29-湯煙都市ラオダーワ
ヴァーガ族の総本山よりも南にある谷、湯煙都市ラオダーワは豊富な温泉と魔蒸気と呼ばれる火山から熱された水が蒸気となり、水の魔力と火の魔力が合わさった蒸気が岩や地面から排出される都市である。その魔蒸気にあてられた魔石は変質化し、飛空艇に使われることもあり、純度が高いこの魔石は高値で取引される。
しかし、この都市での取引はメイルブラドォと初めたばかりである為、空賊たちはここから手に入れているわけではない。また空賊もここにあることは知っているが魔蒸気によって飛空艇のコントロールが失いやすいため近寄ってはこない。
もっぱらこの都市に来るのは温泉に惹かれた冒険者と勇者一行と交流がどんなものか気になってきたミーハーな人たちだけだった。
◇
湯煙の層をかいくぐるように谷を降りていくと先程までの無骨な風景と代わり、藍色の特殊な鉄のプレートが幾重にも重なった屋根が壁一面から出ていた。その屋根の下には木目色調の岩が突き出ており、裏側は岩がただ突き出ていたが地面は綺麗に平だった。
谷の底までいくつものそういった突起があり、幾重にも重なったプレートの端には犬のような銅像があり、その口から煙を吐いていた。その屋根の下では食事処であったり、鍛冶場であったり、食材屋であったり、様々だった。
「ここ観光地なの?」
「・・・俺も初めて知った」
ザクロ・リリウムとン・パワゴはヴァーガ族のあとをついていきながら、さっきまでの戦闘があったのにここの雰囲気にやられていた。
(温泉につかりながら「いっぱい」酒を呑みたい)
(たまには湯につかってゆっくりするのもいいな)
ザクロ・リリウムは酒を呑むことを考え、ン・パワゴは休息を求めていた。
ツェリスカとただ見たことない風景に圧巻していた。皆、笑い合って楽しんでいる姿があり、美味しそうに食事をしている者たち、先程の戦闘など幻だったのかと思えていたのだ。
タヴォールはこのような光景は見たことがあった、だが、姉や他の二人とは違い考えていることは全く別の事だった。
(裸の付き合いが絶対に楽しいなここは…)
先程の戦闘で守りに徹していた事から彼女は欲求不満になっていたのだ。また、ただでさえ姉と一緒にいるためそういった行為を自重しているのもある。湯浴みしている他の冒険者たちを見て、「あてられた」わけである。
それぞれ何かを思っている内に谷の向こう側とくっついている地面に到着する。そこには城が建っており、左右の谷をくっつけんとばかりの藍色のプレートが噛み合ったものがあった。
大海原の波を連想させるような模様が描かれた非対称な藍色のプレート群に圧倒される4人はその中央に道が出来おり、左右には湯煙の川が流れていた。底が見えず、本来なら湯煙は上に上がっていくのだが、谷底に流れていっていた。
中に入ると奥に続く回廊になっており、進んでいくと謁見の間にたどり着き、そこにここのヴァーガ族の偉そうなのがいた。
「コヤット、お前が案内して連れてきたこの者達は何者じゃ?なぜ白銀のムラサメの武器を持っておる?」
コヤットと呼ばれたヴァーガ族は偉そうなヴァーガ族に説明する。
「市長、この者達が白銀のムラサメを倒した者達です!それにこれが証拠になります!」
偉そうなヴァーガ族はこの都市の市長であった。全身黒色の毛並みに、ヴァーガ族特有の手足が長いが他のヴァーガに比べて筋肉があった。しかし長くふっさりとした眉から目が隠れていた。
―が
「なんじゃあああとおおおお?!」
眉が釣り上がり、目がくわっと開いた。
ザクロ・リリウムがびくっとし、ン・パワゴは仰天して目を見開いていた。
なおツェリスカとタヴォールは動じなかった。
その後、市長はコヤットに何があったのか根掘り葉掘り聞いた後、ツェリスカたちを客間に案内させた。
「この度は、都市の危機を未然に防ぎ、あまつさえ白銀のムラサメを倒してくれた事に感謝致す。何もないところだが、ゆっくりとしていってくれ、本当に有難う」
