二
三度目の森は朝だからか、もしくは恐怖の対象とされるものが一緒にいる為か、陽が差し込み気持ちのいい風が流れており、同じ森でもいろんな姿があるものだなと思う。
そう思う最中、騒がしい声が前方からしていた。
「あ!きのこだ!」
「おー、本当だ!でもそれ毒きのこだからだめだよー」
「あら?前に籬に食べさせた時は何も無かったわよ」
「え!あれ毒きのこだったのか!?」
「あんたよく死ななかったな」
今回、ついて来たがった廂ともよりがいるからか。
年齢層がばらばらということもありまるで大家族の様に見える。
相変わらず十六夜と籬は人間と仲良く、はしないようだが会話に参加するあたり満更でもなさそうだ。
そしてその一行の後ろを紅矢と白波が静かに歩いていた。
「服、昨日は着物だったって聞いたけど…」
白波が紅矢の服装について問う。
「あぁ。なんて言うか…慣れないって言うか動きにくくて。村から出るならいいだろ。走ったりすんのにはこっちの方が楽だし」
学ランの襟を持ち上げて言う。微かに石鹸の匂いがして、洗ってくれた瑞樹に心の内で感謝した。そういえば、と白波を見る。
「昨日は居なかっただろ?今日はどうして来たんだ?」
「…いないほうが、よかった?」
「あ、いや…そーゆーわけじゃないんだけど。十六夜は誘わなそうだろ?」
紅矢が問うと白波は、紅矢に向いていた視線を前を歩く十六夜に向ける。
「うん。華園から聞いた。でも、十六夜に悪いからやめようとしたんだけど、華園に引きずられて…」
気を遣ったということはどうやら十六夜に嫌われていることは知っているようだ。
紅矢もそのことは知っている為何と声をかければいいか戸惑う。
しかし再び紅矢を見上げる白波の表情は穏やかだった。
「でも、紅矢に会えたから…来て良かった」
嬉しそうに微笑む彼女は十六夜達に嫌われる要素なんて全く無いと思う。
なら何故、仲間に自分を見せないのか。いや、逆だ。何故、俺だけに見せるのだろう。
別に何かがあって助けた訳でも無い。寧ろ助けられた方だ。
この疑問に、恐らく白波は答えない。前回同様はぐらかされて終わるだろう。
それでも、これは聞かなければいけないことだとわかっている。
意思を固め口を開く。
「おにーちゃーん!あったよー!はやくー!」
言葉を紡ぐ前にもよりの声が森に響く。
「呼んでるよ?」
ぴしりと固まった紅矢を不思議そうに見る白波に、なんだか一生この疑問は解決しない気がした。
山道を歩いた先には陥没したクレーターが広がる。
そこにはやはり一つの石があった。
「そうそう、君ら。このクレーターの先には境界線として結界があるから行かないよーに!」
華園な言葉に返事を返し各々散る。
紅矢は墓石に近寄ると、夜には見えなかった文字が刻まれているのを見つけた。
「"二つの魂…安眠を…願う"?」
この"封印の墓"は、廂の話でいけば恐らく鬼の墓だ。
そして封印したのが巫女。
鬼に対して安眠を願うものだろうか。当時の鬼と人も虐殺があったのならこんな言葉は送らないはずだ。
それに二人とはなんだろう。
暴走して殺し回ったのは一人じゃなかったのか。
「これって誰と誰の墓なんだ?」
「さあ?私達三百年前はまだ生きてないもの」
それぞれ散っていたが自然と視線がこの場で最年長の華園に向く。
「知らないなぁ。私流れ鬼だし。朱頼なら知ってるかもね。三百年前の月丘で生き残った唯一の鬼だから」
「朱頼が答えてくれるわけないわ。秘密主義者だもの!」
朱頼から聞き出すのは不可能。でも確かに彼なら色々と知っていそうだ。
十六夜の文句を聞きながらなんとなく、墓石に手を伸ばす。
しかし白波に止められた。
振り返ると不安そうに瞳を揺らす白波が見つめていた。
「…この前も俺がこれに触れようとした時、止めたよな。何か…知ってるのか?」
紅矢が言うと、白波は首を振る。
しかし紅矢の腕を掴んだ手には力が入る。
「わからない。けど…なんだか嫌な感じがする…」
目を伏せて、それでも必死に紅矢の手を胸の前で握りしめる。
その姿が有沙と重なった。大事な物を胸の前で握りしめる癖。
