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【6話】(元)王様と冒険者

禍なる存在とは、何故プレイヤーが世界を統一しなければならないのか。その理由の一つである。

混沌とした世界では世界中に散らばった負の存在が浄化される事も無く、一定の期間を経て凝縮して禍なる存在として、モンスターとなる。しかも、その地域を、プレイヤーの国が支配しなければ何度も現れてしまう。

勿論、最初に現れた存在は弱い。しかし、討伐せずに放置していると、あっという間に強くなるので厄介なモンスターだ。


「ッ…ぐ、ぅ…!」

「アイリス!」


首を掴むラグ・アグルートの腕を、私は息が出来ない苦しさに耐えて短剣で斬り付けようとしたけれど。圧迫感が増し、私は耐えられずに短剣を手から離してしまった。

クリフが悲痛な声色で私の名を呼ぶのを、ぼんやりと遠くなる意識で認識する。


どうして、いや。

ステータスに書いてあったじゃないか。

世界の名前の後に、混沌と。


ゆっくりと、首の骨をへし折らない様に力を込められて。私は酸素を求めて口を開き、見開いた目からは涙が零れ落ちていく。手足が痙攣し、もう私の意識は保てない。死を受け入れて、意識を手放そうとする私の視界に見えるのは、命を奪う感覚に愉悦に歪んだ笑みを浮かべたラグ・アルグートではなく。


白い、神聖な空間で傅く20人の姿。

彼等の前に、主張する様に光を受けてキラリと輝く。

『アヴァロン』の紋章。


死ぬ訳にはいかない、その私の意志に反応して右手は震えながらも、ラグ・アルグートの腕に添えられた。

酸素を求める口を噛み付く様に閉ざし、目に力を入れて睨みつける。


こんな所で、死ぬものか。

こんな奴に、殺されてやるものか。

私は、例え『本当』でなかったとしても。

…いや、違う!


歯を剥き出しにし、涙と涎も拭えていない今の私の姿は酷くみっともないだろう。けれど、私はそれよりも目の前の敵に敵意を向けて、必死に手放しそうになる細い意識の糸を掴んで手繰り寄せた。

目の前のラグ・アルグートの様子が、変化する。笑みが奴の顔から消えたのだ。


たった六年、画面越しだけど。『私』が、幾多の戦場を駆けた『アイリス』だ。

数多の国を、敵を力で殲滅した『アイリス』なんだ。

そんな『私』が、こんな奴に易々と殺されてやるもんか。

あの夢も、確かに『私』なんだ。


笑みが消えたラグ・アルグートの力が弱まり、私は地面に落とされる。

地面に這い蹲りながらも、私は咳き込んた後に直ぐにラグ・アルグートを睨み上げて肩で呼吸をした。

ラグ・アルグートは、一歩私から距離を取ろうとしてその足を、地面に叩きつける。頭の長い毛を振り乱し、まるで人間であるならば、自分よりも下の存在に恐怖した事が屈辱だと激怒しているみたいだ。実際には、そうなのだろうが。


「…そんなの、こっちも同じだ…ッ!」


吐き捨てるように掠れた声で告げて、私は頭の中であるスキルを確認する。


『覚醒』…一定時間の間、『降臨』前の状態に戻す。


これなら、何とか勝てる。そう、私は確信して口に笑みを浮かべた。


「…『覚醒』ッ!」


《発動条件を満たしておりません。》


目の前に赤い半透明のボードが現れて、その画面に大きく書かれた文字を眺める私と、私の様子に怒りを忘れて眺めるラグ・アルグートの間に沈黙が訪れた。おや、可笑しいな。

少し私は呼吸を整えて、表情を引き締めるともう一度。今度はステータス画面も開いて呟く。


「か、『覚醒』」


《発動条件を満たしておりません。》

発動条件:プレイヤーレベル10以上。

※『降臨』による制限の為、プレイヤーレベルを代償にスキルを発動させる事が出来ます。

 又、このスキルの使用回数は一週間に一度のみとなっております。


スタッフゥウウウウウウウッ!


覚醒とは、ゲームではタクティクスやアクティブ共に、一度の戦闘に一回だけ使用可能なスキルであった。

その効果は、どちらのバトルシステムであっても体力共に魔力を全回復し、五分間だけ全ての能力を底上げしてくれる素晴らしいスキルだ。その後、十分間の能力低下の弊害があるけれど。


そのスキルがあれば、何とか『私』だけでも。この禍なる存在のランクCである、ラグ・アグルートなら倒せる自信があったのに。

もう打つ手無しと、顔を青褪めて悔しくて唇を噛み締めた私に、ラグ・アルグートが悟る。私はやはり、下の存在だったのだと。けれど、相手は次は笑う事は無かった。

まるで、そう見せかけているのではと警戒し、地面を何度か強く叩いて私を脅してから、反撃をしない事を確認して。

長い腕を伸ばして距離を取りながらも、私の頭を掴む。ラグ・アルグートの瞳に、私に対する恐れを含ませつつ。

睨む事を止めない私の唇から、強く噛みすぎたらしく血が流れ落ちる。それさえも、何かの罠かとラグ・アルグートは指を動かして、自身の手に私の血が着かないように気をつけて、地面に叩きつけようと腕を振り上げる。


