16-街角の占い師
タヴォールが使う武技、我舞式燃気術は、持てる武器全てが破壊された、もしくは無い状況下が使うために習得したものである。不滅者相手に最後までどんな状態でも立ち向かう為に編み出された。
零花が初歩動作とし、そこから派生していく。ツェリスカにも武技の心得はあるが、肉弾戦はタヴォールよりも適正は低く彼女のように完璧に扱えるには至ってはいない。
◇
ツェリスカが貼った結界の中は炎の光で暗くはなく、さらに地面のところどころに淡い光を放つ赤い亀裂が脈をうっていた。そもそも結界は不透明であり、外の光を遮断まではしない。しかし、都市の黒煙が結界周りを覆い尽くしていた為、結界内は暗くはなる。
結界内は広く、建物も飲み込む大きさだ。しかし、タヴォールはそれが長く持っても10分だとわかっていた。
左腕を下げ、右腕顔の近くに上げ、半身を反らした構えをとるタヴォールとそれに歯をむき出しにし、息を荒ぶりながらケンタウロスのように赤ん坊の身体を4足歩行にした蛮神と対峙していた。
赤黒い肌をした赤ん坊の口から這いずり出ようとしているルガール族に似た蛮神に対して、ツェリスカが召喚したマゴクがそれを阻止する。
「マゴク、ナイスだ!相変わらず、えげつねぇな!」
蛮神はエネルギー体で構成されており、力をつけるごとにその構成はより強力になっていく仕組みだ。マゴクはその構成そのものを阻害するデバッファーの役割に特化している。マゴクが引き起こしたのはエネルギーの方向を力をつける方向から自身の身を回復させる方向に向けさせていた。
毒、麻痺、免疫不全、神経汚染、術式阻害…様々な足かせとなる術をかけていた。相手に合わせた術を構成し叩き込むものだ。しかし、それを上回る回復速度と力があれば効果は低いが、今は結界で供給元が絶たれていた。
蛮神は弱体化された、されてはいるが素手で戦うには大きく、その巨体さから繰り出される攻撃は油断すると肉塊へと化す。
「返してもらうよ、私の愛しきテラシォグラツォを!」
タヴォールは今まで手を抜いていたわけではない、むしろ合わせていた。下手に蛮神にダメージを与え過ぎると狂信者を一斉に使い、強化を図り広範囲を焼きつくす術を展開する可能性がある。そのため、拮抗してるように相手に思わせていたのだ。
「クククッ…浅はか!浅はかさ過ぎる!矮小なる人種よ、結界に閉じ込めて援軍もないお前に何が出来る?分相応、これは我のものだ」
蛮神が言葉を返す。
「へぇ、あんた喋ること出来たんだ?…だったら泣け叫べ」
瞬時にタヴォールは蛮神の眼前に移動し、振りかぶった拳が蛮神の顔を殴りつけれた。
地についてる蛮神はそのまま後ろに吹っ飛ぶように倒れ、その殴った反動でタヴォールは後方に吹っ飛んでいった。
「ンガッ?!」
蛮神が間抜けな声を出している暇に、タヴォールは反動で吹っ飛んだ距離をすでに縮め、先程と同じように蛮神の目の前に移動していた。
「へぇ、劣化型の成り損ないでも生け贄を使った事で強化は思ったよりされてるのか…」
タヴォールは体勢が整っていない倒れたままの蛮神に拳をめり込ませる。無論、顔に向けて連打を浴びせる。
打ち込まれる度に蛮神を形成しているエネルギーとも思われる赤い黒い光がガラスの破片のように飛び散っていった。また、連打を浴びせていく中、倒れたままの蛮神は後ろへと反動で動いていた。
拳の連打を打ち込んでいるタヴォールの地面は亀裂が入っており、その一発一発がとんでもない重い一撃が蛮神に浴びせられているのがわかる。
このまま蛮神が一方的に殴られるだけで終わるわけもなく、蛮神は戦斧テラシォグラツォを振り回し、その衝撃でタヴォールは後退せざる得なくなる。
「屈辱!不遜!不遜!不遜!」
蛮神が吠えながら立ち上がり、赤黒い身体に黒い血管のようなものが脈打ち、体内から力を更に高めていた。
