2-ザクロ・リリウムという小人族
浮遊感はなく、ただ落下していく感覚が彼女の身を襲っていた。何か掴めるものはないかと手を伸ばしても何もつかめなかった。彼女、ツェリスカがいたのは空だった、広大な海が広がり、遠くには陸と島がいくつもあった。
運良くも彼女には意識がはっきりしていなかった、それはとても運が良い事でそのまま意識がはっきりしないまま海面に叩きつけられて意識を失う。
◇
そこは綺麗に区画整備された冒険者専用の居住区エリア、階段上に大小様々な家が立ち並んでいる。海辺に設置された居住区は、津波が来ることを考えられていないように見えるが海底には魔法で造られた魔具の堤防が形成されている。
朝日が上る頃合い、浜辺には小人族の女性一人が歩いていた。そして、浜辺にはツェリスカが打ち上げられていた。
◇
うめき声を上げながら、ゆっくりと目を開いていくが眩しくてうまく開けなかった。
「気がついた?大丈夫?ちょっと待っててね~はい、回復薬飲んで」
ツェリスカの口元に液体が少しずつ注がれていく、ゆっくりと飲んでいくことを小人種族の女性は確認すると笑顔を浮かべる。
ツェリスカは回復薬を飲み干すと意識がはっきりとしていき、部屋の光にも目が慣れていった。立ち上がろうと起きるが頭痛が襲い、顔をしかめる。
「いきなり立ち上がったら身体に悪いよ?まだちょっとゆっくりしていた方がいいよ」
小人種族の手が起き上がろうとするツェリスカを静止させる。
「駄目だ、戦わないと…戦争はまだ終わってないんだ…」
彼女はそのまま気を失った。
次に目が覚めると、頭痛は引いていて、起き上がると小人種族の女性は笑っていた。ツェリスカにはまだ頭痛が続いていたがさっきよりも身体はしっかりしていた。
「手当をしてくれてありがとう」
小人族の女性に礼を言うと、ニカッと歯を見せ笑顔をツェリスカに向けた。
「別にいいのよ、身体は大丈夫?」
「ああ、ありがとう。少し頭痛がするが大丈夫だ。ところでここは?」
ツェリスカは小人種族を見たことがないわけではなかった、あたりを見ると個人で所有しているのだろうと思われる室内だった。野戦病院ではないというのが彼女には肌で感じ取っていた。
そこには温かみがあり、生活感が感じられる空間だったからだ。かすかに食べ物の香りも漂ってきていた。
「ここは私の家よ、私の名前はザクロ・リリウム。あなたは?」
金髪で肩までふわっとしたくせっ毛。くりっとした目があどけない笑顔をしていた。小人種族は年齢がわかりづらい…ツェリスカはおそらく成人しているだろうくらいしかわからなかった。
「私は―ツェリスカ…ツェリスカ…ただのツェリスカだ」
「あんな所で何してたの?随分弱っていたみたいだけど、流れ着いたあなたの私物と思われるものは一緒に持ってきたけれど」
ザクロ・リリウムは、一冊の魔導本をツェリスカに手渡す。
「この魔道本、全く濡れてなかったんだけど、それ何なの?全く開かないし…」
小人種族には大き過ぎ、両手で持ってやっという大きさだった。手渡されたツェリスカもそれが自分の物かどうか訝しんでいた。
「あなたの物じゃないの?」
ザクロ・リリウムは片眉を上げた。
魔導本のカバーは金属で覆われており、本のページは黒色だ。本のそでは長めで角に金属の突起が内側に伸びており反対側のそでと連結していた。連結はしていたが、ただ本が閉じてくっついているだけだった。
ツェリスカは本を手に取ると、パラリと本が開く…黒色のページに白色の文字と紋様が二人の目にうつった。
「すごい…失われた古代文字と魔法文字に精密な魔法陣―これどうしたの?」
ツェリスカは思い出せなかった。この魔導本の使い方もなぜ本を開けたのかも忘れていた。
「わからない…私はいったい―」
彼女は記憶喪失になっていたのだ、海面に打ち付けられたショックで記憶が飛んでいた。
◇
記憶喪失のツェリスカはザクロ・リリウムに連れられて入江にある大きな港に来ていた。港に入る際に身分証明書の提示を求められたが持っていない事からギルドに行けと言われた。
まずはギルドの登録して、そこで教えを請いながら雑務をこなすことになっていた。ギルドに属さない人はいない、どこかしらギルドに属している。そこで働き、生活をすることとなった。
ギルドとは仕事斡旋所であり、冒険者を死なせないように手ほどきを行う場所でもある。
「魔導本を持っているし、私と同じ術士ギルドね。ここの術士ギルドは貿易業務も管轄してるの、昔は私も働いていたんだけどね~」
よく田舎から出てきた人はギルドでほぼタダ働きをして下積みをしていって、生計を立てていくらしいということをザクロ・リリウムはツェリスカに説明する。
「ツェリスカさんは結構いい線行くんじゃないかなって思うよ」
