49-ただ、感じるがままに
ツェリスカが持つ大剣ディヴァインエッジは対不滅者用の武器である。先は尖っておらず、四角く切り取られたような形をしている。諸刃ではなく片刃であり、紫黒い刀身に溝と呼ぶに近い深さで紋様が描かれている。
戦闘時に力を流し込む事で刀身の紋様がうっすらと光るようになり、敵や状況に応じて特殊な効果が付与される。幾重にも分身する刀身や空間そのものを切断する刃になったりなど、振るう者の力によって発揮される。
人種族が扱うには大きすぎる剣であり、巨人種族であっても両手で扱うような大きさである。大剣の重量は持ち主の意思に変えられるが、力を流し込みながらでないと重量は一番重いままに固定された状態になる。力を流し込む事によって重量そのものを鍔に装着されている宝玉へと収納される。一定時間、重量と宝玉へと閉じ込める続ける事によってその圧縮した力を解放させて大剣の力を発揮することも可能にもなる。
大剣ディヴァインエッジの正式名称は「暫時羽叢ノ刻」
◇
蛮神を屠ったツェリスカたちは精霊の森の中心部の都市に戻り、反省会を開いていた。
「ザレク、マゴク…今後の事についてなんだがな―」
「ねぇ、ツェリスカ…その前に現状を整理した方がいいんじゃないかなって思うんだけど」
ザクロ・リリウムがツェリスカが冷静に成れておらず少し焦っているのを感じ取り、今後の事を話し合う前に今と向き合うことを提示していた。
「あ、ああ…そうだな」
「まず、こちらから喧嘩を売ったわけではないけれど、あっちからしてみれば喧嘩を売ったと思われているわ」
ザクロ・リリウムは面倒そうな顔をし腕を組んでいた。本音としては、力ずくでも相手の非を認めさせて終わりにしたいところだった。しかし、一国の相手ともなるとそれだけで済むような問題にはならなくなってくる。
「あちら側からしてみれば、この精霊の森はドラシアルユースの一部だと思ってる。神聖マナ樹国は精霊の森があって建国できた歴史があり、恩恵そのものを重要視している。今後も搾取しながら手放したくないという方針だということ」
いつになく、ザクロ・リリウムは真面目に喋っていたが片手にポーション割りをグビグビと飲みながらやっていた。
「ここまでやってきたというプライドなのか、ドラシアルユースという国はかなり偏屈な国よ。ザレクちゃんとマゴクちゃんも知ってると思うけれど」
ザクロ・リリウムはいつもよりもポーション割りを飲んでいた。いわゆる酔っているという状態だったのだ。彼女自身、考えさせられる部分があったいろいろ面倒な事に直面して、ストレスが溜まっていたのだ。
「「隊長ぉ…」」
ザレクとマゴクはツェリスカに今後の方針を決めてもらいたそうに見ていた。
「はぁ…」
ツェリスカはため息を付きながらも、今後どうしていくのがいいのか必死に考えていた。そして、気になっていた事が彼女の中で疑問として湧き出ていた。
「そういえば、人種族と契約を結んでいる妖精種族、精霊種族はいるのか?」
「いないです」
「この時代にはいないですねぇ」
「それだ」
ツェリスカは打開策の一つを思いついた瞬間だった。
◇
神聖マナ樹国ドラシアルユースの国内は静かなものであったが、長く奴隷民と虐げられていた巨人種族たちが精霊の森へと逃亡していっていたのだ。事の発端となるツェリスカが考えた打開策がザレクとマゴクによって違う方向へと加速していったのだった。
「労働力を奪い、国そのものの力を長きにわたって衰退させていく…素晴らしいです、隊長!!!」
「そして、我々がこの時代の人種族たちと関係性を親密に持つようにしていく謀らい…感嘆いたしました、さすがです隊長!」
ザレクとマゴクは都合の良いように考えていたのだった。
「いや、そうじゃなくてだな…」
ツェリスカの声はザレクとマゴクには届かず、奴隷民として虐げられる生活から脱したい者達はひっそりと精霊の森へとの門が開かれ、秘密裏に彼らを招き入れていったのだ。
ツェリスカが考えていた打開策というのは、精霊種族や妖精種族との契約を行うことでより力をつけることが可能だということ、そして契約は「信頼」といった心の絆によって出来るので、互いに手を取り合っていくようにしていけばいいということだったのだが、彼女の言葉は誤解を生んでいたのだった。
「力なき者と手を取り合い、契約を交わしていけば、見逃せぬ存在になる。とは言ったが…」
ザクロ・リリウムはとろーんとした目をしながら、ケタケタと笑っていた。すっかり出来上がっていた。
「い~いんじゃない?見下していた、奴隷として蔑んでいた…な~んにも力がない巨人種族、いや筋肉だけはあるか―精霊や妖精ちゃんと契約して強くなったらさ…考え方も変わるでしょ、うひひ」
「ザクロくん…」
