34-湯は心の垢を落とす
冒険者の生活はその日暮らしであり、モンスターの間引きや討伐、行商の護衛、素材の採取、そして、野党どもの討伐などもある。知恵と力がないと生きていくのは厳しい世界である。
名のある冒険者と言われる者は一人でなく、パーティの中で頭角を出していく。しかし、その中でも一人で名を轟かせる者もいるが、大抵はどこかで消息不明となりいつの間にかいなくなってしまう。
モンスターにやられ、喰われたり…誰かに恨みを買い、殺されたり…旅の途中で病気や毒にやられ、死んでしまったり…
◇
アルマ・ローエンシュタインとツェリスカは、海洋都市メイルブラドォにある冒険者がよく使う大衆浴場に来ていた。装備品やその他持ち物を浴場に入っている間に預かり、修理や清掃してくれる施設がついてる大衆浴場だ。
アルマ・ローエンシュタインはツェリスカの異臭によって鼻水が出ていた。
「どりあえず、ぞの臭いをどうにがじよう」
吐き気を抑えながらアルマ・ローエンシュタインはツェリスカに言う。目に染みるのか涙目にもなっていた。
「すまない…」
自分の臭いほどわからなくなるもので、ツェリスカは自分から他人を不快にさせるほどの異臭を放っていることがわからなくなっていた。
大衆浴場はギルドカードさえ所持し、身元がしっかりしていれば利用は無料である。しかし、その他サービスである装備品の修理などはしっかりお金をとるシステムだ。都市内で不快な臭いを撒き散らす行為は迷惑行為でもあり、都市そのものを清潔に保つための政策だった。
実のところは海の男が長期船旅からの帰還時に歓楽街へと赴くため、まずは清潔になってから行ってもらう事でより多くのお金を落とすのだ。娼婦もそちらのほうがサービスし甲斐があり、客も調子にのって多くのお金を落としていくのだ。
大衆浴場についたアルマ・ローエンシュタインとツェリスカはギルドカードを浴場の受付に渡す。受付の人からツェリスカは不潔過ぎて注意を受け、ギルドカードに書かれている性別を見て怒られていた。
その際に、アルマ・ローエンシュタインはツェリスカが女性だと知り、思わず口走ってしまう。
「嘘だろ!男だと思った…」
言ってしまった後に思わず、手で口を覆い、しまったという顔をして蒼白なっていった。
「ま…まあ、昔からよく言われたよ…」
ツェリスカは自分が男か女かさえ、立ち位置がはっきりしない両性具有だ。女性ベースの両性具有である為、彼女はそういった扱いに慣れていた。気にしていないといえば、嘘になるが彼女自身、自分を「女」だと思っている。
「あ…その、ごめん」
アルマ・ローエンシュタインがツェリスカを怒らせてしまったと思ったが傷つけてしまった事に胸を痛めた。
(そりゃ、男と間違われていたらショックだよな…悪い事したな)
二人は男湯と女湯にそれぞれ入っていき、数十分後にさっぱりして出てきた。装備品の修理や清掃なども済ませ、出る頃には不思議な魔道具で衣類なども乾いている。
冒険者は替えの下着や服などは持つことをあまりしない、その為、こういった施設がある浴場では身体と一緒に洗ってしまう事が多い。しかし、この海洋都市メイルブラドォでは洗濯してくれる有償サービスがある。また、下着などの販売も一緒に行っているのだ。
二人が浴場から出たら、夕暮れ時に近い時刻に差し掛かっていた。海洋都市メイルブラドォは朝、夕、夜と3つの顔を持っている。朝は新鮮な魚市や生鮮食品の市が港場の近くで行われ賑わい、夕暮れ時は海の幸や貿易で得た様々な食材を使ったレストランで賑わせ、夜は歓楽街が海の男達によって賑わせている。
アルマ・ローエンシュタインはそこまでお金を持っている冒険者でない為、釣ったタコを造園区域で調理して食べる予定だったのだ。彼は実力がないわけではない、冒険者としては腕もあり、槍使いとしても腕もある。
では、なぜ彼が造園区域で釣りをしていたのか、それは彼が「一人」だったからだ。冒険者はどこかのパーティに入り、一緒に行動をし、ギルドからの依頼をこなしていくのだ。一人である場合は、よほどの実力者か実歴があるものでないと依頼すら任せてもらえないのだ。
もちろん、簡単な依頼なら一人で受ける事も可能だが、そういった依頼は他の冒険者たちが取って行ってしまっているのだ。単純に彼がグズグズしていたから、というわけだったりする。
「今日は迷惑かけてしまったから僕が釣ったタコをごちそうするよ」
