14-サモン・アイオーン
亞人族の国、ツェリスカとタヴォールが訪れた場所は薄い茶色がマダラなった体毛に包まれ頭から角が後ろにかけて大きく生えている亞人の国。獣人族の猫種に似てはいるがより人種からかけ離れた容姿をしている為、亞人として認知されている。種族名はルーガンという種族名はあるが、人種はひとくくりで亞人と呼んでいる。
ルーガン族は、人種の巨人族とくらべても大きく筋力もある。術に対しての知識もあるが人種と比べると体系化されているわけではなく、術の教育に対しての重要性は低い。肉体が生まれ持って優れているためでもある。
◇
都市の中心に現れた赤黒い肌をした蛮神は、当たりを見渡し人が多い場所へのそりのそりと這いずっていた。這いずるといってもその巨体、亜人族の三倍以上の大きさを持つ動きはのろりとして見えるが、かなり早かった。
一人の亞人族が赤黒い肌をした蛮神に捕まり、ボリボリと咀嚼した。
その一連の流れがあまりにも彼らの中で非日常的だったのか、その光景に誰もが呆けてしまっていた。ただ咀嚼され、ボキボキと音を立てている中で助けてと叫ぶ声を上げる暇なく、食べられていった。
ごくん、とその蛮神が飲み込み、ぷはぁ~と口から瘴気とともに吐き出す血肉の臭いに亜人族は正気に戻り、悲鳴が鳴り響き、場は混乱していった。
赤ん坊の口から出ている顔がブルブルと震えはじめ、赤ん坊の口がガコガコと音を立てながらより大きく開いていった。その口から涎のように赤い液体と垂らしながら中から顔だけではなく、そこに住まう亜人族に似た体格をした上半身が出てきた。
そして、その手にはタヴォールの戦斧テラシオグラツォが握られていた。
「おい、タヴォール…よかったなお前の戦斧が見つかったぞ。あそこだ、とってこい」
「ツェリ姉さん!あんなの一人じゃ無理だよ!あいつ亞人族を食って力つけてきてるし、これはヤバイって」
「冗談だ、このままだと取り返しのつかない事になる。私が援護するから、お前はあいつをやれ、いいな?これはお前の不始末だ」
「わかってる」
亜人のルーガン族の都市は外から安易に入りにくい、高台から降りて都市に向かったとしても被害と蛮神の力は反比例していくだけだ。
「あそこに飛ばせ」
「了解」
タヴォールは天球儀を取り出し、術式を組み上げていく。彼女が形成している術は指定した場所に転移するものだった。転移術までの構成の間、ツェリスカは蛮神を見ながら魔導書を取り出す。
天球儀がくるくると周りだし、リングがゆっくりと回転しだす。核となる中心部分もうっすらとだが光り出していた。都市は高い壁と岩場を利用した要塞だった為、普通に侵入するのも見つかってしまう。また今の混乱状態の中で正面から入るという行為は愚策だ。
その為、ツェリスカはタヴォールに術による転移を行うように命令した。目視、もしくは一度行った場所でなら転移が行える術である。だが、発動までに時間がかかり、安全を確保してからでないと術も中断せざるを得ない。
タヴォールが転移術を発動させる間、都市中心付近にいた蛮神が吠えていた。そして、巨大な火球が蛮神中心に5つ現れ、それが火柱を上げて周りを灼熱地獄へと化した。熱そのもの温度は建造物が溶けるほどの熱さではないものの、ブクブクと皮膚が爛れ火傷していくことから、相当な温度であった。
その中心にいる蛮神はケタケタを笑っていた。そして、重度の火傷を負っている住民を掴んでは食べていた。その光景にツェリスカは不快感が胸のあたりからこみ上げ、魔導書を持つ手に力が入っていた。
