらと去年の記憶を蘇らせた。
「あー、そう言えばなんかいた気がするわ、お前。うん。」
「絶対嘘だよね!」
義明の適当発言にすかさず横槍を入れた原本は「出ていけっ」とばかりに義明の背中を扉目掛けて押して行き―――
「今年は絶対に君の視界に入ってやる!」
とさっき言っていた言葉よりも幾分かランクダウンした発言を残して義明を生徒会室の外に追い出した。
(やれやれ、追い出されてしまったか)
と義明は生徒会室の扉の前で頭をかきながら立ち尽くした後、原本の言葉を思い出していた。
〝体育祭のリレー全種、個人戦は全部君が一番で僕が二番だったんだよ。〟
〝今年は絶対に君の視界に入ってやる!〟
「・・・」
義明はムスッとした表情になりながら―――
(そんなこと言っても仕方ないじゃないか・・・去年の体育祭、俺が出た競技は全部一位だったんだ。二位以下の奴なんて覚えてるわけがない。)
―――と心の中で言い訳をし終わるととぼとぼとその場から去っていった。
(体育祭か・・・今年は楽しめそうかな。)
なんて原本の発言に少しだけ胸を膨らませながら。
「すまん、駄目だった。」
学園からの帰り道、義明は先ほどの原本とのやり取りの結果のみをいつもの二人(里緒と舞)に話した。
「まっ、当然だろうな。来週には体育祭も控えているし。」
里緒は義明ほど落胆した様子もなく、むしろいつも通りの表情だ。
「おまえ知っていたのか!」
義明は〝嵌められた!〟とばかりに声を張り上げる。
「知らなかったのはあんただけよ。」
心労困憊の義明に止めを刺すのは舞だ。
「そもそも体育祭の競技参加者を決めるときにあんた、ずっと下向いて台本とにらめっこしてたじゃない。」
「くっ」
舞の言葉に何も言い返せない義明が発言できることといえば―――
「ちなみに俺の参加競技はどうなった?」
―――この程度である。
「あんたは時間の許す限り、全ての競技に参加してもらうことになったわ。」
「ははっ・・・ですよね・・・」
目に涙を光らせながらもこういうイベントが嫌いではない義明は体育祭に期待をますます弾ませた。
「まぁ、私達のクラスが昨年優勝出来たのだって義明がいたからだし。」
加木穴工学園はアメリカ育ちのダニエルが校長を務める為かクラスの編成も実力主義であり、入試と内申の結果を下に優秀な者からA組、B組、C組と振り分けられていき、最後はE組であることから義明達のクラスは〝落ちこぼれ集団〟と他クラスからバカにされることもしばしばあった。
しかし、その評価も最初の半年のみであった。
去年の十月に行われた体育祭、E組もとい義明は他の組を寄せ付けない圧倒的な成績を残し優勝を果たした。
それ以降、義明は他のクラスから一目置かれる存在となり、今年は〝打倒義明・オースティン(E組)〟を掲げているクラスが殆どであった。
「まっ今年も頑張るさ。」
義明はそう言い残すと―――
「ちょっと寄りたい所がある」
―――といい、二人と別れようとした。
しかし―――
「あっ義明、ちょっといい?」
と舞に引きとめられ、
「私のお父さんがもうそろそろうちに顔出せってさ。あんた二ヵ月近く来てないからお父さんのフラストレーションが溜まってるみたい。」
と爆弾を投下して去っていった。
(明日の朝に顔をだそうかな・・・)
冷や汗をだらだらと流しながら―――
義明が向かった場所は以前初雪と二人で向かった教会だ。
教会に辿り着き正門を開くと祭壇の前にはバージェス神父の姿があった。
「おやおや、このような夜更けに何用ですか?」
祭壇の前から語りかける神父とそれに対して返答せずにただただ睨み続ける義明。
「なるほど、初雪さんですか?彼女は今日ここへ来ていませんよ。」
神父は義明の視線をそよ風のように受け流しながら彼の気にしていることについて的確に答えた。
「あんた何者だ?」
そこに至ってようやく口を開いた義明に対して―――
「何者とは?私は辺境の地で教会の管理を任されているしがないただの神父ですよ。」
バージェス神父は受け流した。
「〝ただの神父〟が軍人顔負けの身のこなしをするのか?」
「・・・」
涼しげだった神父の顔に若干の陰りが見えた。
「分かるんだよ、あんたは俺の警戒するに値する人物だってことがな。」
バージェス神父はそこまで聞くとまた涼しげな表情に戻り―――
「今日はもう遅い。また後日来なさい。」
笑顔で義明を帰路へと誘った。
翌日早朝、太陽もまだ起ききれず顔を出せないでいる午前五時。
義明は相ノ木道場を訪れていた。
相ノ木道場は主に空手の基礎を教えているが、実際に師範である相ノ木重人が使う武術は相手の力を利用する中国拳法も混ざっている。
重人の体さばきは参考になる所が多いので門下ではないがちょくちょく顔を出し、稽古に混ぜてもらっている。
何故、門下でもない義明がそのようなVIP待遇を許されているのか?
それは・・・
「義明、久しぶりじゃねぇか。稽古つけてやるから準備をしろ。」
流れるように基本の型を練習していた義明の前に重人が顔を出すと二ヵ月ぶりの言葉がそれかと言う程淡白なもので済まされた。
義明は重人の言葉に従い、今までの型の動きを止めると彼の後ろをついて行った。
二人は防音マットの上で立ち止まり、距離を取った。
「義明との組手は二ヵ月ぶりか・・・訛ってねぇだろうな!」
そう言うが早いか重人の貫手が飛んできた。
義明は身体を逸らし貫手の直線上から少しだけ身体をずらし相手の懐に入るとその腕を掴んで投げのモーションに入った。
重人は義明の為すがままに投げられ、義明が一本取ったかのように思えた。
しかし―――投げられた重人は両足から綺麗に着地し、投げられた時の反動を生かして義明に掴まれている片手を振り回し、彼を放り投げた。
義明が着地をし、顔を上げると眼前には重人の姿があり・・・
即座にガードした義明の両腕を貫かんばかりの正拳突きを喰らってしまった。
「俺じゃなかったら死んでるぜ。」
「お前だから本気でやれるんだよ。」
義明の愚痴に重人は答えながらも畳みかけるように義明へと向かっていく。
これがVIP待遇の内情である。
相ノ木道場は県下トップクラスの実力を持ち、全国進出も果たしてはいるものの重人師範の相手を出来る者など一人もおらず、こうしてたまに義明が道場に出向いてはサンドバックの様な目に合わせられるのであった。
「もうそろそろ終いにするか?」
朝日も登り、早い者は登校を始めている時間になった頃、重人は義明に問いかけた。
「そうですね、俺も久しぶりの組手だったんで・・・このくらいで―――」
「最後だ。」
義明がそそくさと帰る支度を始めようとすると重人はそれを呼び止め―――
「お前、舞を泣かせたな。」
「やっぱり・・・こうなるの?・・・」
口角を上に向けて入るが目は笑っていない重人と今にも逃げ出したい気持ちで頭がいっぱいの義明。
二人が顔を合わせる。
「九月上旬・・・舞は目を腫らせて帰って来たことがある。理由は教えてくれなかったが、あいつはお前関連以外で感情をむき出しにしたりなんてしない。」
(確かに九月上旬、学校が二学期を迎えたその初日、昼休みに舞は一筋涙を流した。
だが待ってほしい。目を腫らせたとは言いすぎではなかろうか?)