「あの白銀のムラサメってなんなの?」
ザクロ・リリウムはそいつの異常性を確かめるべく、情報を得ようとする。ツェリスカにとっても狂信者なのかによってこれからどう動くのかが関わってくるので場がぴりっとしたものになった。
「我らヴァーガの本山にある本家の神童じゃ、周りは神徒と呼んでおる。類稀な才能の持ち主なのじゃが…いかんせん力で解決しようとする者での、手に負えんのじゃ」
市長はため息をつきながら、テーブルに置かれているお茶を飲む。
客間に通されてから、温かい飲み物と菓子が出されていたのだ。室内は不思議と涼しさもあり、硫黄臭さもなく、清涼感があった。
釣られてザクロ・リリウムやン・パワゴもお茶を飲む。ツェリスカとタヴォールは手をつけずにいた、軍人だったという気質から出されたものに手を出さなかった。
ルーガン族の所は信用に値するため、食してはいたがここはまだはっきりしないことが多い、そのため警戒することに越したことはないと思っていたのだ。
「あやつは、私たちが人種であるお前さんたちとの交流が気に食わんのじゃよ」
「シチョウ、過去に何かあったのですか?」
ツェリスカは市長という言葉の意味を知らない、その為それが名前だと思っていた。
「勇者一行が神狼の像を破壊したらしいの…」
ツェリスカはまた勇者か、どこに行っても勇者一行の話があり、街の酒場や人が集まる場所でその話をしていてうんざりしていた。
市長が原因となる話をしている中で「蛮神」絡みではないことがわかっていき、これ以上ここに自分がいても意味がないと感じていた。ザクロ・リリウムとン・パワゴは興味深く聞いていた。
しかし、話が一旦途切れるとン・パワゴは市長に今回の年を防衛したのだから報酬が欲しいと切り出していた。
それに便乗するようにザクロ・リリウムも高純度の鉱石が欲しいと言って、市長は笑いながら渡すと言った。
「ツェリスカとタヴォールは?」
ザクロ・リリウムは正当な報酬は受け取るものよ、と言ってはいるがさして自分は欲しいものが特になかった。怨敵とも言える存在の手がかりも無かったからだ。
ただ、気になっていたのが逆関節のゴーレムや先ほどの白銀のムラサメと呼ばれたゴーレムだった。奇妙な違和感が拭いきれず、それがなんなのかわからなかった。
「私はこれをいくらか下さい、全部じゃなくていいので」
タヴォールが白銀の巨剣を指差して言った。
「タヴォール、何に使う…ああ、そういうことか」
「全部は必要ないと思うのでいいですか?」
タヴォールが全部と言わなかったのは持って帰るにしても邪魔になるだけだし使い道が限られる。
「構わんが…どうするのじゃ?」
市長とザクロ・リリウム、ン・パワゴは興味津々でタヴォールを見ていた。
「では、頂きます」
アサルトライフルを取り出し、マガジンを外して巨剣にゆっくりと突き刺した。その武器が特殊な「銃」というのはザクロ・リリウムとン・パワゴは感じていた。弾込めをしている姿を見たことが無かったので魔法銃だと思っていたのだ。
(取り込んでいる!?あんな技術が過去にあったなんて…アガルタ文明時代のシャンバラの民が築き上げた技術はとんでもないわね)
ザクロ・リリウムは息を飲んでいた。無論、ン・パワゴも同じように…二人はそういった方法で弾を補充しているということは当時の戦闘は補給という手段が断たれても戦わないと生きていけない事を瞬時に悟った。
「なぁ…二人が本気出したら、さっきの奴は楽勝なのか?」
ン・パワゴは強い口調で何処と無く緊張感を持った形で聞いた。目線の先にはツェリスカが口の端を少し釣り上げ頷いた。そして、タヴォールはそれに対して言葉で返す。
「一人でも余剰戦力だよ、楽勝だね」
ン・パワゴは彼女たちの本当の強さを知りたくなった。砂浜でタヴォールとスパーリングしたがそこがわからない強さとお互い探り合っていたからだ。




