6-黒い影
炎の原書 第4巻
9巻まであり、そのうちの4巻まではザクロ・リリウムが所有している。5巻以降はどこにあるのか不明である。
著者イデルマージが死ぬ前に自分を9つの本に投影したとされる魔導本である。炎の賢者として名を馳せた人物だったが、弟子に見合うものが居らず本に術を書き残した事がきっかけで魂が宿り、それを利用し本にイデルマージの全てを入れた。
◇
「そのこの…爺さんは―」
「イデルマージというジジイよ。生前の記憶はないけれども炎の術などは多彩に知ってて、他にも見たことない術とかモンスターの知識とか結構知ってるのよ」
「すごいんだな」
ツェリスカはジジイと呼ばれているイデルマージを見る。全身が炎で形成されてはいるが熱くは感じない。馬車も熱で焦げ付いたりもしていない、攻撃する意思はないと火傷などは置きないのだろう。
「リリウムさんは、その―」
「ザクロでいいわ、周りの人が固っ苦しいのよ。ザクロでいい」
彼女はニンマリとかわいい笑顔をした、ツェリスカは小人族はみんなこんなに愛嬌があったり、怒りやすかったり、感情が豊かなんだろうなと感じた。
「それじゃあ、ザクロくんと呼ばせてもらうよ」
「改めてよろしくね、やっぱり一緒に戦闘をしないと気が許せないっていうのかしら、そういうのあるよね」
「ああ、そうだな」
その後、炎の原書 第4巻について教えてもらった。9巻目までコンプリートしたいという思いがあるが5巻目以降は手がかりがなく、お手上げ状態だという。本に聞いてもわからないため、ザクロ・リリウムいわく「かゆいところに手が届かない使えないジジイなのよ」とのことだった。
「ホッホッホッホッ…」
召喚されていたイデルマージは悲しそうな顔をしていたが、ツェリスカは見なかった事にした。
◇
調査団のキャンプ場に着くと、洞窟へ続く穴があった。穴そのものは言われなければわからない場所にポッカリと空いており、地形で出来た影と見間違うような見た目だった。
「ここから海賊の拠点へと繋がっています。こちらが簡易的な地図になりますが、入江と繋がっているため、時間帯によっては水位が変わったりします。お気をつけてください」
軍の兵士から渡された地図をテント内で確認する。地図の貸出はされていないため、二人は頭に叩き込むが、ザクロ・リリウムはイデルマージに覚えさせていた。ツェリスカの方はそんなに難しい地図では無かった為、すぐに覚えた。
二人は頷き、海賊の拠点へと入っていく―
中は迷路になっているように入り組んではいるが、そこまで迷うような構造ではなかった。しかし、岩やサンゴのようなものがそこら中に突起しており、当たると裂傷になりそうだった。
「ツェリスカは、大丈夫?大きいから気をつけるんだよ」
ツェリスカよりのひざ上あたりの身長しかないザクロ・リリウムとその倍以上のツェリスカでは気をつける範囲が変わってくる。洞窟内は天井が低いところもあれば高いところもあるし、狭い道もあれば広い道もある。大抵、低く狭い場所は気をつけようにもあたってしまうからだ。
「なんとか、大丈夫だ」
ツェリスカは魔導本で突起している岩などを力技で壊して、当たらないようにしていた。
中を探索して数時間経ったあたりで、どん詰まりに行き着く。
「おかしいわね…まだここから続いているはずよ?そうでしょジジイ」
「ホッホッホッホッ、そうじゃのう」
ツェリスカも覚えていた地図の内容では道はまだ続いていたのを覚えていた。気になり、あたりを見渡すと人為的に造られたような箇所を目に入った。
「奇妙なくぼみがある…」
「隠し通路のスイッチね、ジジイ調べなさい」
ジジイのこと、イデルマージはふよふよとその箇所を調べる。ツェリスカはトラップなど仕掛けられたとしても、これなら引っかかりにくく便利だなと感じた。
