36-奴隷民族
種族ごとによる子孫繁栄の仕方と考え方の違いはある。形成された文化によって大きく異なり、種族同士の戦争に発展するほどのものだ。
外見的特長から巨人種、人種、小人種、妖精種、獣人種、亜人種と分類されているがどの種族にも長寿や不老といった希少な特性を持つ種族がいる。
異種族同士の婚姻や出産などは種族によってはタブーとされる事もある。それは宗教上であったり、風習であったり、理由は様々だ。
◇
飛空挺でドラシアルユースに着くと海洋都市メイルブラドォと違い、綺麗な木造建築の建物にツェリスカは目を奪われた。木材と一言にいっても、白、黒、灰色、茶色など様々な木材が使われており、それらを組み合わせて造られていた。
到着する前にドラシアルユースを上空から街並みを見ようとしたが、樹々によりよく見る事は出来ず、ツェリスカは少し残念な気持ちになっていた。
しかし、到着してからあたりを見ると木々に隠れた都市がそこには広がっていた。自然と共生した都市国家がそこにはあった。
神聖マナ樹国ドラシアルユース、神権政治のよる土台があり、かつ血統主義が根強く存在している。一部種族に差別的であり、奴隷として扱っており労働力として使われている。しかし、全体的に奴隷人口は横ばいであり新しく奴隷を仕入れるといった事はしていない。奴隷同士で婚姻させ、奴隷という民族を産み出しているからである。
他の都市でも奴隷制度があるが、この都市では奴隷というのは民族としてくくられている。奴隷民族は産まれて死ぬまで奴隷のまま、奴隷はここでは一生奴隷のままである。
ツェリスカはザクロ・リリウムの後ろからついて歩いていた。ザクロ・リリウムからは私の後ろから着いて歩くように、他の人と視線を合わせない事と言われていた。この国がどういう国なのかというのを予め飛空艇内で教わっていたのだ。
この国では、巨人種族は奴隷民族として扱われ、差別されている。
ツェリスカの見た目は男に見え、巨人種族の中でも身長が低い方に入るのでこの国では勘違いされたままでいられると考えたのだ。実際に周りの反応は男性の人種として見られており、ザクロ・リリウムが考えるような不快な状態にはならなかった。
この国は排他的であるとザクロ・リリウムから聞かされていたがツェリスカはピンときていなかった。
飛空艇発着場から街中を歩いて、宿屋兼酒場までぶらりと二人は赴いた。地面は鋪装されておりウッドチップや木の板で道が出来ていた。木々に囲まれてはいるが広場のようなものがいくつか点在し、木々の隙間に木造の建物が造られていた。
上を見上げると、木の上にも家があるが造られたというよりも木そのものがそういう形をしている。地面に近いほど建築物は新しく、木の上に行く程古いのだ。木の近くに作り、木の成長と共に家は取り組まれていくのだ。
それは長い年月から成せる建築法でもあり、ここで採れる木材が特殊だからこそ可能な技術である。
ザクロ・リリウムは何度かこの国に来ておりどこに何があり、情報が集まりやすい場所である酒場へと向かった。
途中、セーブポイントがある広場まで来ると、木材で造られたアーチ状のオブジェが円形ホールを模っていた。セーブポイントを中心にベンチが置かれ、ベンチとベンチの間には花壇が置かれていた。
そこでツェリスカはセーブポイントに触れる。初めてきた都市でセーブポイントには触れておく事、それがザクロ・リリウムに言われたことをちゃんと覚えていたのだ。ザクロ・リリウムは頷きながら微笑んでいた。
当のツェリスカは触れた瞬間に、目の前が真っ暗になっていた。いつぞやの時のように星がきらめく空間の中に居た。
「ここは…」
周りを見渡すとタヴォールがツェリスカの方を睨んでいた。
「タヴォール!」
ツェリスカが叫ぶが、タヴォールは踵を返し、首を振りながら暗闇へと溶けこんでいった。
ツェリスカはため息をつき、下を向き自分自身落ち込んでいる事に少し驚きと感じていた。そして、また周りを見るとダネルダネルの姿を見つける。
ダネルダネルは綺麗な金髪が真っ赤な血色に染まっており、巨大な竜たちと戦っていた。苦戦はしているようには見えなかったが、どこで何をやっているんだとツェリスカは思っていた。また、妹が竜と戦っているが元気そうなのを確認してホッとしていた。
「ツェリスカ!やっと来てくれた!森にきてきてー!」
ザレクがやかましく現れ、ツェリスカは露骨にげんなりした顔を見えた。
「わかる!わかるよぉぉぉ!ここの人達ムカつくよね!」
マゴクも現れ、やかましく言ってくる。
ツェリスカは頭抱え、ため息をついた。
気が付くと、目の前にセーブポイントがあり、星空の中にいたはずだったが気がついたら元の場所に戻っていた。
「ツェリスカ、大丈夫?ぼーっとしていたけれど…」
「あ、ああ…大丈夫だ」
ツェリスカはさっき体験したことをザクロ・リリウムに伝えようとしたが、周りに人がいるのもあり、何も言わず酒場へと向かう事にした。
酒場へ向かう道へは商店街があり、この都市にいくつかある大きな商店街通りを抜けていかないといけなかった。二人は少し歩いて行くと左右の木々が合わさりあい、アーチ状のトンネルが出来ていた。高さは30mくらいあり、その下に左右に店が規則正しく並んでいた。そこは商店街通りであり、この都市特有の木材を自然が作り出しているように加工がされていた。そして、二階建てになっており中央は吹き抜けていた。転々と橋が架けられており、それを支える柱が中央にあった。
