表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

青春物語

 とある地方の郊外に新設されたばかりの学園がある。



学園の名前は加木穴工学園。


この学園の校風は〝自由〟であり、

工業専門学校や商業専門学校のように

専門性には特化しておらず、

ありとあらゆる分野の学問を学べるのが売りの、

いわば日本では珍しいカルチャースクールだ。



この学園の趣旨は、学園の創始者であり、

現校長でもあるダニエル・オースティンが

決めたものであり、校長の名前からも分かる通り、

日本人ではない。

生粋のアメリカ人である。

その為、このような独特な校風になったわけだが―――



それについて本人いわく、


〝学生たちよ、ロックな人生を送りな!〟

とのことだ。

もはや意味不明である。



しかしながら彼の言いたいことを読み取ると要訳はこうだ。


〝若いうちに色々経験して自分の一生を掛けるに

値するやりたいことを見つけな。

その為の機会をお前たちにはほんの気持ちだけ与えてやろう。〟



なかなかに子供思いの良い人柄である。


さて話を学園の話題に戻そう。

学校の外観は一面が真っ白で余分な色合いが見当たらない。

学校の敷地の広さは普通の高校と比べると遥かに広い。

マンモス校と呼ばれる学校と比較しても何ら遜色ない広さである。



現在午前7時を過ぎた頃―――



学園の敷地外にすら響いてくる騒々しい声が

学校の内部から聞こえてくる。



その音源の正体は正門から見て一番右奥にある校舎の2階―――


2年E組という名札の入ったプレートが取り付けられた

教室にいるとある男子学生のはつらつとした声だった。



「この脚本のラストやばいだろ!

主人公がヒロインを看取るシーンとか

超グッとくるんだけど!」


「え―――」



 早朝から暑苦しいテンションで話している

男子学生の名前は義明・オースティン。


なぜ、校長と同じ名字が入っているのか

詳しい説明はまた後ほど。



英語名が入ってはいるものの純日本人である。


髪型はセミロングのストレ―ト、髪色は黒であり、

鼻筋は整っていて若干たれ目の男らしいというよりは

さわやかな顔をした少年である。



一見、女子にモテそうな容姿ではあるものの

とある理由から女子たちからは敬遠されている。



 そんな女子たちの中で義明と真摯に

向き合うことのできる女学生がいた。



何を隠そう義明が現在進行形で一方的に話しかけている彼女こそが

唯一の女友達であり、同時に彼の付き合い始めて3ヵ月になる

初々しい彼女である。


そんな彼女は朝っぱらから義明に耳元で騒がれたからか、

それとも今まで散々この話に付き合わされてきたからなのか、

どちらかなのは間違いないがウンザリした様子だ。



「面白いとは思うけど・・・

自分が作ったものをそこまで絶賛するなんて・・・」


「引くわ・・・」という単語が語尾に付く前に

会話を終わらせ、引き攣った笑みを浮かべている

彼女の名前は相ノ木舞。



 容姿端麗、品行方正、運動神経抜群、

更には普段から笑顔の絶えず、

その姿を見るだけで男女問わず癒されるという

クラスの芳香剤である。



しかしながら彼女の存在はもはやクラスの枠を越え、

学年も飛び越え、先輩後輩に限らず学校中の学生

ほとんどが彼女のことを〝学園のアイドル〟と呼んでいる

程の人気者である。



そんな普段は笑顔を周りに振りまいているアロマテラピー

な彼女が今はそのような面影もなくあきれた表情をしながら

頭を抱えていた。



理由は単純明快である。

目の前の男―――


義明が原因だ。



彼は今、自分が作った作品を自身で褒めちぎるという

非常に痛い事をしていた。


そんな彼氏を目の前にして舞はまるで腫れ物を見るような

視線を義明に対して送っていた。



「それじゃあ早速練習するぞ、舞!

時間は全然ないんだからな!」


「ごめん、ちょっと話についていけない・・・」



しかし、そんな視線はどこ吹く風とそよ風のように受け流しながら


―――いや、おそらく当人はそんな視線を

向けられていたことに気づいていない―――


はりきる義明の姿に舞は思わず目を瞑った。



「何を言ってるんだ?