しかし、マゴクがそれを阻害し、黒い血管が破裂し、ドロリとした黒い液体が流れ出していた。
「フフフッ」
蛮神よりも高い位置から口元に手を抑えながらマゴクはあざ笑い、見下していた。
蛮神は自身に何が起きたのかすぐに理解し上を見上げるものの、視界がぐるりと反転し、先程と同じように地面に寝そべっている状態になった。
タヴォールは蛮神を転がしたのだ、がっしりとした巨体を支える巨大な赤ん坊のはいはいしている手と足を片方ずつ、本来ではありえない方向に折ったのだ。
「吹き飛ばせると思ったんだが、存外丈夫じゃないか」
先程と同じように倒れた蛮神の目の前にタヴォールは立っていた。ボキボキと拳を鳴らしながらこれからお前を殴る意思を伝えていた。
蛮神は混乱していた、狂信者の儀式によって召喚に応じ人種を蹂躙し、信仰している者以外を食し、力を更につけルーガン族を導くはずだったのだ。それがただの人種の巨人族にいいようにされていることを受け入れられなかった。
願われ、思い馳せられた未来と違う現実に対して受け入れることが出来なかった。
タヴォールは先程よりも更に速く重い一撃を連打で蛮神に浴びさせていく、一撃一撃が蛮神を大きく動かし、建物がある場所まで後退させられていった。その建物さえもタヴォールの連打によって蛮神ごとめり込み倒壊した。
「我舞式燃気術 (がぶしきねんきじゅつ)…梅花!」
倒壊した建物の中の蛮神に対して、最後にガッツポーズをし連打を止める。タヴォールはすっきりとした顔立ちでニヤリと蛮神を見る。
赤ん坊の口から這いずり出ていた上半身部分は赤黒い結晶が傷跡から見えており、全身もひび割れていた。蛮神の顔もガラスが割れたようになっており、原型そのものがなんだったのかさえよくわからないものへとなっていた。
「ンガァァァァァァ!!!!!!!!!!」
蛮神が咆哮し、蛮神を中心に炎の膜のような衝撃波が発せられる。その反動でタヴォールは後方に吹っ飛ぶが、それがわかっていたのか予めタヴォールは衝撃を減らすため後方にバックステップをしていた。
そして、着地し、衝撃波が収まると同時に黒い線が稲妻のように蛮神に突き刺さる。超高速の正拳突きが蛮神上半身に大きな穴を開け、後ろにある倒壊した建物やまだ原型を保っている建物に大きな穴が出来る。
「ギャーギャーうるせぇんだよ、いい加減返せやクソが」
タヴォールはいくら攻撃しても手放さなかった戦斧テラシォグラツォを蛮神の手から奪い返そうとするが固く握られていた。
「はぁ…」
ドンッ!!!!
タヴォールは蛮神が持っている腕に片足で地面を大きく亀裂を入れる一撃で踏み潰した。本体と切り離した腕は赤黒い透明な粒子となって消えていった。
「お待たせ、テラシォグラツォ…ごめんね」
彼女は戦斧を拾い上げる、かなりの大きさを持つ戦斧ではあるが片手でヒョイと持ち上げ、肩に担ぎながら蛮神の方にゆらりと見る。
「お、お前は何なのだ…」
辛うじて回復し、言葉を発せられるようになった蛮神は問う。
「お前はいったい何者なのだ。前回勇者に倒されたがその時よりも力を身につけた、お前なんなんだ」
「対不滅者特殊人造種第42部隊、副隊長タヴォール―今は街角の占い師だ」
肩に担いでいた戦斧を高らかに上げそのまま無造作に地面に叩きつけるように蛮神に一撃を食らわす。戦斧から放射状の黒い鋭利で歪なギザギザした根のようなものが一瞬で伸び、蛮神に食い込み食い散らかし、蛮神を四散させた。
タヴォールは結界が貼られた空を見上げ、黒煙が晴れていくのを見ながらマゴクにつぶやいた。
「ありがとう、弱体化させてくれて…じゃなかったら倒せなかったわ」
すっきりとした笑顔で彼女は晴れていく黒煙と解かれている結界から自分の手に戻った戦斧を肩に担ぎ、姉がいる場所へと向かった。
あたりは沈静化され、周りには多くの兵士が結界を囲んでいた。




