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幻妖の縁〜双刻鬼伝〜  作者: 緋澄
壱章 月丘
4/17

朝食を食べてから陽も随分動き西から東に傾いた頃。時間で言うと13時から14時くらい。

一番暑い時間帯だろうがそれほど暑くなく、丁度いい気候だ。朝食を取ってからは遠慮なく扱き使わされた紅矢は、一夜を過ごした所とは別の小屋で薪を纏めていた。 着ていた制服では目立つだろうと今は秋久の黒い着物と履物を借りて着ている。慣れない着物でやっと全て整理し終わり、ふぅと一息吐くと 秋久も雑穀やらを抱えて入ってきた。


「お。全部片付いたか」


「他にも何か?」


「いや。朝から手伝ってくれたおかげでもうほとんどねぇんだわ。遊んできていいぞ?」


「…遊んできてと言われても…」


どさっと持ってきた荷物を置くと秋久は、笑顔で紅矢を子供扱するように言った。それに紅矢はむっとして返す。手伝いをしている方が寧ろ村人に話しかけやすくて助かるのだが。と言いたかったがそれはもよりの声で言うことなく終わった。


「おにいちゃーん!あそぼー!」


鮮やかな緑黄色の髪から水滴を垂らしながら笑顔でもよりが駆けてきた。返事を返して立ち上がると秋久の、気をつけろよーと言う声を背中で聞き軽く返事を返して倉庫から出て行った。



















『ひがしあかねやま のろいのちなり

みこのめい ひがしのちをまもりねむらん』


「なに?それ」


村の集落の端にある川で水遊びをする子供二人を眺めて…ではなく一緒に遊んでしまっている十七歳。ずぶ濡れになった着物を絞っているともよりが、歌というには短い、散曲のような歌を口ずさんだ。


「月丘の昔話を簡易に纏めたものだよ」


ぼそりと呟いた廂は村の東を見やる。後を追うように紅矢も東を見やるが、見えるのはひたすら広がる森だけ。


「もよりが勝手に歌にしてるけど、本来は言い伝えなんだ」


歌にすんなよな、ともよりのおでこをピシッと指で軽く小突く。

それを眺めながら紅矢は廂の言葉を反芻する。所々分かる部分があるが、殆どが意味を理解し難い。


「そういえばさっき月丘の昔話がどうのって言ってたよな」


「ああ。それなら…」


母さんや父さんから聴いた話だけど、と前置きして、廂は記憶を探るように考え考え話し出す。




話は三百年前の秋。

まだ月丘に紅葉が綺麗に咲き誇っていた頃。昔は月丘は綺麗な紅葉の地として有名で観光地ともなっていた。しかし、ある一人の鬼が月丘に現れた。そして紅葉も終わりを迎えたある日、鬼は村で鬼も人も無差別に殺しまわり、最後は巫女に封じられた。その年以降紅葉を見たものはいないのだという。


「だから月丘は呪いの地だって言われてるけど、これは月丘だけじゃなくて朱国全土かららしいし…この村が可笑しい訳じゃないのにな」


廂が不満気に声を漏らす。

自身の生まれた村だ。もしかしたらその話で嫌なこともあったのだろう。難しい話につまらなくなったもよりが元気良く走り出す。それを慌てて廂が追いかける。紅矢はそんな二人を眺めながら考えに耽る。

"封じられた"という言葉が何故か引っかかったのだ。

そこではたと、昨日のことが脳裏を掠めた。確かあの村の境目だというクレーターの中心にあった石、あれが封印に関わるものなのではないか。勿論それは推測でしかないのだが、妙に確信があった。


「…考えても仕方ない…か」


既に走って遠ざかってしまっているもよりと廂を追うかなと思い一歩踏み出す。



ーーゾクッ



しかし寒気を感じ立ち止まる。背後を振り返るがあるのは木ばかりの森。しかし確かに視線を感じた。地を這うような殺気。廂ともよりの声がとてつもなく遠くに聞こえる。

このまま森に入ったらもしかすると二人がついてきてしまうかもしれない。そう思った途端、口をついて言葉が出ていた。


「ちょっと…用事があるから、先に家に帰っててくれ!」


廂の返事を聞いて、もよりを引っ張って帰っていく二人を見送って、見えなくなったところで森に足を踏み入れる。


森は異様なほどの静寂に包まれていた。

紅矢の草を踏み締める音だけが響く。森に入って数十分くらいがたっただろうか。辺りに警戒しながら歩いているが、未だ何も起きていない。気のせいだったのだろうか。

そう思い始めた瞬間。

空気が震えた。草の音は小さく、しかし確実にこちらに向かって来ている。殺気を纏って。


「ッくそ!」


紅矢は咄嗟に走り出した。

しかし直ぐに腕が捕まり、瞬間世界が反転し、背中を地面に強打する。正面には木の葉と空を遮る黒い影。のし掛かるように抑えられ、紅矢の首に指が絡まる。


「お前…臭うな…何故ここにいる」


ぐっと指に力が入り気道が圧迫くされ、息苦しさに紅矢は顔を歪める。目前に迫った顔を見てやはりかと思った。

ー"鬼だ"

群青色の長い髪を一本に結い上げた男。女と見間違う容姿だが、確かにその額には二本の角がある。


「もう一度聞く。何故月丘にいる?」


「な、に…」


「答えろ」


回らない頭で微かに考える。

問われてることの意味がわからない。

ー誰かと間違えてる?