「そーれよりも!ツェリスカはどすんの?私もだけど!!!お尋ね者になったと思うんですけどー」
酒臭い息をツェリスカに吹きかけながら背中によじ登っていた。
「いいさ、例え…お尋ね者になろうと…罵られ蔑まれようと構わないさ。自分がかっこいいと思ってくれる人がいるのならそれでいい」
「なにそれ、口説いてるの?」
「バ、バカッ!そんなわけないだろ!」
「うひひー、何マジになってるのーあっやしー」
精霊の森はこの一件から、巨人種族に門を開くようになっていき都市部では巨人種族が住まうようになっていった。神聖マナ樹国ドラシアルユースとの関係は相変わらず悪いままであったが、真朱の旅団を退けるほどの戦力を持っている事から迂闊に手出しは出来ないまま過ぎていった。また、ザレクとマゴクは神聖マナ樹国ドラシアルユースから呼ばれるが全て無視していき、奴隷民が次第に失われ労働力が失われ、精霊の森は蛮神召喚に頼らずとも力をつけていくのだった。
約一ヶ月経過した頃には、神聖マナ樹国ドラシアルユース外からの巨人種族がやってくるようになり、巨人種族の男はクマーン、女はゴリラーンとして呼ばれ、森の守護者の眷属として噂されるようになっていっていた。それでも差別は神聖マナ樹国ドラシアルユースからはなくなりはしなかったが、それが労働力の低下に繋がっているとは思ってはいなかった。
また、神聖マナ樹国ドラシアルユースの近辺では巨人種族を狙った事件も同時に起きており、共通するのは炎系の術式による犯行だったということだった。だが、被害にあってるのが巨人種族ということもあり、あまり重要視されていなかった。そして、被害にあった巨人種族は、そのまま精霊の森へと運ばれ治療された。
「あの子鬼だな」
「ああ、またあの子鬼か」
ザレクとマゴクは火傷を負った巨人種族を精霊の森へと運びながら、コーディネイト・アーデル・ラーンブレイズという元真朱の旅団の団長の犯行だと知っていた。
「うーん、どうする?」
「どうするもこうするもねぇ…」
ザレクとマゴクは蛮神を召喚して退治するという選択肢はすでになかった。あるのは自分たちの下位種族の精霊と妖精の契約者を増やし、新たな未来をつくるということだった。
「ま、子鬼風情のクズ…モンスター畜生に劣る存在だし、物好きな賞金稼ぎ(バウンティハンター)が倒してくれるでしょ」
「そ~ね、それにさ…そのうち、精霊や妖精との契約者が倒しちゃったりしちゃうんじゃない?」
「あっはは、たしかに」
「だよねー」
精霊の森と神聖マナ樹国ドラシアルユースの関係は次第に気薄になっていった。ザレクとマゴクが統治することになった精霊の森は、ツェリスカの故郷になったのだった。
「それにしても、隊長、出発しちゃいましたね」
「ねっ!まぁ、何かあったら召喚してくれるだろうし」
ザレクとマゴクはツェリスカとの関係が時を経ても変わらずだったことを感じ、自分たちと同じような関係を精霊や妖精たちにもあって欲しいという願いのもと、歩むことにしたのだった。
◇
ツェリスカとザクロ・リリウムは、神聖マナ樹国ドラシアルユースより北西付近の山にいた。
「全くさー、ほんとにさー、これでもうあの国に行けないじゃん」
「それは悪かったよ、ザクロくん」
「ほんとだよー、こうなったらとことん付き合うから、しっかりしてよね!」
「ああ、悪かったよ。無様に生きないさ、かっこよく生きるよ」
二人は、タヴォールとン・パワゴが向かった先へと歩んでいた。
(タヴォールが向かった先…私達が産まれた研究所か、だとしてもアレは地下施設だったはずだ。それとも次元断層隔離防壁によって次元断層の影に隠れたまま今に至るというのか?)
ツェリスカは悶々としながらも、自分たちのルーツとなる場所へと向かっていた。その詳細な場所についてはザクロ・リリウムが知っていた。
「ここから結構歩かないとつかない場所とはいえ…この山って結構モンスター出るのよねぇ」
ポーション割りをグビグビと飲みながら、周りの気配を探りながら歩いていた。
「モンスターが出るのか…」
半眼になりながら、ポーション割りを飲んでいるザクロ・リリウムを見ていた。
ツェリスカの武装は後腰に魔導本、右腰に大剣ディヴァインエッジを変形させたベヨネットハンドガンをホルスターに入れた状態で吊り下げていた。そして、巨大なバックパックを背負っていた。
彼女たちがタヴォールとン・パワゴと別れてから数ヶ月経っており、次第にその間、蛮神を倒した事や蛮族と呼ばれている亜人種族との関係など人種族との架け橋になったツェリスカやタヴォールは冒険者などで噂になっていた。
そんな事をつゆ知らず、ツェリスカは自分の生き方を見つけ「かっこよく」生きるために妹のタヴォールとン・パワゴが向かった先にザクロ・リリウムと向かうのだった。