義明が心の中で葛藤している間にも重人は話を進める。
「この罪は非常に重い。従って貴様にはこれから・・・一度だけ〝死〟を経験してもらう。」
そう言うと重人は握りこぶしを作った。
「や・・・やめ・・・・」
「ギャー――――――――――――――――――――!」
抵抗を見せる言葉も空しく義明の悲痛な叫び声が道場内に木霊した。
後日、義明がその日の起床から就寝までの一切を思い出すことはなかった。
「おー、義明。ちょうどいい所に来たな。」
重人師範にお灸を据えられた翌日の放課後、義明が廊下を歩いていると偶然すれ違った早乙女女史に声を掛けられた。
「あー、ナンパなら間に合ってるんで別の人にしてください。」
義明はこの時、非常に嫌な予感(おもに面倒な頼まれごと)がしたのでそそくさとその場を後にしようとしたが・・・
「つれないこと言うなよ。ちょっと付き合え。」
女性とは思えない握力で肩を握られ、義明は指示に従うしか道がなかった。
「それで、話とは?」
早乙女女史が場所を理科準備室に移したものの本題に全く入ろうとしなかったので義明が促した。
「宇都宮の件だ。」
短く、しかし正確に用件の根幹を口にした。
「彼女が学校に出てこなくなってもう一ヵ月近い。体調不良を言い訳に出来るのもそろそろ限界だろう。様子を見てきてくれ。」
初雪は学園祭進出を掛けた審査が終わった直後に軽い貧血に見舞われ、倒れてしまった。
それ以降初雪は学校に姿を見せなくなった。
彼女の自宅から体調不良により、しばらくの間休養を取らせるという連絡が学校側に入ったこともあって目を瞑っていたがどうやらそれも限界を迎えたらしい。
義明は早乙女女史から初雪が住んでいる自宅の住所を教えてもらうと真っ直ぐ彼女の家へと向かった。
義明は初雪が学校に来ないことを心配していたが彼女が学校に来なくなった原因は自分たちにあると理解していたので舞、里緒もなんとなく彼女に関する話題は避けていた。
彼が早乙女女史に教えられた住所へたどり着くとそこには屋敷と呼ぶに相応しい豪邸が目の前にある。
(本当にここなのか?)
気にはなったものの悩んでいても仕方がない為、何の躊躇もなく眼前にそびえる豪邸の門前のチャイムを鳴らした。
するとすぐに小太りの年配の男性が門の扉を開けた。
「・・・架木穴工学園の生徒さんかな・・・私の家に何のようだね?」
まるで品定めでもするようにじろじろと見られた後、目を細めながら初老の男性は問いかけてきた。
彼の態度から察するにどうやら歓迎されてないようだ。
「初雪さんのお見舞いに来たんです。長期間に亘って体調不良だと言うものですから心配になりまして。」
すると、その男性はあからさまに溜息を吐いた。
「そのくらい、普段から娘のことを気遣ってくれれば良かったのに・・・」
「?」
彼はぼそっと呟いてから義明を家の中へ招き入れた。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を真っ直ぐに歩いて突き当たりにある居間のソファに2人ともゆっくりと腰を下ろしてから話を再開した。
「私の名前は宇都宮一誠。初雪の父だ。君の名前は?」
「義明・オースティンです。」
お互いに自己紹介を済ませると宇都宮一誠は目を見開かせた。
「そうか、君がダニエル大佐が最も信頼を置いている義明君だったのか。君には娘の身の回りの警護を任せているね?」
「はい。」
「娘は気が強いが内面はとても弱い子だ。演劇の練習をしていることは知っていたがやりすぎたのだろうな。」
やりすぎたとはつまり頑張り過ぎたと言うことだろう。
俺たちが無茶をさせすぎたと初雪の父親は言外に言っているのだ。
「では、やはり娘さんは演劇の練習が影響して今も体調が優れないのでしょうか?」
義明の問いに一誠は首を横に振った。
「いや、完全に回復してるよ。最近は泣き寝入りに近いな。」
「私が無理矢理休ませたからな。」と言いながら一誠は腰を上げると2階へと上がって行った。
程なくして帰ってくると目を赤く腫らした初雪も一緒にいた。
彼女は義明と目を合わせても何も喋ろうとしなかった。
「義明君、今後は初雪の身体にも気を使ってあげてくれないか?」
一誠が懇願するように義明へと自分の思いの丈を打ち明ける。
「初雪は中学の頃、陸上部に所属していたが過度な練習量によって足を故障した・・・」
「ちょっと、お父さん!」
沈黙を貫いていた初雪だったがここに来てようやく口を開いた。
義明がヘリに乗せた時、彼女が言っていた〝ただの古傷〟が関係しているのだろう。
彼女の今の様子を見るに他人には伏せていたい内容のようだ。
「お前は黙ってなさい!」
父親の一喝に初雪はしぶしぶ口を閉ざした。
一誠はその様子を確認してから話の続きを述べるべく口を開く。
「初雪の足はそれ以来、不自由になった。日常の生活には支障がないが走るとなると別だ。
この子はずっと頑張り続けた陸上競技を諦めなければならなくなり後悔の念を感じている。もうあの時の様な初雪は見たくないんだ。」
「・・・・」
もくもくと喋り続ける一誠の言葉を真剣な眼差しで受け止める義明。
初雪は微妙な表情で二人の様子を見つめる。
「だから、初雪にこれ以上の無茶はさせないでくれ!」
二回り以上年下の義明に頭を下げる一誠に対して
「分かりました。」
と短く、一誠の望む言葉を紡ぎました。
「あなたはダニーのクライアントであり、俺はダニーの手下だ。あなたは俺に命令する権利がある。従いますよ。」
義明の妙な言い回しに対して、疑問を抱きつつもホッと胸をなでおろす一誠であったが―――
「ただ、一言だけ言わせてもらえるのならば・・・」
義明がこれから何を述べるのか皆目見当もつかない一誠と初雪はおそるおそる彼の方を向いた。
「あなたの言葉の中には初雪さんの気持ちが含まれていない。」