「…もより?」
しかし紅矢の後ろに視線を向け、目を見開く白波の後を追えば、来た方と逆の森へと向かうもより。足元はおぼつかずふらふらと歩いている。
「なんだ?」
「もよりちゃん!?駄目!そっちは…!」
華園が気付いたようで咄嗟に走り出そうとする。が突然森の方から姿を現した鬼が十数人。
「廂!お前は来た道を戻…!」
籬が直ぐに廂を庇って逃がそうとする。しかし振り返った途端ドッと首に一撃を与え昏倒させる。
倒れる寸前、廂の魂が抜けたような表情が見えた。
もよりの後を追う華園と十六夜に地面から滲み出た水が弾丸の様に弾け飛ぶ。
「なんで妖力が!?」
避けながら戸惑う様に十六夜が悲鳴をあげた。それを、木の陰にいた鬼の一人が下卑た笑みであざ笑う。
「妖力なんて必要ねーなァ。全ての水ガ!俺の力なんだよォ!解ったかァ?ひャははハは!」
狂ったように笑う空色の髪の鬼。右側は短く左側は胸ほどもある長めの髪型は妙に半分で分けられている。
楽しそうに笑いながら水が自在に動き十六夜と華園、加勢に入った籬の三人を狙う。凝縮された水は銃弾並の威力で、何度か当たる度三人から苦悶の声が漏れる。
助けに駆け寄ろうとした白波を見て華園が叫ぶ。
「あんたは戦力ないでしょ!皆を連れて早く逃げて!」
「で、でも…っ」
困惑する白波に水弾の何発かが飛び掛かる。
その間にももよりがクレーターの先、結界の奥へと歩いていく。
結界を渡り切ろうとした瞬間。
「もより!」
いつの間にか駆け寄っていた紅矢がぐいっともよりを後ろに引き、紅矢は遠心力にのって結界に半身が通る。
その隙を逃さず獣の爪が紅矢の左肩を抉り、結界内に引き摺り込まれた。
倒れる紅矢の周りに流れ出た血が血溜りを作る。
痛みに意識が遠のく紅矢を獅子が見つめ、周りの鬼を見やる。
「用事は済んだ。帰る」
「はいはい。波月ー!もういい。行くぞ!」
獅子が紅矢の身体を咥えて山奥に消えていく。その後を続くように他の鬼も消えていく。
ただ一人、波月と呼ばれた水使いの鬼は攻撃の手を止めない。
「っ!紅矢君が狙いだった…てことか!」
「あいつハ俺が殺す。安心してテメェらも死ね」
顔を歪める華園に先程とは違うトーンで言うと波月は水の刃を作り出し、地に伏す三人に振り下ろす。
しかし刃は二人には当たらず地面に突き刺さった。
「あ"?」
「やってくれたな、堺藤」
全員が声がした方を見れば月丘側の森に朱頼が立っていた。
ぼろぼろの三人の前に来て波月と対峙する。
「あ…け、頼…」
十六夜の弱々しい声にすまない、と呟く。
「間に合わなかったか」
ざっと周りを見て、紅矢が居ないことを確認し眉間に皺を寄せる。近くで白波が肩を震わせているのが目に入るが今は敵が先だ。
「ひゃッは!何ナニ?お前今何したわけェ?」
合図と共に水の弾丸が朱頼に向かって飛ぶ。それは全て朱頼を避けるように地面にぶつかった。
「幾ら撃っても無駄だ。どんな猛獣も、檻の中じゃ惨めだな」
挑発するように言う朱頼に波月の笑みが崩れる。
「調子こいてんじャねーよ!こっち来イィ!ぶっ殺してやらァ!」
「やめろ波月!月丘ごとき相手にすんな!」
波月が怒声をあげると、褐色肌の鬼が止めに入る。そのまま引きずるように森の中へ姿を消した。
「なんで逃がすの!朱頼の重力変化なら対抗できるでしょ!」
自身の傷も顧みずに華園は朱頼の胸倉を鷲掴み激昂する。
朱頼は静かに首を振った。
「あっちに妖力は届かない。それに、妖力無しでお前達を圧倒したんだ。俺が結界内に入っても本気のあいつには勝てないさ」
その上鬼なら必ず知っていること。
堺藤は同族ですら殺す。人にとっても鬼にとっても地獄のような場所だ。
それに、結界内に入ったら鬼は外に戻れない。言わずとも華園もよくわかっている。
悔しそうに歯を食いしばる華園に対し、白波は座り込んで震えている。
「…止められなかった…守れなかった…私は…私が…」
自責の念に駆られる白波の背中を摩り堺藤の森を見つめる朱頼はポツリと呟く。
「狙いは…あいつ、か?」
その呟きに白波は問うことが出来なかった。