酸素を吸い込もうにも首を絞められ、視界が霞む。


「なん…の話か、さ…ぱりなん……だ、よ!」


男の冷たい黒い瞳が殺意を含む。


「…ならいい。そのまま…死ね!」


音も無く引き抜かれた刀の刀身が辺りの光を微かに反射させる。

その刀は、ただの刀ではない気がした。

本物の刀を見たのはこれが初めてだが、なんとも言えない禍々しさが不気味だった。何処かで聞いたことがある。刀にも、全てのモノに命があり、意思が有るのだと。この刀はそれが増幅したもののように思える。

眼前に振り下ろされる刃。死が目前に迫るが、紅矢は目を閉じなかった。真っ直ぐに今まさに殺そうとしている鬼を見つめていた。


「やめて!蒼紫寺(あおしじ)!!」


鋒が触れるか触れないかの距離で止まった。紅矢と蒼紫寺、互いに声の出処に視線をやると、その先には昨日紅矢が出会った白波の姿があった。


「白波…止めるな。こいつは…」


刀をそのままに、殺意のこもった声で言う蒼紫寺に、白波は緩く首を振る。


「殺さないで。その人は…私の大切な人だから」


じっと蒼紫寺は白波を見つめ、白波も蒼紫寺を見つめる。


「だが……はぁ、もういい。お前がそこまで言うなら」


諦めたように蒼紫寺は刀を引き鞘に納めた。一度鋭く紅矢を睨みつけ、そのまま森の中に消えて行った。

蒼紫寺の姿が見えなくなった途端、知らぬ間に入っていた体の力が抜ける。白波を見ると微かに蒼紫寺の消えた先を見つめ、紅矢に視線を向けた。視線が交わり、なんとも言えない気恥ずかしさに視線を彷徨わせる。


「あー…と、助けてくれてありがとな」


「ううん。…怪我、ない?」


「ああ、大丈夫だ」


笑って返すと、初めて作り物のように無表情だった白波が安心したように小さく笑みを浮かべた。その笑みにどきりとした。


(お、落ち着け俺!白波はあの…あれだ!有沙に似てるから!だから…てあぁ!!それカミングアウト…!)


「でも良かった。水蓮羅(みなはずら)相手に無事で」


「みな…?」


「蒼紫寺の妖刀の名前。普通の刀、じゃなかったでしょ?」


ああ、とほんの数分前の出来事を思い返して頷く。


「蒼紫寺の力は、"斬"。なんでもよく切れる。そして水蓮羅は切った相手の命を吸って刀身の傷を治す。だから一度でも切られると、少しずつ…」


白波はふと紅矢の右二の腕にできた赤い筋を見つけて駆け寄る。


「え!?なに…」


蒼紫寺には切られてないはずだからー何処かで切ったのだろう傷口に手を当てると白波の掌が淡く光を放つ。すると傷口がみるみるうちに跡形もなく消えた。かざしていた手を引っ込め、離れようとした白波の腕を掴んで引き止める。


「…まだ、わかんねぇことあるけど…さっきの、どういうこと?」


紅矢の真っ直ぐに向けられる視線から逃げるように視線を反らす白波は、ただ口を閉ざす。何か言い訳を考えているようにも感じられた。


「…さっきのは蒼紫寺を止める為に言っただけで特に意味は…」


それだけ言って黙りこくる。

それ以上言う気は無いらしい。

納得のいかない脳内を何とか動かし、紅矢は立ち上がる。

ごめん、とだけ伝えると白波は首を緩く振って紅矢の手を取り、先程歩いてきた道を引き返した。






無言で森を歩き始めて数十分。いつの間にか森は開け集落の近くまで来ていた。

紅矢を前に押し出すと、白波は来た道を引き返す。


「白波!」


紅矢の呼び掛けにピタリと立ち止まり振り返る。


「さっきは助けてくれて本当にありがとな。白波がいなかったら、俺死んでただろうからさ」


あとこれも、と右腕にあった傷の辺りを抑えて笑みを浮かべて言うと、白波は相変わらずの無表情だが微かな笑みを浮かべ、ばいばい、と言い残し去って行った。




Ⅲ・登場人物


白波(しらなみ)

月丘の鬼。紅矢のことを知っている様子。妖力は高いが闘う力は皆無。能力は不明。


蒼紫寺(あおしじ)

流れ鬼。『斬』の剣士で、文字通りなんでも良く切れる。愛刀は「妖刀・水蓮羅(みなはずら)


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