「?、何を言っている?」
義明の言葉の意味が全く理解できない一誠は彼に問いかけた。
「では、はっきり言います。さっきの発言はあなた個人の独りよがりだってことですよ。」
「!?」
義明のこの発言にはさすがの一誠も絶句した。
「初雪さんにお聞きします。あなたは本当に足が不自由になったことを後悔していますか?」
「何を言っている?当然だろう、そんなこと聞くまでもない!」
絶句していた一誠も義明のこの問いにはすかさず苦言を呈した。
しかし、
「私は初雪さんに聞いている。あなたは黙っていてください。」
義明は有無を言わせず一蹴した。
「私は・・・」
義明に問われた初雪が口を開く。
「後悔・・・しているわ・・・」
この言葉を聞いて一誠は「ほれ見たことか」と満足そうに微笑んだ。
しかし、義明の表情は相変わらず真剣な眼差しで初雪を見つめ、まるでその先の言葉があるかのように沈黙したままだった。
「でも・・・足が不自由になったこととは少し違う。・・・陸上が続けられなくなったことでもない。・・・本当の理由は言えないけど・・・」
そこまで言うと初雪は下を向いて黙り込んだ。
一誠も
「何だと・・・」
と言葉を発したまま口を開き、唖然とした様子だ。
「一誠さん、あなたは落ち込む彼女を見ることで自分が辛い気持ちになるのを嫌っただけだ。」
一誠は義明のその言葉を聞いてはたと顔を彼の方へ向けた。
「あなたは彼女の気持ちなんてこれっぽっちも考えちゃいない。彼女が故障するまで陸上に打ち込んだのは彼女の意志だ。彼女がぶっ倒れるまで演劇に打ち込んだのも彼女の意志だ。彼女は自分のやりたいようにやっただけであり、後悔の念なんて出てくるはずがない。そもそも〝後悔〟なんて言葉を使うのは〝やった〟時ではなく、〝やれなかった〟時だけだ。そんな彼女の気持ちにあなたが介在する余地は一切ない。」
ここまで好き放題言われた一誠であったが反論の言葉が喉から出てくるはずもなく、ただただ今までの自分の行いの中に誤ちがあったのだろうかと考えた。
静まり返った邸内の中で義明は一人立ち上がると―――
「明日、初雪さんを迎えに来ます。学校へ行く準備はさせておいてください。」
それだけ言い残し、誰の見送りもないままに宇都宮邸を後にした。
翌日早朝、宇都宮邸で捨て台詞のように言い残した言葉通り、義明は初雪の迎えに出向いた。
すると門前には既に登校する準備を終えた初雪の姿があった。
義明はそんな初雪の姿を視認すると周りに気を配りながら初雪を学園へとエスコートした。
「お前の親父さん、あの後なんか言ってたか?」
学園へ登校する道すがら義明は初雪に問いかけた。
「お父さんが言ったのは一言だけ。〝あの子の言うとおりだ〟だけよ。」
「そうか。」
「きっとお父さんも義明に言われるまでもなく自分の行いに気づいていたんだわ。でも止めれなかった。だからきちんと面と向かって言葉にしてくれたあなたに感謝してると思う。落ち込んでたけどね。」
義明は悲しそうに独白する初雪を黙って眺め続けた。
結局、微妙な空気のまま校門前に辿り着いた所で初雪が―――
「ありがとう・・・」
とだけ呟き、義明は聞こえなかったふりをして聞き返した。
「これから舞台練習頑張りましょうねって言ったのよ。」
意地の悪そうな笑みを浮かべた初雪の表情を見てようやくいつもどおりの彼女に戻ったなと義明はほっと胸をなでおろした。
初雪が久々に登校してきてからというもの時間は矢のように一週間が過ぎ去り、とうとう体育祭当日となった。
天候は今日と言う日を歓迎するかのように一点の曇りもない青空が広がるまさに体育祭日和だ。
学生たちは現在既にグラウンドに整列し、体育祭の開会式が進行されていた。
「えー、本日は我が校記念すべき第二回体育祭を迎えることが出来て大変うれしく思う。運動部所属の者は日頃の成果を存分に発揮してくれ。」
難しい日本語を次から次へと紡いでいくアメリカ国籍のダニエル校長の有難い挨拶が終わり、開会式が無事終了したのも束の間、義明は舞や里緒、初雪の声援を受けながら一〇〇mリレーの準備へと向かった。
この学園は創立2年目ということもあって最上級生が義明達二年生という状況だ。
故に体育祭を盛り上げるためにも最初に花形競技であるクラス対抗一〇〇mリレーが持ってきてある。
「ぐふっ、義明君。今日は負けないからね!ぐふふふふふふふふ。」
気持ち悪い笑みを浮かべながら義明の眼前に原本が現れた。
「お前も一〇〇mリレーに出るのか?」
義明が鬱陶しそうな表情を露骨に顔に出しながら原本へ質問した。
「その通りさ、なんたって僕は今回、君の出る競技全てに参加するからね!」
(こいつ案外根に持つタイプなのか)
義明は心の中でそう独りごとを呟きながら「いや、見た目通りか」なんて一人ツッコミをやってしまった。
「去年とは一味違うってことを見せてあげるさ!」
原本はそう言いながら決めポーズを義明に披露するとそそくさとスタートポジションへ移動した。
「それでは、選手の方は位置について・・・」
スターターの合図とともに各クラスの代表が位置に着いた。
「よーい・・・」
言葉を言い終えた瞬間スターターはピストルを鳴らした。
義明達はその銃声と共に走り出す。
義明は見事なスタートダッシュを決め、悠々と1位に躍り出た。
アナウンスで現在の走者の順位を公表しているみたいだが義明の耳にはノイズにしか聞こえなかった。
義明は更にぐんぐんと加速していく。
人型をしたチ―タ―ならこのような走りをするであろうと思われるほどの完璧な走り。
義明も会場のみんなも1位の順位は揺るがないと思っていた。
「その慢心が命取りになるんだよ!」
突如、後ろからはっきりとした声が義明の耳に響いてくる。
義明が後ろを振り向くとそこにはぐんぐんと距離を縮めてくる原本の姿があった。
(あの巨体でなんつう走りだ!)