この作品のヒロインはお前しかできないんだよ!」


「どういうこと?」



舞が何故この会話についてこれないのかまるで

見当もつかない見紛うことなき変人である義明が

当たり前のように返した答えに対して

一般人である舞が当たり前の質問を投げ返す。



「えっ、だってこのヒロイン設定が品行方正、容姿端麗なんだ。

俺の知り合いで当てはまる奴がお前しかいなくて・・・」


「い、いきなりそんなこと言われても困るんだけど・・・」



真顔で恥ずかしくなるような事を言われ、

舞の顔が真っ赤に染まっていく。



「でもお前っていつもうるさいし、

髪の長さも肩に掛かる位までしか伸びてないから、

文学少女、黒髪ロング、深窓の令嬢っていう

設定は変更しないとな。」



(もう少し言い方ってものがあるでしょう―――)


真っ赤に染まっていた顔が一瞬で冷めた。

まるで怒りをこらえているかのような・・・

いや確実に怒っていた。



「頼むよ、お前しかいないんだ!」


そう言われ、また舞の表情は赤くなっていく。

彼女も色々と忙しい。



「あんたがそこまで言うならやってあげても良いけど・・・」


「本当か!?よしっ!」


舞がとうとう義明に根負けしてしまった瞬間である。



「それで私がヒロインをやるとして演劇の舞台はいつ?

どこでするのよ?」


「えっ?今度の学園祭だけど?」



「はいぃぃぃぃ?」



義明のあっさりと返した爆弾発言に

舞が両手を机に叩きつけて立ち上がる。



「あれ?俺、なんかおかしい事言ったか?」


戸惑う義明。本人には舞がここまで取り乱す理由に

皆目見当もつかないらしい。


「私に全校生徒の前で恥をかけっていうの?」


舞が大声で怒鳴る。舞が怒るのも当然である。



 ここ加木穴工学園はカルチャースクールである。


その為、十一月に開かれる学園祭のステージイベントでは

色々と個性豊かな出し物が個人、団体、クラブ問わず

催され、多くの来客がそれを目当てに訪れる。



 顧客の満足度、ステージイベントの参加者数を鑑みて

学園祭のおよそ一ヵ月前にステージイベントの参加者達を

学生会、教師陣が審査し、選抜していくのだ。


年々ステージイベントのハードルは上がっていき、

興味本位で始めた素人の演劇など学園祭で

やらせてもらえるのかもはなはだ疑問なのである。



「いや、その言い方は何かひどくないか?

まるで俺の脚本がおもしろくないみたいな?」


義明が段々しょんぼりしていくと

舞が止めを刺すかのように畳みかけてくる。



「当たり前でしょ!

素人が作った脚本に素人の演技、素人の演出、

どうやってもひどい未来しか見えてこない!」


すると何を思ったのか義明は急にキリッと

引き締まった表情をした。


「それは大丈夫だ。

客の大半は演技とか脚本とかじゃなくて

キャストのビジュアルにしか目がいかない。」


「あんたのその偏見どうにかならないの?」


舞がまたしても頭を抱える。



「事実だ。

話と演技が上手いだけで客呼べるなら

ブサイクな奴に主役やらせてもいいだろう?

なのに今までそんな作品見たことないぞ。」


真理だとでも言うように義明は断言してくる。



「じゃあ、あんたが主役をやるの?」


「いや、主役は里緒に頼む予定。俺はナレーション。」



「は―――?

普通そこはあんたでしょ?

こういうのってカップル同士の思い出作りには

持って来いじゃない!」


〝なんだかんだ言って乗り気じゃないか〟


と義明は心の中で野暮な突っ込みを入れた。



「朝から騒がしいな。何の話をしてるんだ?」



 義明と舞に気さくに話しかけてきた

この男子学生の名前は環里緒。



 短髪に若干赤く染まった髪、少し吊りあがった鋭い目、

目鼻立ちはしっかりと整い、高身長に小顔と義明とは

タイプが違うイケメンである。


 更に義明とは違って学生達に対する接し方も良い為、

女子たちからは憧れの的になっていた。



「ちょうどいい所に来たな。

里緒、俺が作った脚本の主役を演じてくれ。」


舞の時とは違い、前振りも何もない状態で

義明は里緒に脚本の主役をやってくれるように頼みこんだ。



「いきなりそんな風に頼まれたって誰もやらないわよ。」


舞がご尤もなことを言うが―――



「いいぜ。」


「えぇぇぇぇ」


里緒は二つ返事で義明の頼みを承諾してしまった。



「さすが里緒!舞と違って物分かりが良くて助かるよ。」


「お前の頼みなら何だっていいぜ。」



「里緒・・・」


そう言って、義明と里緒はお互いに男子学生が会話

するにしては近すぎるぐらいの距離で見つめ合った。



「そういうことをやるからあんた達には

変な噂が立つのよ。」


私まで変な噂をされては敵わないとでも言うように

舞は自分の席から義明と里緒を追い払った。

そのやり取りの最中に黄色い声が聞こえたのは

きっと気のせいだろう。



 義明たちが自分の席に戻ると学校のチャイムが鳴り、

担任が教室へやってきて朝のホームルームを始めた。


(ふぅ、俺のブレイクタイムが始まるぜ!)


義明は心の中でそう独りごとをつぶやくと

静かに頭を机に伏せ目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