一
随分と溜まったので上げちゃいますw
(こんなことして…いつか絶対更新停滞するんじゃないかと思う…)
微かな鳥の鳴き声に紅矢はゆっくりと目を開ける。視界に入ったのは沢山の牧だろう木々。腕は後ろに縛られ、床に転がされていた所為で身体の節々が痛い。
少し身動ぎ、天井を横に端で少し入り込む陽光を眺める。
昨日は白波が消えた後、現れた村人に捕まりこの小屋に押し込まれた。
もちろん抵抗はしたのだが大人の男五人がかりは流石の紅矢でも難しかった。
そうして今。
身動きがとれない為、紅矢は静かに混乱した頭を整理する。
“鬼がいる”と彼女は言った。いや、彼女自身“鬼”だった。人ではない、異形。
それに白波の最初の反応もおかしかったと思う。まるで紅矢を知っているかのような。
「……有沙」
ポツリと漏れた呟きは静かな小屋に溶けていく。
他人の空似、というのは頭では分かっているが、心がそれを否定する。無意味な唸り声をあげながら物思いに耽っていると、するりと何かが腕を通った。驚いて背後を見ると一匹の花葉色の猫。目が合った途端、一声鳴き扉の方へ走っていく。すると、扉が開き共に今までとは比べものにならない光量が入り込み、眩しさに目を瞑る。
「よぅ、目ぇ覚ましたか坊主」
入ってきたのは三十代前半くらいで、耳にかかる程度の赤茶の髪の男と、同じく腰まである緑がかった薄い金髪の女。
昨日の村人とは違って好感的な二人だ。
男は後ろ手に縛られていた腕の縄を解き、バツが悪そうに頭を掻いて言う。
「なんていうか…悪かったな。何処も同じだろうけど、皆鬼が怖いから厳重でな。許してやってくれ」
「いや、あんなとこにいた俺だって悪かったんだろうし…」
二人して申し訳なく謝っていると、擦れた手首に生温かい感触。先程の猫の舌が触れる度微かにしみる。
「のの!」
「こいつがすぐ懐くなんて珍しいな」
意外そうな二人の声を聞きながら、猫-ののの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに鳴いた。
「そう言えば紹介がまだだな。俺は秋久。で、こっちの美人が妻の水樹」
「宜しくね」
自慢気に妻を紹介する秋久だが、一切反応せず笑顔で流す水樹。なんとなく…どっちが強いのかわかった気がした。
「俺は紅矢、です」
「そんな硬くなんなって」
秋久は苦笑を溢す。
「お前、何処の村から来たんだ?」
「服も見たことないものよ?」
紅矢の学ランを見て不思議そうに言う二人に、どう言えばいいか迷う。記憶喪失にしては都合がよすぎる。だが説明出来るほど自身も詳しくない。
なかなか話さず、迷ってる様子に訳ありと考えたのか、深く突っ込んでくることはなく、おもむろに立ち上がった。ののも彼らについていく。
「じゃぁ記憶が無いってことでいいや。ののが懐いたんだ。悪い奴ではないだろ」
「………そんな短絡的に決めていいんすか…」
「話したくなったら話せばいいさ」
人懐こい笑みを浮かべて秋久が言う。
いい人なのだろうが、どこかずれている。紅矢のいた世界じゃ確実に変わり者扱いされることだろう。
しかし、そんな二人の性格に感謝しているのは確かだ。助かったと心の中で安心し、小屋から出ていく二人と一匹の後を追った。
小屋から出る秋久と水樹に連れられ、紅矢も外に出る。
朝で忙しなく働く村人達。賑やかな村だ。
そう思った。
用があるとかで水樹と別れ、秋久について歩く中、ふと気を失う寸前に見た有沙と嶺弍の顔が脳裏に浮かんだ。今頃どうしているだろう。いきなり倒れたのだ。大騒ぎになって―。そこまで考えてあることに気付く。これが夢でなかったら、俺は一体どうなっているのだろう。もしや体ごと此処にあるのだとしたら、あっちでは無くなっているのではないか。存在ごと消えていたりしたら…、いや、やめよう。悪い方に考えても仕方がない。無限ループ突入を避け、目を瞑り一息吐いて顔を上げた。
「おわっ!」
とたんに視界が暗くなりぶつかる。豪快に顔面からぶつかり顔を抑えながら謝ると、秋久は「ちゃんと前見ろよー」と言いながら手招きして一つの家に入っていく。周りと特に大差のない、基本的に石と、木を組んで出来た建物。ここが二人の家だと瞬時に理解する。