義明が人型のチーターならば義明の2回り以上の肉体を持つあれはもはや生物に非ず。
過度な重量を以て真っ直ぐ突進してくるあれは新幹線だ。
義明の心に不安が募る。
今まで運動関連で無敗を貫いてきた義明だからこそ感じる動揺。
一〇〇m走も残すは直線のみなのだ。
ここで負けるわけにはいかないと義明が更に足に力を入れる。
しかし、原本の速度は緩まない。
義明と原本の差は段々縮まり、とうとう両者ともに並んでしまった。
義明の耳に自分を応援する声援が聞こえてくる。
(ここで負けるわけにはいかない)
と最後の力を振り絞り、両者とも白い砂地の上を全力疾走する。
ゴールテープが目前に迫っても両者は並んだまま。
どちらが先にゴールするか分からない状況の中で義明は上半身を前に突き出し、トルソーの姿勢を取った。
ゴールテープが切られ、義明は勝利を確信した。
しかし・・・
「一着・・・A組!二着にE組!」
A組サイドの応援席から歓声が響いてくる。
審判は三着、四着と次々にゴールしていくクラス名を呼び挙げていった。
全クラスがゴールし、一〇〇m走が終了した中、義明は〝何故自分が一着じゃないのか〟理解できず審判である早乙女女史の方に目を向けた。
早乙女女史は自分の方に視線を向ける義明に気づき、無言で切られたゴールテープのその先を親指で指す。
早乙女女史が差す方向へ義明が目を向けるとそこには倒れたまま動かない原本の姿があった。
「奴はゴールテープが目前に迫った状態で前方へジャンプしたんだ。」
「!」
早乙女女史の言葉にさすがの義明も驚いた。
「おそらく、お前が油断しきっている最初の競技に全てを掛けたんだろうな。」
早乙女女史は微笑ましそうにそれだけ言うと一〇〇m走者へ撤退を言い渡した。
「・・・」
義明は無言で原本の前まで行くと倒れこんでる原本の腕を掴み立たせた。
「ナイスファイト。」
原本が満身創痍の様子で義明の方に焦点を合わせた時、短い言葉で原本の頑張りを称えた。
「へへ、君の無敗伝説に泥を塗ってやったぞ。」
「次の競技で倍にして返してやるから安心しろ。」
軽口を叩く原本に軽口で返す義明。
「勘弁してよ、もう今日は動けないよ。」
「肩を貸せ。」
満足に動くことが出来ない原本に見兼ねた義明は彼と肩を組みながらトラックの外へ移動した。
「義~明~君~!」
「気持ち悪いな、鼻水を垂らすなよ!」
義明に泣きつく原本へ苦悶の声を漏らす。
「だって、だって・・・同級生に触れたの初めてだったんだもん!」
「・・・」
最後まで締まらない原本に残念な気持ちになった義明であった。
ここにお互いをライバルと呼ぶにふさわしい二人が誕生したのだが義明が原本をライバルと認識したのは今日この日だけであった。
昼休憩に入り、義明は舞、初雪、里緒そして舞の父親である重人と共に簡易テントの中で昼食を摂っていた。
「義明、てめぇあの様は何だ!腕が訛ってるんじゃねぇのか?」
体育祭の出し物を酒の肴にしながら真昼間から酒盛りをしている重人が義明へ渇を入れた。
「いや、あの原本って奴かなり速かったよ。」
〝何か言いたいなら俺に渇を入れるよりも原本を称えた方がいい〟と言外に伝える義明に対して重人も「お前がそこまでいう奴なのか・・・」と原本に対して興味を持った。
重人が考え込むように黙り込んだ所で―――おそらく原本を自分の門下生にしようとたくらんでいるのであろう―――義明は相ノ木家が用意してくれた弁当に手を伸ばした。
各人それぞれに弁当を持ってきてはいたものの重人がみんなとの昼食用にと重箱の弁当を持ってきていた為、5人は重箱の中身を突っつき合いながら楽しい食事とおしゃべりの時間を過ごした。
「そういえば、初雪の親父さんは今日来てないのか?」
義明がふっと思いついた素朴な疑問を投げかけた。
「父は仕事です。それに私は競技に出られないから来てもあまり意味はないだろうと・・・」
「なるほど・・・」と義明は相槌を打ちながらも初雪の親に対して〝本当にそれが正しいのか〟ともの言えぬ疑問を感じていた。
「それを言うならあなた達はどうなの、義明も里緒も両親が応援に来てないみたいだけど・・・?」
「俺たちは孤児だよ。親からはとっくの昔に勘当を喰らった身だ。」
初雪の問いに対して義明が素っ気なく自分達の近況について口にする。
「えっ・・・ごめんなさい、私ったら余計なことを・・・」
〝口にした〟と言いかけた所で義明が首を横に振った。
「誰も気にしちゃいないさ。それよりもお前が勝手に落ち込んでる方が俺たちにとっては気分が悪い。」
「義明と里緒ってこの年でもう独り暮らしをしてるのよ!」
義明の発言で初雪が俯いて黙り込んでしまい、場の空気が悪くなりかけた所で舞が助け船を出した。
舞はこういう所で気のきく本当に優しい女の子だ。
「えっ!?掃除洗濯料理・・・全部一人でやってるんですか?」
「まぁ、そうだな・・・」
初雪も舞に気を使わせてしまったことに気づいて場の空気を戻そうとしたが彼女達のそんな頑張りを知ってか知らずか義明は話を盛り上げる気はないらしい。
「別に大したことじゃないさ。俺たちはそれしか道がなかったんだよ。お前たちは〝親と暮らす〟という選択肢が用意されていたかもしれんが俺達にはその選択肢がなかった。ただそれだけなんだよ。」
義明はそれだけ言うと再度重箱を突っつき、食事に集中し始めた為、微妙な空気のまま昼休憩を終えることとなった。
ちなみにずっと沈黙を貫いていた重人は未だに考え事をしている様子で非常に難しい顔をしていた。
「順調に事は運んでいるか、DAB?」
「誰に物言ってるのよ、順調に決まってるじゃない。」
加木穴学園、体育祭昼の部がスタートしようかと皆がぞろぞろ移動し始めている頃、校舎の陰で何やら不穏なやり取りが行われていた。
二人でやり取りしているように思えるが現場には女の影が一つしか見当たらない。
電話で会話をしているようだ。
「必ず成功させてくれよ、これが失敗すれば君の今の地位も危ういものになる・・・」
「分かってるわ、必ず成功させてみせる。」
女の強気な発言に多少安堵したのか電話越しの男は「ふっ」と小さく息を漏らすと―――
「頼んだぞ、人手ならいくらでも貸してやる。必要なら連絡してきてくれ。」
それだけ言い残し、男はこれ以上話すことは何もないとでも言うように電話を一方的に切った。
女は無音になった携帯を耳から離し、静かにその場から立ち去った。
昼休憩も終わり、生徒たちが各担当場所、及び競技者としての位置に着き―――
義明、里緒、舞が昼一の競技種目―――一年のクラス対抗騎馬戦―――の次競技であるクラス対抗リレ―に向けて応援席からトラックへと移動を始めた頃、初雪は保健係としての仕事を全うしていた。
現在、とある簡易テントではカンカンに照りつける熱日にやられた生徒達が救護班の手当てを受けていた。
「宇都宮、アイシングスプレーを何本かまとめて保健室から持ってきてくれ。」
早乙女女史が目の前で横になり、低くうめき声をあげている男子学生から目を離さずに初雪へと呼びかけた。
それに対して初雪は「分かりました。」とだけ短く答え、保健室へと向かった。
初雪が校舎に足を踏み入れた時、外から大歓声が響いてきた。
観客の声援、拍手の嵐をノイズのように捉えながら初雪は目を閉じる。
〝もしあの時、無茶をしなければきっとあそこに立っていたのは私のはずなのに・・・〟
自嘲的な考えに苛まれながらも初雪は義明の言葉を思い出す。
〝やって後悔することなんか一つもない〟
彼の発言は極端だが間違ってはいないと初雪は考える。
なぜなら初雪はどうしたって〝やらなかった時〟のことを考えてしまうのだ。
もしもあの時ここまで頑張らずに途中で投げ出していたら、きっと今以上に後悔していたと初雪は心の中で何度も呟いた。
そうこうしているうちにいつの間にか保健室へと辿り着き、取っ手に手を掛けドアノブを回す。
ドアを開けるとそこには人体模型、体重計、白いシーツに覆われたベッド、至る薬品が置かれた棚と何の面白味もない至って普通の保健室があった。
初雪はきょろきょろと辺りを見回すと真っ先に様々な種類の薬品が置かれた棚へと向かい、一番上に置かれた段ボールへと手を伸ばしたその瞬間―――
慌ただしい騒音と共に大の男達が次々に正面のドア、窓、ロッカー、排気口・・・ありとあらゆるスペースから侵入してきた。
「あっ・・・あ・・・・」
その様子を目前にして初雪は助けを請う為の声すら出せずにいた。
「こちらγ、標的を確認。速やかに捕縛する。」
その声を最後に男達は一斉に初雪の方へと駆けだした。
初雪はその光景を怯えるばかりでただただ立ち尽くして眺めていた。
男達が一歩また一歩と初雪に近づく。
(義明君!)