アルマ・ローエンシュタインはツェリスカが自分と同じ境遇か、あるいは仲間が旅の途中で死んでしまったのかと思っていた。もちろん、彼だけではなく造園区域にいる他の冒険者たちも同じように思っていたのは言うまでもない。ただ一人、タマキ・シラタキを除いて―
二人は造園区域の調理場でタコを調理し、火をおこして焼きだこを食すことになった。調理場は冒険者が置いていった器具などもあり、互いに助け合うように火打ち石なども置いてあったりする。
暗黙のルールとして持ち出すことはしない、使った後は綺麗にするといったものがあり、ここを初めて利用する冒険者はそれを先に居る冒険者に教わるのだ。
造園区域の中には焚き火が可能なエリアがあり、そこは砂場になっており、腰掛ける丸太も置いてある。ちょっとしたキャンプ地でもあるが、テントなどは焚き火可能な場所には張れないようなっている。
焚き火に二人はあたりながら、焼きだこをもしゃもしゃと食べていた。アルマ・ローエンシュタインにとって焼きだこはいつも食べているものなので味気ないものであった。
しかし、ツェリスカにとっては初めて食べるものであり、不思議な歯ごたえが口の中に広がる事が珍しいのか、真剣に食していた。
食べ終わるとアルマ・ローエンシュタインは、焚き火を見ながらため息をついた。彼の中で今日も一日、何も進展しないまま終わった事に後悔していたのだ。そんな彼の姿を見てツェリスカは、聞いてしまうのだ。
「なぜ、ため息をつく?命を落としそうになったわけでもないのに」
彼女は毎日ため息をついていたが、それは無意識なもので自覚していなかった。
「えーっと…そういえばまだ君の名前を知らなかった」
アルマ・ローエンシュタインは名乗ったがその後、彼女の臭いで嘔吐し、互いの自己紹介をしないままだったことに気がついた。
「自己紹介が遅れてすまない。私は、ツェリスカだ」
ツェリスカは頭を下げながら、彼が名乗った時の事を思い出しながら、自分の衛生状態すら把握してなかった事に恥ずかしさがこみ上げていた。
「今日も何も前に進んでなかったって思ってさ…僕はローエンシュタイン家の三男で家を継げるわけでもないから、自分で生きていかないといけないんだ」
満天の星空の下で、焚き火がパチパチと音を立てる中で彼は出生と今まで、そしてこれからの事を愚痴った。
「自分がいた故郷は寒いところで、猟が盛んなところでね。地面をすれすれで走り槍で狩りをしていたんだ。でも、三男だから故郷にとどまる事はできないこともないんだけど、やっぱり居づらくなるから、旅に出るんだ」
焚き火に薪を投げ込み、アルマ・ローエンシュタインはまたため息をついた。
「旅に出て、パーティを組んだりしていろんな所に点々としていく中で一緒にいたメンバーと喧嘩してしまってね。それで居づらくなって僕はパーティを抜けたんだ、そいつがいない所で過ごしたいと思ったんだ」
ツェリスカはアルマ・ローエンシュタインの言葉に耳を傾け、聞き入っていた。
「でも、逃げるように抜けた後で気づいたんだ。自分の居場所は誰かが造ってくれるものじゃない、自分で造るものだってさ…喧嘩別れしたそいつは僕と別れた後に家を持つまで稼いだっていう噂を聞いて、嫉妬したんだ」
アルマ・ローエンシュタインは焚き火を見ながら、自分の弱さと向き合っていた。どこか自分とツェリスカが似ているのかもしれないという思いがあり、また一緒に焼きだこを食べた事によって不思議と口が軽くなっていた。
「まだ吹っ切れてないけれど、僕は前に進みたいと思ってるんだ。どうしたらいいのかわからないんだけどね」
彼はハニカミながら自己紹介した時のような笑顔をツェリスカに向けた。
ツェリスカは彼の話しを聞き、自分はこの数日なにもしていないことを思い出した。ショックを受けて何もしないまま、ただ考えていただけだった。考えても答えが出ず、ただ無為に過ごしていた事に気がついた。
「私も似たようなものだ…」
ツェリスカは満天の夜空を見上げ、妹のタヴォールが言ったことを思い出し、今自分が何をすべきなのか思い出していた。
腰の後ろのブックホルスターにしまってある魔導本を手で感触を確かめ、あの二人の天霊が「私たちがいる所に来てくれ」と言っていた事を思い出す。
(考えても答えが出ない時は、今やるべきことをやろう…それからまた考えよう)




