桜舞うこの道で少女は笑う
桜の咲く通学路の途中、僕は恋をした。
歩く道の両脇には一面の桜。
目の前には桜の花弁達が舞い散っていて。
その中心に、彼女は居た。
まるで、佇むように、溶けこむように。
桜そのものであるかのような彼女は、僕を惹きつけた。
周りを歩く誰もが、彼女に気づかない。
いいや、気づいていたのかもしれないけれど、彼女に誰も見向きもしない。
どうしてだろう、彼女は、あまりに自然すぎた。
この風景の中に、自然に在り、そして異質でもあった。
僕にとって彼女は、この一瞬の中で自然に在る彼女が、また、異質でもあったのだ。
不自然に立ち尽くす僕を、歩く人々は怪訝そうに避けていく。
それでも、僕はただ、彼女を見ていた。
彼女は僕に気づくと、ゆっくりとこちらに向かう。
こちらに向かいながら、彼女は僕に話しかける。
「おはよう」
「お、おはよう」
不自然でしかない僕の存在に、当たり前のように、ただ、挨拶をした。
どこまでも不自然である僕と、どこまでも自然と溶けこむ彼女は、出会った。
彼女は、桜が好きらしく、桜が咲けば、この場所で全てが散ってしまうまでに毎日、眺めるらしい。
例えそれが雨の降る日であったとしても、その桜を最後まで、見届けるらしい。
多くの人が、それを不思議に思うだろう。けれど、彼女にとってそれが自然であり、普通なのだ。
特別でありながら、彼女にとってはそれが普通であった。
そして僕も、彼女にとってそれが自然であることだと思えた。
この桜の、まるで海のような場所で、彼女はとても自然に、まるで最初から一部であるかのように在ったのだから。
彼女と同じように、けれど少し違う形で、僕も桜を眺めた。
毎日、桜が散っていくのを見た。
散っていく桜は少なくなっていくけれど、彼女が桜を眺める時間は長くなっていった。
最後の桜が散った時は、彼女はこれまでで一番長い間、桜を眺めていた。
もう、花弁のついていない桜の木の姿を、ずっと、眺めていた。
ほとんど、彼女と会話はなかった。
けれど、いつからだろうか、この短い間に、僕はそんな彼女に恋をしていた。
いつからか僕は桜ではなく、桜が大好きな彼女に、見とれていたのだ。
桜も、彼女も、美しく、そして独特の儚さを持っていた。
共に居たいと、思った。
その日、僕は彼女に告白をした。
彼女は、そんな僕の言葉に、ほんの少しだけど、驚いた顔をしていた。
そんな顔も、初めて見る顔だった。
ただ、彼女の返事は「来年の桜が、今年よりももっと美しいものであったのなら、いいよ、付き合ってあげる」
そんな言葉が返ってきた。
だから、僕は、その時がやってくるのを、待つことにした。
「分かった、約束だ」
「そうだね、約束」
そんな言葉を交わして、僕達は別れた。
次の日になると、彼女はもう同じ場所には来なかった。
女々しいことに、僕はそれからも、毎日その場所に出向いた。
この場所が、全てであり、きっと、全てがこの場所で始まり、終わるのだから。
だから、僕はこの場所に出向いた。
だからだろうか。次に桜が咲く時、予感があった。
ああ、次に僕があの場所に行く時、きっと彼女が居る。
その予感は数分毎に強くなっていく。
桜が、咲く。
それは、彼女との再会を意味していた。
たった1ヶ月にも満たない時間を過ごしただけの少女。
それでも、僕はそんな彼女に恋をした。
だから、彼女は僕の始発点だ。
会いに行こう。
本当の意味の、始まりを手にするために。
あの場所で、美しく舞う桜の中で佇む、少女の元に。
――桜舞う場所で、少女は立っていた。
見つけた僕は、ゆっくりと、彼女に近づく。
彼女はやがて、遠くから近づいてくる僕に気づく。
そして、ゆっくりと僕の方へと振り向き。
優しく、微笑んだ。