男達の手が初雪に触れる―――
前に何者かがそれを阻んだ。
「!?」
黒服の男達は一斉に初雪から離れるように後方へ跳び下がった。
しかし、初雪を取り囲むように接近していた男達は誰一人の例外もなく頭を地面に伏していた。
「ったく、真昼間から胸糞悪い事してんじゃねぇよ。」
黒服数人を瞬殺した張本人は気だるそうに頭をボリボリ掻きながら初雪を庇うように男達の前に出た。
「・・・何者だ?」
黒服集団の一人が素姓の分からぬ敵に対して問いかけた。
その声は落ち着いていたが、ひどく怯え―――かつ、震えていた。
まるで目の前の男との力量差を理解してしまったかのような―――
「・・・何者だ・・・か・・・?」
敵はくっくっくと低い声で静かに笑いながら―――
「ただの通りすがりの酔っ払いだよ。」
そう口にした。
重人は退屈していた。
自分の今いる観客席には話相手になってくれるような御仁は一人もおらず・・・
ましてや愛娘が顔を見せにくる暇など皆無であった。
故に一人酒を楽しみながら娘とその友達の頑張る姿を酒の肴にしていた。
しかし―――
〝舞の友達である義明が今日、俺に何やら頼みごとをしていたな。〟
ふっと重人は思い出し、辺りをキョロキョロ見渡した。
するといたいけな少女が何やら物騒な雰囲気を醸し出す男連中数人を引き連れて校舎に入っていくのが見えた。
(おっと、あぶねぇ、あぶねぇ。)
重人は重い腰を上げてゆらりゆらりと千鳥足のまま校舎を目指した。
「・・・・・・」
黒服の集団は重人の姿を注意深く観察し、隙あらばの姿勢を保っていた。
しかし、当の重人はそんなことを気にかけるはずもなく―――
「義明の言っていた通りだったな。」
意味深な発言を呟いた。
「さて、お前ら・・・少し、お灸を据えてやるから・・・さっさとかかってこい。」
「こっちは早く帰って愛娘の晴れ姿を見たいんだよ」と重人は小さな声で呟きながら黒服の男達に対面して構えを取った。
「!」
男達はその強気な発言と自分達の敵が発する只者ではないと感じさせる気迫に押されながらも待機の構えを取った。
しかし―――
重人は動揺したその隙を見逃さず、わずか一歩で黒服集団との距離をゼロにした。
黒服たちがその光景に目を見開きながら硬直する。
重人の手が黒服たちの目前に迫る。
重人の目の前にいた人物は今や大の字で宙を舞っていた。
重人以外何が起きているのか正確に判断できている者はこの場にはいなかった。
漫画やアニメでなら見たことがある光景、むしろ慣れ親しんだ光景がいざ現実で実際に、目の前で起きる時、人は何も考えることが出来なくなる。
重人によって宙に舞った黒服の男はこれでもかという程、遊覧飛行を楽しんだ後、壁に叩きつけられて頭から地面に倒れ込んだ。
「かよわい少女一人を大の男が大人数で囲んでたんだ・・・てめぇら、三途の川ぐらい視る覚悟をしておけよ。」
「ひぃい」
圧倒的捕食者を目の前にして為すすべのない被食者である黒服の集団は奇声を上げることしかできない。
しかし、それでもなお任務に忠実な彼らは標的である初雪目掛けて疾走した。
「その忠誠心には恐れ入るがな―――」
重人は再び一歩で初雪に駆け寄った敵の懐に飛び込んだ。
その姿に敵は再度驚きを隠せない。
〝何故、こんなにも早く動けるのだ〟と・・・
〝我々は常人以上の鍛錬を積んできた身なのだぞ〟と・・・
そんな驚愕を露わにする黒服たち目掛けて重人は各々に一発ずつボディブローをぶち込むと倒れ込む瞬間を狙って文字通り一蹴した。
敵は痛みさえ感じない間に気を失った。
以て危機は潜り抜けた。
重人は不完全燃焼な・・・まだ暴れたりない、不満そうな様相を浮かべている。
「あ、ありがとうございました。・・・」
先に口を開いたのは初雪だった。
おそらく今回の事件の中心人物でありながら最もこの状況を理解してない彼女は未だに第三者の感覚なのだろう。
目の前で何が繰り広げられていたのかも全く理解できていない様子だ。
しかし、それ故に精神的な問題もなさそうである。
「いや、気にしなさんな。それよりもお譲ちゃんに何もなくておじさんほっとしちゃったよ。」
重人は不満げな様相を取り止め、義明達に聞かれたら頭でも打ったかと言われかねないレベルの優しすぎる声を初雪に掛けた後、ポンッと彼女の頭の上に大きな掌を乗せた。
初雪はおとなしくその行動を黙認していたが先ほどの乱戦の音に引き寄せられた大多数の足音が聞こえてきた為、重人はその手を離した。
保健室に駆け付けた足音の正体は教師陣や警備員、更には野次馬気分の生徒たちであった。
教師陣と警備員は保健室内に倒れている大の男集団を視認し、唖然とした様子。
生徒たちは前方にいる教師や警備員の背中の隙間を縫って覗き見しながらワイワイ騒いでる様子の中―――
「現状について事情をお聞かせ願いたい。付き合って頂けますか?」
煙草をふかせながら呟いた早乙女女史の一言が停滞した状況を動かした。
「大丈夫ですよ。大丈夫なのですが・・・」
そう言いつつ、周りを見渡す重人の目にはこの場にいてもあまり必要性を感じない人、人、人が写っていた。
「ほら、野次馬気分でここにいる者はとっとと失せなさい。教師、警備員の方もここは私にお任せ下さい。」
その鶴の一言で散り散りになっていく子どもと大人達。
早乙女女史と事件の中心人物である二人を残してこの場に立っている者は誰もいないことを確認した早乙女女史は重人を別室へと誘った。
「しかし・・・」
初雪がここに取り残される状況は作りたくないとでも言うように重人は一歩も動かない。
その様子にフッと微笑した早乙女女史は―――
「安心してください。いつもちょっと遅れてやってくる白馬の王子様が宇都宮を守ってくれますから。」
と言い残して保健室から出て行ってしまった。
その言葉の真意に気付いた重人も笑いながらそれなら安心だとでも言うように闊歩して保健室を後にした。
取り残された初雪は早乙女女史の発言の意図が全く分からず右往左往するハメとなった。
(どういうことなの?怖いんだけど・・・)
初雪の下に転がる無数の残骸達。
これがいつ起きあがってくるのか分からない恐怖に怯えながら初雪は一歩も動けずにいた。
不安と焦燥に駆られ初雪の目尻に涙が浮かびだした時、その頃合いを見計らったかのように義明が中へ入って来た。
「なっ・・・」
初雪は声が上手く出せない。
汗と泥にまみれた義明の姿、今もなお、息を切れ切れに身体が絶えず上下している。