ガコン
岩の壁だった場所が開かれていき、隠し通路が発見される。
「なーんか、奇妙な気配がこの先からするわね」
「ああ、何かいる」
「この隠し通路、調査団が来た時は開きっぱなしだったってことかしら…」
二人は魔導本を構え進んでいく、入り組んだ通路の先に水浸しになった場所に出る。海面が上がってきて足は普通に着くくらいの水位だった。二人は濡れることも厭わないでゆっくりと歩み、周囲を警戒するのを怠らず進んだ。
二人が警戒しながら進むと黒く濁った水が先にあり、足を止めた。その黒く濁った水の出処である奥底から水泡がボコボコと出ていた。何が奥底にあるのか二人は見ようとするが、黒く濁った水が底を見えなくしていた。
「なんだろう、濁っているけれどそれ以上に広がっていない…」
ザクロ・リリウムは状況をつぶやくと水泡が止まり、水柱が立ちその中からピラニアの魚人が現れた。
「シャー!!!」
「なっ!」
突然の事でザクロ・リリウムは反応できなかったが、イデルマージが守るように前に出て炎の壁へと変質する。炎の壁の奥から一匹だけではなく数匹の影が見えた。
「何体か新たに現れたっぽいわね…」
ザクロ・リリウムは舌打ちをする。術士は基本、遠距離から一方的に戦うものだ、敵に近寄られたら撤退するものだ。
「私がやる…」
ツェリスカがザクロ・リリウムの前に出る。そして、炎の壁に向かって、魔法弾を撃ち放つ。魔法弾は炎の壁を貫通し、壁向こうにいる魚人たちにあたっていく。
炎の壁の向こうに揺らめく、影が一つ、二つと消えていき現れていた魚人だと思われるものは全て撃退された。
「気配が消えたな」
ツェリスカは後ろ見ながら彼女に告げる。
「むちゃくちゃだわ…」
炎の壁となっていたイデルマージが元の爺さんの姿に戻る。
「ホッホッホッホッ、ちょっと痛かったぞい」
「ツェリスカ、やるときは言ってよね」
消えた炎の壁の向こうにはピラニアの魚人たちが倒れていた。どれも胸にぽっかりと穴が空いていた。そして、ピラニアの魚人たちの胸のあたりから黒い煙のようなものが出ており、それが魚人たちの身体全体からも出てくるようになっていた。
「これは…モンスター化していたっていうの?」
ザクロ・リリウムは魚人の死体を見て、顔をしかめながら危機感を抱いた。
死体だった魚人たちが全て霧のようになっていき、死体がなくなっていった。ツェリスカにはどこか見慣れた光景に感じていた。
「いけない…これは急がないと!」
ザクロ・リリウムは奥へと走っていく、ツェリスカもそれに続いていった。
奥に進んでいくと水位は変わらなかったが、簡易的な門がありその門は壊されていた。門をくぐり、中へ入ると開けた場所へとたどり着いた。あたりには箱や樽、テーブルなど、生活感があり、拠点という言葉が似合っている場所だった。
「人の気配がない…」
ツェリスカはあたりを見渡しながら、何かないか探すがいくつか部屋を見つけるが特に何もなかった。
「ツェリスカ、こっちよ!この先に入江がある!」
隠し通路がまだあり、ザクロ・リリウムは隠しスイッチを見つけて新しい通路が開かれていた。
入江の地面にはワカメであふれていたように見えたが、黒い根が張っていた。
「なにこれ気持ちわるっ」
「これはどこから来ているんだ?」
ツェリスカはしゃがみ込み、黒い根を触る。それが危険ではないと彼女にはわかっていた。彼女はこの黒い根の先に自分に関する何かがあると感じていた、自分が思い出せない記憶がこの根を知っていると告げていた。
二人は黒い根の先へと進んで行くに連れて、黒い根ではなく黒い地面に変わっていた。その中心地点に巨大な黒い刃に鈍く金色に似た金属で装飾された剣が地面に突き刺さっていた。黒い刃には青白い光が流れており、それが地面に脈をうっていた。光はゆっくりと点滅していた。