二
廂を家に帰らせ、村の外れに出た紅矢達は適当に材木の上に腰掛けたりして座り、本題に入った。聞くところによれば、昨日の蒼紫寺との一件で一切の感心を見せない白波が初めて感情らしい感情を見せたことに鬼たちの間で一気に噂が広がったらしい。そこで何故色恋の話になるのかと問えば、「白波だって女の子よ?」という返答にそうじゃなくて、と思う。
「因みに鬼と人間の間で恋愛なんて今までに一度もないの。だから、君らには一種の興味がある」
瞳を輝かせる華園に対し、今まで静かにしていた十六夜が鼻で笑う。
「白波なんかに興味なんて持つわけないでしょ。私はただ!相手の人間に興味があっただけよ」
「それって要は同じことじゃない?」
「全っ然違うわよ!」
そっぽを向いた十六夜の様子に、紅矢は隣で傍観する籬にこっそり問う。
「なぁ。十六夜は白波と仲悪いのか?」
籬はちらっと紅矢を一瞥し小さく溜息を吐いて答えた。
「白波はそうでも無いんじゃねーの?十六夜が一方的に嫌ってるだけだ」
理由を聞こうと思ったが、どうやら伝わったのか続けて答える。
「一言で言うと面白くない。まぁ確かに、流されて生きてるだけの様に見えなくもないし、十六夜の言いたいことはわかるけどな」
完結に答える籬に朱頼が口を挟む。
「あいつは俺達には分からない苦しみを抱えているんだ。そう嫌ってやるな」
朱頼は悲しそうな口調で呟いた。
籬を見れば、意味がわからないと眉根を寄せている。
白波のことで何か知っているのだろうことは分かるが、視線があっても苦笑を浮かべただけで答える気はないようだ。
「それで、聞きたかったんだが君は何処からこの村に来たんだ?」
話が切り替わり、スッと細められる橙色の双眸と視線をかち合い紅矢は視線を反らす。
しかし反らした先には華園、十六夜、籬の視線。これは逃げ道はなさそうだ。
仕方なく視線を朱頼に戻し、膝の上の拳を握り締める。
包み隠さず自分のいた本当の世界の話を打ち明けると、鬼達は驚きに言葉を失っていた。最初に口を開いたのは朱頼だった。
「なるほど…。確かにそれなら辻褄があう、か」
ポツリと漏れた言葉はどうも誰かに言うものではなくつい口に出してしまった風だ。しかし勿論その場の全員が聞こえていた。
「ちょっと朱頼。この話信じるの?」
華園は気遣う様に一度紅矢を見て、朱頼の意見に口を出す。対し朱頼は腕を組んで目を瞑り一息吐く。再び目を開けると説明口調で説明した。
「この村に入ったのだとしたら俺達がわからない筈が無い。俺達も蒼紫寺も、唯一村に入った直後に出会った白波から聴いたんだ。白波は紅矢を知ってる様だし、それに……」
「?それに?」
口籠った朱頼に華園が続きを促すが、首を横に振った。
「…いや、なんでも無い」
それっきり話は終わる。一瞬の沈黙が流れ、十六夜が口を開いた。
「お兄さん、これからの行動予定は?」
「これから?数時間後に夕飯、そして就寝…」
「違うわよ!馬鹿!あんた元の世界に帰りたくないわけ?」
阿呆とはよく言われるけど馬鹿と言われたのは久しぶりだ。なんてしみじみしてる状況ではなく、暴走気味の十六夜を辛うじて籬が宥めてくれていた。意外と狂暴な一面があったのか。
勿論ノープランな為降参の意味を込めて両手を上げる。
それを見て上機嫌に自身の胸に手を当てた。
「仕方ないわね。私がお兄さんが還る方法を一緒に探してあげる!」
付属で籬もね、と笑う十六夜に籬は一瞬嫌そうな表情をするが惚れた弱みというものか。了承を得た。
「いいないいなー。子供は暇で」
"子供"と"暇"を強調し、嫌味な華園の言葉に十六夜が突っかかる。
「はぁ?誰が暇よ」
「君ら。何にもないのは子供の君らぐらいよ」
「ハッ。若くてごめんなさい、お・ば・さん!」
女性陣の間に火花が散る。籬も手をつけられなくなったか、男性陣は離れて固まっていた。止めなくていいのか。そう思った途端。
「!」
何かが左手に触れた気がした。いや、"何か"ではない。
確かに"手"の感触だった。
「どうした?」
朱頼の声で我に帰る。
「いや…今……」
何もいない周囲を見回して、そっと自分の左手に触れる。紅矢以外の全員が不思議そうに視線を投げかけるなか、紅矢の左手には微かに温もりが感じられた。
Ⅲ・登場人物
・十六夜 (いさよい)
外見は中学生位。
月丘の鬼。籬が好き。白波は嫌いの様だが紅矢には興味がある。言霊を操る。
・籬 (まがき)
外見は中学生位。
月丘の鬼。十六夜が好き。体術を得意とする怪力。
・朱頼 (あけより)
月丘の鬼達のリーダー的存在。元は雲河の鬼。能力は重力変化[物に対してのみ]。
・華園 (はなぞの)
流れ鬼。男勝りな巨乳美人。人と鬼の区別は無くかっこいい男が大好き。二刀流剣士で愛刀は「日和」「日向」。