これが何といった感情なのか初雪は理解できなかったが何かしらの感情が爆発しそうなことは理解できた。
「なんであなたがここにいるのよ・・・?」
今にも口を裂いて出て来そうな膨大な気持ちをグッと飲み込みながら初雪は振り絞り気味に呟いた。
「なんでって・・・俺がお前のボディガードだから。」
さらっと口にしたその一言に初雪の怒りは臨界点を突破した。
「じゃあ、もっと早く来なさいよ!役立たず!ノロマ!マヌケ!本当にもう・・・怖かったんだから―――」
「お、おう・・・」
蛇口を捻り溢れだしてくる水のように止めどない初雪の暴言にさすがの義明もぐうの音すら出なかった。
最後にぼそりと本音を呟いた初雪の姿に義明は尚一層の罪悪感が襲いかかることとなった。
義明は初雪が落ち着きを取り戻すまでその場に立ち尽くすことになった。
「それで、体育祭の方はどうなったの?」
正常に戻った初雪が真っ先に口にした言葉がこの状況と全く関係ないことなのに対して義明は驚きながら〝優勝したよ〟と呟いた。
「そう・・・」
「お前のことは気にかけていたつもりだったが、まだ不十分だったようだ。本当にすまん。」
何の感情も視えない初雪の口調に義明は今の自分の気持ちを口にした。
「もういいわ。終わったことだし、私はこの通り無事なんだもん。これからは頑張ってね。」
初雪の温かい言葉に多少救われた義明であったがそんな優しい初雪を守ることが出来なかった自分の責任感のなさにより一層苦しめられることになった。
「ところでこの人たちの正体は分かる?」
話を途切れさせたくないのか初雪は義明にいつも以上に懸命に話しかけた。
「分からない・・・」
「そっか・・・じゃあこの後も私が襲われる可能性はあるってこと?」
「その可能性はあるな。」
自分の情けなさに押しつぶされそうになる義明とこれからの事を考えると不安でいっぱいな初雪。
ある意味似た者同士の二人が黙って立ち尽くしている所に先ほど保健室から出ていった重人と早乙女女史が中に入って来た。
「義明、てめぇこんなことになるなんて聞いてねぇぞ!それにお前はこの子以前に舞の王子様だろうが、何駆けつけて来てんだよ!」
「?」
重人がじゃれるように義明に絡みついてきた。
「はいはい、御二人さん。やるなら外でやって下さいね。それでは私はこいつらを警察に受け渡しますのでもうしばらくここに残ります。相ノ木さん、ご協力のほどありがとうございました。お二人を連れてグラウンドの方へお戻りください。」
早乙女女史に促されて義明達御一行は外に出た。
するとグラウンドではE組総出で優勝の喜びを共有するかのように暴れていた。
義明はこれからピラニアの棲む池に飛び込めとでも言われたかのように長い溜息をしながら重い足取りでその渦中へと向かった。
こうして波乱あり、涙ありの体育祭は一応無事に終了することになった。
「作戦は失敗したか―――」
「ええ」
不穏な陰に包まれながら学校から離れた廃墟ビル内で電話越しに胡散臭いやり取りが繰り広げられていた。
「まぁいい。最悪の事態は避けられた。ならばチャンスはまた必ず訪れる。その時までに牙を研いでおけよ。」
男のドスの効いた低い声を最後に携帯からはツーツー音のみが発せられていた。
今この場に立ち尽くしている女は今後の厄介な敵の事を考えながら思わず溜息を吐いた。
(あの男の存在はマークしていなかった。それは私のミスだ。次は絶対に決めて見せる。)
そう心に硬く誓いながら女は闇の中へと姿を消した。
「今日の敵さんについて何か分かったか?」
義明が語りかけるは雇い主であるダニエル・オースティンだった。
二人は今、シックな感じで彩られた個室内でディナーを楽しんでいた。
「全くだ。素姓を探る前に警察が持っていったからな。」
クソッと舌打ちをしながらステーキ肉にかぶりつくダニエルに一抹の不安を抱えながら義明も食事を進めた。
「おそらく次も来るぞ、気をつけろよ。早ければ・・・」
そこでダニエルは義明の様子を観察した。
まるでこの先の発言の答えを待っているかのように。
「一ヶ月後に控える文化祭だろ。」
「そうだ。」
義明との答え合わせに大いに満足したダニエルは再度肉に齧りついた。
「奴さんらは一般客の入れる体育祭を狙ってやって来た。おそらく次も・・・」
「文化祭では俺が初雪から離れずに行動できる環境が整っている。大丈夫だろ。」
「そうだ、お前は何があってもあの子から離れるんじゃねぇぞ。今日みたいなことが二度もあったら俺の面目丸つぶれだ。」
ダニエルはそう言いながらグラスについである赤ワインを一気に飲み干すとこの話はこれまでだとばかりに雑談に切り替えた。
季節は秋も終わりもうそろそろ冬に差し掛かろうかとしている十一月。
義明たち一行は文化祭に向けて着実に練習を重ね、学校全体を通して見ても順調に準備を進めていた。
初雪の親父さんに体育祭での出来事を報告しに行くのは―――また初雪の登校を渋る可能性を考えた時に―――躊躇われたが、隠しごととしてはあまりに大きすぎる事案だった為、義明とダニエルで事の詳細を伝えた。
ところが二人の考えとは裏腹に初雪の親父さんは〝そうですか。これからはしっかりと護衛の任務めてくださいね〟とだけ言い残し、あっさりと談義は終わってしまった。
「お前、あの人に何かしたのか?」
帰り道ぼそっと質問したダニエルに対して義明は〝特に何も・・・〟とだけ言うと後は無言を貫いた。
文化祭当日、校内は活気に包まれ、外部からも一般客が次々に押し寄せ始めた午前一〇時―――
午後三時の舞台本番までにはまだ時間が有り余っている義明達四人は追い込みの練習などどこ吹く風とでも言わんばかりに呑気に出店を徘徊していた。
すると四人の下へ見知った人物が顔を出した。
「おい、義明今日の俺の出番はなしかい?」
野太い声、そしてそれに負けないだけの体格と体つき・・・
顔を見せたのは舞の父親である重人であった。
「あぁ、大丈夫だよ。今日は俺が一日中ついててやれるからな。」
義明は心配はいらない、と重人を安心させるべく口にした。
のだが・・・
「てめぇ舞の事ないがしろにするんじゃねぇぞ。」
どうやらこの返事は重人を少し不機嫌にさせたらしい。
軽く悪態をつきながら義明の胸元を小突いた。
「?」
二人の問答に義明を除く三人は頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「またいつでも頼まれてやるから気軽に来いや。」
それだけ言うと重人は満足そうに出店を見物しに出かけてしまった。