ザクロ・リリウムは彼女を励ましていた、ツェリスカは不安がないわけではなかったのだ。どうやって生きていけないいのか、今までどうしていたのか思い出せなかったからだ。
港はかなり広大で区画でわかれており、港だけあって多くの船が停っていた。港の中心には不思議な形をした透明な石が飾られていた。その周りには、塔がいくつも建てられており、塔と塔には橋が架けられていた。
地面は石畳になっており、浜辺の上に造られた都市だと思ったがそれなりに高い岩場、岩礁の上に都市が形成されていた。下は海であり、船が停船している場所でもあるが、都市内部に停船されているわけではなく、少し離れた場所に停っていた。
「この都市国家は貿易や漁業、造船業をメインにしているけれど、鉄鋼技術、火薬技術、契約魔術も盛んなのよ。あと…海の幸をふんだんに使ったレストランも多いし、楽しいわよ」
ギルドへの道の中、ザクロ・リリウムへ声をかける人たちが何人かいた。すれ違っていく中で猫耳や犬耳、うさぎ耳を生やした獣人族、ツェリスカと同じような巨人族、固いウロコと角が生えている竜人族、トカゲが二足歩行しているリザード種の亞人族、全身ウロコに覆われた魚人種族など、多種多様な種族がそこにはいた。小人族よりもはるかに小さく羽を持ち、ふよふよと浮遊しているフェアリー族もいた。
様々な種族が入り混じっている中で大通りよりも少し離れた場所を見るとガラが悪そうな人たちもいた。
「ツェリスカさんは多分、大丈夫だと思うけれど慣れないうちは大通りから外れた通りや塔には近寄らない方がいいかもね。治安は他の都市とくらべてまだいい方だけど、最近は物騒になったって聞くしね」
彼女はそう言いながら、大きな透明な石の前に来てツェリスカの方に向き直った。
「まずはギルドで登録と思ったけれど、このセーブポイントに触っておいた方がいいよ。実際に使用するには、ギルドカードを発行してその後に先払いである程度お金を収めたら使えるようになるからね。その時に使い方を教えるね、結構便利なのよこれ」
ツェリスカは言われるまま、大きな透明な石のモニュメントに触れる。
キーンと耳鳴りがしたと思ったら、あたりが暗闇に包まれていた。
見慣れない空間の中で、ツェリスカはかすかに声が聞こえていた。
「ツェリ…さん…どこ…の?」
どこかで聞いた事がある声だったが、彼女は思い出せなかった。
耳をすまそうとするとザクロ・リリウムに顔を覗きこまれていた。
さっきまでの暗闇ではなく、あたりは喧騒に包まれた都市の中にいた。
「大丈夫?もしかしてどこか痛む?」
「いや、大丈夫。なんでもない」
ツェリスカは軽く頭をふり、暗闇にいた時の出来事を疲れだと思うことにした。
都市の海よりに近い場所に術士ギルドがあり、途中までは歩いていたが時間がかかるということなので都市内バスを使い、移動することになった。バス代はザクロ・リリウムに出してもらい、二人はロープウェイにつながられた滑車に乗る。
「そういえばツェリスカさんの服、ここらへんでは見ない服だよね」
ツェリスカの来ている服は濃い紫をベースにした軍用の装備だった。ただ本人はそれを思い出せないでいた。彼女が着ている服は特殊な素材で造られており、それがひと目でもわかるような布で造られていた。
「そうなのか?」
「うん、身体が濡れていたから脱がそうと思ったのだけど脱がし方もわからないし、気がついたら乾いてるし、すごいなーって」
「そうか…」
ツェリスカは自分の格好を見るが特に記憶が思い出せなかった。一方、ザクロ・リリウムの服装は黒いローブだが、ところどころに透明な結晶化した石、クリスタルがあしらっており、スチームパンク風にパイプラインがアレンジされていた。彼女も魔導本を持っており、後ろ腰ではなく左腰にブックバインダーに収まっていた。黒を基調とした白色の骨のようなものが入り組んで角のような突起がついている本だった。
「ふふっ、この本が気になる?ひみつ~」
ツェリスカの視線が彼女の魔導本に目をやると、八重歯が可愛く出て、ニヒヒと笑うザクロ・リリウムだった。
術士ギルドにつくと、長蛇の列がいくつもあり、様々な種族が入り混じっており、時折叫び声なども聞こえたりした。
「今日も忙しそうだなー」
げんなりしながら、ザクロ・リリウムは列を無視して進んでいった。どうやら術士ギルドだと思ったら、まだ到着していなかったことにツェリスカは気づいた。
一際大きな塔に入っていくと列はまだ続いており、臨時の受付がいくつも増設されていた。それを無視し、塔内の本部にズカズカとザクロ・リリウムは入っていき、ツェリスカもそれに続いていく、豪華な入り口から入ると図書館のように本が並べられていた。
「召喚士リリウム殿!」
小人種族のザクロ・リリウムを召喚士と呼ぶ声が術士ギルド内に響いた。