柱と柱の間には花壇とベンチが合わさった休憩所が設置されていた。花壇には色とりどりの花が植えられており、商店街通りは花と木々の香りがしており、ツェリスカはかすかに和んだ表情を浮かべていた。
二人はこの商店街通りに入り歩いていると一際大きな声で呼び止められた。呼び止めたのは頭に角が生えている有角種族の女性だった。しかし、身長は小さくザクロ・リリウムと同じくらいの少女だった。そして、その横には同じ背丈で同じ顔の少年がいた。
二人は燃えるような紅の髪を持ち、美しい緋色の眼をしていた。角は2本こみかみの上あたりから髪の色と同じ緋色だったが、先端に向かうにつれて透明度が高くなっていった。角は耳の後ろからも生えており、計4本の綺麗な角が生えていた。
二人は有角種族イフリート種だった。
「あんた、巨人種族の奴隷種じゃない…なんでこんな所にいるの?」
「姉さん、どーりでクソみたいな臭いがすると思った…不快だ」
二人はツェリスカに対して侮蔑した。そして、物言いからか周りから注目されていき、二人を中心に開けていった。
しん、と静まり先程まで賑わっていた空気がガラリとツェリスカに向けて不快感へと変わっていった。
周りには少なからず冒険者風の人はいるがそれでもこの都市に住まう人達の方が多い。舌打ちや罵倒するような音が聞こえ始めていくのに時間はかからなかった。
「ここは奴隷風情が来る場所ではないわ、さっさと去ね」
その言葉を封切りにし、周りの住民も口を揃えて出て行け、奴隷種が、出て行け、など好き勝手にツェリスカに向けられていった。
ザクロ・リリウムは苦々しい表情を浮かべ、居たたまれなくなっていた。こうなる可能性がどこかにあるのを、わかっていたのだが商店街通りを見せたかったのだ。
「ツェリスカ、行くよ」
ザクロ・リリウムは彼女の手を引き、その商店街通りから出た。走り抜けて行く前に焚きつけた奴の顔を確認し、ザクロ・リリウムは心の中で舌打ちをする。
(真朱 (しんしゅ) の旅団の団長じゃない…なんであんな要人がそのへんフラついてるのよ)
少女の姿をした有角種族のイフリート種の名前は、コーディネイト・アーデル・ラーンブライズ。少年の方はフォトン・ワーデル・ラーンブライズ、長女を筆頭に非常に好戦的であり、燃えるような髪の色とその性格から「放炎魔神」と他国から言われていた。
ザクロ・リリウムは精霊の森へと通じる場所へと向かう。酒場で情報収集しているどころではないと思ったのだ。厄介な相手に目をつけられる前に都市部から出ないと言われのない罪で消し炭にされかねないと判断したからだ。
「ザクロくん、私は大丈夫だから、その手を…」
ツェリスカはザクロ・リリウムに手を引かれ前のめりになりながら走っていたのだ。さながら子供に手を引かれている親子ようだった。なお、ツェリスカはほんのりと頬を赤めていた。
さっきまで自分に向けられた言葉に対して、特段何か思う事はあったのだが彼女の中では、いきなりザクロ・リリウムが手を引いてくれた事の方が衝撃的だったのだ。
ツェリスカは今まで手を引いてもらったことは生まれてから一度もないわけではない。しかし、言いようのない胸のモヤモヤ感がザクロ・リリウムに対して今まであった。それが肌を触れられた事でモヤモヤ感がドキドキかんに変わったのだった。
「ん?あ…ゴメンね」
パッとザクロ・リリウムは手を離し、彼女は彼女で人が多い中で晒し者にさせて不快な思いをさせてしまった事に罪悪感があった。
(この国ではツェリスカが長居は出来ないな…まさかここまで酷いとは思わなかった。とにかく、酒場よりも精霊の森へと通じる船場に向かおう…さっさとこの国から出ないと面倒事になる)
商店街通りから遠ざかり、あまり人が少ない路地にて、これからどうするのかザクロ・リリウムはツェリスカに伝えていた。
「酒場に向かうのはやめて、精霊の森へ向かうわ。この都市の北東に大きな湖があって、そこから船が出ているからそれに乗って行くわよ」
「その、すまない。迷惑をかける…」
ツェリスカはさっき起こった事でザクロ・リリウムに迷惑をかけたと感じていた。本来なら酒場に行き、情報を集めながら酒を飲むはずだったろうと知っていたからだ。
ザクロ・リリウムにとって酒は命の水なんだと普段一緒に行動しているときに常に呑んでいる姿を目にし、そういう認識を持っていたのだ。
「気にしないで、それより行くわよ」
ザクロ・リリウムはいくら巨人種族であっても彼女は奴隷種などではないのに、奴隷種として扱われた事に腹を立てていた。
しかし、国によって文化や人の営みが違うように他者に対しての認識や接し仕方も違うので否定し、立ち向かったとしても勝ち目がない。
(イライラする!)
二人は人目を避けながら、表通りではなく裏路地を使い湖の船場へと向かった。
裏路地といえど、木々や花など煌びやかに装飾され、路面はウッドチップで敷き詰められていた。ほのかに香る木々と花の香りは表通りよりは少ないが、落ち着きのある雰囲気があった。
先程とは違い、和やかな気持ちと雰囲気の中、歩んでいった。ただ、ザクロ・リリウムの胸の中には苛立ちがあり、無意識のうちにポーション割りを呑んでいたのは言うまでもなかった。