四人は出店巡りを再開するとすぐに興味を引かれる出し物屋さんを発見した。
「メイド喫茶(和服ver)?」
教室前に立てかけてあるプレートにはそう書かれており、思わず四人とも口ずさんでしまった。
興味心身で室内を覗きこんでみるとそこには着物を着こんで接客する見目麗しい女子たちの姿。
その光景を呆然と見ていた義明達の下へ一人の男がやってきた。
「やぁ、義明君。調子はどうだい?」
「原本・・・・」
原本はいやらしい笑みを携え、義明はまたこのパターンかとでも考えているかのごとくどんよりとした表情だ。
「そう、気づいたようだね。この僕の罠に!」
原本は義明のげっそりとした顔を満足そうに眺めた後、自慢げに語りだした。
「僕達A組は文化祭の出し物として君たちE組に対抗するべく同じ土俵であるメイド喫茶をやることにしたのさ!それも!ただのメイド喫茶なんかじゃない!日本の伝統着である着物によるものだ!僕達エリートは君たちみたいに普通のメイド喫茶なんかしないんだよ。」
鼻息荒く語った原本の熱弁の中で義明は初めて自分達のクラスの出し物を知った。
義明は文化祭に向けて舞台稽古に熱が入り過ぎていたあまり・・・
自分の所属クラスの出し物について無関心になってしまった。
「これこそが孔明の罠なのさ!売上NO1の座は僕達A組が頂く!」
「売上一位になったら何かもらえんのか?」
今まで傍観に徹していた里緒が原本に質問する。
原本は多少驚いた様子で里緒の方を見ると静かに俯いてしまった。
「何か言えよ。」
その姿を見た義明がすかさず原本にツッコミを入れる。
「だって仕方ないじゃないか、君以外のイケメンと話すのは初めてなんだ!」
義明のツッコミには容赦なく渇を入れる原本に対して義明はお、おう、とだけ返した。
「それで売上一位のメリットは?」
もうその問答は見あきたと言わんばかりに里緒がウンザリした様子で再度問う。
再び問われた原本は動揺した様子を見せたがすぐに気丈な振る舞いに戻して―――
「聞いて驚け!売上一位のクラスにはなんとそのクラスの売上額の一割が譲渡されるのだ!」
「何!」
義明と里緒は同時に驚き、舞と初雪はホームルームで言ってたじゃない、何で聞いてないのよ・・・、と静かに突っ込んだ。
去年の加木穴工学園の文化祭では全てのクラスの売り上げが学校側に取り上げられ、生徒達から非難が殺到した。
それを考慮した上で学園長が今回このような措置に踏みいったのだった。
「ふふん、すでに僕達のクラスは5万円の売り上げを出している。君達では到底追いつけないよ。」
やれやれと肩をすくめながら威張る原本に売上一〇%還元のおまけまでついてしまったこの状況では義明の心に火をつけるなと言う方が無理難題な話であった。
「おもしれぇ、すぐに追いついてやるよ。」
上から目線でそう呟く義明にふん、やってみなよ、と睨み返す原本。
義明と一緒で金銭に目がくらんだ里緒ともうどうにでもなれ、と言いたげな女子二名。
この場の収拾をつけるには第三者の力が必要になった。
「会長!雑談はそれくらいにしてさっさと指揮管理に戻ってくれ!俺たちじゃ限界だ!」
そう悲鳴を上げる男子学生に原本は溜息をつきながら重い足取りで男子学生が手招きする方へと戻っていく。
原本本人としてはまだ喋り足りないらしい。
「なぁ、ちょっといいか?」
「ん、何?」
義明の呼びかけに喜々として応じる原本。
原本の嬉しそうな姿を見るとげんなりしてしまう義明だったがどうしても聞きたいことがあったのだ。
「なんで着物なんだ?」
「うーん、本当はスチュワーデスやナース、ゴスロリなんかでも悩んだんだけどね・・・一番万人受けするのはこれかなと思ったのさ!」
得意げに語る原本に対して、なるほど、参考になった、と手を振りながら義明達はその場を後にした。
義明達が自分の教室に戻ってくると氷点下を越えてしまったのかと心配するほどに室内は静まり返っていた。
「なんなんだ、この状況は?」
里緒が思わず近くにいた男子学生に質問する。
「客を全部、A組に取られてうちのクラスが枯渇しているだけだよ。」
それを聞いた義明がなるほど、とうなずく。
A組はあえて自分のクラスと同じジャンルの出し物をぶつけてきてE組に客が回らないようにしたのだとようやく原本が先ほど言っていた言葉の意図に義明は気づいた。
「現在の売り上げは?」
「一万いかないくらい・・・」
義明の問いに男子学生は申し訳なさそうに返答する。
女子たちもせっかくメイドコスをきているのにまるで活気がない。
これに見兼ねた義明は良いアイデアがある、と言い教室の扉を閉め切り、客を追い出すと教室の模様替えを始めた。
三〇分後、義明達のクラスを覗きこむとさっきまでの色とりどりの装飾が取り払われ、シックな感じの黒一色に染まっていた。
日の光は入ってこないようにカーテンで閉め切られ、一つのテーブルに複数のソファが設置されていた。
「おいおい、これはどう見たってキャバく・・・」
この光景を目の当たりにした里緒が思わず呟きそうになった不健全な言葉を義明は遮り―――
「メイド喫茶だ!」
と吠えた。
「それとメニューはこれだ。女子は男子の隣に座って接客をすること。男子は外に出て客の勧誘と中にいる奴はオーダーを取れ。いいか、これはれっきとした、一八禁ではない、健全な、学生の出し物であってキャバなんたらとかいうものではない!だが、客の勧誘、接客はそれの見様見真似でやれ、分かったか!」
はい!、と高らかに響き渡るE組学生達の声。
絶対に一位を取るぞ!、と気合を入れるべく張り上げる義明の声に呼応するべくE組の教室が猛烈な熱気に包まれた。
「ふぅ、そろそろ一段落ついたかな・・・」
稼ぎ時である昼食の時間帯を過ぎ去った二時過ぎ・・・
原本は教室の真ん中で汗水を垂らしながらぼやき、もちろんのこと周囲には人っ子一人寄せ付けてはいなかった。
原本は僕は休憩に入るよ、と言い残してA組の教室を去るとすぐさま男子学生諸君がリセッシュやら芳香剤やらを振りまき始めた。
教室を出た原本の行動パターンには空しいかな・・・一通りしか存在せず、選択肢などという単語は原本の脳内になかった。
原本が向かった先は無論、ライバル視している義明のクラスである。
原本が義明の所属するクラスであるE組へ向かう途中、ひょんな違和感を感じた。
〝なんか男率が異様に高いぞ・・・〟
原本が歩を進めるたびに女性の姿が消え、非常に愉快な笑みを携えた一般男性、男子学生の姿が目に映った。