今度こそ、終った。


悔しいがもう、私に対抗する術は無い。『創造』を行った所で、ランクEの創造しか出来はしない。けれども。

最期の時まで私は心だけは負けないと、唇を噛み締めたまま睨み続ける。だからこそ、私は些細な異変に気付けた。

ラグ・アルグートの毛が一瞬にして逆立ち、目が見開かれる。口が小さく開いて、舌がちろりと力無くはみ出た。


「よぉし、良い感じに麻痺ったな」



一体何がと考える前に、声がラグ・アルグートの背後から聞こえた。

その声は、まだ若々しい少年の声だった。背後に居るのは、革の鎧に、マントを纏った黒髪を無造作に伸ばしている少年。

その少年は、動かぬラグ・アルグートを見て胸を撫で下ろすと背中に背負っていた、奇妙な武器を手に取った。

奇妙な武器は、剣の柄を持つ長い棒。彼は私を見上げると、黒い瞳で他の人達とは何処か違う口元に笑みを浮かべて安心させるように。


「今、助けるから」


少年は、それだけを言った。逃げろ、と頭に言葉が浮かぶ前に少年は剣の柄を軽く振る事で、奇妙な棒が大きな剣の両刃が、透明な淡く光る水晶の様な物質で現れたのだ。


「はぁあああッ!」


気合いを込めた声と共に、少年が腰を屈めて大剣を下から掬い上げる様に振るう。剣の刃が光を強く輝かせて、ラグ・アルグ―トの背中を襲う。その一撃だけで、刃が粉々に砕けてしまうが。その放たれた一撃の威力は強く、ラグ・アルグートの身体が大きくよろめいて、私の頭を掴んでいた手が離される。


二度目の落下は一度目よりも高い位置であった為に、全身が地面に叩き付けられて痛かった。けど、私は痛みに呻く事も忘れていたのだ。


「やっぱ、簡単には倒せないか…!」


先程の衝撃を受けて、ラグ・アルグートは束縛から解放されたのだろう。怒りに血走った目で少年を睨み叫ぶ。その叫びに、今まで大人しくしていたアルグート達が、あっと言う間に少年を取り囲み。次々と襲い掛かったのだ。


何だ、これは。

一体、どうして。


目の前の繰り広げられる戦闘に、私は釘付けになる。取り囲まれた少年は、驚く事もなく。又、焦りもしないで再び、棒となった大剣で凪ぎ払う。

凪ぎ払う度に、透明な刃が生まれては、砕けてキラキラとその欠片が日の光を受けて煌めく。


禍なる存在のラグ・アルグートは、説明にも書いてある通り。国の脅威となる存在だ。ランクが低くても、その力は一般のプレイヤーの一軍団に匹敵する。


なのに、何だ。

目の前で繰り広げられている、この光景は。


アルグートの群れが瞬く間に倒され、少年は息を整える間もなく、ラグ・アルグートへと駆け出した。


「アイリス!」

「うげぇっ」


背後からクリフが私のお腹へと両腕で締め付けてきた為、私の口から蛙が潰された様な声が出てしまった。けれど、私は目の前の光景を見るのに必死になってもがいて目を見開く。


ラグ・アルグートは長い腕を鞭の様にしならせて、少年へと叩きつけ様とする。彼は棒のままの剣で腕の軌道を逸らして懐へと潜り込むが、ラグ・アルグートは片手を逸らされたままの状態で。右足を繰り出した。

ラグ・アルグートの右足が少年の頭を吹き飛ばそうと迫りくる中で、剣に再び透明な刃が生まれ。その右足を斬り飛ばしたのだ。


有り得ない。


壮絶な咆哮が森全体に轟く中で、私は困惑する。どうして、と何度もその言葉を頭の中で呟いては、答えを導き出そうと考えた。


彼は、誰かの使徒なのだろうか。それも、限界突破をした。

あの武器は、禍なる存在に対しての有効な何かがあるのだろうか。


幾つかの答えを私は考えたが、確証が無い。故に、それは全て、私の知る『ゲーム』での推測。いや、希望でしかない。


幾度目かの衝突を繰り返し、少年の息が上がり、ラグ・アルグートは全身に深い傷を受けて満身創痍となる。大剣によって裂けた左腕は、だらりと力無くぶら下がり、片腕と唯一残った左足で身体を支えるのがやっとの状態だ。


「やっぱ…主はキッツイな…!」


キツイレベルなんだ、このバトルが。


少年の言葉に私は心の中で呟いた。そして、主という単語に眉を寄せる。背後のクリフが、小さく「スゲェ」と呟いたのに、視界の端でグエンお爺ちゃんが頷いた。


本当に、凄い。


「冒険者だ、多分上級だろう」


グエンお爺ちゃんが珍しく、二言で言った言葉に私は衝撃を受ける。いや、その説明の内容にも、確かに衝撃を受けた。


これが、冒険者か。


少年は逃走を企てようと、ラグ・アルグートが裂けた左腕を自身で引きちぎって投げ付けてきたのに対して。冷静に上半身を捻る事で避けて、そのまま。

木へと逃げようとするラグ・アルグートの首を、跳躍して背後からその手に持つ煌めく大剣の刃で、切り落とした。


血飛沫と刃の欠片が舞う世界で、少年は気味な武器を背中に戻して。


「…あのぅ、すみません。迷子になったみたいで…何か、ご飯を頂けないでしょうか?」


と、先程の圧倒的な印象を覆す位。盛大にお腹の虫を鳴らして、力無く笑った。


…これが、冒険者…か。



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