先程と違って赤ん坊の口から這いずり出ている亞人もどきの形をした蛮神は食べやすいようにしたのだった。その光景に歓喜し、崇めている者が数人存在していた。
「チッ、狂信者か…なぜタヴォールの斧が使われたのか聞き出さないとな」
舌打ちし、ボソリ言い放つツェリスカの目は憤怒に染まっていた。
「ツェリ姉さん、行くよ!」
「ああ、さっさと行くぞ!」
二人はその場から音もなく消え、都市中心の蛮神近くへと転移した。
◇
タマキ・シラタキが二人に追いついた時には、ルーガン族の都市は炎の黒煙が立ち込めていた。
「おかしいだろ…この近辺に現れた蛮神は勇者によって討伐されたはずだろ…」
単眼鏡からもくもくと黒煙立ち込める都市を見ると巨大な赤黒い赤ん坊が人を食らっていたのだ。彼が蛮神と人目見てわかったわけではない、どんな形であれ巨大で普通の人が束になっても立ち向かえない相手、それを蛮神というカテゴリーに当てはめて言ったのだ。
そしてその情報は噂で勇者が倒したという事からどういう相手だったのか断片的ながら聞いていた。その話から符合した結果、彼が今見ている巨大なものが蛮神だと認識づけたのだ。
「あんな気色悪いのは相手したくない…が、あの二人の動向があそこだし、確かめないとな…うう、面倒な仕事受けてしまった」
愚痴をこぼしながら単眼鏡をしまって、彼は都市へと向かった。面倒と言いながらも彼の目にはいざとなったら二人を助けるために蛮神と戦うつもりであった。
◇
「シャアオラァ!!!!!」
タヴォールが素手で赤ん坊の口から這いずり出ている亞人に似た頭部を殴りつけていた。建物を利用し、飛びながら戦っているその様は無謀にも見える。しかし、素手でありながら蛮神に対し、決定的な攻撃を与えられるのは彼女の術にあった。
バガンッ!
巨大なハンマーが鉄塊を殴るような音が木霊していた。タヴォールの肉体を術により強化していた。
「我舞式燃気術零花、得と喰らいやがれ!!!」
我舞式燃気術零花、体内の気功をコントロールし、それに術式を組み合わせ体外に放出すると同時に大気にあるエネルギーにのせて繰り出す武技だ。
その近くでツェリスカは火傷を負って瀕死になってる住民を救護していた。
「…も、もぅ…たすか…ない…楽にさ…」
屈強な亞人族が呼吸もままならなく、痛みと苦しみに絶望していた。
「黙ってろ、今治す―約束の先へ、彼我よ来たれ…永久の楽園への鍵…サモン・アイオーン!来いザレク!マゴク!」
ツェリスカは魔道書に手を載せ、詠唱をすます。詠唱が終わると魔道書から淡い光の渦と幾重にも重なった紋様がぱっと花のように咲き、それが散るとツェリスカは手を魔道書から離した。
ツェリスカの左右に小さな妖精が出現する。しかし、その妖精の羽は七枚の羽を持っていた。色合いも紫に黒といった禍々しさを感じざる得なく、ザレクとマゴクと呼ばれて出てきた妖精の顔付きもどことなく淫靡さと邪悪さが出ていた。
「ザレク、重傷者にヒール。野戦救護の型だ、さっさとしろ」
ザレクと呼ばれた紫色のした妖精は、目の前の火傷を負った亜人族を回復させた。ブスブスにただ焦がれて、血が滲み出ている肌がみるみる内に再生されていき、蒸発した網膜も回復させた。
「マゴク!タヴォールの援護に向かえ、あのクソ蛮神に、召喚に応じた後悔を与えろ…たっぷりとな」
黒色の妖精はニタリと笑みを浮かべると今なお蛮神と素手でやりあってるタヴォールの元へ飛んでいった。
「おい、大丈夫か?もう少しで歩けるようになるから早くこの場から逃げるんだ」
「あ、あなたはいったい?」
「あのクソ蛮神を討伐する者だ」




