5-不機嫌のザクロ
冒険者として名が通るようになると異名で呼ばれるようになる。自分自身名乗る者もいれば、周りが勝手に呼びはじめて定着していく―ザクロ・リリウムは後者である。
不機嫌のザクロ、この異名は不機嫌にさせたらヤバイ、その一言に尽きる。そして、沸点の低さから出会ったら機嫌を損ねるようなことは絶対にするな、と言われている。
◇
馬車の前方には一際大きな魚人族、全身固いウロコにピラニアみたいにギザギザな歯、にちゃりとよだれのようなものが垣間見えていた。馬車の運転手はひぃと声を上ずり、怯えていた。
軍の馬車を襲ってくるくらいだ、相当な腕に自信を持っているのか、あるいは行かせたくないのか、とツェリスカは考えていた。奇襲、馬車から降りる前に遠方からの攻撃で襲撃しなかったのはなぜだと疑問に思っていた。
彼らの獲物はどれも近接用だった、槍、剣、斧…術士だと思われる者は杖を持っていた。つまり、遠距離からの先制はできなかったのだろうと瞬時にツェリスカは理解した。
「いい機会だから、ツェリスカに見せてあげる」
ザクロ・リリウムは口の端を吊り上げながら笑みを作っていた。不機嫌さを隠すようにその作り笑みは相手に恐怖を与えていた。
「か、かかれ!!!」
海賊の一人が叫ぶと同時に彼らは彼女に襲いかかろうとする。ツェリスカは後腰の本を抜こうとするが、ザクロ・リリウムが開いたページに手を叩きつけると、本から揺らめいて出ていた炎がボワッと湧き出た。
襲いかかろうとした盗賊は物怖じし、距離を置いてしまった。それが近接戦闘をしない術士に対しては自殺行為と言われるものだとしても怖かったのだ。
そこには初老、だが炎に包まれ、髭は炎で出来ている。もちろん、髪も服も…すべて様々な炎の色で形成されていた。揺らめきながら海賊たちを一瞥する瞳は燃えていた。
「ホッホッホッ、雑魚ばかりじゃのう」
炎の初老は彼らを挑発する。
「ジジイ、やるわよ」
彼女が持つ魔導本、炎の原書 第4巻は持ち主を選ぶ魔導本だ。生きている本と言われているため、読み解くにしても保管するにしても持ち主を選ぶ。ザクロ・リリウムが召喚士と呼ばれるのはこの本の著者であるイデルマージを具現化させた事でその名を馳せた。
だが、それだけで小人族の可愛らしい彼女が冒険者として名を馳せたわけではなかった。
シュボッ、シュボッ、シュボッ、と馬車後方を囲んでいる人数分のピンポン球サイズの炎の球がジジイと言われた炎の化身から現れる。
海賊一味は恐怖で動けていない、これから何が起きるのか耳にしているもの、信じたくないという思いで彼らは震えていた。
「くそっ!くそぉぉぉ!!!」
一人が恐怖に打ち勝ち、剣を構え直しザクロ・リリウムに斬りかかろうとするが、ピンポン球サイズの炎の球が彼に向かってまっすぐに投射された。
避ける、なんていうことが不可能とも言える速さだった。ゆらゆらと相手に向かっていくもののその速さはとんでもなかった。
バンッ!