立て付けの悪い扉を開くと、子供特有の高い声が聞こえた。
「パパおかえりー!ママはー?」
「ただいま。ママは今朝華さんの手伝いに行ってるからなぁ。直ぐ帰ってくる。廂は?」
「おにいちゃん?いないー!」
鮮やかな緑黄色の髪を振って体全体で表現する、五歳程の女の子。秋久の後ろにいる紅矢に気付いてひょこりと顔を覗かせる。
「この子は娘のもより。もより。この人は紅矢お兄ちゃん。暫くこの家で暮らすからな」
秋久の言葉に瞳を輝かせるもよりに視線を合わせて座る。
「よろしく。もよりちゃん」
するともよりはブンブンと首を横に振って、
「もより!」
「え?ああ、もより」
「うん!こうやおにぃちゃん!!」
改めて言い直すとえへへと笑って、ののに、おかえりーと駆け寄っていった。紅矢は立ち上がって秋久の傍に寄る。
「可愛いだろ。手ぇ出したりすんなよ?」
いきなり何を言いだすのかと紅矢は白い眼で見つめる。意外な一面を早くも知ってしまった。
「そんな趣味はないんで安心して下さい」
冷めた声で棒読みに返すと、冗談だと笑って返された。
「息子の方はいねーから、また後で紹介するわ」
「ただいまー」
秋久の言葉を遮るように子供特有のボーイソプラノの声が被った。自分の家に帰ってくるなり知らない人がいたことに驚いたのだろう。誰こいつ、といった雰囲気が感じられた。
「お帰り。こいつは今日から家で暮らす紅矢な」
「…廂です。……よ、よろしく」
「よろしく」
十歳程の少年はたどたどしい挨拶を述べる。そんな二人の挨拶を満足気に頷いて、秋久は飯飯と呟きながら別の奥の部屋に入っていった。
残された紅矢は、どうすればいいのだろうかと必死に頭を回転させる。子供が嫌いなわけではないが、兄弟もいない、友人にも十歳程の兄弟はいなかったはず。近所にすら小さい子供がいなかった為話題に困る。
どう切り出したものかと考えている時。
「こうや…兄ちゃん」
唐突に廂が口を開いた。
何?と極力優しく聞く。
「こうやって、どう書くの?」
「そうだなぁ…紅い矢って書いて紅矢かな…」
そのままだった。
しかしこれ以外に簡単に説明できる例はない。何せ小学生の頃お袋に聞いた話では、親父と二人で新婚旅行に行った際紅葉が風で舞う様がまるで矢のように見えたのだと言っていた覚えがある。あかって赤?と聞かれ首を振る。
「んー、紅とか?由来で言えば…紅葉の…」
『紅葉!?』
途端。廂のみならず、ののと戯れていたもよりまで驚きと期待の交じった声が上がった。
兄弟の迫力に圧されて微かに後退る。
「兄ちゃん、紅葉見たことあるの!?」
「どんなのー?きれー?」
「?見たことねーの?この辺周り山だし一度くらい…」
「…ないよ」
首を振る廂の隣でもよりも真似するように首を振った。
「知らない?月丘の昔話。確か…」
「三人ともー飯だぞー」
話出そうとした廂に奥の部屋から秋久の声が被った。
兄弟は走って奥の部屋に行く。
「兄ちゃんも早く!」
そう呼ばれ、紅矢は何も解決せずに諦めて奥の部屋に入っていった。
帰ってきた水樹をいれ、簡易な机を囲むように座った。
『いただきます』
秋久の掛け声で食べ始める。水樹が椀に野菜を煮込んだものを入れ。もよりが手で掴もうとして秋久が慌てて止め。廂は野菜が熱かったらしく、はふはふと口を動かしている。騒がしい朝食。しかしこういった家族の団欒、といった光景に懐かしさを感じた。そう思うのも、中学を上がる頃には両親は単身赴任や海外出張でいなく、いつも一人が多かったためだろう。たまに嶺弍と夜に徘徊して店に入ることもあったが。
「?兄ちゃん食べないの?」
「ん、食べるよ」
廂に小さく笑みを浮かべて、朝食を食べることに取り掛かった。
Ⅱ・登場人物
・廂
十歳程の少年。もよりの面倒を見ることが多い為か少々心配性。
・もより
五歳程の女の子。好奇心旺盛で活発。よく廂の真似をする。
・秋久
30代前半。偏見を持たず、自分の直感を信じて生きている。家族想いで妻も子供も溺愛している。
・瑞樹
秋久と同い年。おっとりした性格だが自分の意思ははっきりしている。怒らせるととても怖い…らしい。