原本は不思議に思いながらE組教室前まで来ると扉の前でいかにもボーイ然とした男子学生の姿を発見した。
彼はまさか、と思いながら黒スーツを着た男子学生を押しのけて教室の扉を勢いよく開くとそこには男のロマンが広がっていた。
室内は暗めで雰囲気よく―――
メイド服を着た女学生がお客の目の前、隣に座って接客をしている。
義明達との立場は逆に今度は原本がその光景を目の当たりにして呆然としながら立ち尽くす番であった。
「おや、どうしたんだ、原本?」
立場が完全に逆転した義明はさっきの嫌みたらしい原本同様の笑みを浮かべていた。
「くっ、これはなんなのさ?」
苛立ち気味に問う原本に余裕の姿勢を崩さない義明が答える。
「何って、ただのメイド喫茶だけど?」
「これのどこがただのメイド喫茶なんだ!」
原本の遠吠えが教室内に響き渡る。
しかし、室内に流れている音量の高いクラシックのせいか誰一人として原本に反応する者はいなかった。
「まぁまぁ落ち着けって、お前もちやほやしてもらえよ。」
「くっ、僕はそんな手に引っ掛からないぞ!本当だぞ!僕は二次元さえあればそれでいいんだ!」
言葉とは裏腹に身体は素直に、
義明に誘導されるがままに、
席に着いた。
原本の接客は無論この二人である。
「なんで君たちなんだよ!」
激怒している原本に対してえーっ、と本当に驚いた様子の義明と里緒。
「えーっじゃないよ、僕だって女子にちやほやしてもらいたいんだ!」
普段のこの男の扱いについて理解している義明は本当に気の毒そうに―――
「女子たちがお前の接待いやだって!」
容赦なく現実を突き付けた。
原本は白目をむき、顔面蒼白になったが一瞬で落ち着きを取り戻しまぁ、いいや、と呟いた。
〝いいんだ・・・〟心の底で義明と里緒は原本に対して同情するとメニュー表を渡した。
「お勧めは何なの?」
原本はメニューをぱらぱらめくりながらだるそうに質問した。
「はい、おススメは当店自慢の〝女子の手製生おにぎり〟にございます。」
畏まったように頭を垂れながら話す義明に衝撃を受けたような変顔をみせる原本。
「それって、まさか・・・!」
「はい、その〝まさか〟にございます!」
義明と原本は意味ありげにニヤリと笑いながら―――
「女子が結んだおにぎり!」
二人同時に叫んだ。
本当にこの二人は息がぴったりだ、と感心するように第三者目線で眺める里緒をよそに話は進む。
「じゃあ、それをお願いしようかな!」
「畏まりました!」
義明がオーダーを取ると五分もかからない内に例の品が盆に載せられてやってきた。
そこには暗いシックな雰囲気を醸し出すこの部屋に似合わない純白の三角おにぎりが乗っていた。
原本は逃げも隠れもしない、ましてや取る者など誰一人としていないというのに、それを修羅の形相で掴み取ると勢いよく一口で食べてしまった。
「うまぁしゃぁあぁぁぁ」
とろけるようなブサ面にドン引きする義明達。
原本は良い物が食べれた、と満足して帰っていったが、原本が食べたおにぎりを握ったのは義明であると知ることになるのはまた後日のお話である。
午後二時三〇分、そろそろ出番が近づいてきた四人は体育館へ移動をし、裏方にある準備室へと向かった。
文化祭スタッフに一面真っ白な準備室に通された四人はそれぞれ好き勝手にやり始めた。
里緒は睡眠。
舞と初雪はセリフ併せ。
そして義明はイヤホンを耳にかけ、音楽を聴き始めた。
「何の音楽を聴いてるの?」
初雪は不思議そうにその光景を眺めながら舞に問うた。
だってどう控え目に言っても似合わない光景だったのだ。
「あぁ、なんか好きな歌手がピコピコ?動画で配信してるからそれを聞いてるんだって」
舞も詳しくは知らないとばかりに肩をすくめてしまった。
「でも、集中したいときなんかにいつも聴いてるみたいよ。」
舞はそう言い残すと再度自身のパートのセリフを復唱し始めた。
数分後、各自好き勝手にリラックスしているとそこに文化祭スタッフが来てこれからスタンバイに入るよう伝えていった。
それを聞いた四人はステージへと移動を始めた。
その間、四人の間に言葉はなく、その空気がまた緊張をより一層際立たせてしまっていた。
スタンバイ完了しました。、は文化祭スタッフの声。
四人は無言のまま頷き合うとスタッフに促されるがまま煌びやかな天蓋の下へと出て行き、いざ舞台の幕が開いた。
劇の内容は観客に大受けし、義明達初となる舞台は大成功を収めた。
ほっと、するのも束の間何故か生徒会役員達が壇上へと上がっていき、このままでは終われない、や目に物見せてやる、といった言葉を残しながら原本を主役に添えた劇を始めた。
なかなかに完成度は高いのだが、原本とその他との温度差が目に見えて分かる位、演技に現れていた。
結果、クラスの売り上げ一位の座も舞台の評価も原本は義明達に惨敗するというなんとも悲惨なものとなりつつ文化祭は無事に幕を下ろした。
義明達のクラスでは売り上げの一割を使って一つのカフェを貸し切っての大仰な打ち上げが行われた。
しかし、義明達四人は別行動を取り、現在カラオケ屋に来ていた。
「私、歌うの好きなんだけど得意じゃないのよね―――」
「大丈夫よ。ここには歌が上手い奴なんて一人もいないんだから。」
初雪の謙遜した態度に舞がその態度を緩和させようと軽口を叩く。
カラオケの一室を借り、トップバッターとして新参者である初雪が歌うことになった。
初雪は緊張した様子で静かに歌いだし、周りも彼女の緊張を解いてあげようと盛り上げていく。
その甲斐もあってか初雪は序盤と全く違う声音で歌いだした。
その音は透き通るように滑らかでかつ安らぎを与えるかのような安心感を感じさせた。
彼女が歌い終わった後は拍手喝采の嵐だった。
「何よ、めちゃくちゃ上手いじゃない!」
「めっちゃ綺麗な歌声だな、初めてこんな綺麗な声聞いたわ!」
舞と里緒が絶賛する中、義明は呆然とその光景を唖然とした様子で眺めながら一言呟いた。
「お前、歌い手の〝ふぅ〟さんか?」
義明のその言葉にビクッと身体を硬直させる初雪。
その姿を見て義明は本人が目の前にいることを確信する。
「何で、あなたが知ってるの?」
「いつも聴いてるからな、その歌声。」
呆然とする初雪に対して止めを刺さんばかりに義明が続けて口に出す。
「今度の文化祭の出し物は決まったな。」
「はっ?」
義明のその一言に一同口を揃えて疑問符を浮かべたが義明はそんな他人の様子などお構いなしとでも言うように一人でフッフッフと不敵な笑みを浮かべながらぶつぶつ独り言をつぶやいた。