当たった瞬間に爆発し、対象者を焦がしながらふっ飛ばした。ふっ飛ばした先は綺麗にさっきまでいた場所だった。
それを見た海賊たちは逃げようと踵を返そうとするが―
「舐めんな」
ザクロ・リリウムは残りの炎の球を海賊たちにめがけて撃ち放ち、バンッ!バンッ!ババンッ!と小刻みに爆発音が鳴り響く、食らった海賊たちは焦げ付いており、軽微なやけどを負っていた。髪はチリチリになっているものもいたが、服とかに火などはついていなかった。
「かなり手加減したし、死んじゃいないわよ」
「ホッホッホッホッ」
焦げ付いた臭いとうめき声がかすかに聞こえる。気力がある海賊はボソリとまっとうに生きようとかつぶやいている。
馬車後方の敵は瞬時に片付く、すると前方の方から怒りの声が聞こえてきた。
「シャー!!!!何が起きた!!!!」
ツェリスカとザクロ・リリウムは前方に向かうとそこには槍を構え、運転手はすでに殺されていた。
ザクロ・リリウムは不機嫌になっていた、この大量の焦げ付いた海賊とこのピラニア魚人を馬車で運ぶのに運転手が死んでいては面倒だという思いがこみ上げてきていた。死んだ運転手について、彼女は何か思うことは無かった。彼女にとって誰かの死というのは戦闘中において気にかけて過ぎると自分も引きづられて死ぬ、というのを理解しているからだ。
ツェリスカも同様に同じだったが、素早く訓練用の的に当てるように敵を目視した瞬間に魔法弾を撃ち放った。だが、相手はすでに警戒していた為、あっさりと避け、そのまま接近してきた。
「シャー!!!」
魚人の口からツバが飛び散っているのが見え、ツェリスカは不快に感じつつも接近してくる相手に対して自らも接近する。
槍による突き、身を捩り避けるが、避けた方向にそのまま槍が薙ぎ払われる。
ガキンッ
魔導本のカバーが槍とぶつかり金属音の衝突音が鳴る。
「なっ?!」
ピラニア魚人は見開いている目を更に開き、驚きながら距離を取った。ツェリスカはその隙を見逃さず、魔法弾を再度発動させ撃ちこむ。今回はすでに魔導本を抜いてる状態である為、予備動作はなく瞬時に発動する。
バァンッ!
びちゃり、ごとり、血肉が地面に落ちる音と共に腕が転がる。
「ぐ、ギャァ!!!」
ギザギザの歯を食いしばりながらピラニアの魚人はツェリスカを見据え、苦しさと悔しさの表情が入り混じった顔をしていた。
遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「チッ、引き際か…テメェ海の藻屑にしてやるからな」
ピラニア魚人は大きく口を開くと黒い球を吐き出す。すると黒い玉から煙が立ち込め当たりを包み込む。
ツェリスカは毒かもしれないと思い、立ち込めた煙から距離を取り、煙の中からの不意の攻撃に警戒するも煙が消えた後にはピラニア魚人の姿は消えていた。逃走用に使ったとわかり、周囲の警戒に移行し、あたりを見渡した。
すると前方からさっきの馬の蹄の音がやってきた。どうやら軍の兵士たちがさっきの爆発音を聞いて駆けつけてくれたようだった。
「おい、お前ら何者だ?」
軍の兵士たちは銃を構え、こちらに銃口を向けて詰問してきた。
「海賊に狙われて、次はあんたたちが襲ってくるっていうのかしら?」
軍の兵士たちがザクロ・リリウムの姿を見て、瞬時に銃をしまう。
「「こ、これは召喚士リリウム殿!し、失礼しました!!!」」
馬から飛び降り、敬礼する軍の兵士たち…ツェリスカはどんだけ恐れられているのだろうと…不機嫌のザクロ、その異名は敵だけではなく味方までにも浸透しているのかすごいなと素直に彼女は感じていた。
ザクロ・リリウムは事情を説明すると、兵士の一人が運転を行うことになり焦げ付いた海賊どもは馬車の中に入れられた。結構な人数だったが重ねて入れられたりしていた。海賊に人権などはなく、モノ扱いに近かった。ツェリスカもそういうものだろうと思う程度だったが、一緒に乗るのも嫌だなと思ったりはした。
軍の兵士に聞くとキャンプ地はすぐそこだと聞いた。ザクロ・リリウムの召喚した爺さんが出した爆発音が聞こえるくらいだからそんなに遠くはないだろうということで焦げ付いた海賊たちが一緒にはいるが馬車に乗っていくことになった。
召喚された爺さんは戦闘が終わった後も残っており、ザクロ・リリウムが本を閉じて腰に本をしまっても召喚された状態だった。
「ホッホッホッホッ」
ツェリスカは興味津々で爺さんを見ていた。
「気になる?ふふっ」
ザクロ・リリウムは自慢したそうにニンマリとしてツェリスカを見る。その仕草は首を少しかしげながら問いかけるような感じだった。
「ああ、気になるな。教えてくれるか?」
調査団キャンプ地に着く間、彼女が所有してる爺さんについて話を聞くことになった。




